地方を歩いて分かる悲惨な実態
「成人年齢に関する特命委員会」がまとめた報告書を安倍総理に提出いたしました
多忙な国会の合間をぬって、一昨年は旧東海道と旧中山道を踏破し、昨年は奥の細道を自転車で完走しました。大自然の美しさに圧倒され、思わず顔がほころんだりする場面もある一方で、何度も転び、トラックに轢かれそうになったことも有りました。そんな中で、最後まで完走できたのは、この日本の故郷の美しさに魅せられたからです。だからこそ、そこに人がいない、まるで廃村の様な寂れた風景には胸が痛みました。
一昨年の春に、有識者らでつくる政策発信組織「日本創成会議」の人口減少問題検討分科会(座長:増田寛也 元総務相)が、2040(平成52)年に若年女性の流出により全国の896市区町村が「消滅」の危機に直面する、という試算結果を発表しました。これは絵空事ではありません。長寿化のお陰で今は辛うじて人口維持が出来ていても、お年寄りばかりでは子どもは生まれません。このまま2、30年も経てば全国の至る所で町が消滅することを地方の町々を見て実感致しました。
東京一極集中が東京をも滅ぼす
しかし、これは地方の問題だけではありません。実は東京もいずれは同じことになるのです。東京をはじめとした首都圏には仕事を求めて全国から人が集まっています。しかし、その人達が急速に高齢化しているのです。その大きな理由は、かつて地方から上京してきた若者たちが年齢を重ねたことに加え、故郷の老親を呼び寄せているからと言われています。
昨年の産経新聞の報道では、総務省が発表した住民基本台帳に基づく人口動態調査(昨年1月1日現在)によると、国内の日本人は前年よりも27万1058人減少して1億2616万3576人となったそうです。6年連続の減少で、減少数は調査を開始した昭和43年以降で最大となり、9割近い市町村で人口が減る一方、東京都は0.57%増となるなど一極集中がさらに進んでいます。
実は、東京へ人口が集中すればするほど日本全体の人口は急激に減少するのです。その理由は東京では子どもが生まれないからです。平成26年の数値ですが、東京都の合計特殊出生率は1.15人で全国平均の1.45人を大きく下回っています。このままこの状態を放置すれば東京は日本全体の人口を減らし続けるブラックホールになってしまいます。
更に、東京では今後急速に高齢化が予想されるため、介護施設などをまだまだ建設し続けなくてはなりません。日本創成会議によると東京都と周辺の3県で、2025年に介護施設が約13万人分不足するとの推計を発表しています。また、保育所などの待機児童も23区だけでも8000人近くいます。一方で、地方の町では既に高齢化が進み介護施設にも将来は空きが予想され、待機児童も存在しません。東京では今後、介護や子育ての施設がまだまだ必要となりますが、地方ではそれらの施設が余っているのです。
つまり、東京と地方の人口構造のアンバランスが、不必要な投資を余儀なくさせているのです。無駄な公共事業をするなと言いますが、これこそ無駄な投資そのものです。東京と地方の人口アンバランスを是正すればこれらの投資はいらなくなるのです。
東京一は枝葉、地方が根幹
元々、首都である東京はインフラ整備も進んでいますから、他都市より人口が多いのは当然のことです。しかし、現代の東京はその限度を超えています。折角インフラ整備が出来上がっても、人口過密が進めば許容量が不足し、鉄道なども二重路線の建設を余儀無くされてしまいます。これも本来無駄な投資なのです。しかし、人口過密のお陰で利用客には事欠きませんから、無駄な投資でも儲けることができるのです。人口過密が、二重路線という無駄な投資を経済合理性に叶うものに変えてしまうのです。しかし、この経済合理性も短期的なことに過ぎません。長期的に見れば、東京一極集中が地方を破壊し、人口減少を加速させ、最終的には東京自体が超高齢化で自壊してしまうのです。
日本全体を木にたとえるなら、東京は枝葉で地方は根幹です。東京という枝振りが良ければ日本という大木は成長している様に見えますが、肝心の根が腐り幹に穴が空いていれば、いずれはどんな大木も倒れてしまします。東京に人材や食糧やエネルギーを供給してきた地方が破壊されれば、東京も存在できないのです。東京と地方の過密と過疎を解消しない限り、デフレからの回復もないのです。
予算カットと規制緩和が東京一極集中を招いた
藤井聡内閣参与と共に稲田朋美 自民党政調会長に10兆円規模の補正予算の申し入れをいたしました
では、何故ここまで東京一極集中が進んでしまったのでしょうか。それはバブル崩壊後の政策の誤りにあります。この時期を契機に公共投資が否定され、予算が大幅にカットされたからです。その背景には、企業が身を切る努力をしてリストラしているのに、政府ばかりが借金で事業を増やしているのはおかしいという意見がマスコミを通じて多数派になってしまったことがあります。
この意見は素朴な庶民感覚としては納得できるかも知れませんが、国家全体の経済を考えれば全くの誤りです。民間がリストラしている時に政府も事業のリストラをすれば景気が一挙に悪くなるのは自明の理です。結果、この後日本は長いデフレのトンネルに入ってしまうことになります。
政府が公共事業などの予算をカットする一方で、民間投資を促進するために規制緩和が推奨され、東京の一極集中は加速度を増して進むことになったのです。
東京駅に見る規制緩和の実態
東京駅の改修が2012年完成しました。この保存・復元工事にはおよそ500億円の費用がかかったそうです。JR東日本はこの費用を建物の容積率、いわゆる「空中権」を売って調達したということです。容積率とは敷地に対してどれくらいの規模の建物を建てられるかを示すもので、復元された東京駅の駅舎は定められた容積率の20%ほどしか使われていません。使われなかった建物の容積率は「空中権」と呼ばれ、ほかの建物に移すことができるという。この制度を利用して、JR東日本は自社の空中権を周辺の超高層ビル会社に売却することで費用を調達したそうです。
東京では規制緩和により、容積率が大幅に増加しました。丸ノ内ではかつては31メートルで10階建のビルしか建っていませんでしたが、現在では軒並み高層ビルに建て替えられています。そして、こうした規制緩和のお陰でJR東日本では労せずして500億円を調達して東京駅の建て替えができたのです。また、周辺のビルも容積率が緩和されたおかげで床面積が倍増しています。このため、東京のビジネス街に勤務する人口は増え、都心は活力に満ちています。
しかし、この東京への投資は本来地方でされるべき投資だったのです。インフラ整備が地方では止まってしまったため、地方での民間投資が進まなくなってしまいました。一方、東京は規制緩和により床面積が増加しました。地方で本社を建て替えようとしていた企業は、インフラ整備の進まない地元より便利な東京に進出すことを選んだのです。この様に規制緩和が地方から投資と雇用を奪ったのです。そして東京一極集中が、結局は日本の経済をデフレ化させたのは上述の通りです。東京と地方のインフラ整備の差がこの20年であまりにも拡大したことと、東京での規制緩和が地方から人も金も吸い取ってしまい、日本全体を壊滅に向かわせているのです。
今こそ、国策としての国土整備計画が必要
こうした状況を踏まえた上で今すべきことは、地方で暮らすためのインフラ整備を緊急で行うことです。私が提唱している北陸新幹線の小浜から舞鶴・京都・大阪・関空という新幹線ネットワークを始め、全国でのインフラ整備を10年内で完成させるという計画を作ることが重要です。かつて東海道新幹線や山陽新幹線は着工から5年で完成しています。経済力では現代よりはるかに劣っていた時代であるにも関わらず、国策として政府が位置づけたからできたのです。
また、隣の中国では、国の高速道路の総延長は、2013年末の時点で約104,500kmです。近年は、年平均で約6,000km以上の高速道路が建設されています。因みに日本の高速道路の総延長は9,165㎞であっという間に日本の10倍もの高速道路網を完成させているのです。これも国策として中国政府が取り組んでいるからできたのです。
お金はあるのに財政出動できない
山陰近畿自動車道早期実現促進大会にて国会議員代表の挨拶をいたしました
バブル以降、公共投資が激減したため高速道路や新幹線が10年内で完成すると誰も思わなくなっています。この考えが地方を崩壊させています。国策として政府が資金投入すれば、10年内で完成できるのです。そして、それが実現すると分かれば、民間投資は必ず増えます。10年内で完成するなら、それに合わせて多くの企業が首都圏以外に工場移転なども考えるでしょう。
ところが、完成までに20年もかかる様なら民間投資には何の効果もありません。そもそも、20年経てば地方はもう消滅しています。完成した時には利用する人がいないでは、全くの無駄になります。公共投資は10年内で完成させてこそ意味があるのです。
バブル以降の公共投資不要論が地方を破壊し、経済をデフレ化しました。それが財政まで悪化させ、財政再建を口実に更なる公共投資の削減を繰り返すという悪循環に陥っています。このジレンマに陥った原因は、赤字国債と建設国債を同じ扱いにしているPB(プライマリーバランス)黒字化論にあります。
PB(プライマリーバランス)黒字化論の誤り
PB黒字化論とは、その年の予算はその年の税金で賄うべきだという考えです。確かに、月給以上の生活をすれば借金ばかり増えて破産してしまいます。福祉の給付のための費用は赤字国債でなく保険料か税金で賄うべきです。そのために税と社会保障の一体改革が行われています。しかし、家を修繕したり建て直したりといった支出を月給の範囲内でやっていたらいつまで経っても修繕できないばかりか、できた時には死んでいるという事態になります。普通はそんな馬鹿なことをせずに住宅ローンを利用して早期に修繕し、その後月給で返済するという手法をとるのです。
つまりPB黒字化論は、生活費と家の修繕を一緒にして、とにかく借金はするなと言っているのと同じです。この理論はもともと民主党時代に経済があまりに悪化してしまったために財務省が持ち出した理屈です。民主党時代に事業仕分けをやり過ぎ、日本をデフレのドン底に落とした結果、税収は益々減り、国債ばかりが増え、財政は悪化しました。まさにパニックに陥った挙げ句の果ての出鱈目理論です。
アベノミクスの原点に返れ
このデフレ政策からの脱却を訴えたのがアベノミクスです。金融緩和と財政出動、そして民間投資の相乗効果で経済を成長路線に導くというのがその主旨です。確かに金融緩和で円安誘導され、輸出企業を中心に業績回復してきました。株価も回復してきました。しかし、地方の崩壊と東京一極集中には未だ歯止めがかからず、経済のデフレ化も止まっていません。今こそアベノミクスの原点に返り、きちんとした財政出動をすべきなのです。
瓦の独り言
-京都vs金沢-
羅生門の瓦
2015年3月14日に北陸新幹線が開業して、金沢が脚光を浴びています。瓦も所要があって昨年の秋に金沢駅に降り立ちました。JRの金沢駅が非常に素晴らしく、駅ナカの美術館といわれ、構内の随所に伝統工芸品がちりばめられています。金沢の伝統工芸オールスターの展示です。
金沢は小京都と呼ばれた時期もありますが、今や何のその。地理、風土、文化などが非常に京都とよく似ています。京都に鴨川が流れその周辺に文化ゾーンがあれば、金沢には犀川が流れています。錦市場と近江町市場、京の五花街とひがし茶屋街の花街。金沢卯辰山工芸工房と京都伝統産業ふれあい館。京友禅と加賀友禅。京焼・清水焼と九谷焼。さらにその近くに楽焼と大樋焼まであります。京都が誇る伝統工芸品74品目。友禅、象嵌、表具、仏壇、縫・・・それらに全て「京」の冠をつけていますが、金沢の伝統工芸品と重なってきます。しかしながら作風はおのずから異なっており、金沢は加賀前田藩を原点としていますが、京都は平安京の官営公房がルーツとなっています。(これは瓦の独断) 金沢が武士の文化といっていますが、京都は公家の文化です。でも、京都は日本の伝統工芸の源であり、伝統工芸の職人さんたちもプライドを持っています。
しかし、あの金沢駅と京都駅を比べたとき、ぶっきらぼうな(?)京都駅が北陸新幹線京都まで延長時に自他ともに称賛される駅舎になれるでしょうか? と瓦は自問していますし、金沢駅を観られた方は同じ思いをされるのではないでしょうか? ましてや駅舎が新高岡駅のように在来線と離れてしまうようなことが・・・(東海道新幹線の新大阪駅は失敗では、本来は梅田の大阪駅に接続されるべきだったのでは・・・)
でも後ろ向きなことは考えないで、我々が誇る西田昌司参議院議員の北陸新幹線のルートに夢を乗せましょう。関西国際空港に降り立ったインバウンドのお客様を京都から舞鶴へ、そして金沢へお連れして、日本の良さを思う存分味わってもらいましょう。これが瓦の初夢です。
(今回の瓦の独り言は多分に独断と偏見が入っていることを、お許しください。)