旧年中は格別のご高配を賜り誠に有り難うございました。
バブル崩壊以来、何とも言えないような閉塞感が日本中を覆っております。しかし、冷静に考えてみますと、他の国に比べ、日本は経済面でも文化の面でも決して劣っていません。敗戦以来の過去の否定の風潮が、自信喪失をさせたのです。私は、未来に対して勇気と自信を持つ為にも今年こそ正しい歴史認識を持つべきだと考えております。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
第14号
1998年01月01日発行
京都府議会議員 西田昌司
旧年中は格別のご高配を賜り誠に有り難うございました。
バブル崩壊以来、何とも言えないような閉塞感が日本中を覆っております。しかし、冷静に考えてみますと、他の国に比べ、日本は経済面でも文化の面でも決して劣っていません。敗戦以来の過去の否定の風潮が、自信喪失をさせたのです。私は、未来に対して勇気と自信を持つ為にも今年こそ正しい歴史認識を持つべきだと考えております。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
西田議員
最近の青少年に関する様々な事件などを見ていて私は、子供たちが自分の人生をどう生きて良いのか分からないという叫び声を、彼らのメッセージとして感じます。
「君たちの人生なんだから自分の好きなように生きなさい」
「個性を伸ばしなさい」
という言葉は学校や家庭で教えても
「公のために役に立つ人になりなさい」
「公のためには自分が犠牲になることがあっても我慢しなさい」
とはなかなか教えていないではないでしょうか。私益の追求だけではなく、公益を優先させる。またそのバランスの中で自分の個性をいうものを発揮することが出来て始めて人生が異議のあるものになると私は思うのです。こうしたことを具体的に教えるには、歴史上の人物などの生き方を教えることも大切だと思います。最近の子供たちに尊敬する人物は、と聞いても歴史上の人物を答えるものは極僅かです。大半の子供たちは答えるものが無いので仕方無しに両親と答えています。子供達は歴史上の人物の名前は知っていても、どんな生き方をした人かは教わっていないので尊敬しようが無いのです。私は子供達に人生いかに生きるべきかということを教えるためにも歴史上の人物の生き方を学ぶことは大変重要だと思います。
荒巻知事
月並みではありますが、青年は「志」を持つことが大切、それも大志であるほどよいと思います。大志を抱くことによって、何を為すべきか、どのように生きるべきカが明確になります。
志をもって生きるとき、人間や社会、自然、文化等とのかかわりやつながりを自覚し、それらとの共生・共存や相互依存の関係をよりよいもの、より価値の高いものに変容していく努力を続ける青年を作り、こうした生き方が人の心を動かし、自己の成長とともに、社会に有益な人材として育っていくものです。「青年よ大志を抱け」です。
今日の学校教育が、知識重視の教育や受験過多から、児童生徒の評価の尺度が一元化し、不登校や問題行動の増加の反省の結果、人間としての生き方在り方を重心がおかれてきていることは歓迎すべきことであると考えております。
また、教育は、児童生徒の希望を育て、能力と人格を磨き、国の発展や世界の平和の確立に寄与する国民的事業です。
これからの教育の方向は、生涯学習社会への移行、変化への対応、個性重視の教育にあります。
従って、学校教育において、まず、生涯学びつづける態度、エネルギーのようなものを培ってほしいと願っています。2つめは、「知・徳・体」調和の取れた発達が極めて大切であると思っています。
特に、子供たちの現状を見るときに、知・徳・体の中でも「徳育」に力を入れていく必要があると強く感じています。
たとえば、小学校の社会科(歴史)においては、これまでの「時代」中心の学習から、歴史上の人物を取り上げていきます。これらの人物が、世のため、人のために尽くした高い志は、子供たちの生き方や人物形成に大きな影響を与えることになると思います。これらの人々が、いかに個性的であったか、豊かな感性を身につけていたか、時代の変化への情熱を持っていたか、さらには国際的な視野を有していたかなどを学習することは、よい生き方の手本であるとともに、あるべき人間像を考える上で極めて意義があると思います。私の子供のころは、少年には偉人伝など伝記ものを読み与えたものです。それが多感な少年の夢を育て、励みの源になっていたように思います。私自身、多くの英雄偉人伝により、それぞれの生き様を吸収しました。
(例えば、太閤秀吉、リンカーン、ワシントン、ジェンナーなどです。)
西田議員
私も多くの特別養護老人ホームを視察いたしましたが、共通して聞くことは入所者と家族の関係が希薄であるということです。入所させたきり一度も訪ねてこなかったり、酷いものになるとお葬式にも出てこない者まであるということです。正に「仏造って魂入れず」とはこのことです。核家族化、高齢化、少子化等様々な要因のため、こうした施設や、介護保険等が必要なことは私も理解できますが、こう一つ大切なことは家族の絆をいかにして守るか、ということではないでしょうか。また、福祉政策というものは人々を幸せにするためのものですが、我々にとっての幸せというものはいったい何なのでしょうか。マスコミなどでは自由、平等、人権を守ることが大切なのだといわれます。確かにこれらを守ることは大切なことです。しかし、これらを守ることは幸せになるための手段の一つであって決してそのこと自体が目的ではないと私は思います。そのことをしっかり認識しておかないと福祉政策は、人に決して幸せを与えないばかりか、新たな不幸を生むことになると思うのです。
荒巻知事
戦後、日本が経済的には申し分の無い国になったにもかかわらず、国民が豊かさを実感できないというのはどうしてなのかと考えますと、ひとつには経済活動に専念すると共に、アメリカ型の自由や民主主義、個人主義の確立に一生懸命になっている中で、日本の持つ古き良き伝統や慣習といったものを、いわば「悪しきもの」として、すみっこに追いやってきたのではないかと思うわけです。西田先生からご指摘のあった「家族の絆」ということも、その一つなのかもしれません。
京都府においては、介護保険で提供されることとなる、特別養護老人ホームをはじめとする施設の整備ホームペルパーやデイサービスセンターなど在宅福祉サービスの充実など、施設と在宅の在宅のサービスをバランスよく整備していくことを基本に取り組みを進めております。お蔭様で順調に整備が進んでいるところですが、西田先生からもご指摘のありましたとおり、これらの整備を進めるのは、あくまで高齢者に適切なサービスを提供することが目的でございまして、施設を整備すること自体が目的ではないということは、十分踏まえておかなければならない点だろうと思います。
さて、ご家庭の中でお年寄りが介護を要する状態になられた。これは、その御家庭にとりましては非常に深刻な問題だろうと思います。いくつかの調査結果を見ましても、精神的な負担が大きいと回答される方が最も多いようですし、まさに家庭が崩壊してしまうような場面もあろうかと思うわけです。
福祉政策と申しますのは、こうした方々の負担を少しでも軽減すると共に、そのお年寄りに、家族を支えていくことが私どもの役割であろうと思います。
また、こうした点を、サービスを提供するものと提供を受けるものが十分理解しあってはじめて、真の幸福が実現できるのだろうと思います。今後とも、府民の皆様の「安心・安全」の確保に全力を尽くしてまいりたいと存じますので、西田先生のより一層のご支援をお願いいたします。
西田議員
大企業と中小企業とでは根本的に社会的使命が違います。大企業にはまず第一に沢山税金を納めて頂かねばなりません。京都府でも法人事業税、法人府民税が税収全体の4割り強、そのうち上位10社の大企業がその3割り近くの税金を納めています。このことを見ても財政の安定のためにはいかにして、大企業を京都府の中に誘致するかが重要になります。また反対に雇用状況をみると京都府の労働人口のうち大企業で働いておられる方の割合は2割、中小企業の方は8割であり、雇用を守るためには中小企業を守ることがいかに大切か、ということがわかります。また、雇用だけでなく、町内会に代表される地域社会を守っているのも中小企業なのであります。ところが今流行の規制緩和により、これらの中小企業が存亡の危機に立たされています。税収を伸ばすためには大企業に有利な規制緩和は必要かもしれませんが、そのため中小企業が倒産し、雇用を無くし、地域社会を破壊してしまっては、かえって高いものになってしまいます。世界企業のためのルールである規制緩和を認めるのなら、地域に根差した中小企業を守るためのルールも必要だと思います。
荒巻知事
私も全く同感です。日本製品が世界的に高い評価を受けるようになったのも、下請けや孫請の町工場の皆さんが頑張って高い技術力で、もの作りを支えてこられたからこそです。
また、和装をはじめ伝統産業は、事業所数や雇用の面で京都経済に大きなウェートを占めるだけでなく、日本文化を継承・発展していく上でも大変大きな役割を果たしています。歴史的な地球温暖化防止京都会議が開催されましたが、環境との共生を大切にしてきた京都文化、日本文化を世界に発信していくことは、ややオーバーな言い方かもしれませんが、人類の生存の上でも非常に重要なことで、こうした側面からもしっかり見ていかなければいけません。
それから、商店街の皆さん。商店街は、消費者の皆さんの日常生活を支える買い物の場であることはもちろんですが、同時に住民の方々のコミュニケーションの場であったり、防犯の役目を果たしたり、文字通り、地域社会の中心になってきたわけです。
規制緩和という名目で、このように大切な役割を持っている中小企業がなくなってしまったら日本は崩壊してしまう。日本は弱肉強食が当たり前の社会であってはならないと考えます。そのような危機感を特に強く持っていますので、私も、国に対していうべきことはきちんと言って、また、京都府としてできることは精いっぱいやっていきたい。そう考えて府政を進めているところです。
西田議員
これまでの3期を振り返っての感想と自己採点、4期目に向けての抱負を語って下さい。
荒巻知事
昭和61年に林田知事さんの後を受けて、知事に就任させていただきましたが、就任した年に急激な円高が始まり、そのあとのバブルの崩壊による不況、世界はというと東西冷戦の終結と、21世紀を目前にして政治・経済はめまぐるしく変動してきました。また、記憶に新しいところでは、阪神淡路大震災やサリン事件、O-157なども府民の不安を増大させました。
私は、就任当初から
「地方自治体というものは、地域総合保険会社のような立場で仕事をするもの」
と考えておりまして、
”困ったことが起こったら、苦しい立場に置かれたとき”、いかに府民の皆様の生活を守るか、中小企業の経営を守るか、に苦心した大変厳しい12年間だったと思います。
そんな中で、平成2年に
「豊かさが実感できる京都府にしたい。また地域の均衡である発展を遂げる京都府にしたい」
という目標を掲げて、第4次京都府総合開発計画(4府総)を策定しました。この間、財政が非常に厳しい中ではありましたが、悲願であった山陰本線、KTRの天橋立までの電化・高速化や京都縦貫自動車道の丹波町までの開通など、鉄道とか、道路とか、あるいは下水道とか、川とか、遅れていた社会資本の整備を進めることができましたし、関西文化学術研究都市の建設も第2ステージに乗せることができました。また、府民の皆様の「安心・安全」を守ということで、「福祉のまちづくり条例」などを制定することができました。
自分では、この12年間、大変厳しい中で精一杯やったつもりですが、これから実現させなければならないこともたくさんあります。自己採点は手前味噌になりますので、評価は府民の皆様にしていただきたいと思います。
4期目に向けての抱負ということですが、多くの府民の皆様から来年4月の知事選挙に出馬せよとの温かいお言葉を賜り、さる12月府議会で出馬表明をさせていただきました。まず、4府総ですが、これは2000年までの計画になっており、残された期間は約3年ですので、総仕上げに向けて取り組んでいきたいと思っております。
ただ、これからの豊かさというのは「もの」だけでなく「こころ」の豊かさや「やさしさ」が求められていると思うのです。西田先生は、府議会で教育問題をよく取り上げて御質問されておられますが、21世紀をになってもらう青少年をどう育てていくか、高齢化社会の中で病気や老後の生活、あるいは地域環境の安心・安全などいろいろな点での「安心・安全」が必要ですし、また、体の不自由な方や高齢者の方が十分に社会生活が出来る、社会で活躍できる、さらには男女間の平等など「公平・公正」な社会でなければなりません。そういう、府民一人一人を大切にする京都府作りを進めていきたいと考えております。
もう一つは、地方分権ですが、これからは、地方自治体は画一的なお仕着せではなく、それぞれの地域の特性を生かし、住民の気持ちを、早く、木目細かく生かしていけるようにすべきです。国は、外交、防衛、司法など基本的な問題に限って所管し、それ以外のことは地方自治体がやる方が早く、木目細かく職員の意欲も湧いてくる。こういう思想のもとで地方分権の流れが出てきたと思っております。京都府としては、この機会に、府民の方々の目で見てやはり分権した方がよかったと思っていただけるよう、市町村長さんと協力しながら、また、西田先生は、今、府議会の地方分権特別委員会の副委員長をやっていただいておりますので、その中でも御相談させていただきながら、地方分権を進めていきたいと考えております。
西田議員
西田昌司 知事の座右の銘をお聞かせください。
荒巻知事
無信不立 - 信なくんば立たず。
府政を進める元は、府民の信頼です。
西田議員
今後とも一生懸命やっていきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。今日はどうもありがとうございました。
西田吉宏参議院議員 皆様にはお揃いで佳い年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
私も皆様の力強いお力添えに支えられて現在、参議院議員運営委員会で自民党筆頭理事として元気に国会活動を続けております。
政治は、日米・日中・日露関係をはじめとする外交問題、安全保障・沖縄の問題など山積みする課題に直面していますが、とりわけ最大の課題は何といっても景気対策であります。
国内の景気は依然として足踏み状態が続いており、加えて株式市場の動揺や金融機関の経営破綻がこれに追い打ちをかけております。
私どもは一日も早い金融システムの安定に努め、特に中小企業や自営業者の方の生活を守り、かつ豊かな次世代を切り拓くためにいろいろな痛みを伴いながらも、社会・経済システムの大胆な改革に取り組み、21世紀の子供たちに確実に引き継いで行きたいと考えています。
京都府におきましても、荒巻知事や桝本市長を先頭に活力ある街づくりに懸命の努力をしておられますが、今後更なる伸展のために私も知事・市長・及び西田昌司府議会議員等と緊密に連携しながら一生懸命に頑張って参ります。どうぞ皆様の変わらぬご協力をお願いし、皆様方の一層のご健勝とご多幸をお祈りして新年のご挨拶と致します。
文芸春秋社の発行しているオピニオン誌「諸君!」2月号から西田昌司議員が桂高校制服導入問題について取材を受けました。桂高校では一部の生徒が制服問題で国連に提訴するという騒ぎにまで発展し、これまでもマスコミなどでも度々取り上げられてきました。「諸君!」ではこれらの問題を真正面から見据え「一体制服導入の何が悪いのか、少しも悪くないではないか」という視点に立ち、この問題を府議会で取り上げ、議論に一石を投じた西田議員に意見を求めたものです。西田議員は取材の中で以下のように述べました。
「桂高校の問題は、組合の活動家教師と保護者に一部の生徒が扇動されたという特殊事情はあるものの、その根本には全国どこの学校でも共通する問題があります。それは親や教師が子供に迎合するばかりになったということです。親や教師という大人は子供に対して大人としての良識常識を教える義務があります。とりわけ親の責任は重く、子供の教育には全責任を負わねばなりません。しかしその義務を全うするためには子供と衝突し、ボロボロになるまで向き合う覚悟が必要です。こうしたことは親にとっても大変な労力と情熱を要するものですからできたら逃れたい、そこまで子供に関わりたくないという気持ちになる人もあるものです。しかし、こうした気持ちにはどこか後ろめたさが付きまとうものですが、この後ろめたさから逃れるためにこうした人たちは、子供には子供の人権があるという美しい言葉を述べることにより、親の責任を放棄している自分の後ろめたさを糊塗しているのではないでしょうか。しかも問題はそうしたことに当の本人が全く無自覚な親が多いということです。しかし、そのつけは必ず親に子供の反逆という形で現れてくることを忘れてはなりません。昨今の子供に関わる様々な問題は大人になりきれなかった人間が子供を作り、親の責任を果たさないままにその子供がまた子供を作るという、悪循環に陥っていることから生じているのではないでしょうか。つまり、社会に親としての責任を果たしているまともな大人の存在が、少なくなってきてしまったということなのです。子供に迎合しているだけのことを、物分かりのよい親だと勘違いしている大人の精神構造こそ問題なのです。」
明けましておめでとうございます。
まもなく、長野オリンピックが開催されます。少年の頃ブラウン管の中、札幌で繰り広げられたあの感動が蘇るのかと思う反面、あの時ほどの期待感はないようにもおもえます。むしろ家庭や友人のことや地域で起きる本の些細なことに一喜一憂している毎日がいとおしく思えます。そしてこんなにも多くの幸せに気がつく歳になったことにむしろ喜びを感じます。日本選手の健闘とこも一年の皆様のご健勝をお祈りします。
松本 秀次