MMTの誤解を解く
参議院議員 西田昌司
1 MMTの主張が正しいなら税金は要らない
これは完全なる誤解です。MMTが主張しているのは、財源は税金だけでなく国債の発行も考慮すべきということです。そもそも、税金だけで予算を組むと言う事は、政府は通貨供給を一切していないと言う意味です。国債を財源として予算を組むと言うことは、国債発行をして政府が負債を有することにより、その分だけ民間に貨幣を供給していると言うことです。
建設国債の場合には、公共事業等の支払い代金を受けた人に通貨が供給されることになります。工事代金を受けた人には、工事の売り上げと言う収益を手にすることになります。公共事業が実行されたことにより、インフラと言う財産が社会に作られることになり、国民は便益を受けます。
赤字国債の場合でも、結果は建設国債と同じです。赤字国債を財源に財政出動されることにより、社会保障費の給付を受けた人に通貨が供給され、また、便益を受けることになります。建設国債、赤字国債を問わず国債が発行され、それを財源にして財政出動された分だけ、国民に通貨供給がされることになるのです。
もしも、税金が無く国債発行だけで予算を組めば、政府は通貨供給を一方的にするだけで、その回収が全くできなくなります。それでは社会がインフレ化するのは必定です。社会が過度のインフレに陥らないためにも、富の集中を避け、ある程度均質な社会を作るためにも、税金は絶対に必要なのです。
2 MMTで国債の発行が過ぎれば、通貨の信認が無くなりハイパーインフレになる
これも全くの誤解です。そもそも、国債発行が過ぎてハイパーインフレになった国は有りません。世に言うハイパーインフレは、戦争や革命により工場などの生産設備や道路や橋などのインフラが破壊され、極度の供給力不足に陥り起こるのです。戦後の日本はその典型です。
日本の戦後のインフレは大量に国債を発行してハイパーインフレになったと言われていますが、それは事実誤認です。真の原因は、終戦直前の大都市への空襲による生産設備の破壊により、物資の供給が極端に低下したからです。その上、敗戦により外地から一年で五百万人もの引上げがあり、需要の急激な増加がありました。さらに終戦直後から昭和25年まで、国家予算の10%~30%がアメリカ軍の駐留経費を終戦処理費として負担させられ、事実上、戦後の復興はできませんでした。
また昭和21年には財産税が課税され、国民所得の250%にもなる国債を全て償還させられました。国民から財産を取り上げて復興できるはずが有りません。インフラ再生に手が付けられたのは、昭和25年以降であり、これが極端な供給力不足を生じさせ、ハイパーインフレが発生したのです。
また、ワイマール体制下のドイツは、天文学的な賠償金の支払要求のため金が流出し、兌換紙幣のためマルクの通貨の信認がなくなり、ハイパーインフレになったのです。
また、ジンバブエの場合は、革命により白人を追い出したため生産設備の稼働ができなくなり、供給力が極端に低下したため、ハイパーインフレになったものです。
このように戦争、革命などにより通常の政府の行うべき政策ができなくなる、言わば無政府状態がもたらしたもので、現代の日本の様な民主主義国家では有り得ません。
3 MMTは解放経済では通用しない
MMTは国内だけで通貨が流通している閉鎖経済では通用しても、現実の社会は海外との取引が有る。国債発行で公共事業などをしても、それにより供給した通貨が海外に投資されれば、MMTの効果は無効になるという主張です。
例えば、国債発行により、公共事業100が発注され、資材など50を輸入する場合には、確かに収益と資産(外貨預金)は海外へ移転します。これにより、GDPを押し下げることは事実ですが、公共事業100より大きくなることは有り得ません。海外送金があったとしても、それを差し引いてもGDPは必ず増大することになるのです。従って、解放経済においてもMMTは通用します。
それでもMMTをどうしても認めたくない人は次の様なことを言います。
a 財政出動をすればインフレになり、利率より高くなれば実質金利低下で円安になり、資源やエネルギー、
食糧を輸入に頼る日本はこれらのコストが上がる。円安が続けば、国民生活は破綻する。
b 財政出動で景気が良くなれば円高になる。円高になれば輸出が減るから財政出動は無効化する。
しかし、これらの意見には次の通り反論できます。
そもそも、aの主張はハイパーインフレ論を前提としていますが、事実は先に説明した通り、ハイパーインフレにはなりません。しかし、多少のインフレは望むところですが、彼らの言う通り、過度なインフレになれば、変動相場制を採用しているため当然円安になります。仮に円安になれば、その分輸出が大幅に伸びることになるでしょう。そうすると日本は景気が良くなり、今度は円高に為替は変動することになります。
何れにせよ、変動相場制を採用しているため、海外取引は自動的に調整され利益の一方的な流出はないのです。
bの意見ですが、確かに景気が良くなれば円高に向かうでしょう。これにより、輸入品の原価が下がり益々景気は良くなるでしょう。確かに、輸出企業に打撃はあるが、日本は輸出依存率は15%程度であり、圧倒的に内需国です。そのため、円高になれば輸入品は下がり、国民生活は逆に豊かになるため消費も増えるのです。内需が増える方が外需が減るより大きいため財政出動が無効になることは無いのです。また、輸入品の購買が増え、輸入額が増えれば、世界経済にも貢献できるわけで、先進国としての責任を果たすことができるのです。
4 日本は事実上完全雇用を達成しているため、財政出動しても効果がない
日本は、失業率がゼロに近いため、財政出動してもその効果は少ないと言う人がいますが、それは問題の本質を見誤っています。失業率の改善だけでなく、労働分配率の増加や実質賃金増加を政策目標にすべきなのです。国民側に所得が分配されるほど個人消費が増え、国民経済を大きく牽引することになるのです。失業率の改善は勿論のこと、実質的に国民所得が増えているかどうかを政策判断のポイントとすべきなのです。従って、財政出動により雇用が増えれば、給料を上げないと求人できない状況になります。財政出動が実質的給与を上昇させることになり、それが個人消費を増やし、景気回復につながるのです。
5 国債発行残高(1000兆円)の通貨を国民に供給して、何故デフレなのか?
1000兆円の通貨を国民に供給して今なおデフレにから脱却できないと言うことは、MMT理論が無効である事を証明しているのではないかと言う批判が有ります。これも問題の本質を取り違えています。国債発行により通貨を、つまりは預金資産を国民に供給しても、それを使わなければ経済的には何の意味もないのです。
本来は、政府が供給した預金資産が国民サイドに渡れば、それが消費に使われて経済は成長するはずです。しかし現実には、企業側に胎蔵され国民サイドに供給されず実質給与が下がり続けたのです。
実質給料が減額した原因も考えておく必要がありますが、私はいくつかの要素が絡み合っていると考えています。まず第一の原因は消費税の実施によるものです。消費税では、給与は仕入れ税額控除の対象になりませんが、外注費は仕入れ税額控除の対象になります。これに、バブル崩壊後、企業のリストラが始まったことによる給与のアウトソーシング化が進んだことが絡みます。これにより給与を固定費から変動費に置き換えることができ、企業は安定した利益を上げることができるようになりました。また、この時期、成果報酬を認める経営が普及し出します。これを促進したのが、所得税の累進構造の緩和です。かつては住民税を合わせれば、一定額を超えれば9割近い額が課税されていました。そのため手取りは殆ど増えません。その為、高い報酬を経営者は望まなかったのです。しかし、累進課税の緩和により高額な報酬をもらっても半分近くは手元に残ることが可能になりました。これにより、給料を上げるインセンティブが一挙に増加したのです。
また、成果報酬が認められるようになると、給料のアウトソーシング化がますます進みます。この仕組みにより企業は利益を大幅に上げることができ、経営者はより多くの報酬を得ることが可能になったのです。また、アウトソーシング化により給料は外注費にかわり、お陰で大企業は消費税額を少なく抑えることが可能になりました。その一方で、アウトソーシングを受けた企業は、必然的に社員の給料を安く抑えなければ経営が成り立たなくなります。
この結果、一部の経営者が多額の役員報酬がもらう一方で、多くのサラリーマンの給料が安く抑えられる結果となったのです。これが国民消費を抑え経済をデフレ下させる根本原因を作っているのです。政府が国債発行により通貨供給をしても、経済がデフレ化するのはここに問題があるのです。
こうしたことを踏まえれば、デフレ脱却のためには消費税を廃止し、一方で法人税を増税し、所得税の累進課税を上げることを検討すべきなのです。
6 MMTには財政上の制約は無いのか
MMTは、国債発行は国民への通貨供給という事実を改めて示したものです。従って、国債発行を悪とは考えていません。その為、財源がないから予算が組めないと言う発想は無いのです。このことから、MMTは財政制約がないため予算が膨れ上がり、結局ハイパーインフレに陥ると批判する人がいるのです。
しかし、これは間違いです。先に述べてきたように、財政が赤字か黒字かと言うことはMMTには意味がありません。国民経済がインフレかデフレかと言うところに財政規律を求めているのです。従って、財政上の制約は当然あるのです。
そもそも、財政出動により通貨供給と同時に需要を創造したとしても、それをこなせるだけの供給能力がなければ、単にインフレを作るだけで意味がありません。供給能力と需要との差を埋めるためには、税金だけではなく国債発行も可能であるということを、MMTは示しているのです。
7 結論
経済は、常に誰かが投資をしない限り成長できません。経済の血液である通貨は、信用創造による通貨供給により生み出されているのですから、投資が未来永劫行われないと成り立たないのです。民間企業の行き過ぎた投資は、不良債権を生み出すことになりますが、投資が少なく回収、すなわち貯蓄が過ぎると、経済そのものがデフレ化してしまいます。これは、自転車は走らないと倒れてしまうのと同じ理屈です。
問題はスピード、つまりインフレ率なのです。自転車が安全に走るためには、ある程度のスピードが必要です。同じく経済を持続可能にするには、ある程度のインフレ率が必要なのです。具体的には、2〜4%の低インフレ率を目安に財政政策と金融政策でコントロールすれば良いのです。金利は一度上がれば簡単にコントロールできないなどと言う人がいますが、これは事実誤認です。戦後の日本の金利の推移を見てもわかる通り、常に日銀のコントロール下に置かれています。そして、今やマイナス金利まで付けられているのです。但し、金利はコントロールできますが、こうした政策が正しいかどうかとは別の話です。
また、先進国は豊かなため、基本的に民需が低下する傾向にあります。そのため、民間経済は貯蓄超過に向かうのです。つまり、民間需要だけでは国民経済は破綻してしまうのです。先進国は民間の信用創造が少なく、貯蓄超過の状態にあるという事です。民間が信用創造による通貨発行を増やしていない状態だからこそ、政府の国債発行による財政出動が必要なのです。こうした状態で政府が財政出動しなければ、経済はデフレ化し破綻するのは必定です。これは、スピードがゼロになれば自転車が倒れるのと同じ理屈です。
こうした状況下では、増税や財政再建と言うのは絶対にしてはならない愚策なのです。民間の信用創造が乏しい時期に増税や財政再建をすれば、その分、必ず民間から預貯金を吸い上げることになるからです。これは、スピードが落ちている自転車にブレーキをかけるのと同じで、自爆行為です。
そもそも、自国建通貨で発行する国債は破綻しないため、国債の発行残高を気にする必要などないのです。従って、いわゆるPB縛りは即時撤廃すべきです。財政均衡は高インフレ時に目指すべきもので、デフレ下ではデフレを加速させるだけで、百害あって一利もありません。財政均衡主義は、政府の財政を見ているだけで国民経済全体の状況を全く無視した、自己中心主義なのです。国民経済全体を見るべき政府が自己中心主義に陥れば、国民経済が破綻するのも当然なのです。