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機関紙 showyou

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第111号

2022年07月30日発行

安倍元総理の遺志(こころざし)を継ぐ!

参議院議員西田昌司

安倍元総理への応援要請

自民党京都府連政経懇話会にお越しいただいた際の安倍晋三元総理(令和4年6月4日)

 7月8日は、午後12時半、四条河原町に、吉井あきら候補の応援に安倍元総理が駆けつけて頂くことになっていました。その週の月曜に出た各紙の世論調査では、吉井候補始め有力三者の支持率がほぼ拮抗しており、中には吉井候補が三番手になっている地域もあると報じられました。このままでは議席を失う可能性もあり、私は強い危機感を感じました。しかし、多くの人にその認識が有りません。私は携帯電話の電話帳に記載されている多勢の人に電話を架け実情を話し支援拡大の要請をしましたが、最初は誰もが吉井候補は大丈夫でしょうと言われます。事実を説明して漸く支援拡大に応じて頂きましたが、私は今回の選挙の厳しさを痛感していました。
 すぐさま緊急選対会議を招集して、私と同じ様に携帯電話で知り合いに支援要請をすることを徹底することを伝えると同時に、安倍元総理へ電話をし、京都への来援をお願いしたのです。安倍元総理には既に他の候補の応援日程が入っていましたが、変更して来て頂くことになったのです。ところが、京都に応援に来る途中の奈良であの惨事が発生したのです。四条河原町で来援の準備中に「安倍さんが撃たれた」との一報が入りましたが、とても信じられず、「何故、安倍晋三が撃たれなければならないのか!」と私は叫びました。
 その時はまだ詳細は分かりませんでしたが、京都に来られないことは確実です。そのため、街頭遊説を中止すべきではないかという意見も出ましたが、私は予定通り行うと決断しました。それは、新聞で大々的に安倍元総理の来援を広告しており、この事態を先ず市民に報告することが必要だと思ったからです。また、その後の選挙活動も自粛すべきとの意見もありましたが、それも退けました。
 もし、安倍元総理と相談すれば「私のことで選挙活動止めてどうするのか。ウクライナ問題やコロナ対策など、現下の国難を乗り越えるには、選挙で勝利し政権基盤を安定させるしかない。選挙活動を止めるな!」と必ず言われると私は確信していたからです。
 その後、安倍元総理の死亡が報じられました。私は「これは弔い合戦だ。勝利の報告を安倍先生の御霊に報告させて頂きたい!」このことを演説会で一心に訴えてきました。お陰様で、無事に二之湯先生の議席を吉井さんに引き継ぐことができました。皆様のご支援に心より感謝致します。しかし、一方で安倍晋三という政治家を失ったことは誠に残念であり無念です。悔しさと憤り、そして喪失感で一杯です。

京都で維新の進出を止めた意義

 今回の参院選挙がいつにない激戦になった背景には、維新の会が候補者を立てたことにあります。維新は京都を最最最重要区として、連日大阪から知事や市長が公務そっちのけで来援し、「大阪の改革を京都でも」と訴えていました。大阪の改革とは身を切る改革のことです。しかしその結果、大阪では保健所や医療機関の職員が大幅に削減され、コロナ禍による死亡者数が人口当たりで日本最悪の結果になっているのです。
 この事実をマスコミはまともに報道していません。それどころか、連日、吉村知事や松井市長のパフォーマンスばかりを報じて来ました。それが近畿地方全体に放送されるのです。関西系のテレビ局のワイドショーなどは完全に維新に電波ジャックされた様なものです。
 更に、今回は国民民主の京都の衆院議員が維新の候補を全面的に応援しました。大阪の改革がコロナ対策で大失敗していることを、この方はなんと考えているのでしょう。こういう勢力が京都で増えれば、京都でも大阪の改革が押し付けられるでしょう。その結果、コロナのような感染症が出る度に、大阪の様に命を落とす人が増えることが危惧されます。
 今回は、何とか維新の進出を押さえ込むことができましたが、来年の統一地方選挙や再来年の市長選挙でも、必ず彼らは候補者を立てるでしょう。京都を守るために、彼らの進出を絶対に抑えなければなりません。

安倍元総理の遺志

岸田総理に財政政策検討本部からの「提言」を直接お渡しする

 安倍元総理は、平成18年の第一次安倍内閣誕生以来、「戦後レジームからの脱却」をスローガンに掲げておられました。実際、憲法や東京裁判史観のように占領中GHQによって作られた法律や制度、歴史観が未だに日本を縛り続けています。その結果、本来の日本人としての価値観や伝統や文化が損なわれています。日本が真の独立国になるためにはこうした占領政策の縛りを取り払わねばならないと考えておられたのです。
 占領中に日本国憲法が作られましたが、その前文では「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と誓い、9条では「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と書かれています。今や憲法はGHQが作成したという事実は国民に知られる様になりましたが、占領初期においては自分で自分の国を守ることすらGHQは否定していたのです。このため、自分で自分の国を守るという独立国として当たり前のことが戦後の日本ではタブーになっています。
 また、先の大戦についても、大東亜戦争という当時の政府の正式な呼称が占領中にGHQに否定され、太平洋戦争と呼ぶことになりました。さらに、東京裁判により日本が一方的にアジア太平洋に侵略したと一方的に非難され、それに関わった人間は戦争犯罪人として処罰されました。この東京裁判の処分を受け入れることにより、日本の占領が解かれたのですが、その後様々な公文書がアメリカから発表され、東京裁判史観は事実ではないことが判明しています。それにもかかわらず、日本では未だに東京裁判史観が正式な歴史として扱われているのです。逆に事実に基づく歴史を語れば、それは歴史修正主義者として非難される始末です。
 安倍元総理はこうした事態を深刻に受け止め、戦後の日本を縛り付ける占領政策を一掃することを目指して「戦後レジームからの脱却」と訴えておられたのでした。私も府議会議員の時代から同じ問題意識を持って訴えてきましたが、国会議員でこれほど明確に訴えられた方は安倍元総理が最初だったと思います。

財政法も戦後レジームそのもの

財政政策検討本部で最高顧問を務めていただいた安倍元総理

 昨年、岸田内閣が誕生し、私は引き続き政調会長代理を拝命しました。自民党総裁選の決戦投票に残った岸田総裁と高市政調会長は、共に財政出動の必要性を訴えておられました。そこで私は、従来の財政再建推進本部を財政政策検討本部に衣替えすることを高市政調会長に進言したのです。その進言が認められた結果、私が本部長に任命されたのです。そこで私はかねてから積極財政を唱えられていた安倍元総理に最高顧問の就任をお願いしたのです。
 この検討本部では、財政健全派の意見と積極派の意見の両論を対比させ、その根拠となる事実について検討してきました。これにより明らかになったのが、そもそも財政健全化を主張する方々の論拠が財政法の「歳出は税収の範囲内ですべき」という趣旨の規定にあるということです。財政法にこう書いてある以上、国債発行は慎まなければならないというわけです。
 しかし、これは昭和22年という占領初期に作られたもので、その目的は防衛費などに国の予算を自由に使わせないための規定です。憲法9条を財政面で担保するためだったことが今や明らかになっています。つまり、財政法も憲法と同じく、日本の自立を阻むための占領政策の一環として作られたということなのです。安倍元総理や私たちは、財政政策検討本部での様々な議論の中で、財政法も戦後レジームであったことに気づいたのです。
 「自分で自分の国を守る」「コロナ禍ようなパンデミックは全力で抑える」「経済的に危機になれば、その人を救う」など、国民生活と社会の秩序を守るためには、ありとあらゆる政策を駆使しなければなりません。それは言い換えれば経世済民であり、国家の使命です。経世済民のための予算を税収の範囲内で抑えなければならないというのでは、まさに国家としての使命を放棄していることになります。財政法に従うべきだということに拘っていれば、国家の使命を果たせないのです。このことに、安倍元総理始め財政政策検討本部の多くの議員は気が付いたのです。そこで、参議院選挙後、自民党が勝利して政権を安定させることができれば、この事実を党内で徹底的に議論して、財政健全化が全く意味のないものであることを国民に知らしめるために安倍元総理と相談していたのです。
 その矢先に安倍元総理が凶弾に斃れました。この損失は計り知れませんが、残された我々が安倍元総理の遺志を継いでいかなければなりません。

身を切る改革は戦後レジームに縛られている

 維新の会は、憲法改正に積極的な発言を繰り返していますから、自民党よりも保守的な政党だと思っておられる方が多い様です。しかし、彼らが看板政策としている身を切る改革は、経世済民という国家の使命より財政健全化を優先させることに外なりません。正に戦後レジームに縛られた論理なのです。
 京都では幸い、選挙区で議席を与えることが阻止できましたが、比例票では3年前より倍増しています。このことに私は危機感を抱いています。経世済民とは世をおさめ民を救うという意味で、それを略して経済という言葉が生まれたのはご承知の通りです。そして、経世済民を行うことが世の中の持続的発展をもたらすのです。ところが、維新の会の言う身を切る改革は、これとは逆に経世済民を否定しているのです。
 身を切る改革と同じことを、かつて自民党は構造改革と言い、民主党は事業仕分けという言葉で主張していました。いずれも、それは失敗に終わりました。それは、財政法という日本の財政の自由を奪い日本を貧しくすることを目的とした戦後レジームに従うことだったのですから、当然の帰結です。従って、維新の会の身を切る改革も同じ運命を辿っていくでしょう。
 安倍元総理の遺志を伝えるとは、正にこうした歴史の事実を国民に知らせることに外有りません。安倍元総理の死により失ったものはあまりにも大きいですが、改めて、日本の真の独立のため全力で取り組むことを安倍元総理の御霊に誓います。

樋のひと雫
-ボリビア残照-

羅生門の樋

 今、中米に過去にない実証実験(?)をやろうとしている国があります。エル・サルバドルです。人口650万人、コーヒ-生産以外では加工産業が発達し、中米では工業化に成功していると言われています。30年程前に10年余り続いた内戦に漸く終止符を打ちました。しかし、以降も経済的な苦境は続き最大の産業は「出稼ぎ」とさえ言われています。また中米の多くがそうであるように、マフィアの跳梁が激しく、つい4ヶ月ほど前には治安維持の為に非常事態を宣言し、夜間の活動が制限されています。その国で、自国通貨が仮想通貨に変更されました。この話を耳にして、エルサルにいる友人と話をしました。
「本当に通貨がなくなったの?」まず聞いたのがこれです。国家は中央銀行を通して通貨の総量を規制し、財政の規律を維持します。自国経済の発展や国民生活の発展に役立つように抑制します。この手段が無くなります。「ネットを持ってない人間はどうするの?」最近は日本でも仮想通貨は良く聞きますが、余り現実味がある話ではありません。時間によって大きく変動する価値では、安定した生活が送れるのかとつい心配になります。我々の様なガラケー人間はどうするの(まあこれは日本だけの話ですが…)。「農村部のネット環境って、そんなに進んでいたっけ?」ニカラグアに2年程いたのは数年前、エル・サルを訪問してからずいぶん経ちます。つい心配になります。仮想通貨使用にはChivo Walletというアプリが必要なこと、政府発表で500万人がインストール済ですが使用可能なスマホが限られ、当初は反対が随分あったこと。「国民の半数以上が銀行口座を持っておらず、海外(の出稼者)からの送金を受けることができない。口座があっても送金にはコストがかかる。」といのが政府が導入した説明だそうです。
 つい最近もメールが来ました。実際に大手スーパ-やマクドナルド、スターバックスでは仮想通貨専用レジがあり、列を作っている。しかし、事務机を買おうとしたら仮想通貨での支払いを断られ、米ドルで支払ったとのことです。まだまだ現金が強いと云うことでしょうか。国民は30米ドルのボーナスが貰えるのでインストールしたのですが、日常は米ドル、クレジットカードだそうです。普段の生活は変わらないという内容でした。ラティーノは強かと思いながら、かの国の財政報告や予算書はどうして作るのだろう? また、疑問が湧いてきました。

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第110号

2022年04月28日発行

ウクライナ戦争と財政危機
東京裁判史観から脱却せよ!

参議院議員西田昌司

ロシアが悪でウクライナが善?

岸田文雄 総理大臣に今後の諸課題について直接提言いたしました

 2月、突然ロシアがウクライナに侵略しました。武力による現状変更は許されないとして、すぐさま日本では反ロシアの非難決議が衆参両院で採択されました。更に、ウクライナのゼレンスキー大統領をリモートではありますが、国会で演説させるという前代未聞の措置がなされました。勿論、マスコミも反ロシア・反プーチンの大合唱ですから、国民の多くもロシアを非難し、ウクライナを支援しようという空気に包まれています。
 しかし、こうした報道は本当に正しいのか、私は当初から疑問を感じていました。ロシアがウクライナに先制攻撃したことは事実であり、それ自体は非難されるべきでしょう。しかし、問題は何故ロシアがそうした行為をしたのか、そのことに対するロシア側の言い分が全く考慮されず一方的に報道されていることです。先に武力攻撃をしたロシアが一方的に悪で、攻撃を受けたウクライナが被害者であり、それを支援することが善という善悪二元論に基づいていますが、私はこうした報道に強い違和感を感じています。国と国との間に限らず、人間社会においては、どちらかが一方的に善でどちらかが一方的に悪ということは有り得ないと考えるのが、大人の常識ではないでしょうか。

東京裁判史観に洗脳されている

 私はこうした報道を見ていて、直感的に真珠湾攻撃から始まる日米開戦のことを思い出しました。このことは、戦後は概ね以下の様に教えられてきたでしょう。日本がハワイの真珠湾に先制攻撃をして大東亜戦争が勃発した。それ以前にも日本は満洲国を建国するなど、中国大陸でも領土を拡大し、侵略を繰り返していた。更に、日独伊三国同盟を締結して全体主義の道を歩み出すことになる。日米開戦によりアメリカを始めとする連合国との間で第二次世界大戦に発展し、最終的に全体主義国家は連合国に敗れ平和が訪れた。日本は、アメリカに原爆を落とされるなど都市の多くは破壊され、多くの国民の命が奪われた。遂に、ポツダム宣言を受け入れ無条件降伏し、アメリカに占領されることになった。占領中、日本は民主化のために憲法を改正し、民主主義国家として再スタートした。
 そして、こうしたシナリオの下に行われたのが東京裁判です。日本は東京裁判を受け入れ、戦犯として認定された人物は処刑されました。その結果、サンフランシスコ講和条約を結ぶことができたのです。これにより、日本は占領を解かれ独立を回復することができたのです。
 しかし、以上の記述は戦勝国である連合国の立場での歴史観であり、連合国を戦後は国連と訳しています。まともな日本人なら、こうした歴史観は到底受け入れられないはずです。確かに、日本が真珠湾に軍事的に先制攻撃をしたことは事実です。しかし、それ以前にアメリカが日本への石油の輸出を禁止し、更に日本が絶対に受け入れられない「ハルノート」を突きつけるなど、アメリカの方が先に事実上の宣戦布告をしていたことは当時から知られていた事実です。
 また、国民党の蒋介石に対して共産党の毛沢東と協力して日本と戦う様に仕向けたのが、アメリカであったことが今や事実として知られています。その証拠に、日本を占領したGHQのマッカーサー元帥は朝鮮戦争の最中にその任を解かれますが、その直後の昭和26年、アメリカ上院での委員会で「あの戦争は日本にとってはおおむね自衛の戦争であった」という旨の証言しているのです。東京裁判を行った側の人間が、東京裁判史観を真っ向から否定しているという事実を私たちは知るべきです。
 こうした事実を知れば、現在のウクライナ侵略に対するロシアへの一方的非難に違和感を感じるのは、歴史を知るものならば当然のことではないでしょうか。今日のロシアへの一方的非難は、未だに東京裁判史観から抜け出せない日本の姿を象徴するものなのです。

参議院決算委員会での議論

YouTube「週刊西田」の馬渕元ウクライナ大使との対談は、シリーズで15万回以上再生されています。是非ご覧ください。

 前回のShowyou109号で財務事務次官の財政破綻論が事実誤認であることと、それを糺すために財政政策検討本部を設置したことを述べました。世間では相変わらず、国債発行がこれ以上増えれば通貨の信認に影響するという報道ばかりが溢れています。
 しかし、コロナ禍により疲弊した経済や社会を支えるためには財政出動する以外ありません。そのため補正予算が異次元の規模で編成され、令和2年度には三度に亘り補正予算が編成されその総額73兆円にもなりました。当初予算との合計は175兆円という予算規模になり、これは通常の予算の2年分に相当する額です。財務省のいうことが正しければ、これだけの規模の予算を執行すれば財政破綻の兆候が見られるはずです。しかし現実は、ウクライナ戦争による影響が多少はあるものの、物価も為替も金利も比較的に安定しています。事実は、財務省の説明とは違っているのです。
 私は、4月11日の参議院決算委員会において次の様な質問をしました。
「国債の償還は現実には税金ではなくて、借換債で行われている。したがって次の世代の負担にはなっていない。さらに、日銀が保有している国債に対して支払われる利払費は、日銀の経費を除いて全額が国庫に納付されることを日銀が事実と認めた。このことは、現実には日銀保有の500兆円の国債については、利払いも償還も財政に影響与える事はなく、事実上借金ではないということと思うがどうか。」この質問に対して鈴木財務大臣は「一つ一つの事実を追いかけるとその通りだと思う」という趣旨の発言をされました。財務大臣が、日銀保有の国債は事実上借金でないということを認める画期的な答弁をされたのです。(この様子はYouTube西田昌司チャンネルでご覧いただけます)
 この答弁は、国債残高が1000兆円と言われていますが、日銀保有債を除けば事実上500兆円しかなく、しかも国債の償還は借換債で行っているのですから、孫子の代へのツケにもならないと財務大臣が認めたことを意味します。つまり、日本は財政再建をしなければ破綻するという状態ではない。このことが事実と証明されたわけです。まさに、財務省やマスコミなどが報じてきたことが誤りであったのです。

何故、財務省は誤った判断をしたのか

 昭和22年に施行された財政法の第4条には「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる」と規定されています。これは、公共事業等以外は税金の範囲内でしか予算が組めないという規定です。
 しかし、バブル崩壊後税収不足が続き、いわゆる「特例公債法」が作られました。これにより、毎年国会で法律を制定することにより、赤字国債が出せるようになりましたが、赤字国債が恒常化したため有効期間を複数年にする改正がなされ、現在の法律は令和7年度まで赤字国債が発行可能になっています。そして、この年度がPB黒字化の達成年限になっているのです。つまり、法律上は原則として赤字国債は出せないのです。財務省は、この法律に従って財政の健全化を主張してきたわけで、彼らの主張にも一理あるのです。

占領政策は、日本の貧困化と非武装が目的

財政金融委員会での質問はYouTubeチャンネルで30万回以上再生されています

 しかし、なぜ昭和22年に財政法が作られたのか、その淵源について考える必要があります。ご承知の通り、昭和27年4月28日まで、日本は敗戦によりGHQの占領下に置かれていました。昭和22年は物価が高騰し、大変なインフレの時代でした。その原因は、国債が戦費調達のために大量発行されたことによりインフレになったと言われていました。その対策として、その前年の昭和21年には財産税課税が実施され、国債は全額償還されたのです。同時に預金封鎖と新円切り替えが実施されました。しかし、インフレの原因は国債の発行ではありません。空襲による生産設備の破壊や敗戦による原材料の禁輸措置による供給力の極端な低下と、戦時中は統制経済により抑えられていた民間需要が急増したことによる、極端な需給ギャップが真の原因だったのです。
 この法律の真の目的は別にあったのです。その一つが戦時利得者からの財産没収です。戦時中に政府は国家総動員法により物資を調達します。しかし、その対価の支払いを約束した補償等は当然支払われるべきものですが、GHQはそれを許しませんでした。それを戦時利得者として補償を払うどころか徹底的に財産没収をさせたのです。戦時利得者の利益没収を名目に最大90%の凄まじい税率の財産税が課されました。これにより日本人が貧困化し社会が混乱したことは想像に難くありません。
 この法律の最大の被害者は、皇室です。これにより皇室財産のほとんどが召し上げられました。戦前は、皇室運営の財源は事実上国家の予算ではなく、御料林の経営による収益等、皇室財産の運用益によって賄われていたのです。その財源となる財産が殆ど全て取り上げられたのです。その結果、皇族としての生活が維持できなくなり、直宮以外の11の宮家が臣籍降下を余儀なくされたのです。
 いずれにしても、終戦直後の占領時代においてはまともな議論をすることもできず、GHQの命ずるままに法律が作られたのです。そしてそれらは、皆、日本の民主化という美名の下で行われたのです。東京裁判もその一例であった事は言うまでもありません。
 財政法は、当時の帝国議会では真の目的が何か殆ど議論がないまま制定されましたが、その後、昭和62年には、宮澤喜一大蔵大臣が財政法4条の制定目的について「戦争中に国債が自由に無制限に発行できることが、日本が戦争に入った大きな原因であると反省し、またGHQもそう考えたと思う」という趣旨の答弁しています。つまり、再武装させないために財政に縛りをつけたのが制定目的であったことを認めているのです。

東京裁判史観から脱却せよ

 幸いなことに、戦後も昭和の時代までは、経済成長により毎年税収も増え赤字国債を発行する必要がありませんでした。また、東西冷戦が日本にとっては安定した平和をもたらしてくれましたから、防衛費も比較的少額で済みました。そもそも、自ら国を守ることを真剣に考える必要もなかったのです。東京裁判史観に基づくGHQの作った戦後の価値観を守っていけば、日本は平和で安全で豊かな社会を維持することができたのです。
 しかし、平成元年(1989年)のベルリンの壁の崩壊により、事実上、東西冷戦は終り、世界の体制は大きく変化したのです。ウクライナ戦争は常任理事国が拒否権を行使すれば、何ら国連が全く機能しない事実を私たちに突きつけました。防衛力の増強は、喫緊の課題ですが、GDPの1%分以内に防衛費を抑制していては不可能です。また、コロナ禍により傷ついた国民経済を立て直すには、多額の財政出動が必要です。それを妨げるのが、財政法に支配されたPB黒字化論なのです。そろそろ、財政法が日本から財政の自由を奪い、弱体化させるために作られたことに気がつかなければなりません。ウクライナ戦争とコロナ禍はそのことを我々日本人に教えてくれているのです。

瓦の独り言
「遊郭の島原とウクライナ」

羅城門の瓦

 今年もコロナ過に負けず都大路の桜は満開で、花街からは「みやこをどり」や「京おどり」の案内も目についていました。京都の花街といえば芸舞妓に出会える五花街が有名ですが、瓦としては花魁道中で有名な「島原」も忘れてはいけないと思います。ところがこの「島原」という名前は地図を探しても見当たりません。大門の在るあたりは「西新屋敷」という地名です。では、なぜ「島原」と呼ぶのか調べてみたら、なんと「島原の乱」に由来するそうです。
 島原の乱は1637(寛永14)年、九州の島原、天草で発生した農民一揆とキリシタン弾圧に対するものでした。天草四郎率いる3万7千人の一揆軍は原城に立て籠り応戦したが、江戸幕府軍のまえにあえなく惨敗。全員が処刑されるといった悲惨な結果でした。
 このニュースは京都にもいち早く伝わったそうです。この時、島原の遊郭は東本願寺北の六条坊門から朱雀野(今の場所)へ移転してきたところでした。その30年ほど前には二条城築城で立ち退き移転を強制されたとか。遊郭の移転となれば大騒動で短期間に何回も・・・。まるで戦乱を思わせる混乱ぶりは「島原の乱」の直後であったので、京都の人々は乱にたとえて「島原」と呼ぶようになったとか。
 それほど島原の乱は、京都に住んでいる人たちに衝撃的な出来事として話題になり、遊郭の引越しには援助活動も行われたのではないかと思われます。このような経緯で遊郭の名前が「島原」になったとか。
 さて、時は流れた今、「ウクライナ」の惨状がニュースに載らない日はありません。京都市はキーウ(キエフ)とは姉妹都市を結んでいます。ウクライナの惨状が伝えられた数日後にはコンビニのレジ横に「ウクライナ難民支援」の募金箱が置いてありました。ウクライナ産のチョコレートの定価に救援募金を乗せて販売したところ、すぐに売り切れたと聞いています。
江戸初期の京都人が「島原の乱」に思いをはせ、平和を願う気持ちは、400年たった今でも脈々とうけつがれていると思っています。
 また、市民あげてのウクライナ支援は勿論のことですが、我々が国会にお送りしている西田昌司参議院議員のウクライナ問題に関する鋭い視点と、時間はかかると思われますが紛争終結に向けた活動を期待してるのは、瓦一人だけではないと思います。

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第109号

2022年01月01日発行

財務省に告ぐ。真実を述べよ!

参議院議員西田昌司

財務省次官の間違った認識

BSフジ『プライムニュース』~検証“バラマキ合戦” 財務省トップの警告は積極財政か緊縮財政か~に出演いたしました。

 去年、衆院選が目前に迫る中、財務省の事務次官が月刊誌に、与野党の公約を「ばら撒き合戦」と断じた上で、このままではタイタニック号の様にいずれ氷山に衝突して沈没する、と財政破綻の危機を訴える原稿を寄稿しました。現職の事務次官が政治家を批判するというのは異例のことです。職を賭けて財政破綻の危機を諫言するという姿勢を評価する人もおられますが、これは全くの見当違いです。
 彼は、カミソリ後藤田と呼ばれた名官房長官 後藤田正晴氏の「勇気を出して意見具申せよ」の訓示に習ったそうですが、大臣に直接物申す事は良しとしても、選挙を目前にした時期においての雑誌への寄稿は政治発言そのものであり、官僚の矩を超えている事は言うまでもありません。ましてや、その内容が財政についての事実誤認です。そもそも、国庫を預かる責任者が、実は日本は破綻寸前と公言することは国債の信任を否定することと同じ意味で、市場が混乱するリスクも有ったはずです。幸い市場は寄稿に全く反応しませんでした。市場の方がより現実を知っているのでしょう。
 今回の衆院選挙では、自公で絶対安定多数を確保したものの、真の勝者は議席を4倍増にした日本維新の会です。その主張は身を切る改革であり、まさにこの寄稿と軌を一にするものです。しかし、身を切る改革の意味することは、結局、大衆受けを狙ったポピュリズムでしかありません。現職の財務事務次官の発言により、こうしたポピュリズム政党が躍進したとなれば大変な問題です。

財政破綻とは何を意味するのか全く説明していない

 私は、最初にこの論文を読んだ時、このままでは国家財政が破綻すると言う表題について、自国通貨で発行した国債が返済不能になる事は無いと財務省も公式に認めているにもかかわらず、よくこんな出鱈目が言えるものだ、と強く憤っておりました。
 更に、この原稿を書くに当たり、もう一度この論文を読んで驚いたことは、実は、国債の償還が出来なくなるとは一言も書いていないのです。そもそも、このままでは国家財政は破綻すると言いながら、この人が主張している事は「国債の残高がどんどん増加している」「世界のどの国よりも多い」「バラマキが続くからこの先も減る見込みがない」「国債の格付けに影響が生じれば日本経済全体に大きな影響が出る」など危機感を煽る言葉が並べられているだけで、国債残高が増えればなぜ財政が破綻するのかと言うことについては一切説明していないのです。これがこの論文の最大のウィークポイントなのです。

国民を不安に陥れる悪質な論文

新設された財政政策検討本部において本部長に就任いたしました(左は安倍晋三 最高顧問、右は高市早苗 政調会長)

 国債残高が増加すれば財政破綻すると言われれば、普通の人は国債が返済不能に陥ることだと思うでしょう。それは国家の破産であり、そうなれば経済が大混乱すると考えるでしょう。しかし、国債が償還できなくなるとは一言も書いていないのです。これがこの論文の狡いところです。
 実は、国債の償還は税金で支払っているのではなく、新たな国債発行で得た資金で行っているのです。現実には古い国債を新しい国債に入れ替えしているに過ぎませんから、絶対に返済不能に陥るはずがないのです。自国通貨建てで発行した国債は返済不能になることがない。これは主権国家には通貨発行権が有るからです。これは、財務省のホームページにも記載されている事実です。
 当然、この事実は財務省の人間なら誰でも知っています。だから、国債残高が増えれば大変だと騒いでも、返済不能になるとは一言も発していないのです。国債残高が増えると騒げば、返済不能になると大衆が思いこむことを承知でこのような発言をしているのです。

国家財政を家計に例える悪質な情報操作

 この様な財務省の国民に不安に陥れる手法は、「国家財政を家計に喩えれば」として長年に亘り行われてきました。サラリーマンの家計では、働くことによってしか収入が得られません。借金をして収入以上の生活をしていれば、そのうち破産するのは自明の理です。しかし、政府は税収だけでなく通貨発行により歳入を得ることができますから、国家財政を家計に喩えるなど全くの間違いなのです。それを承知の上で、国家財政を家計に喩えて、税収以上の予算を執行していればいつか必ず破綻すると国民を誤解させ不安を煽ってきたのです。
 私たちが国家財政を家計に喩えるのは間違っていると再三にわたり指摘した結果、財務省は今ではこうした表現はしないようにしていますが、いまだに家計と国家財政を混同して誤解している人が圧倒的に多いのが現実です。
 国会議員や経済人の中にも誤解している人は大勢います。この論文が発表されて、財界人や経済学者の中からもこの次官のことを日本の財政危機を訴える気骨の役人と評価する人もいます。これは、彼の思惑通りの反応をしているにすぎないのです。

なぜ財務省は誤った情報を流すのか

自民党本部で岸田総裁出席の緊急役員会の様子

 財務省の主要な権限は徴税権と予算査定権です。税金をかけたり予算を配分したりする権限を持っているからこそ、省庁の中の省庁と呼ばれる力を持っているのです。現実には、ナンバーワン省庁と言うだけではなく、国会議員よりも強い権限を持つに至っているのです。
 彼は論文の中で「私たち国家公務員は、国民の税金から給料をいただいて仕事(公務)をしています。決定権は、国民から選ばれた国民の代表たる国会議員が持っています。決定権のない公務員は、何をすべきかと言えば、公平無私に客観的な事実関係を政治家に説明し、判断を仰ぎ、適正に執行すること。」と殊勝なことを述べています。
 現実にはこの逆で、事実を述べず、もしくはねじ曲げて説明しているのです。こうした手段により、国民や政治家をコントロールすることにより、ナンバーワン省庁どころか、国権の最高機関である国会をもコントロールする力を持つに至っているのです。

国民の不安を煽り支配力を強める財務省

 そしてこの力を維持するためには、常に国民や国会議員を財政の危機にあるという不安感で縛っておく必要があるのです。私も今までは、財務省のことをここまでひどく批判してきた事はありませんでした。彼らの発言は事実を誤認してはいるが、それも国家財政を預かる者の使命感がなせるものと思っていました。
 しかし、今回の論文はそうした私の甘い考えを完全に否定しました。日本の状況を、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの、と喩え危機を煽る一方で、国債が償還不能になるという事には一言も触れない。その理由は、日本の国債が償還不能になるはずがないことを知っているからとしか思えません。
 財政破綻が来るという恐怖心で国民を縛り、結果的に自らの支配力を強める手法は国家の財政を預かる役人の使命を完全に逸脱しています。こうしたことを繰り返しているうちに、国民だけでなく財務省は自らも洗脳してしまっているのです。

通貨発行とは国債発行のこと

 ここで通貨発行について考えてみます。一万円札などの現金(通貨)はどういうルートで私たちの手許に来たのでしょう。銀行のATMで下ろせば現金が手に入ります。銀行預金を引き出せば現金となり、現金を預ければ預金になる訳で現金と預金は表裏一体の関係にあります。
 では、預金残高はどうすれば増えるでしょうか。現金と預金は表裏一体ですから、現金を預けたら預金は増えても手許現金は減りますからその総額は変わりません。預金残高が増えるのは銀行から借金した場合しか有りません。逆に減るのは借金を返済した時です。この事をよく覚えておいて下さい。
 同じことが国債発行でも起きています。給付金で考えてみましょう。政府が国債発行をして、国民一人当たり10万円の給付金を一億人に配ったとすると政府の借金が10兆円増えますが、同時に国民全体で預金や現金が10兆円増える事になります。政府の借金が国民の預金や現金を増やしたのです。これが通貨発行なのです。政府は、国債発行して予算執行することにより、国民に通貨を供給することができるのです。
 では、国債の償還はどうするのか考えてみましょう。期限が来た国債は新たに国債を発行して得た資金で償還されます。事実上の借り換えで、税金で返済しているのではありません。税金で返済していれば国債残高は増えません。国債残高は国民に通貨供給した金額の合計が幾らかということです。これを減らすということは、国民から通貨を奪う事になります。財政出動は国民に通貨を供給することです。税金は供給した通貨の回収装置なのです。この二つの機能を組み合わせて国民生活を守ることが財務省の本来の使命なのです。

財政政策検討本部設置の意味

 通貨発行権を行使するとは国債発行による財政出動をするということ。税金はそれを回収して社会の格差を是正し、社会を有るべき方向に誘導する装置。これが現実であり、事実なのです。従って、税金の範囲内で予算執行するべきという財政均衡論は間違いなのです。現に、世界中のどの国も財政均衡、つまり国債残高がゼロの国は存在しません。国債残高の多寡が問題なのでは有りません。国民生活が安定し国家が機能してしているかが問題なのです。
 我国では20年以上にわたるデフレ状態が続き、格差が広がっています。更にコロナ禍による経済のダメージが続いています。外を見れば、中国が軍事力を強化し、領土拡大の野心をあらわにしています。政府がやるべき仕事の量は計り知れません。今こそ、通貨発行により政府がその責務を果たすべき時なのです。  
 それを行うために設置したのが財政政策検討本部なのです。財政均衡派、積極派双方の意見を聞き財政政策を正しい方向に向かわせます。乞う、ご期待。

瓦の独り言
「歌舞伎で日本人の感性を再認識!」


羅城門の瓦

新年寅年。あけましておめでとうございます。
 コロナ過とともに新年を迎えましたが、世の中は普段に戻りつつあるかのようです。昨年末には「当る寅年吉例顔見世興行」も行われ、京都五花街の芸舞妓の「花街総見」も新聞記事に出ていました。
 歌舞伎といえば、昨年末に中村吉右衛門さんがお亡くなりになられました。吉右衛門さんといえば「鬼平犯科帳」の火付盗賊改方の長谷川平蔵がテレビの時代劇の当たり役で、平成の30年間を務められました。また、瓦にとっては、歌舞伎の「楼門五三桐」の「石川五右衛門」役が忘れられません。歌舞伎を何も知らないとき、15分間の「楼門五三桐」が南禅寺の山門での出来事であることを教わりました。登場人物の真柴(ましば)久吉(ひさよし)、武(たけ)智光(ちみつ)秀(ひで)が羽柴秀吉、明智光秀であり、石川五右衛門の育ての親が明智光秀で、五右衛門が羽柴秀吉を親の仇と狙うといったストーリーで、歌舞伎では時の権力者に忖度をしてか、史実と異なった世界を演出していることも知りました。改めて、ユーチューブで吉右衛門さんの「楼門五三桐」を見直したところ、史実とは異なっているが、そこには日本人の感性、人の心情のやり取りが現れていることを再発見しました。
 今、若い方に歌舞伎の「楼門五三桐(さんもん・ごさんのきり)」の漢字が読めるのか?理解できるのか? と首をかしげているのは瓦一人だけではないはずです。前回、「煙管」について書きましたが、昨年度末の12月14日に、「今日は討入り蕎麦を食べる日」と若い者(息子たち)に言ったら、「それ、何のこと?」との答え。
 忠臣蔵などを扱った「歌舞伎」などの古典(?)から、さらにはさかのぼれば「源氏物語」から、日本人の感性や心情を見直す時が来ているように思っているのは瓦だけではないはずです。古臭いと言われようが、そこには失われつつある日本人の感性、義理人情があふれており、それを再認識して、次世代に継承していくのが、我々、瓦の世代の役目ではないでしょうか?
「伝えよう、美しい精神(こころ)と自然(こくど)」を信条とされ、我々が国会へお送りしている西田昌司参議院議員も歌舞伎を通しての日本人の感性、義理人情についても同じ思いを抱いておられる、と確信しているのは瓦一人だけではないはずです。

showyou

第108号

2021年10月17日発行

岸田内閣発進! 新自由主義との決別へ。
衆院選は立民共産連合と維新の掲げる新自由主義との戦い

参議院議員西田昌司

岸田文雄衆院議員との共通の問題意識

岸田文雄総理大臣が参議院自民党役員室へ就任挨拶に来られました

 10月4日、岸田文雄衆院議員が第100代総理大臣に選出されました。昨年8月、体調不良による安倍総理の突然の辞任を受け、自民党総裁選が実施されました。岸田候補は総裁選に立候補するも、菅候補に大差で敗れました。かねてから岸田氏は安倍総理の後継者と目されていたにも拘わらず、インパクトが弱いことが指摘され、この敗戦により総理の目はなくなったと一部に言われていましたが、正に不死鳥の如く蘇ったのです。
 今から2年前、岸田衆院議員は外務大臣を退任した後、自民党の政調会長に就任されました。その際、自民党の役員連絡会で私は、「今のデフレから脱却するには国債発行を財源にした財政拡大以外に方法はない。そのためにも党内にMMT(現代貨幣論)の研究会を立ち上げるべきだ」と主張を繰り返していました。私の主張を受け止めて実行して頂いたのが当時の岸田政調会長だったのです。
 今回の総裁選挙でも自分の特技は「聞く力」だとお話しされていましたが、正に事実だと思います。
 そういったご縁で、岸田衆院議員とも親しくお話しする機会がありました。私がMMTを主張しているのは、新自由主義で歪んだ格差を是正し、デフレ脱却をすることが目的です。その当時から岸田衆院議員は私と同じ問題意識を持っておられました。私は次の総理には是非とも岸田衆院議員がなるべきだと、その時から思っていたのです。

「岸田文雄では自民党は変わらない」のウソ

 今回の自民党の総裁選挙では、当初から河野太郎候補の勝利が喧伝されていました。しかし、結果は岸田候補の圧勝に終わりました。この結果について、マスコミ等では派閥力学の結果であり、これでは自民党は変わらないと論評していますが、全くの事実誤認です。
 今回の総裁選挙には岸田文雄、河野太郎、高市早苗、野田聖子の4氏が立候補しましたが、政策面で分類すると、いわゆる改革派は河野、野田の両氏でしょう。彼らの掲げる改革とは小泉内閣以来の規制緩和路線で、小さな政府を目指す新自由主義に重きを置いています。また、マスコミ等が掲げる改革も彼らと同じ規制緩和と小さな政府路線です。これに対して、岸田、高市両氏が訴えていたのは政府が応分の役割を果たすために、財政出動を増やすと言うもので大きな政府路線なのです。
 小泉内閣以来の自民党の路線の変更を訴えていたのが、実は岸田、高市の両氏だったのです。このように、明らかに岸田総理は今までの自民党の路線と違う方向に舵を切っているのです。自民党は大きく変わろうとしているのです。

新自由主義の問題点

自民党京都府議会議員団からコロナ対策に関する緊急要望を受けました

 小泉総理以来、改革と言う言葉が自民党の政策キャッチフレーズになってきました。郵政民営化がその象徴でした。当時、郵政に具体的に問題点があった訳でもなく、ただ単に一度変えてみればいいんじゃないかと言う安易な改革至上主義が世の中に蔓延してしまいました。改革に応じないのは既得権益に固執する守旧派とレッテルが貼られ、次から次と規制改革が行われました。
 その当時は、バブル崩壊による閉塞感が世の中に溢れていました。また一方で、バブル時代に日本に奪われた富を取り戻そうというアメリカの露骨な要求もありました。こうした中、あらゆる制度が改革されたのです。
 いずれにしても、小さな政府路線は政府の財政規模を削減することになり、バブル崩壊で民需が減っている時代にこうした政策をすれば、デフレ化するのは必定なのです。その一方で、規制緩和によりビジネスチャンスを得た人もいるでしょう。しかし、規制を廃して市場競争を進めれば最後は、ただ一人の勝者が市場を牛耳るだけで必ずしも公益に合致したものとはなりません。
 大店舗法の廃止で、全国で多くの商店街が破壊されました。勝ち組だったはずの大型スーパーの代表であるダイエーが経営破綻したのはその象徴です。また、インターネットの世界ではGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)と呼ばれる企業群が国家権力を超える力を持ち始めています。その一方で国際課税の隙間を掻い潜る課税逃れが横行し、国家主権が脅かされています。明らかに市場原理主義、新自由主義は公益から離反しているのです。

岸田ビジョンの示すもの

 岸田総理は、新自由主義路線を改め新たな資本主義を目指すと宣言しています。それは富める者と富まざる者との格差をなくし、誰もが豊かさを実感できる社会です。経済成長による利益が一部の企業や人にだけに恩恵をもたらすのではなく、政府の分配政策を通じて多くの国民に利益が及ぶことを目指しています。
 企業の利益が株主への配当や役員報酬あるいは内部に留保されるのではなく、賃金の上昇を通じて多くの人々に分配されることにより消費が増え、それがまた新しい成長をもたらすという成長と分配の好循環を目指しているのです。
 これは、昭和30年代、正に日本の高度経済成長をもたらした時代の姿によく似ています。この時代の総理大臣は池田勇人で、岸田総理の派閥の創設者です。池田勇人が掲げたのが所得倍増論でした。岸田総理は自らの経済政策を令和の所得倍増論と呼んでいますが、正に池田勇人の所得倍増論をモチーフにしているのです。それが成長と分配の好循環の意味するところです。

予算の単年度主義の弊害を是正

総裁選挙管理委員として討論会を見守る西田議員

 岸田内閣の政策のもう一つの目玉は、予算の単年度主義の弊害を是正することです。日本では憲法上、毎年度ごとに予算を組むことになっています。毎年度ごとの予算を国会に提出して議論をする事は民主主義の基本です。一方で研究開発や国土強靭化などは長期的に予算を立てる必要があります。長期計画に基づき、毎年予算化していくのですが、景気の変動により税収も変動します。 
その結果、せっかくの長期計画も税収不足になると予算化ができないのです。税収の不足分は国債を発行すれば良いのですが、毎年プライマリーバランスの黒字化が要求されるため、予算化しにくい現実があります。これが単年度主義の弊害で、日本をデフレ下にさせた根本的原因です。
 岸田総理はこの単年度主義の弊害を是正すると公約しているのです。これにより、長期間を要する研究開発や新幹線ネットワークはじめ、国土強靭化などのインフラ整備が可能のなるのです。これは事実上、プライマリーバランスの黒字化目標を撤廃したことであり、財政再建路線からの政策変更です。
 自民党と公明党は政策協定を結び、連立政権を20年間にわたり実践してきました。その間、バブル崩壊後の税収不足のため、長期計画が廃棄され緊縮財政が続けられてきました。これが経済のデフレをもたらした根本原因です。岸田総理の下での自公連立政権では、この方針が変更されることになるのです。公明党が要求してきた福祉政策もより一層の実行が可能となるでしょう。

立民と共産の選挙協力は共産党政権誕生の一里塚

 今回の衆議院選挙においては、共産党は立憲民主党と選挙協力し、候補者を一本化して与党候補と対峙することを決めています。京都でも1区、3区及び6区がその対象です。3区や6区では、共産党が候補者を立てずに立憲民主党の候補を支援しています。共産党は明確に政権交代を主張していますが、これは共産党が野党連立政権に関わることを宣言しているということです。
つまり、立憲民主党の候補に投票することは共産党に投票するのと同じ意味を持つことになるのです。
 恐らく殆どの国民は、共産党の政権など夢にも思っていないでしょう。しかし、共産党は国民の関心がない中で密かに政権の中枢に食い込もうとしているのです。それが共産党の作戦なのです。
 もう殆どの人が忘れているでしょうが、かつて京都府では蜷川虎三さんが7期28年にわたって知事を務めていました。昭和25年に社会党の公認候補で初当選しましたが、その後支持母体は社会党から共産党に変わり、事実上の共産党政権が京都では誕生したのです。その間、京都府の行政組織を利用して、府下全域に共産党の勢力が拡大し、京都は停滞の時代に入ったのです。
 南北に細長い京都府の発展のためには、南北に国土軸を形成することが必要です。北陸新幹線の小浜京都ルートは、山陰新幹線構想との連結により丹後から山城地域を結ぶ新幹線ネットワークを形成するためのものです。
 共産党はこうした大型の公共事業にはいつも反対していますが、京都で共産党の支援を受けた国会議員が増えると、こうした新幹線計画も進まなくなってしまいます。

維新の会は、新自由主義に立脚したデフレ政党

 京都は大阪に隣接しているため、維新の会もそれなりの支持者がいます。元々、自民党の大阪府会議員たちが作った政党ですから、自民党と良く似た政党だと思っている方もおられるでしょう。彼らの主張の1丁目1番地は、身を切る改革、つまり公務員や議員の定数、更にその給与を削減して行政の効率化をする。そしてその究極の目標は大阪都構想や道州制という統治機構改革です。
 ですが、その大阪都構想は二度にわたって否決されました。統治機構改革は混乱をもたらすだけだと大阪の府民市民が感じたからです。そもそも身を切る改革は、デフレを加速するだけです。
 かつては、自民党も彼らと同じようなことを主張し実行してきました。小泉政権時代から続く構造改革路線です。それが結局は給料を低下させデフレ下を作り出したのは先に述べた通りです。新自由主義がもたらしたこうした結果を反省し、国民への分配を増やし、給料を上げ、デフレから脱却させると言うのが岸田内閣の目指すものです。
 維新の会にはこうした新自由主義についての反省が一切ありません。彼らの政策を推し進めればデフレが加速するだけなのです。

樋のひと雫
-アンデス残照-

羅生門の樋

 ボリビアからは財団活動の再開や研究大会の開催日程が届きだしました。漸く日々の活動が少しずつ戻りだした感があります。しかし,完全にという訳ではなく,国際会議もリモートで行うなど,ボチボチの手探り感満載の試行錯誤からです。日本も新しい首相が決まり,総選挙の日程も決まりました。コロナ禍の中での新たな船出となります。今回の総裁選は,収まるべき処に収まった感があります。急激な変革ではなく,日々の漸進と中庸というある種の日本の国民性が現れているように思います。新しい首相には行きついた新自由主義の弊害を取り除き,富の再分配も含めた新しい日本像を期待したいものです。
 ところで,アンデスの隣国ペルーでも新しい大統領が誕生しました。急進左派のカスティジョが,決選投票でケイコ・フヒモリ(西語ではjiはヒと発音します)を破りました。今回の選挙ではボリビアの友人の多くが,「アルベルトの娘が勝つ」と言っていました。彼女は3回目の選挙ですが,前回は都市部中間層の反発を受けました。今回は従来の支持層に加え,「ペルーを第2のベネスエラにするな」と云う多くの都市部住民の支持を得ていました。資源大国のベネズエラを極貧の国にした左派政権の誕生をペルーでは見たくないという心情でしょう。高名な経済学者たちも資源の国有化しか考えださない左派政権では国の発展は覚束ないと考え,今回は立場を超えた支持も表明していました。選挙前は誰も彼女の勝利を疑っていなかったと思います。
 しかし,蓋を開ければ左派強硬派の勝利です。なぜ彼が勝ったのか,今でも謎です。カスティジョは地方の教員組案の活動家で,自慢は「今まで人と妥協をしたことがない」ことだそうです。筋金入りの組合活動家でしょうか。南米の多くの国では,教員組合は都市部教員組合と農村部教員組合とではその色合いが異なります。ボリビアでも都市部組合は過激でした。随分前ですが,組合のデモに反発した住民達が水を浴びせたことがありました。デモが終わってから行動隊が押し寄せ,家に小さなダイナマイトを投げ込まれるという事件もありました。幸い被害は無かったのですが,やはり過激ですよね。また,南米の多くの教員組合はメキシコのトロツキー研究所の影響を強く受けているという噂もあります(まあ,これは一種の都市伝説かも知れませんが…)。仕事で組合の幹部連中と会議をする際には,若い頃に読んだトロツキー選集の中の論文を話題にすると不思議と話し合いが順調に進んだものでした(オー,アミーゴとよく呼ばれました)。何が幸いするか分かりません。
 選挙結果の分析は色々と聞こえてきますが,中南米の国々の指導者交代が,白人からインディヘナへという流れに有るのかも知れません。ここ10年ほどの間に中南米が本当の独立を果たすための胎動期に入っているのかも知れません。中南米がスペインから独立したのは200年も前ですが,独立運動を主導したのはスペインの植民地貴族であり,富を独占したのも白人の在地地主層でした。インディヘナ住民にとって収奪する人間は変わりがなかったのです。ボリビアの友人が「う~ん,ラテンの血かな」と云った言葉が何となく納得できる気がします。
 しかし,傍から見ても不安ですよね。カスティジョには,何らの政治経験もなく経済政策や国の指針となる具体策が何も見えてきません。小麦や穀物等の輸入禁止やインフラの国有化など,「いつの時代の話?」と云うような選挙公約を掲げていました。選挙の狂騒が済んだ後で,コロナ禍の経済の混迷をどのように収めるかを考えている最中かも知れません。何と言っても,ペルーは南米の大国です。日本もTPP(環太平洋経済協力)では共に協力を推進する立場です。今さら,穀物の輸入禁止と言われても,「さてどうするねん」というのが正直なところでしょうね。中国や台湾の加盟申請に加えて,新外務大臣にとってかの国の貿易政策は頭の痛い問題でしょう。
 一方,ケイコの方は2006年に政治活動を始めて以来今回は3度目の大統領選ですが,良きにつけ悪しきにつけ,父アルベルトの影が付きまといます。父親は在ペルー日本大使館占拠事件を鎮圧するなどテロ撲滅を掲げ,テロリストと一切妥協しなかった人物です。しかし,本来は貧困地域の生活改善,農村地帯の社会基盤の整備や収入の向上などペルーの社会発展と貧困撲滅に尽くした人物でもあります。辺地の村にも電気を通し,飲料水の整備,学校の設立(1日1校設立運動)など農村の生活向上や貧困問題に尽くしました。私が訪れた山間の僻地でも子ども達が学校に通えるようになったと言って長老から感謝されました(同じ日本人だからと謝辞を伝えてくれということでした)。他の州で私が訪れた村々でも学校建設への感謝や電気水道の確保などアルベルトへの感謝の言葉はよく聞きました。政権後期での側近の人権派への弾圧や汚職等で汚名も着ましたが,ペルーの発展に寄与した英傑であることには間違いがありません。その娘がなぜ落選?。「ラテンの血や」と言われれば,まあ納得です。
 先日,アルベルトが根絶の対象としたセンデロ・ルミノソの指導者グスマンが刑務所で死亡したという報道が流れました。91年には農業開発に携わっていた日本人が3名彼らによって処刑されています。この影響で私にも初めてペルーを訪れた際に,リマを離れ地方に行く時に警護の人間が付きました。慣れないことで随分違和感を持ちましたが,報道を見てふと思い出しました。アルベルトも病気で収監されている刑務所から病院に移されたようです。また一つ現実が歴史の中へ過ぎ去って行こうとしています。

showyou

第107号

2021年07月30日発行

コロナとの戦いに克つために

参議院議員西田昌司

東京オリンピックを開催しても命は奪われない

 このShowyouがお手元に届いている頃には、東京オリンピックは恐らく無観客で開催されていることと思います。私は、かねてより東京オリンピックの開催には基本的に賛成していました。その理由は、オリンピックでのアスリート達の極限に迫る姿は、必ずや全世界の人々に勇気と感動を与えることになると確信していたからです。そして、その感動がコロナに打ち克つ勇気を与えてくれると思っていたからです。更に、パラリンピックの選手のひたむきな姿を見れば、なおさらその感動が伝わるものと思っていました。
 ところが、コロナ禍の下では、オリンピックやパラリンピック自体を開催すべきでないという世論が依然として多く、また、首都圏では感染者の増加傾向が見られたため、結局は無観客での開催となったようです。
 先に行われた東京都議会議員選挙で自民党は惨敗しました。その原因の一つに、コロナ禍におけるオリンピックの開催の是非があったことは間違い無いでしょう。特に、共産党を中心に、「命とオリンピックのどちらが大切なのか」というキャンペーンが行われました。しかし、これは全くのデマゴーグです。
 そもそも、新型コロナウィルスが原因で毎年の死亡者数が増えた(超過死亡者数)という事実はありません。確かに、欧米では新型コロナウィルスが死亡原因の上位に数えられていますが、日本ではそうした事実はありません。世界保健機関(WHO)によると、間接的なものも含め新型コロナウイルスが原因で亡くなったとみられる人の数を示す「超過死亡」が、昨年に世界で最低でも約300万人に上ったとの推計を公表しています。一方日本では、新型コロナウィルスによる超過死亡は無かったのです。世界的見地からすれば、日本は新型コロナウィルスによる被害を押さえ込んでいるということが事実なのです。
 この様に「命とオリンピックのどちらが大切なのか」というのは、国民に不安を煽り政権への不満を呼び起こすための政治的プロパガンダなのです。

無観客開催で良かったのか

3年ぶりに参議院憲法審査会が開催され、改憲議論が再開

 自民党が都議選で敗北したため、オリンピックは事実上無観客での開催になってしまいました。国民の不安と不満に配慮した上で、オリンピックを開催するためのギリギリの選択だったのでしょう。しかし、私は具体的なルールを示した上で観客を入れるべきだったと考えています。
 と言うのも、先に述べた様に、日本ではコロナ禍による超過死亡者は発生していないばかりか、選手始め海外からの入国者は原則としてワクチン接種が要請されており、リスクはかなり軽減されるからです。
 そもそも、選手の活躍による感動を共有するためには、ある程度の観客が必要なのは当然でしょう。一年前は、大相撲やプロ野球も無観客試合を余儀なくされました。しかし、今年は、プロ野球や大相撲では人数制限をしながらも観客を入れて開催をしています。観客数に一定の制限やマスク着用などのルールを設けることにより、観客を入れることが認められているのです。
 昨年は、ほとんどのイベントが中止されました。学校も閉鎖され、会社もリモート勤務になり、町中から人影が消えました。有名人のコロナによる死亡も報じられ、日本中がパニックに陥っていたのです。日本中が事実上ロックダウンされていたのです。
 しかし、あれから1年以上経過して、様々な事実が明らかになりました。少なくとも日本ではスポーツ観戦が原因でクラスターが発生したと言う事実はありません。だからこそ、大相撲やプロ野球で観客が入れられたのです。何故、オリンピックでは無観客でなければならないのでしょうか。私には理解出来ません。

緊急事態宣言は誰のため?

 今年の7月12日から8月22日まで、東京都では4回目の緊急事態宣言が出され、神奈川、埼玉、千葉の各県では蔓延防止措置が継続されることになりました。しかし、今年の正月から、首都圏では緊急事態宣言か蔓延防止措置が出され続けており、市民の間では自粛疲れの様相を呈しています。
 そもそも緊急事態宣言は何のために行われたのでしょうか。日本の病床の8割は民間病院等が運営しているものです。欧米に比べ圧倒的に民間部門が対応しているのが日本の特徴です。これは医療の効率的運営と言う面では意味がありますが、新型コロナウィルスのような感染症対策には非常に脆弱です。かつては国民病と言われた結核が蔓延していました。そのため国立の感染病の施設が全国に配置されていたのですが、結核を事実上克服してからは、感染症の病床は極端に減らされてきたのです。逆に、生活習慣病などの平時の医療体制の充実のために、民間病院の病床が増えてきたわけです。
 そうした状況の中で、新型コロナウィルスの蔓延が広がりました。感染症のための病床を用意していない民間病院が8割を占める日本では、新型コロナウィルスの蔓延が続けば、生活習慣病はもとより、今までの医療サービスを国民に提供できなくなります。これが医療崩壊です。こうした事態を避けるために、まずは人流抑制をすることにより、感染者数を徹底的に抑制するために緊急事態宣言が発せられたのです。
 医療関係者や国民の協力、更にワクチン接種が進んだことにより、新型コロナのための病床の使用率も、医療崩壊の危機が叫ばれた状況からは随分落ち着いてきました。にもかかわらず、マスコミ等では、感染者数の日々の増減に一喜一憂する報道をしています。一時の医療崩壊寸前の状況は、ワクチン接種の状況も考えれば、危機は脱したと言えます。緊急事態宣言は既にその使命を終えたのです。
 それでも、感染者数が少し増えれば、感染拡大の兆しありと騒ぎ、インド株などのウィルスの変異が報告されれば、ワクチンも効果がないのではないかと報道する始末です。これでは国民の気が休まることが有りません。

西村大臣の勇み足

 このような状況の中で、西村康稔経済再生担当大臣が東京都への4度目の緊急事態宣言に関連し、新型コロナ対策の休業要請などに応じない飲食店に対し、金融機関から圧力をかけてもらう考えを7月8日に表明したことが報道されました。猛烈な批判の嵐に晒され、直ちに撤回が発表されましたが、その内容は、内閣官房コロナ対策推進室、国税庁酒税課から酒類業中央団体連絡協議会に『酒類の提供停止を伴う休業要請等に応じない飲食店との酒類の取引停止について(依頼)』という要請文書を出していたというものです。これでは、金融機関等に飲食店に対して「優越的地位の乱用」を要請したことになります。批判されるのも当然です。
 しかし、何故このような発言をしてしまったのでしょうか。恐らく、営業自粛を無視して闇営業している飲食店が多いために、新型コロナウィルスの蔓延の防止ができていないと西村大臣は考えていたのでしょう。しかし、発言の前に、何故闇営業をしている店があるのかを考えるべきだと思います。
 最大の原因は、営業自粛をしてもらえる給付金が少なす過ぎて店の家賃などの固定費が賄い切れないという、死活問題を抱えているからではないでしょうか。営業自粛をお願いするなら、補償額を増やすべきなのです。現実的には、補償額の算定には時間がかかりますから、とりあえずは融資によって運転資金を賄ってもらい、返済期限が来た時にはコロナ期間中の損失額が確定していますから、その金額を債務免除をする等により、実質的な営業補償に充当することなどが考えられます。
 こういうことを念頭に入れておけば、「飲食店の経営自粛をお願いします。そのため金融機関などにも融資の協力をお願いしております。融資の返済についても営業補償も念頭にしておりますから、安心して融資を受けて下さい。」という発言になったはずです。これなら、誰も文句は言わなかったでしょう。

コロナ禍から学ぶべきもの

京都府令和3年度予算要望を西脇知事から受ける

 二年前の参院選挙で、国家が果たすべき使命は災害や戦争、貧困、パンデミックなど個人の力ではどうしようもない危機から国民を守ることであり、それが経世済民の意味であると訴えてきました。奇しくも今まさにそうした危機の中に日本は有ります。今回のコロナ禍は、そうした危機に日本が立ち向かうことができるのかが問われているのです。
 先日の熱海での大規模な土砂滑りなど、毎年の様に全国で災害により命や財産を失う人が後を絶ちません。災害に強いインフラ整備、国土の強靭化は喫緊の課題です。また、コロナ禍で職を失ったり、経営困難に追い込まれている方も大勢居られます。更に、民間病院が病床の8割を担っている現在の状況下では、感染症対策に大きな問題があることも分かりました。こうした課題を克服するには、政府が解決のために長期的な計画を立てそれを実行する以外に有りません。しかし、この当たり前のことが放置されてきたのです。
 その理由は財政難です。日本政府は既にGDPの2倍以上の国債残高を抱えており、これ以上の借金は不可能だという財務省の見解が正しいものと信じられてきたのです。ところが今回のコロナ禍により、そういった財務省の見解が全くの的外れであったことが証明されました。
 コロナ禍を乗り越えるために、個別給付金や雇用調整助成金やワクチン接種等を始めとする財政出動により、国債残高はこの間一挙に90兆円以上増えました。例えて言えば、1年で2年分の予算を投入しているのです。財務省の見解が正しければ、政府は非常識な財政出動のため、通貨の信任を失い円は売られるはずです。そうなれば円安になり、国債は引き受け手が無くなり大暴落、そのため金利は上昇し、ハイパーインフレで日本は経済も財政も破綻したはずです。しかし、その様な事実もそうなる兆しも全く無かったのです。

現実を正しく知れば危機は乗り越えられる

 西村大臣が休業要請に応じない飲食店に、休業補償を増やすということより、圧力をかけることになった背景には、これ以上予算措置をするのは無理だと無意識の内に感じていたからではないでしょうか。そうした認識間違いが判断を誤らせたのです。
 何年も私が主張してきた様に、日本の様な自国通貨を持つ国が国債をいくら発行しても、自国建の国債である限り、返済不能になることはない、つまり、財政破綻することは無いのです。これが事実である事をコロナ禍は教えてくれたのです。
 これさえ分かれば、後は先に述べた様な予算を必要なところに必要なだけ投入すれば良いのです。そして、国民にコロナ後に明るい未来があることを示すのです。国民に明るい未来を示す事なしに、現状の我慢ばかりを強いれば不満は爆発します。
 日本の財政が破綻しないという事実を正しく理解して、政府が必要な予算措置をすれば、コロナ危機は必ず乗り越えられるのです。

清水鴻一郎元議員出馬の経緯

京都府第六選挙区支部長に新たに就任した清水鴻一郎氏

 安藤裕衆院議員が次回衆院選挙に出馬せず、清水鴻一郎元議員に出馬要請した経緯については、私のYouTube西田昌司チャンネルで詳しく説明しています。是非、ご覧になって下さい。

瓦の独り言
-「キセルってなあに?」-


羅城門の瓦

 若い方に「煙管」の漢字の読み方をたずねたら、「えんかん」という答えが返ってきました。年配の方だと「きせる」と読んでいただけるのですが・・・。
 この煙管、京都の伝統工芸品のひとつで、最後の一軒になった煙管竹商「谷川清次郎商店」が今もつくっておられます。それどころか時代劇には必要な小道具のひとつで、年末吉例の顔見世興行になれば松竹さんが谷川さんのところへ新品の煙管を注文されます。「町やっこ」の小道具には太い棍棒さながらの喧嘩煙管が必要となります。「桜門五三桐」の石川五右衛門には銀の延煙管が必要です。(なぜ、新品が必要かって?歌舞伎役者さんに使い回しの煙管は使いません)
 煙管の構造は、刻みたばこを詰める火皿に首のついた「雁首」、口にくわえる「吸い口」と、それらをつなぐ管の「羅宇(ラオ)」の3つに分かれます。「雁首」「吸い口」については耐久性を持たせるために金属製であり象嵌や金細工芸の加飾が施されており、真ん中の「羅宇」は圧倒的に竹が多く用いられています。
 さて、若い方に「キセル乗車」について尋ねたら、知らないとの答えが返ってきました。煙管では「吸い口」とたばこを乗せる「雁首」に金属を使っていることから「入るときと、出るときは金を使うが、中間は金は使わない」といったことからきていると説明をしたら「不正乗車行為」のことですね、定期カードをうまく悪用することですね。と答えが返ってきました。「不正乗車行為」全般を指す言葉として「キセル」が誤用されているらしいです。本来はあくまでも「中間無切符」なのです。
 この様に本来の意味が少し捻じ曲げられて使われたら違和感を感じるのは瓦だけでしょうか? 若い世代の方々の日常生活の中にも、誤用されている表現があるのを正していくのが我々シニア世代の役目と思っておりますが・・・。特に我々が中央へお送りしている西田昌司参議員は政治の世界での誤用をただし、本来の日本国の在り方を導いていただける「水先案内人」と思っているのは瓦一人だけではないと思っております。

showyou

第106号

2021年04月26日発行

コロナ危機には、正しく立ち向かえ!

参議院議員西田昌司

感染者が増加しているのは何故か?

参議院決算委員会で麻生財務大臣に質問(4月7日)

 3月末に「緊急事態宣言」がようやく終わったと思っていたら、今度は「まん延防止等重点措置」の発令です。多くの国民が何かチグハグな印象をお持ちでしょう。毎日マスコミが今日の感染者数を発表しています。これが増えれば、昨日より何人多いと注意を呼びかけ、少なくなれば、まだまだ油断は禁物と言い、国民は気の休まる時がありません。しかし、こうした報道に本当に意味があるのでしょうか?
 昨年、新型コロナウィルスの感染が報じられた頃には、PCR検査をするキットも限られておりました。発熱などの症状があった人が保健所などに相談をしても、限られた人しかPCR検査を受けることはできませんでした。
 ところが、今年になってからは民間のPCR検査が広がっています。病院に行かずとも安い金額で手軽に検査を受けることができるのです。私も何度か利用していますが、これは党大会などの大きなイベントがある時などに、念のために検査をするためです。私は勿論、陰性でしたが、中には陽性と診断された方もいるでしょう。すると、今度は保健所などに連絡して行政によるPCR検査を受けることになります。そこで陽性と診断された時、感染者としてカウントされ、その数が毎日報道されているのです。つまり、以前より圧倒的に大勢の人がPCR検査を受けているのです。検査を受けている人が圧倒的に増えているのですから、感染者数が増加するのは当然なのです。

感染者の大半が無症状若しくは軽症

 マスコミの感染者報道によると、毎日の陽性者数の大半は、無症状か軽症で感染経路も不明なのです。濃厚接触者にPCR検査をして陽性になれば、無症状でも陽性者が増えることになりますが、その場合は感染経路ははっきりしているのです。勿論、濃厚接触がなくても発症して検査陽性と判定される人もおられます。その一方で、感染経路不明の陽性者が増えているのは、民間のPCR検査により、自主的に、念のため受けた人がかなりいるということです。
 そのことを私は厚労省に指摘をし、どれくらいの民間のPCR検査が実際に行われているのかを確認しました。しかし、彼らも実際にどれくらいの数の民間のPCR検査が行われているのか分からないのです。この様に、感染経路不明の無症状者が増えている原因は、恐らく念のための民間のPCR検査が増えているからでしょう。つまり、毎日の感染者数の増減には統計学的な意味は無いということです。
 マスコミは感染者数の増減報道だけでなく、なぜ無症状や軽症の感染者が増えているのかその原因を調査し、報じるべきです。そうしたことを一切せずに、単なる増減数だけを報じているのでは、市民にいたずらに不安感を煽ることになってしまいます。
 むしろ、不安感を煽り、行動自粛をさせることが感染者数の減少につながると思っているのではないでしょうか。もしそうなら、これはマスコミのおごりです。正しい情報を市民に伝えることがマスコミの使命のはずです。不安を煽り意味のない行動自粛を要請するよりも、正しい感染対策をする方が遥かに効果があるはずです。

問題は病床使用率

令和3年自衛隊入隊入校激励会に出席いたしました

 病床使用率とは、各都道府県が新型コロナウイルス患者向けに準備した病床に占める入院患者の割合のことです。政府の新型コロナ感染症対策分科会は各地の感染状況の深刻さを4段階のステージで示しており、どのステージにあるかを判断する指標の一つとして病床使用率を用いています。
 感染者数を医療提供体制の逼迫度合いを検証するには、全入院患者と重症患者それぞれの病床使用率が判断材料となります。感染者が急増していることを示す「ステージ3」は病床使用率20%以上、爆発的な感染拡大が起きていることを示す「ステージ4」は同50%以上としており、緊急事態宣言は最も深刻な「ステージ4」相当で検討することになっています。
 つまり、病床使用率が5割を超えてしまっては、感染者数が幾何級数的に拡大した場合、入院できない人が一挙に増え医療崩壊につながるというのが最大の問題なのです。そこで、病床使用率を増やさないために感染者数を増やさないように行動自粛が求められるわけです。感染拡大を防ぐためには、これも仕方がないことでしょう。
 しかし、病床使用率を下げるためには、病床数を増やすことが重要です。もともと日本は、先進国の中でも医療が充実していると評価されていた国です。ところが、その医療施設の大半が民間病院なのです。他国では、医療施設はその大半が公のものであり、医療従事者も事実上公務員です。そのため、行政の判断により必要に応じて病床や医療従事者の確保がしやすい環境にあるのです。ところが日本では、民間病院が主軸になっているため、そうした確保が十分にできていないのが現実なのです。
 そこで、東京都や大阪府の知事は、盛んに行動自粛を呼びかけ、不要不急の外出自粛とか、夜の会食は控えてなど、市民に行動自粛を求めて感染拡大を防ごうとしています。もちろん、そうした市民の協力も必要でしょうが、まず行政としてやらねばならないのは、病床の確保ではないでしょうか。少なくとも、国公立病院は率先して病床確保に協力すべきです。
 また医師会も、全国の民間病院に呼びかけをして、病床確保の協力を要請すべきです。しかし、知事も医師会も危機感を煽り市民に行動自粛を呼びかけるばかりで、病床確保に努力をしている様子が伺えません。緊急事態宣言や蔓延防止措置を政府に要請する以前に、病床確保のためのあらゆる措置を政府に要求するのが筋ではないでしょうか。また政府も、国民に行動自粛を呼びかけるだけではなく、病床確保のためのあらゆる政策を総動員すべきなのです。

3密防止の意味

 3密(3つの密)とは、密閉、密集、密接から名づけられた言葉です。この3つの「密」は、日本における新型コロナウイルスの集団感染が起こった場所の共通点を探した際に、この3つの密が共通となっているということが分かり、新型コロナウイルス感染症を避けるためにもこの3密を控えるようにすることを求められています。
 これが意味するところは、会話等による飛沫感染の防止、飛沫よりもっと小さなエアロゾルによる感染の防止、さらにはウィルスの付着したものに触れることによる感染の防止を行うための指標です。
 飛沫感染の防止のためには、マスクの着用が求められます。エアロゾルによる感染の防止のためには換気が大切です。ウィルスの付着による感染防止のためには、手洗いが重要です。ところが、3密防止が単なるスローガンになり、何のために行っているかが国民に示されないと無用の行動自粛を求めることになります。
 例えば、マスクの着用です。室内で会話が予想されるような状態にある時は、マスクの着用は必然でしょう。しかし、通勤の時のように、屋外で会話をせず歩いているだけなら、マスクの着用は意味がありません。飛沫が出ないばかりか、エアロゾルも空気中に拡散するため感染のリスクは非常に小さいからです。基本的に会話をせずに屋外で行動する場合にはマスクの着用は意味がありません。

無意味な自粛要請より科学的根拠に基づく行動規範

コロナ禍における緊急融資について商工会議所等、地元からの声をきかせていただきました

 飲食店は、コロナの感染源で営業すること自体が許されないような扱いを受けています。アルコールの提供や営業時間も極端に制限が求められています。しかし、飛沫とエアロゾル、更に接触を避けることを重点に考えるなら、違うアプローチもあるはずです。
 先ず飛沫防止です。お店によっては距離を開けたりアクリル板を設置したりしているようですが、何よりも大切なのは、会話する際には必ず会食用のマスクをつけることでしょう。
その上で、室内の換気を行い、手洗いや手指の消毒をしておけば感染リスクはかなり低くなるはずです。前号で私が示した会食用のマスクやうちわを使うことにより、飛沫やエアロゾルはかなり抑えられますから簡易なアクリル板の設置よりも効果があります。最近は、オゾンなどによる空気清浄器も有効性があると言われていますが、政府がしっかりと調査して認証すべきです。
 また、人との距離を開けるというソーシャルディスタンスも会話やくしゃみなどによる飛沫感染防止のためです。マスクを着用していれば、飛沫感染のリスクはかなり低くなり、屋外であればエアロゾル感染のリスクはないでしょう。従って、プロ野球の様に屋外でマスク着用を義務づけているなら、観客数を減らす意味はほとんどないでしょう。更に、演劇やコンサートなどの屋外のイベントも同じことが言えます。屋内のイベントでも、マスクをして換気を充分行っていれば、感染リスクはかなり低くなるでしょう。
 要するに、3密防止というスローガンの下、何でも行動自粛を要請するのではなく、「飛沫」、「エアロゾル」、「接触」、この3つのリスクを具体的に防ぐ手段を示すことが大切なのです。
国民に意味のない行動自粛を要請してストレスばかり与えるのではなく、科学的根拠に基づいた行動規範を示すことのが重要なのです。

都道府県間の移動制限禁止の是非

 東京都の小池知事等は、都道府県間の移動制限を訴え、連休中の旅行も自粛してほしいと呼びかけています。確かに、東京や大阪などの感染拡大している地域に他の地域から旅行に行くことはリスクがあるでしょう。
 しかし、東京都、大阪府、愛知県等では移動制限後にむしろ感染状況が悪化したのです。これは封鎖された感染拡大域内で外出することで、これまで以上に域内での感染確率が高くなってしまったのです。
 こうした事実を踏まえて考えれば、PCR検査をして陰性だった方などは、東京や大阪などの感染拡大地域で我慢しているよりも、感染者の少ない地域でしばらくのんびり過ごしている方が、感染確率が下がると言うことです。一律に連休中の旅行を自粛するのではなく、こうした科学的根拠に基づいた行動規範を示すべきなのです。

ワクチン接種までの我慢

 日本でもようやく、高齢者の方々からワクチン接種が始まりました。夏までには高齢者の大半の方には接種ができるようになるでしょう。このワクチンを打てば重症化リスクがかなり軽減されます。感染してもに普通の風邪並みのリスクになると言うことです。
 このところ、大阪の感染者数が増加しているとの報告もあります。しかし、その陽性者の大半は軽症か無症状の若者です。若者は体力があり、ほとんどは軽症や無症状で収まりますが、高齢者や持病のある方に感染すると重症化リスクが高くなります。そのため、高齢者を優先的にワクチン接種をしているのです。
 その後順次各年齢層の国民にもワクチン接種がされますが、高齢者へのワクチン接種が一通り済めば重症化リスクはかなり抑えることができるでしょう。陽性者が増えても、風邪と同じような症状で済めば、医療崩壊のリスクも消え行動自粛を求める必要はなくなります。その日が来るまであと数箇月です。その日が来るまで正しく恐れ、立ち向かいましょう。

樋のひと雫
-ボリビア残照-

羅生門の樋

 前回は「ボリビア残照」としたのですが,いつになったら帰れるものやら。このコロナ禍で随分と自身の視野が狭くなった気がします。なんせ家と散歩に行く近所の公園が全てなのですから。
 前回はボリビアの大統領選を書きましたが,原稿の締め切りの都合で紙面が出た時には既に決着していました。結果は何と市民によって追放された前大統領の後継者のルイス・アルセが当選しました。それも予想に反して,初回で53%の票を獲得し圧勝の様相です。今回の選挙が白人で親米派のメサ元大統領との一騎打ちだったことから,白人対原住民の構図も浮かび上がりますが,どうもこれはステレオタイプのマスコミ分析に聞こえます。「普通なら,メサやろ!」とツッコミたくもなりますが,ボリビア市民が持っている心情的反米意識とでも云える意識の深層に根差したものが関係しているように思えます。豊かさと自由に象徴されるアメリカへの羨望と現実の裏庭支配,この落差が人々の反感を買います。そして,この心の渇望が今回も投票の選択肢に影響を与えたのではないかと思えます。グアテマラやホンジュラスのような中米では米国への難民キャラバンという直接的な行動になりますが,南米は歩けるほど近くではありません。
 ところで,前大統領のエボ・モラーレスがボリビアを追放されたのは,多選を禁じた憲法を無視して選挙に出馬した上に,選挙結果を不正に操作したことが発端でした。多くの市民が反エボの街頭行動に打って出て,本人曰く「メキシコへの政治亡命」に追い込まれることになりました。背景には,エボの出身母体であったアイマラ族の牙城であるエルアルト市民の反対運動が大きかったと云えます。随分前になりますが,ガソリン代値上げを図った時に怒ったエルアルトの住民が街頭デモで,エボの肖像画を焼き捨てるということがありました。ショックを受けた彼は2日後に値上げを諦め,国民に陳謝しています。エルアルトは此処30年ほどの間,国政を揺るがす暴動には必ずキーとなる都市です。
 また,警察や軍がエボに対して辞職勧告を突き付けた時には,ベネズエラやアルゼンチンなどの反米左派の国々は右翼革命だと非難しましたが,未だ彼は「軍隊,何するものど」という気でいたかも知れません。これは余り知られていませんが,ボリビアには「ポンチョ・ロホ(赤いポンチョ)」と云われるアイマラ族の私設軍隊とでも呼べる武装組織があります。歴史的なものもあり警察や軍も一目置いています。民族的な対立や政変の際には必ず動いてきました。恐らく,彼らの支持があれば軍を抑えられると考えていたのではなかったでしょうか。しかし,今回は動かなかった。自らの出身部族からの支持が無いことが,メキシコ,キューバ,アルゼンチンへと放浪の旅に向かわせたのでしょう。
 ルイス新大統領はMASの中では,中産階級出身者ということで余り人気が無いと言われていました。また,英国で教育を受け中央銀行で働いていたとも聞いています。恐らくメスチーソと呼ばれる混血系の出身でしょうから,前大統領のように必要以上に革命色を打ち出すことはないだろうと思います。「今回の選挙は社会主義の勝利だ」と叫んでいるのはブエノスに居たエボだけかも知れません。今回の選挙では多くの友人もメサ元大統領が有利だと言っていました。彼らの予想を覆したのは若者層の投票動向です。初代MASの大統領を追放したのも街頭に繰り出した若者層でした。彼らが描く国の未来とはどのようなものなのか,聞くのが今から楽しみです。

showyou

第105号

2021年01月01日発行

国難襲来!今こそ正気を保て!

参議院議員西田昌司

国難襲来す

 昨年世界中を襲ったコロナ禍ですが、日本においても第3波に突入しています。政府はこれに備えて第3次の補正予算を策定していますが、東京や北海道、大阪では感染者数が増えて、医療崩壊が危惧されています。そのため、外出自粛が呼びかけられています。しかしそれは、経済活動を制限してしまいますから、所得が減り先行き不安になり精神的に落ち込む人も増えます。このことが結果的に多くの命を奪うことになりかねません。まさに国難の襲来です。
 この国難を乗り越えるヒントとして、幕末の水戸藩士で儒学者の藤田東湖の言葉を紹介します。「国難襲来す 国家の大事といえども深憂するに足らず 深憂とすべきは人心の正気の足らざるにあり」
これは、黒船による開国要求により国中が揺れ動いた幕末の時代に東湖が弟子に示した言葉です。
 黒船の到来は確かに国家の大事だが、ジタバタするんじゃない。本当に心配すべきは、人身にこれを乗り越えようとする気力や気迫が欠けることだと、東湖は弟子たちに諭したのです。
 連日、ニュースやワイドショーなどで、コロナ禍の危機感を煽るような報道が相次いでいます。国民が不安になるのも当然です。しかし、この一年でわかってきたこともあります。まず、新型コロナウィルスは、高齢者や糖尿病などの持病をお持ちの方には重症化のリスクがありますが、それ以外の方には感染しても無症状か軽症状で収まるということです。
 また、感染の最大の原因は、飛沫によるものです。会話やくしゃみなどをしない限り、むやみに飛散するものではありません。マスクをすれば飛沫の大部分は抑えることができます。手洗いの励行と合わせれば、感染のリスクはかなり抑えることができるのです。
 会食もそれ自体で感染する事はありません。小さな声で会話をしたり、写真に示したような飛沫を抑える工夫をすれば、感染リスクはかなり抑えられるのです。また、重症化の原因が免疫の暴走であり、免疫抑制剤で重症化が抑えられることもわかってきました。
 過剰に反応するのではなく、正しく恐れて楽しく暮らし、コロナ禍を乗り越えていきましょう。

作り方をYouTube西田昌司チャンネルで公開しています

度肝を抜かれたテスラのEV

宇治市長選挙で自民党京都府連が推薦する松村あつこ候補が見事当選されました

 政府は、10年後には新車の販売をEV(電気自動車)しか認めないと言う方針を発表しました。わが国では、エコカーと言えばハイブリッドが主流でEVはあまり見かけませんが、海外ではすでにEVにシフトしているのです。環境先進国のヨーロッパは勿論のこと、世界最大の自動車市場である中国でもいち早くEVシフトに着手しているのです。
 ところで、EVはエコカーであるには間違いないが、車としての性能では未だガソリン車の方が上なのではないかとほとんどの人が思っています。実は私もそのひとりでしたが、それが誤りであることを思い知りました。実は、私の後援会の方が、アメリカのEVベンチャー、テスラのEVをお持ちになっておられ、試乗させていただいたのです。ハンドルを握りアクセルを踏んだ瞬間に、私は度肝を抜かれました。
 先ず、その加速の凄まじさです。ガソリン車ではとても体験できない圧倒的な加速能力です。その実力はスーパーカー以上と言っても過言ではないでしょう。さらにモーター駆動ですので、振動も音も全くありません。抜群の静粛性です。そして、バッテリーが床下に配置されているため、低重心で重量バランスもよく非常に安定した運動性を有しています。しかも、大容量のバッテリーを搭載しているため、航続距離も500キロ以上とガソリン車並みの長距離ドライブが可能です。要するに、テスラは車としての性能が完全にガソリン車を上回っているのです。
 それだけではありません。テスラ最大の特徴は、車自体が常時インターネットとつながっていると言うことです。このことにより、世界中のテスラ車の運転状況が常にテスラ社に送信され、その膨大なデータを分析することにより、完全な自動運転を行う技術とノウハウを獲得し、日々それを更新しているのです。車を買った後もソフトウェアが更新されるため、ユーザーは常に最新性能のEVを運転できるのです。こうした仕組みのお陰で、テスラは既に完全自動運転をアメリカの一部のユーザーに提供しているのです。夢の様な話がもう既に現実になっているのです。

自動車業界は現実を知るべき

 しかし、こうした事実を殆どの日本人は知りません。それは、マスコミがその事実を全く報じないからです。言うまでもなく、自動車産業は日本の基幹産業です。自動車関連産業の就業人口は542万人にのぼり、文字通り日本の屋台骨なのです。そのトップはトヨタです。世界に先駆けてハイブリッド車を開発し、低燃費低公害と高性能を売り物に、世界一の自動車会社に成長しました。しかし、テスラのEVの実力はその分野においてもハイブリッドを完全に圧倒しています。
これに対抗できる様なEVがいまだに日本では開発されません。もっとも、日産は世界最初の量産型EVであるリーフを発売していますし、来年には、アリアという自動運転も含め唯一テスラと対抗できるEVを発売する予定ですが、肝心のトヨタからはその様な発表が有りません。
 ハイブリッドはエンジンで発電した電気をバッテリーで蓄え、モーター又はモーターとエンジンで駆動する仕組みです。一方でEVはバッテリーで蓄えた電気でモーターを駆動させる仕組みです。圧倒的にEVの方が簡単な仕組みで、部品点数もハイブリッド車やガソリン車より4割少ないと言われています。
 このため、既存の自動車メーカーにすれば、EVが普及するほど自らの系列の部品メーカーの経営に打撃が加えられますから、EVの普及は経営の屋台骨を揺るがすものとなります。純粋なEVよりハイブリッド車をトヨタなどが優先して開発してきたのはこのためです。しかし、化石燃料の使用制限は世界的な流れで有り、もはや止めようが有りません。いくら、性能面でEVと引けを取らないと主張しても、国際的ルールがガソリンの使用は認めないと変更されればどうしようもありません。ハイブリッドだけでは車を売ることができなくなる日がもうそこに来ているのです。

燃料電池や水素社会はEV化とは別の技術

 トヨタは世界に先駆けて燃料電池車を開発し、水素社会の実現を提唱しています。以前は、一般にEVは航続距離が200km位でガソリン車に比べて短いのが難点とされてきました。それに比して燃料電池車は航続距離が500kmと非常に長く、一般のEVを圧倒しています。したがって、社会がEV化される時には燃料電池が主流となるだろうとトヨタは予想していたのです。ところが、現実にテスラなどはリチウムイオンバッテリーの温度管理を強化することにより、EVでも500km以上の航続が既に可能となっています。航続距離が長いことが燃料電池車の利点ですが、既にその優位性は失われているのです。
 更に、燃料電池車に水素を補給するためには水素ステーションを全国に整備しなければなりませんが、その設置費用は非常に高額で一件当たり4~5億円とも言われています。そこにタンクローリーで水素を運搬しなければなりません。一方でEVの充電スタンドは比較的安価に設置でき、電力の供給は電線をつなぐだけで可能です。この様に、水素供給と電力供給のためのインフラ整備の面においても圧倒的にEVの方が勝っているのです。

スマホや液晶の二の舞になるな

 元々、EVの要となるリチウムイオンバッテリーは日本で開発されたものです。また自動運転の元になるカーナビも日本が世界に先駆けて開発したものです。こうした技術力を持っているにも関わらず、次の時代をしっかり見据え、その時代にふさわしい商品開発を怠った結果、日本はEV後進国になってしまっているのです。
 かつてNTTは世界に先駆けて、iモードというインターネットと接続できる携帯電話を開発したました。世界に誇るべき技術であり、国内でも圧倒的なシェアを持っていました。ところが、アップルがiPhoneと言うインターネットの接続で動画や音楽も自由に配信できる電話の枠を超えた通信機を開発するや、一気にシェアは奪われ、もはやガラケーと呼ばれています。
 シャープはかつては世界最大の液晶メーカーでした。自らが培った液晶技術を長期間にわたり韓国のサムスン電子に提供してきた結果、人件費の安いサムスンに価格競争で敗れ、遂には台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されてしまいました。
 このように、経営判断のミスが企業に致命的な衝撃を与えるのです。これは単に企業の経営問題だけにとどまらず、日本の国力そのものにも影響を及ぼしてしまいます。このままでは、日本の主力産業である自動車産業もスマホと液晶の二の舞を演じることになりかねません。

環境の変化に対応する

 スマホと液晶の失敗から学ぶべき事は、自らの技術に対する自信過剰が、潮流の変化に気づくのを遅れさせたことが致命傷になったと言うことです。世の中は常に変化しています。その変化に対応できなかったものは滅びるしかないのです。史上最強の生物であった恐竜が一瞬にして絶滅したのは、巨大隕石の衝突による環境変化についていけなかったためと言われています。温暖だった気候が一気に氷河期に激変したため、大型爬虫類は環境変化についていけなかったのです。
 幕末の黒船襲来は劇的な環境変化でした。まさに国難の襲来です。しかし先人たちは、自らの国の形を変えることにより、この国難を乗り越えたのです。変化を拒み、頑なに現状維持に拘れば自ら滅んでしまうだけです。

自動車はロボットになる

財務省は「万死に値する!」参議院財政金融委員会(YouTube西田昌司チャンネルでご覧いただけます)

 テスラという黒船の来襲に、今こそ日本の総力を上げて対抗しなければなりません。それは自動車というものを根本的に変えるものとなるでしょう。EVに自動運転が装備されれば、最早自動車では無くロボットと呼ぶべきものになります。
 行き先を伝えれば、ハンドルを握ることもアクセルを踏むことも無く、目的地まで連れて行ってくれる。これは、アメリカでは一部の人にはこうしたソフトウェアが配信されて実現しているのです。これが完全に可能になれば、タクシーはいらなくなります。まさにロボットタクシーの時代になるでしょう。さらに、自家用車でも自分の使わない時間帯はロボットタクシーに貸し出し収益を上げることも可能になるでしょう。
 自動運転EVは、都会より地方の方が親和性があります。地方の方が一戸建てが多いため、自宅で充電できるからです。また、その自宅の屋根に太陽電池パネルを設置すれば、充電も無料になり、災害時の停電にも備えることができます。
 さらに、高齢者の免許証の返還が増えていますが、自動運転になれば、そもそも運転免許が不要になるでしょう。高齢になっても安心して車に乗れるのです。勿論、飲酒運転も問題でなくなります。
 都会の狭い集合住宅に住むより、地方の一軒家で住む方がEVには適しているのです。東京一局集中を排して地方に活力を与えるためにもEV化を進めねばなりません。

瓦の独り言
-1月7日は「人日の節句」-


羅城門の瓦

 新年 明けましておめでとうございます。
 今年も瓦の独り言をよろしくお願いします。「めでたさも ちゅうぐらいなり おらが春」といった心境です。(新型コロナウイルスまん延のため)
 さて、1月7日は「七草粥」の日ですが「人日(じんじつ)」の節句と言って、五節句(1/7:人日の節句 3/3:桃の節句 5/5:菖蒲の節句 7/7:笹の節句 9/9:菊の節句 )の一つです。古代の中国では奇数(陽)の重なる日はめでたい日とされていましたが、陰(偶数)に転じやすいので、邪気を祓う行事が五節句として行われてきました。こうした中国の風習が日本に伝わり、当初は貴族社会で行われていましたが、江戸時代には一般庶民までに広まり式日(現在の祝日)として制定されていました。でも、明治なって旧暦とともに五節句も廃止されましたが、今でも私たちの暮らしの中に息づいています。
 ところで、1月1日ではなく、なぜ、1月7日なのでしょうか。不思議に思っていたら、wikipediaの説明を読んで納得しました。中国の前漢の時代(約2200年前)の占いの書に正月1日に鶏を、2日に狗、3日に羊、4日に猪、5日に牛、6日に馬、7日に人、8日に穀物を占って晴天ならば吉、雨天なら凶の兆しあり、とされていたそうです。ですから7日の「人の日」には邪気を祓うために「七草粥」を食べて、1年の無事を祈ったものだとされています。(諸説は色々とあります)
 この七草粥に入れる野菜(セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、ススシロ)は旧暦とはいえ、若菜をつむには寒い季節です。「古今和歌集」の有名な一首に「きみがため 春の野にいでて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ」とうたわれ、愛おしい御方のために、寒い中を労力と手間を惜しまぬ気持と、特別な行事であったことがわかります。この七草の野菜は生薬としても重宝され、正月のお酒やごちそうで疲れた胃をいやしてくれる「食べ物」として重宝されています。時によれば「新型コロナウイルス」に打ち勝つ作用があるかもしれません。
 「Go Toトラベル」や「Go To Eat」の先にある「Go To 日常」を早く取り戻すため、われらが中央政界へお送りしている西田昌司参議院議員も七草粥を召し上がられて、邪気を祓われて、奮闘されることを確信しているのは瓦一人だけではないはずです。

showyou

第104号

2020年10月25日発行

菅内閣の課題

参議院議員西田昌司

安倍総理の突然の辞任

自民党京都府連として西村大臣に新型コロナウイルス感染症に係る緊急要望をいたしました

 8月28日、安倍総理は記者会見で体調不良により総理を辞することを発表されました。このことを受け、9月14日に自民党総裁選挙が行われ、圧倒的多数で菅新総裁が誕生いたしました。そして臨時国会が召集され、9月16日に菅内閣が正式に発足いたしました。発足から、1カ月余りですが、縦割り行政の解消や携帯電話料金の引き下げ、デジタル庁の開設など、矢継ぎ早に政策を発表されています。
 マスコミ各社の世論調査は70%を超える支持率があるとも報道されていますが、この高い支持率に一番驚いておられるのはおそらく菅総理自身でしょう。その背景には、安倍政権に対する評価の見直しがあるとわ私は思っています。安倍内閣の支持率は、コロナ禍の中で不支持率が支持率を上回る状態が続いていましたが、辞任発表後は大幅に回復しました。
 これは、コロナ感染の不安だけでなく、外出自粛によるフラストレーションや経済の低迷など、国民の中に溜まった不満が安倍政権への批判につながったからでしょう。しかし、安倍総理の辞任の報に接し、安倍政権を冷静に評価すれば、民主党政権の混乱の時代とは比べ物にならないほど日本の国力再生に貢献した、と国民は感じたのではないでしょうか。
 その安倍政権を内閣官房長官として支えてきた菅総理に対する期待が、今回の就任時からの支持率の高さに表れているのだと思います。その期待に応える働きを私も期待したいと思います。

縦割り行政の解消

 菅総理は、ダムを管理している責任者がダムの種類によって違い、その結果、洪水を防げない事態になっていると指摘しました。例えば、発電や用水などの為の貯水は、利水する側の権益があるため、洪水に備える為でも簡単には事前排水ができません。しかし、一旦洪水になってしまったら、利水をする側の生命や財産も消滅する危険があります。ダムを管理する側の個別の利益よりも、真に国民の生命や財産を守ることを考えたダムの運用が必要だ、と菅総理は力説されていました。まさに縦割り行政の解消が必要だと言うのです。
 これはその通りだと、私も思います。そうした個別の利益を超えた全体の利益を調整する仕組みが必要なのです。しかし、現実にはこれがなかなか難しいのです。それを象徴するのが、内閣府の巨大化です。
 行政機関は各省庁別に権限と責任が分担されています。しかし、中には省庁間を超えて調整すべき仕事なども多数有ります。先に述べたダムの管理もこの対象になるかもしれません。そこでそうしたものは、各省庁から内閣府にその権限が移管され、最終的に内閣総理大臣がその責任者になっています。こうしたことがこの20年にわたり行政改革のもと行われてきました。あらゆることが内閣総理大臣の権限で行われる様になりましたが、現実には、内閣府特命担当大臣が任命されその任にあたるのです。防災担当大臣や少子化担当大臣、最近ではオリンピック担当大臣など次々に特命担当大臣が増え、現在では約20人の大臣のうち10人が特命担当大臣になっています。
 内閣府の所管する事項を国会で審議するのが内閣委員会、その内閣委員会の所管する事項を党内で議論するのが内閣部会です。所管事項が増えすぎたため、党の内閣部会は第一と第二の2つに分割されましたが、国会の内閣委員会は分割できません。そのためこの委員会には多数の法案が集中するため法案審議は超過密スケジュールです。
 もともと縦割り行政を排除するために作られた内閣府でしたが、特命担当が増えた結果、内閣府自体が肥大化して、機能不全に陥ろうとしているのです。こうしたことを考えれば、縦割り行政の解消のためには、省庁再編など組織をいじることよりも、そのトップに立つ役人や政治家が、国民目線に立ち、その都度適切な判断をする以外ないのです。この20年間行ってきた省庁再編などの行政改革は失敗だと言えるでしょう。菅内閣にはぜひこの点を理解した上での改革をしていただきたいと思います。

デジタル化の推進

デジタル社会推進政治連盟主催の政策勉強会において現代貨幣論(MMT)について講演いたしました

 菅内閣のもう一つの目玉がデジタル化の推進です。コロナ禍の中で、リモート勤務やリモート授業の機会が増えましたが、それに必要なインフラが十分でないとの指摘もあります。また、給付金の申請等の行政手続もデジタル化が進んでいれば、もっと敏速に対応できたのではないかという批判もあります。確かに、日本はデジタル化の面ではかなり遅れているように思います。
 私は、税理士の業務もしていますので、申告の面でのデジタル化の遅れは痛感していました。例えば、電子申告は国税では実現していますが、地方税では十分ではありません。地方によっては、電子申告で受け付けた書類をもう一度手入力で処理をしているところもあると聞きます。これではデジタル化で仕事の効率化どころか、無駄を作り出しているに過ぎません。
 こうしたデジタル化の遅れの原因は、結局は予算不足ということです。日本は本来、デジタル化の技術の面では、最先端を行く先進国です。ところがそれを普及させるには、そのためのインフラ整備が必要なのです。電子申告が地方で普及できない最大の原因は、電子申告を受け入れるためのソフトウェアを地方自治体が持っていないことです。その整備には多額の資金を投じてソフトウェア開発をしなければなりませんが、財政力が小さな自治体には到底無理なのです。然らば、総務省が、そうしたソフトウェアを自ら開発して、各自治体に無償で供給すれば良いのですが、財務省から財政再建という圧力がかけられ予算化できないのです。
 せっかくの技術力を持っていながら、予算がつけられなかったために日本はデジタル後進国になってしまったのです。今回、菅総理が肝煎りでデジタル化を推進するなら、まずはそのための予算を確実に増やす必要があります。

未だに新幹線ネットワークができない理由

 予算不足でデジタル後進国となった日本ですが、同じことが新幹線ネットワークについても言えます。昭和39年10月1日、日本は世界に先駆けて高速鉄道の技術を確立しました。その後、昭和48年には全国に新幹線ネットワークを構築するため、11の基本計画が策定されましたが、そのほとんどが未だに建設の目処は付いていません。その理由は、国鉄の破綻と政府の財政再建優先の姿勢です。これが、あらゆるインフラ整備を遅延させてしまったのです。全国に新幹線のネットワークを建設するのには30兆から40兆円の建設費が必要だと言われています。莫大な金額のように見えますが、完成まで十数年かかることを考えれば、毎年の予算額はたかだか3兆円程度です。今年のコロナショックのために補正予算は一次二次合わせて約60兆円であることを考えてみれば、決して法外な予算額では無いと理解していただけるでしょう。
 普段なら、これだけ大きな規模の補正予算は、財務省の猛反対に合っていたはずです。しかし、さすがに今回のコロナショックでは財務省も正面から財政出動を否定することはできなかったのです。
 彼らが財政出動に頑なに反対してきた理由は、「孫子の代に借金をつけ回すな」と言うことに尽きます。したがって、今回のコロナショックのための補正予算は仕方がないとしても、いずれは、その返済のために税金を上げるか他の予算を減らすかどちらかを要求してくるでしょう。しかし彼らの主張に最早、合理性はありません。

国債は国家の資本金である

京丹後はごろも陸上競技場リニューアル完成式典に出席し、ご挨拶いたしました

 今回のコロナショックで政府は様々な財政政策を実施しました。その一つに劣後債の導入があります。劣後債と言うのは返済期限が最も後になる債券と言う意味です。例えば10億円を借りても、利息の支払いだけで元金の返済は10年後や20年後など、かなり後で払うというものです。これにより、企業は元金返済の必要が事実上なくなりますので、会計上も劣後債は負債ではなく資本として取り扱われることになります。その結果、 経営者はコロナ禍においても資金繰りのリスクから解放され、安心して企業の経営をすることができるのです。
 実は、国債はまさにこの劣後債と同じ性質のものなのです。国債を発行すれば、それは国家の借金であり、孫子に借金をつけ回すべきでないと、財務省は必ず言います。しかし、現実には国債の償還は税金でしているのではありません。そのほとんどは、新しい国債を発行することにより古い国債の償還をしているのです。いわば古い国債と新しい国債を交換しているのです。
 つまり、国債の償還はせず利払いだけをしているのが現実なのです。孫子の代も利払いだけで、元金の返済はしていないのです。
 そしてこの事実を見れば、国債は劣後債とそっくりであることがわかります。劣後債が事実上資本金として扱われるのは、返済を必要としないからです。利払いするのは配当金の支払いと同じことですから、劣後債はほとんど資本金と同じと言って良いでしょう。
 国家にとって国債は、この劣後債よりもさらに資本金の性質を持つものです。劣後債は一応償還期限の定めがありますから、その時になれば元金の返済が必要となる可能性はありますが、国債に関しては償還期限が来るたびに新規国債を発行すれば良いだけで、それを制限するような法律は何もありません。正に、元金の返済を要しない国債は、国家にとっては資本金なのです。

安倍政権の失敗に学べ

 約8年前、安倍政権が誕生した頃の日本は、まさにデフレのどん底でした。無駄削減に代表される民主党政権の緊縮政策がデフレを加速させたからです。それに反旗を翻したのが安倍政権です。異次元の金融緩和、機動的な財政出動、民間投資戦略、この3本の矢でデフレからの脱却を目指したのです。しかし、現実に実行されたのは異次元の金融緩和だけで、財政出動や民間投資は増えませんでした。むしろ、三党合意があったとは言え、完全にデフレから脱却する前に2度にわたり消費増税をしてしまったのです。「経済再生なくして財政再建なし!」と訴えた安倍総理でさえ、国債残高が増えることに反対する財務省を抑えきれなかったのです。
 しかし、コロナショックによる経済対策は国債の増発でしか賄うことができません。そしてそれを実際に行っても、何ら問題が発生しないことが明らかになりました。菅総理には、こうした事実を踏まえて、大胆な財政出動をしてコロナショックからの回復に全力を挙げていただきたいと思います。

樋のひと雫
-ボリビア残照-

羅生門の樋

 日本では大統領選と云えば米国のそれを指します。11月の選挙に向けて、「此処はどこ?」と思えるぐらいに毎日TVで米国大統領選を報じています。多くの米国政治の専門家がトランプだのバイデンだのと人柄や日々の所作まで喧伝しています。子供の頃の行動や家族関係まで曝け出す、その報道もどうかと思います。日本の命運を握る最大の同盟国の首長であれば致し方ないのかもと思いますが、我々には選挙権がないので所詮は他山の石とするしかないのですが。
 大統領選と云えば、ボリビアでも大統領選がこの18日に行われます。他山の石どころか、遥かアンデスの石としか見えないのですが…。まあ、私には身近な話です。これは前大統領のエボ・モラーレスが憲法の規定を無視し、不正投票で続投したことが原因です。市民が蜂起し、警察や軍部の支持も失いメキシコを経てキューバに逃亡しました。現在はアルゼンチンにいて大統領選をコントロールしようとしているとか。本人は未だに権力をわが手にもう一度と画策しているつもりかもしれません。しかし、過去には怒った大衆が現職大統領を官邸前の公園の街灯に吊るした国です。昔とは事情が違うでしょうが、ラテンの血は流れています。そろそろ彼自身権力の亡霊とは手を切るべきだと思いますが…。
 議会によって暫定大統領が選ばれ、大統領選となるはずがコロナの蔓延で時期がずれました。今ようやく新たな大統領を選ぶべく選挙が準備されています。因みに、暫定大統領は
出馬しません。出れば初の女性大統領が誕生した可能性もあったのですが、残念です。まあ例によって、似たり寄ったりで一度目で過半数は取れないでしょうから、決選投票になります。選挙騒ぎは続きます。別段、コロナが落ち着いたわけではありません。相変わらずマスクや消毒アルコールと云ったものは手に入りません。この選挙を契機として、何とか日常を取り戻そうと努めています。
 ボリビアでは、大統領選と云えば異常に熱くなります。日本のように選挙カーが走り回るわけでもないのですが、3人集まれば候補者の話題になります。喧々諤々の話し合いが、取っ組み合いになることも珍しくはありません。国のトップを選ぶ直接選挙を経験したことのない身には、何故これ程熱く成れるのか、不思議な気もします。大統領が替われば、大臣も代わります。大臣が替われば省庁のスタッフ全員が代わります。門番まで替わると言われています。選挙の論功行賞で省庁の役職が割り当てられます。地方の自治体も同じです。村の役場まで総入れ替えです。産業の乏しい国では、省庁が最大の雇用先です。職を得ることに選挙が直結します。私がいた省も3人の副大臣が3ヶ月毎に代わりました。当然彼らの担当部局の人間も代わります。1年間ほどは人事の交替が毎日のようにありました。ある時大臣との会談が有り会議室に入ると、お茶を出してくれた子が1週間前まで私の部屋を掃除していた女の子でした。驚いて聞くと大臣室の渉外スタッフになったとか。清掃の制服を紺のスーツに替え、廊下を闊歩していました。
 まあ、熱くなるのは当たり前かもしれません。そのため、投票の2日前から酒の販売は禁止され、24時間前はレストランやバーでも飲酒禁止の措置が取られます。レストラン等の店には警察官が査察に来ます。違反すれば店には1週間ほどの営業停止処分が科せられます。しかし、店も客も良くしたもので、前夜は特別の部屋が用意され、飲む客はそこに通されます。警察が来ると息を潜め、目で会話しながらワインやシンガニを傾けます。これが結構面白くて警察官がいる10分間ほどに飲むワインの味は、特に美味でした。警官が出ていくと全員で「Salud!(乾杯)」。外では警官が振り返りながら苦笑していました。

showyou

第103号

2020年07月22日発行

コロナが示した事実、財政は破綻しない

参議院議員西田昌司

前代未聞、一国会に四度の予算

参議院財政金融委員会にてコロナ債務免除を提言!反対する財務省を一喝!

 第201国会は、6月17日に閉会致しました。今国会では、平成31年度の補正予算、令和2年度の当初予算、その後、第一次、更に第二次補正予算と、1国会で4つの予算を成立させると言う異例尽くめの国会となりました。これはもちろんコロナ対策のためなのですが、その結果、今年度は補正予算と合わせて事業規模230兆円、GDP(国内総生産)の4割に上るものとなりました。新規の国債発行額は当初予算と補正を加えた令和2年度全体で過去最大の90兆2千億円に上り、歳出の56.3%を占めることになります。
 当初予算では63兆円の税収を予定していましたが、コロナショックのため税収が落ち込むのは必至であり、最終的には更に多額の国債を発行する事は必定です。更にこの先、第三次補正予算を組んでコロナ後の景気対策も行わなければなりません。国債の発行額は更に増えるでしょう。しかし、心配無用です。国債発行額が増えても何ら問題は有りません。通貨と国債の関係を理解していただければ、その理由が分かります。

不換紙幣になった通貨は無限に発行できる

 通貨である円(日銀券)は、日銀にとっては負債ですが、返済期日もなければ金利も付きませんから、本来はただの紙切れです。そのため、かつては紙幣の信用を保証するために、兌換紙幣として、そのお札と同額の金と交換することが義務づけられていました。日銀は常に一定額の金の保有が義務付けられていたのです。これが結果的に、金の保有量が通貨の発行額に制限を加えることになりました。
 その結果、日銀は自由に金融政策を行えず、昭和の初めには大恐慌をもたらしました。その経験から、通貨は金と交換義務の無い不換紙幣になったのです。不換紙幣になってからは金の保有量による制限もなくなり、通貨発行には何ら制限がなくなっているのです。

通貨の不換紙幣化が国債発行の制限を無くした

 日銀による通貨発行は具体的には次のようにして行われます。日銀は国債や株式や社債等を市場から買い入れ、その代金として日銀券を発行することにより、市場に通貨供給をします。これが通貨発行です。この手続きを買いオペ(金融緩和)と言い、逆に買い入れた国債等を売ることを売りオペ(金融引き締め)と言います。その時の経済状況に応じて、 買いオペと売りオペを使い分けることにより、通貨量と金利を調整して金融政策を行っているのです。
 現在日銀が行っている異次元の金融緩和は、大規模な買いオペです。今は、買い入れ額の限度を設けずに、市場を通じて銀行から大量の国債を買い取っています。その結果、銀行には国債の買取代金として多額のお金(日銀券、実際には日銀当座預金)が振り込まれています。
 企業間取引の決済は、大事な銀行の業務です。銀行間でその決済に使われるのが日銀当座預金です。買いオペの結果、銀行の手許には多額の日銀当座預金があるため、銀行間取引を決済をするのに銀行は資金を借りる必要が有りません。そのため金利は限りなく低くなります。これがゼロ金利政策です。日銀が銀行に大量の通貨を供給した結果、お金がだぶつき金利がゼロになっているのです。
 国債は政府の負債であると同時に、日銀にとっては金融政策を行う上で欠かすことのできない資産です。兌換紙幣の時代には、金の保有量により通貨発行額に制限が加えられていたため、買いオペにも限界がありましたが、今はありません。そのため、政府の国債発行に財政上の制約はなくなっているのです。この事実を財務省は無視しています。

子や孫に借金をつけ回すなの嘘

 「無闇に国債を発行して子や孫に借金をつけ回わすな」はモラルとしては正しいです。しかし、事実は、国債発行は子や孫の代に借金をつけ回すことでは無いのです。
 今回のコロナ対策の様に、国債発行により給付金を支給した結果、政府の負債は増えました。一方で、国民の現金預金が増えた事も事実です。つまり、新規国債発行をして予算を執行すれば、政府の負債は増えるが、その同額の預貯金が必ず国民側に支給されることになるのです。これは、給付金に限りません。公共事業であっても、年金の支給や医療などのサービスの提供でも全く同じです。つまり、国債を新規発行による予算執行により、政府の負債は増えてもその分同額の現金預金が、国民側で必ず増えるということです。これは、否定のしようの無い事実なのです。

国債残高は必ずしも減らす必要が無い

西村大臣に緊急事態宣言解除後の経済活動の段階的な再開を訴えました。

 国債発行により国民側に預貯金が供給されるのが事実だとしても、「国債は償還期日が来ればいずれは返済しなければならないはず。そのためには税金を徴収する必要が有る。結局、孫や子の代が負担することになるのでは無いか」と考える人もいるでしょう。しかし、それも間違いです。
 何故なら、国債の償還は必ずしも税金でする必要が無いからです。償還額と同額の国債を発行して償還すれば良いのです。これは現実には、我が国始め、どこの国でも行なっていることです。
 例えば、令和2年度の当初予算の内、公債金(新規国債発行額)は32兆円です。一方、歳出の内、国債費(国債償還額)は23兆円です。現実に国債の償還の為、新たな国債を発行しているのです。国債の償還より新規国債発行額の方が多いことから、国債残高は増え続けていますが、その分、国民側に現預金が供給されているということです。
 事実、日銀によると2020年3月末での家計の金融資産残高は1,845兆円にも上っています。「豊富な個人金融資産のお陰で日本は国債発行が可能になっているが、高齢化で取り崩されれば預金は減り、いずれは国債を買い支えられなくなる」と言う人がいますが、これは本末転倒の暴論です。
 事実は、国債残高が増えた分だけ、国民側の現預金が増えているのです。また、高齢化で預貯金を取り崩す人が増えるのは事実としても、それを取り崩して消費に使うわけですから、誰かの現預金が必ず同額増えるのです。これが事実です。テレビのキャスターなどもこうした発言をする人がいますが、全く勘違いをしています。

税金をなくせと言うのはモラル崩壊を招く

 国債発行により予算が組むことができ、しかも、国民側に現預金を供給することができるのなら、「税金など取らず、予算は全て国債発行で賄えば良いではないか」この様に反論する人も出てくるでしょう。しかし、これは暴論です。
 もし税金がなくなれば、そもそも納税の義務がなくなるわけですから、国家を国民が支えるという国民道徳は無くなってしまいます。そもそも近代国家は、自分の国は自分で守り、自分で支えると言う国民道徳がその前提にあります。そして、その運営のための経費は自らが賄う、つまりこれが税金なのです。そして、自ら国を守り、国を支えると言う崇高な義務を果たす市民には、主権者としての権利が与えられているのです。
 こうした考え方に則り近代国家は作られたのです。国民から税を徴収して、それを財源に予算を執行するという発想からは、当然、財政は均衡すべきであるという考えになります。入を量りて出るを制すと言われる様に、予算執行に必要な税金を徴収するのが当然だということです。
 近代国家では、国民は国家から安全保障や教育、医療や介護などの福祉サービスの提供を始め様々な便益を受けます。その結果、その便益に対する対価として税を負担するのは当然ではないかというモラルが生まれます。私もかつてはそう考えていました。しかし、モラルだけに縛られて財政の真実を見落としてしまうと、結局、国家は滅んでしまいます。モラルと同時に、財政に対する正しい認識が必要なのです。

モラルと同時に正しい財政論が必要

岸田政調会長に鉄道関連予算の大幅な拡充を申し入れました。

 「入を量りて出るを制す」は国民道徳としては正しいですが、残念ながら、財政論としては間違いなのです。そもそも、これに固執していては、国民を救う事はできません。
 具体的に今日のコロナ禍のことを考えてみましょう。多くの国民がコロナ禍により経済活動の自粛を余儀なくされました。それが消費の急激な減退をもたらし、国民から所得そのものを奪っています。当然、税収も落ち込みます。財政均衡主義に立てば、税収が減れば予算も減らさねばなりません。
 しかし、流石にこの状況下で予算を減らすことはできないでしょう。国民生活を守るためには、むしろ、積極的に必要な予算を出すべきだと誰もが感じているはずです。国民が苦しんでいる時には国家が救うと言うのは、国家の当然の責務です。国民が国家を支えるのは、国家が国民を守ってくれるからです。肝心な時に国家が国民を守ってくれなければ、国民が国家を作った意味がありません。
 そこで、冒頭に述べたように巨額の補正予算が策定されたのです。巨額の国債を発行して財源としていますが、それが問題ない事は先に述べた通りです。しかし、国会議員や財務省の官僚、経済学者の中には、未だに通貨と国債との関係を理解していない人が、多数存在しています。兌換紙幣(金本位制)の時代と不換紙幣(管理通貨制度)の時代では通貨の本質が全く違うものになっていること(MMT現代貨幣論の本質)に気がついていないのです。

緊縮財政がコロナ禍と災害をもたらした

 さて、今年も九州や岐阜県や長野県などで洪水による被害が報告されています。こうした災害は毎年のこととなっています。その様な中、九州の球磨川では洪水対策のためダムの建設が予定されていたにも拘らず、脱ダムの世論に押されて建設を諦め、その結果、甚大な被害を招いたのではないかということを報道で知りました。昨年は、八ッ場ダムを巡って同じ様な議論が有りましたが、この背景に有るのはこの20数年吹き荒れた公共事業は無駄なものとする世論です。
 公共事業は国の債務を増やす元、これ以上、子や孫に借金を背負わすなと言う世論が、結局、その命を奪うことになったのです。国債を国の借金と決めつける誤解が招いた不幸です。二度とこの様な過ちを繰り返さないためにも、国債を正しく理解しなくてはなりません。

MMT(現代貨幣論)に限界は無いのか

 国債は子や孫に借金をつけまわすものでは無く、現実は国民の現預金を増やすということ、国債償還は税金に依らずとも新たな国債発行で賄うことができるということ、また、不換紙幣の時代には、国債発行に制約が無くなっていることを述べてきました。結果として、財政論的には国債発行は無限にできるということなのです。
 ただ、国債発行が無限にできても、納税を否定すれば国民道徳は崩壊し、国家は成り立たなくなる事も事実です。その意味において国債発行の限界は財政の破綻では無く、モラルの崩壊に有るのです。
 また、国債発行が国民側の現預金を増加させるため、それが消費や投資にまわればインフレになる事も事実です。インフレ率に注意を払う必要が有りますが、インフレを恐れて緊縮財政を基本とした結果が、今日のデフレを長引かせたことを忘れてはなりません。
 MMTはオールマイティでは有りませんが、少なくとも今日の長期停滞、とりわけコロナ禍を乗り越える大きな政策の道具であることには間違いありません。

樋のひと雫
-ボリビア通信-

羅生門の樋

 街路樹の葉も落ちアンデスの神々の座も白く輝き、人々は訪れる冬に備える今日この頃・・・などの描写で始めるはずですが、今年はコロナ禍で久々に日本の梅雨を楽しんでいます。隣国ブラジルでは150万人、ペルーでは30万人が感染していると言われていますが、我がボ国は正確な人数は不定です。La RazónやPrensaという当国の新聞記事を見ていても、「本日の感染者数」という確かな人数が見当たりません。友人にメールで問い合わせても「No sé(知らん)」という答えばかりです。どうも、保健省も正確には把握できていないようです。尤も、4、200メートルの高地からアマゾンの源流まで、日本の4倍の国土に1千2百万人程が点在しているのですから、正確な把握は端から諦めているのかも知れませんが…。それでも、記事には30ほどの病院が院内感染で閉鎖されたとか、患者が診療所に押し寄せ、それが原因で感染が拡大している等の様子を伝えています。
 友人たちのメールにも、「外出禁止令が出て個人IDカードの末尾の数字で外出が許される。」とか、「週に1度の買い物しか出来ず、食料品の確保も困難だ。」などの連絡も来ます。マスクや消毒アルコールが市中には無く、「自分は檻の中の熊だ」というのもありました。中には、半ばヤケクソ気味に「チューニョ(乾燥馬鈴薯)とチチャ(トウモロコシの発酵酒)を飲んでれば感染しない。」というのもあれば、行政機関の友人からは「登庁命令が出ているので行くが、もう会えないかも…」という悲惨なものまであります。友人達のメールを見ながら、世界から見れば安全な日本に居ることに、何か後ろめたさも感じます。
 ボ国は年末から今年に入って国難続きです。昨年末には、憲法の規定に反しエボ・モラーレスが大統領の4選20年を目指しました。彼は憲法の改定を図りましたが、国民投票では否決された経緯があります。出馬を強行したこの選挙では、「民主主義の否定だ」として多くの市民が街頭に繰り出し、エボ支持のMAS(社会主義運動)派住民と各地で衝突しました。初めは反対派のデモを鎮圧していたコチャバンバ市の武装警察隊の一部が、「我々を市民の弾圧に使うな」と出動拒否の姿勢を明らかにします。この動きが各地に広がり、彼は首都ラパスを放棄し、本拠地のチャパレに逃れました。その後は軍部も反エボ派支持に回り、メキシコに逃亡することを余儀なくされ今はキューバに居ます。しかし、残されたMAS派はデモや道路封鎖を繰り返し、国を二分した対立は未だに続いています。
 原住民出身の初の大統領として現れた時には、随分と清冽な印象を受けました。1回目の選挙で過半数の票を獲得したのも彼だけでした。原住民だけではなく、多くの国民から支持を得ました。最初の選挙の際には、コカ栽培農家組合のレクレーション係から昇り詰め、MASという政党を組織するほどの資産を形成したことには、とかくの噂が立ちました。それでも南米の政治家には見られない、鮮烈な変革への希望が伺えました。ある会合で「日本はボリビアの真の友人だ」と言って、ハグで私を迎えてくれたことを思い出します。
 3期15年の中で、中南米の状況も随分と変化しました。急激な国際経済の変化もあり、師であるフィデル・カストロや盟友チャベスも去りました。原住民解放の中南米の反米主義も中国の資源獲得を目指した覇権主義の中で変質を余儀なくされています。いつの日かコロナ禍が収まれば、暫定大統領は選挙を行うことでしょうが、その時にはどのような人物が選ばれるのか、楽しみでもあります。その際には、再びボ国に戻りこの目で見たいものです。

showyou

第102号

2020年04月22日発行

コロナショックに立ち向かうにはMMTの活用以外ない

参議院議員西田昌司

緊急事態宣言の発令

参議院決算委員にて安倍総理に消費税ゼロを緊急提言!(4月1日)

 4月7日、ついに安倍総理から緊急事態の宣言が発令されました。これにより、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県の知事は、住民に対して不要不急の外出自粛要請を法律に基づき正式に発することができるようになりました。この中で総理は、「日本は戦後最大の経済危機に直面している」との認識を示し、「国民の雇用と生活は断じて守り抜いていく」との決意を表明しました。また、「そのために事業規模108兆円の世界最大級の緊急経済対策を実施する」ことを併せて表明しました。

医療崩壊回避のためには、外出自粛もやむなし

 昨年末に、中国の武漢で発生した新型コロナウィルスによる感染症は、本年になって一挙に世界中に伝染していきました。今やその感染の中心は、ヨーロッパやアメリカに移っています。 4月12日現在で、世界で160万人を超える人が感染し、既に、10万人以上が死亡しています。日本でも感染者数は7千人を超え死亡者数も100名を超えましたが、中国や欧米に比べるとまだギリギリのところで持ち堪えている状態です。
 安倍総理は、「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者数を減少に転じさせることができる」と述べ、国民への協力を要請しています。これ以上感染者数を増やせば、医療提供体制の崩壊を招くことになります。今回の総理の決断はやむを得ないものであると思います。

外出自粛と損失補償は一体として考えるべし

 緊急事態宣言が出される前から、日本各地で自主的に外出自粛が実施されてきました。今回の緊急事態宣言においても、海外のような強力な強制力を持って国民に規制をするものではありません。いわゆる都市封鎖も行われません。しかし、日本においてはそうした法律の強制力はなくても、多くの人が外出自粛に協力してきました。このことは日本人の国民性とも言えるでしょう。しかしその結果、経済活動に制限がかかり、莫大な経済的損失が発生しています。特に、観光業や飲食業、イベント業などに関わる方々には壊滅的な打撃を与えているでしょう。
 今回の緊急事態宣言により、映画館や劇場、百貨店などのような、多数の人が出入りする施設、店舗の使用制限や停止を知事が要請できることになります。このことにより、さらに大きな経済的損失が発生するでしょう。
 こうしたことを受けて、全国知事会は、緊急対策本部を開き、国への緊急提言を決議しました。これは感染拡大防止の休業などで影響を受けた事業者への補償などを国に要請するというものですが、知事としては当然のことでしょう。
 コロナショックはいわば天災です。この被害を食い止めるための方策は、今のところ行動自粛しかなく、国民の協力を求める以外ありません。従って、それに伴う損失を国が補償するのは自明の原理です。

まずは緊急融資が必要

令和二年度の予算が成立し、安倍総理が議員会長室に挨拶にお見えになりました。

 今回の緊急経済対策の中には、売上げが半減した中小企業に最大200万円、個人事業主には100万円、生活が困窮した世帯には30万円の給付なども掲げられています。しかし1番重要なのは、中小企業等に緊急融資を実施することです。無担保・無利子で5年間据え置きの事業用資金を直ちに融資する、このことが企業の倒産を防ぎ従業員の生活を守るために最も重要なことです。
 一方で、融資よりも補償を求める声もあります。その気持ちは私も充分理解できます。しかし、現実に、営業の補償をしようとした場合には、様々な問題点も出てきます。まずは補償額の合理的な算定が非常に難しいと言うことです。自粛の影響で事実上売上げがゼロになったお店もたくさんあります。東京ではデパートも休業していますから、こうした事業の平時の売上げをそのまま補償するとしたら、莫大な金額が必要です。自粛期間中は、仕入れも停止していますから、粗利の補償だけでも良いと言う考えもあります。補償する対象と金額を算定するだけで、大変な時間を要してしまいます。その間に企業が倒産したら、全く意味のないことになります。
 そこで、まずは企業を倒産させない。これを第一の目的にして、直ちに資金を提供することを最優先にしなければなりません。コロナショックの後、経済をV字回復させるためにも、今、雇用と企業の経営を絶対に守らなければならないのです。
 日本政策金融公庫が中心となって、緊急融資を実施しています。これと同様の仕組みを民間の金融機関も利用できるようになります。是非、ご近所の金融機関にご相談ください。

返済できない場合はどうなるのか

 それでも、融資には抵抗のある方がおられます。「今でも借金があるのに、これ以上借金を増やしてしまえば、結局返済できなくなり、経営は破綻する。」このような心配をしてる方も大勢おられるでしょう。
 しかし、そのような心配は無用です。まずは、融資を受けてください。そして事業を継続し、家賃や給料を支払って下さい。そのことが経済の底抜けを止めてくれるのです。コロナショックは何年も続きません。必ず収束の時期が到来します。それまでの辛抱です。今回の緊急融資は、無担保・無利子で、5年間は返済据え置きです。安心して借りてください。
 返済の時期が来た時、経済が順調で充分融資の返済できる状態なら、問題ありません。しかし、残念ながら、コロナショックの損失が大きくて、赤字が繰り越されて、返済能力が乏しい企業も存在することになるでしょう。この場合には、債務の返済の免除も当然あり得るはずです。

東日本大震災の時、二重債務は返済免除にした

 今回の緊急融資は、東日本大震災の時の二重債務問題と非常によく似ています。あの時、大津波で多くの住宅や工場が押し流されました。事業や生活の再建をするために、残っていた借金に加え、住宅や工場を再建のための新たな借金を背負いこむ人も大勢存在したのです。
 しかし、これでは生活の再建は不可能です。そこで、この問題を解決するために、事実上二重債務を国が肩代わりする仕組みを作ったのです。これは、当時自民党は野党でしたが、民主党政権に対して提案し実現したものです。
 今回も、これと同じような仕組みを考えれば良いのです。事実、緊急融資は、コロナショックがなければ発生しなかったものです。国の自粛要請に従い、その結果、背負い込むことになった負債です。国がその責任を取るのは当然のことです。
 本来は、国の自粛要請に従った損害は、国が直接補償すべきものです。しかし、先に述べたように、現実には中々その額を短期間で合理的に算定することは難しいのです。その補償に代わる方法として、まずは緊急融資を実施して倒産を防止する。その後の返済は、具体的な経営状況を見ながら、最終的には債務免除をする。これ以外、今回のコロナショックから国民生活を守る方法はありません。
 いずれにしても、返済猶予は5年間ありますから、この間に必ず制度化させますのでご安心ください。そして、今回提案されている納税や社会保険料の支払いの猶予の制度についても、同様の措置が必要であると考えています。

消費税ゼロと公共事業は何故無いのか?

国会議員全員に「コロナッショック緊急提言 MMT(現代貨幣論)ならそれが可能だ!!」を配布 ※HPからダウンロード可能です

 今回の緊急経済対策は、108兆円の事業規模と言われていますが、その大半は緊急融資や納税猶予などの金融支援政策で、いわゆる真水と言われている財政出動額は19兆円程度です。これでは、コロナショックによる経済的損失を補填にするにはあまりにも乏しいと言わざるを得ません。
 しかし、新型コロナの感染が収束するまでの間は、事実上経済活動が自粛されてしまうため、いくら真水を出してもそれを消費したり投資したりできる環境にありません。感染収束が確認され次第、第二の経済対策として、消費税ゼロや公共事業投資などの、需要や消費を直接伸ばすための予算を作成なければなりません。

財源はMMTを活用すれば全く問題なし

 仮に、コロナショックでGDPの10%毀損されたとすると、60兆円近い真水が必要になります。さらに、緊急融資も最終的に債務免除にすることになると、その金額も赤字国債の発行になります。こうしたことを考えれば、事実上、一挙に100兆円近い国債を発行することになります。
 緊急融資を返済免除にしたら、免除を受けた国民に政府からお金が支払われたことになります。それが給料や家賃となって第三者に支払われていくのですから、結局また国民にお金が支払われると言うことです。政府に国債と言う負債が発生するのは事実ですが、そのことによって国民サイドにお金が供給されるのです。
 以上の様に、国債を新たに発行することによって、国民側にお金が供給されるのです。それは、税金を使って同じようなことをしようと思ってもできません。税は国民からお金を回収する仕組みだからです。お金を国民側に供給するには国債発行しか方法がないのです。
 国債も負債である以上、返済しなければならないはずだと言う人がいます。それも間違っています。新規の国債発行が、国民側にお金を供給することなら、国債の償還は、国民側からお金を回収することになります。少なくともコロナショックで国民経済が瀕死の状態に陥っているときに、その国民が分からお金を回収すると言う事は、国民窮乏化政策以外何者でもありません。これがMMTから導き出される結論です。
 経済がV字回復して、かなりのインフレ率になった時、国民側から資金お金を回収することを考えればいいのです。

瓦の独り言
-酒米のテロワール?-

 「コロナが怖くて、カローラが乗れるか!」と息巻いていましたが「コロナ!クルナ」の心境に変わっています。 さて、前回の「瓦の独り言」で、酒造りで『選ばれものは「水」と「米」』の話をしましたが、今回は「米」、正しくは「酒米(酒造好適米)」について思うところを述べさせていただきます。
 「山田錦で精米歩合が60%」の日本酒が一番おいしい、と思っておられる方々がなんと多いことか!昨今、日本酒が海外でも脚光を浴びて、ワインと同等に肩を並べています。しかし、ヨーロッパの方々(特にフランスの方)は日本人以上に舌の肥えた方がいらっしゃる。その彼らが「テロワール」という言葉をよく使います。フランスではワイン法(原産地統制名称法)のベースでブドウ畑の自然環境条件のことを言っているらしいのです。どうやら、フランスの方々は日本酒の重要なお米の育った環境を重視しているらしいのです。ところが、瓦は「山田錦」であればどこで採れても同じと思っていました。男爵イモも「北海道で採れようが、丹波で採れようが、同じではないか」といった感覚を持っていました。(味は違うはずだが・・・)
 この酒米(炊飯して食べても決して美味しくない)の代表的な品種は10種類ほどですが、生産量の一番多いのが「山田錦」(推計3万5千トン)、で約60%が兵庫県で作られています。特に東条湖周辺のゴルフ場銀座付近が最上級の特A地区*に指定されています。ところが日本酒のラベルには「山田錦」と酒米の銘柄だけで、産地などの情報が書かれていません。(最近、書いておられる蔵元も出てきました) 特A地区の「山田錦」でも田んぼが変われば「酒の味」も変わるはず。取水する川の条件、収穫する年度の天候によっても「酒の味」が変わってあたりまえ。(ワインでは今年は当たり年なんて言ってますように)
 さて、話を「テロワール」に戻しますが、「山田錦」の農家の顔が見えてくる酒造りに取り組んでいる蔵元が伏見に表れています。フランス人の「テロワール」に触発されて、蔵元の醸造技術はいくらでも研鑽できるが、原材料である「酒米」を他人まかせにしていたのではだめだと思い、自分から「酒米」造りにかかわっておられます。「精米歩合が60%の山田錦」で作った日本酒をブレンドして出荷するのではなく、酒米の個性に合わせた日本酒造りをしておられる。生産量は決して多くないが、繊細な京料理に相応しい個性あふれた日本酒が店頭に登場しようとしています。世界的なワインと肩を並べる、個性あふれる日本酒の登場を小躍りしているのは瓦だけではないはずです。
 さて、政治の世界でも我が国の舵取りを任せている「自由民主党」にあって、酒米のテロワールの如く、個性を発揮していただいているのが、我らが京都から国会へお送りしている西田昌司参議院議員ではないか、と思っているのは瓦一人だけではないはずです。
 (特A地区*に指定されている上東条地区は、瓦の母親の里で、瓦の農夫としての原体験はここから生まれています。)

showyou

第101号

2020年01月01日発行

MMT(現代貨幣論)により平成の30年間を総括すべし

参議院議員西田昌司

預金は借金により増える

自民党京都府連として門川大作氏への推薦を決定

 MMTとは、端的に言うと「通貨(預金)は債務により生まれる」という事実に基いて、経済現象を説明したものです。それはまず、銀行預金が増える仕組みを考えれば分かります。銀行預金が増えるのは誰かが預金をするからだと考えがちですが、それは違います。手許の現金を預ければ確かに預金残高は増えますが、手許現金はその分減ります。現金と預金は基本的に同じものですから、銀行に現金を預けただけではその合計額は一円も増えないのです。これは理論では無く事実です。この事実を基に経済現象を考えてみましょう。

バブル時代の教訓

 景気が良いとは世の中にお金が回っている状態のことです。「通貨(預金)は債務により生まれる」という事実を基に考えると、景気が良くなるためには誰かが借金をしてお金を使うことが必要なのです。これはバブル時代を思い出せば分かるでしょう。平成2年頃がバブルのピークでしたが、不動産を担保に借金をして株や土地に次々投資が行われました。当時、日本はアメリカを追い抜き世界一の経済大国になったと自惚れていました。
 しかし、値上がりを続けていた不動産価格が下がり出すとバブル景気はあっけなく終わりました。不動産価格の下落により、返済不能の借入金が大量に発生したからです。銀行には多額の不良債権が発生し、これが社会問題となります。バブル後、しばらく塩漬けにされていた不良債権でしたが、 平成9年の北海道拓殖銀行の経営破綻を契機に一挙に顕在化することになります。
 不良債権の損失計上にとどまらず、銀行は貸しはがしと呼ばれるほど厳しい債権回収を行いました。この結果、バブルのピークの頃、700兆円近くあった民間企業の借入金は、一気に200兆円近く減ることになります。これは、「通貨(預金)は債務により生まれる」の逆の現象が発生し、世の中から一挙に200兆円の預金が減ったことになるのです。この後日本は一気にデフレ化するのですが、その原因は200兆円の預金喪失にあるのは言うまでもありません。

国債発行による財政支出の意味

 国債は政府の債務です。国債を発行して財政出動するということは、民間企業が借金をして投資や消費をするのと経済事象的には全く同じことです。 「通貨(預金)は債務により生まれる」この事実は当然国債にも当てはまります。政府の国債発行により民間の預金残高は増えることになります。
 財務省に拠れば、国債残高は、2019年度末で897兆円となる見通しで、この額は一般会計税収の約15年分に相当し、国民1人当たりに換算すると713万円の借金を負っていることになると言います。超低金利政策によって金利は低く抑えられていますが、金利が上昇すれば利払い費が重くのしかかると、彼らは国民を脅し続けています。
 しかし、この意見は全く的外れです。何故なら、政府債務が897兆円あるのは事実ですが、それと同時に民間預金が897兆円供給されていると言う事実を彼らは無視しているからです。財政再建派はこの事実が理解できていないのです。

国債を全額償還すれば国民は貧困化する

 彼らの弁に従えば、いつかは国民から増税をして897兆円の資産を国民から徴収しなければならないことになります。しかし、もしこうしたことを実行したら経済は大パニックに陥るのは明らかでしょう。政府は国債という債務がなくなりますが、国民は897兆円の資産を奪われ、生活は困窮するのは明らかです。政府の債務は消えても国民は塗炭の苦しみを味わうことになります。
 また、実際に国債を保有しているのは日銀と民間銀行ですが、約450兆円の国債を保有している日銀は、国債保有残高がゼロに成ります。代わりに約450兆円の日銀にとっては負債としての当座預金が減額されることになります。これは、日銀の通貨発行額が減額したという意味です。民間銀行が保有していた国債残高はゼロになり、日銀当座預金がその分増加します。国債残高の10%前後は外国人が保有していますが、彼らには国債の代わりに円建の預金が振り込まれます。
 国債を保有していた銀行や外国人によっては、デフォルトの心配の無い安全な投資の機会を奪われ、代わりに金利の付かない預金と交換されてしまうことになるのです。これでは、銀行の安定経営にも支障がでます。
 結局、政府の負債はゼロになってもその分国民の資産がなくなるのですから、国民が貧困化するのは必定です。つまりは、国債が償還された分だけ、国民が保有していた預金通貨が消滅することになるのです。財政再建のためだと国債残高を削減すれば、必ず、国民の預金残高も同じ額だけ減少するのです。
 国債が増えれば預金が増え、逆に、国債が減れば預金も減る、これは理屈ではなく事実なのです。これを理解していれば、少なくとも景気が悪い時に財政再建だと言って国債を減らすような事はしてはならない、全くの愚策だと分かるはずです。

戦後の財産税課税は究極の国民窮乏化政策

 実は、国債を全額増税で償還するという究極の窮乏化政策が実施されたことがあるのです。それは昭和21年に実施された財産税課税です。終戦当時、政府には国民所得の250%近い国債残高があったと言われています。
 終戦直後に、日本はいわゆるハイパーインフレに襲われ物価が暴騰するわけですが、その原因は、戦費調達にための国債乱発による通貨供給超過が原因だと言うことが一般的には言われています。
 しかし、真の原因は戦争による生産設備の喪失による供給力不足とや復員による急激な人口増加による需要急増であることは、前回述べた通りです。当時はこのことを無視して財産税が課され、国債は全て償還されたのです。インフレ対策として財産税課税がされたと言われていますが、これが全くの愚策である事は論をまたないでしょう。
 財産税は、戦争利得者からの財産没収が目的だとも言われていますが、この裏にはGHQによる日本に対する徹底的懲罰指令があったことは間違い無いでしょう。経済状況を無視した国債償還は国民窮乏化政策でしかありません。昭和25年の朝鮮戦争までの時代は、アメリカは日本に懲罰を与えることを占領目的としていましたから、こうした政策がとられたのでしょう。
 戦後79年経ちました。デフレでもなお国債残高を減らすべきだと言う財政再建至上主義者は、戦後の財産税が何をもたらしたのか、もう一度しっかり検証すべきなのです。

消費増税と法人税減税、所得税の累進課税緩和がデフレを加速

 また、デフレを加速させた実質給料減額の原因も考えておく必要が有ります。私は、4つの要因があると考えています。
 1つ目は、消費税の実施によるものです。消費税では、給与は仕入れ税額控除の対象になりませんが、外注費は仕入れ税額控除の対象になります。消費税においては、給与を支払うより外注費にする方が、納税額は少なくなるのです。
 2つ目は、バブル崩壊後の企業のリストラによる給与のアウトソーシング化が進んだことです。これにより給与を固定費から変動費に置き換えることができ、企業は安定した利益を上げることができるようになりました。
 3つ目は、経営者に成果報酬を認めるビジネスモデルが普及したことです。利益を出した経営者には、その分の報酬を上乗せすることが当然の権利の様に認められる仕組みが定着したのです。
 4つ目は、所得税の累進構造の緩和です。かつては住民税を合わせれば、2,000万円を超えれば 6割を超え、8,000万円を超えれば9割近い額が課税されていました。そのため高額報酬をもらっても手取り額は殆ど増えなかったのです。その結果、経営者も高い報酬を望まなかったのです。広く薄く課税するという消費税の導入により、累進課税は年々緩和され、現在では最高税率は住民税を合わせても55%になっています。このため、高額報酬をもらっても半分近くは手許に残すことが可能になり、経営者の報酬を上げるインセンティブが増加したのです。
こうした税制の変更により、ビジネスモデルは一変したのです。成果報酬が認められるようになると、企業は給料をアウトソーシング化することにより、利益を上げることができ、それにより、経営者はより多くの報酬を得ることが可能になったのです。また、アウトソーシングにより給料は外注費に変わり、消費税額を少なく抑えることが可能になりました。一方アウトソーシングを受注した企業は、必然的に社員の給料を安く抑えなければ経営が成り立たちません。
この結果、一部の経営者が多額の役員報酬がもらう一方で、多くのサラリーマンの給料が安く抑えられる結果となったのです。これが国民消費を抑え経済をデフレ化させる根本原因を作っています。企業業績が良いにもかかわらず経済がデフレ化するのは、ここに問題があるのです。
 また、企業の投資を増やすために法人税を減額し可処分所得を増やす政策が取られました。しかし結果は、全く逆のことになりました。住民税や事業税を合わせれば、かつては5割を超える実効税率がありました。そのため、税金を取られるくらいなら、従業員に給料ボーナスを払ったり、新しい車を買ったりするケースがよくありました。決算対策として、どこの企業でもこうしたことをしていたのです。
 ところが法人税を下げ、実効税率が3割程度になると、あえて決算対策をする企業はほとんどなくなりました。従業員のボーナスも増えず投資もしない、その結果、内部留保が積み上がり、上場企業だけでその額は446兆円(2017年)に上ります。私は当初から、法人税を下げればこうしたことになると、党の税制調査会の役員会でも法人税減税を反対し警告を発していましたが、正にその通りになったのです。
政府の負債が増え、その分の預金資産を国民に供給しているにもかかわらず景気が良くならないのは、こうした税制とビジネスモデルにも原因があります。デフレからの脱却のためには、平成30年間の税制や財政を根本的に見直す必要があるのです。

「故郷を支援する参議院の会」での取りまとめを世耕参院幹事長とともに安倍総理に届けました

瓦の独り言
-新年のお屠蘇は「女酒」?「男酒」?-


羅城門の瓦

 新年、明けましておめでとうございます。皆様方には令和の新春を日本酒でお祝いされていることと思います。 そのお酒は「女酒」or「男酒」? 何の話かと言えば、伏見の日本酒を「女酒」、灘(兵庫県)の日本酒を「男酒」と称して甘口だの、辛口だのと吞み助は言っています。この違いは、酒造りに用いる醸造用水によります。
伏見のお酒は、カルシウムやマグネシウムなどのミネラル成分が少ない「軟水」を使っており、比較的長い時間をかけて発酵させます。それゆえ、酸味は少なく、なめらかで、きめ細かい淡麗な味を生み出してきました。一方、灘のお酒は酵母(酒造りの原料)の栄養となるミネラル成分が多い「硬水」を使っており、発酵期間が短く、やや酸味の多い辛口のお酒になります。
 現在では醸造技術が発達し、「軟水」「硬水」のいずれを用いても甘口、辛口のお酒が造り分けられますが、伏見の日本酒は「宮廷料理から発展し、進化した京料理に合う酒」として洗練されてきました。一方、灘の酒は江戸の人々の好み、武士の気質に合う「江戸の下り酒」として重宝され、江戸将軍の「御膳酒」は「剣菱」だったとか。
 さて、酒造りの味を左右する「軟水」「硬水」の話ですが、水1ℓ中のミネラル成分(カルシウム、マグネシウム)の量を「硬度」と称して(JIS規定)「軟水」は(硬度0~60mg/ℓ)「中軟水」は(61mg/ℓ~120mg/ℓ)「硬水」(121mg/ℓ~180mg/ℓ)とされています。ちなみにミネラルウォーターのエビアンの「硬度」は304mg/ℓです。水による「硬度」の差は地下水が通る地層の違いによります。伏見の地層は花崗岩でできており、この層を桃山丘陵に降った雨水がゆっくりと西へ流れていき(中には60年もかけて井戸に来ている水脈もあるとか)、程よくミネラル成分が溶け出します。一方、灘の「宮水」は地層に貝殻層(目の前が海)があるのでカルシウムなどが溶け出して、比較的硬度が高い水になるといわれています。また、伏見の地下水は酒造りの天敵である鉄分がゼロかもしくは微量です。酒造りの用具にも酒がふれる箇所には鉄製品は使わないようにしておられます。
 伏見の各酒蔵(現在は22社:城陽市含)は独自の酒醸造用の井戸を持っておられ、中でも伏見の名水めぐりは観光スポットとなっています。瓦は伏見の名水めぐりをしたことがありませんが、酒蔵見学の都度に、各蔵の醸造用の井戸水をいただいております。その時に、京都盆地の地下には「京都水盆」と呼ばれ琵琶湖に匹敵するほどの大きな水がめ存在している話が出てきます。しかし、酒造りにはその水を当てにしてはダメで、各蔵が自社の井戸を守ることが使命であり、またその井戸水を酒造りに生かすのも杜氏の使命と聞かされました。酒造りで『選ばれものは「水」と「米」』、とある杜氏が言っておられました。水を大切にしておられる言葉と、お米へのこだわりがひしひしと瓦に伝わってきました。(お米については紙面の都合で後日談にします。)
 さて、政治の世界でも『選ばれものは西田昌司参議院議員』と思っているのはお屠蘇を飲みすぎた瓦だけではないと思います。

 (瓦の独り言の参考文献:伏見酒造組合25年史・日本醸造協会誌(産技研蔵)など)

showyou

第100号

2019年10月31日発行

防災のためにもMMTの活用を

参議院議員西田昌司

地球温暖化により台風被害が増加

東京税理士政治連盟にて講演「MMTから見る日本経済の未来」について講演いたしました

 今年は、9月に台風15号が猛威をふるい房総半島に大きな被害が出ましたが、その直後の10月12日には、史上最大級の大型台風19号が伊豆半島に上陸し、関東から甲信越、東北と、東日本の大きな範囲で洪水の被害が出ました。
 このような大型台風などによる豪雨災害の頻発の原因は、地球温暖化にあると言われています。20世紀後半から人類が化石燃料を大量に消費しだしたため、温室効果ガスとも言われる二酸化炭素の空気中の濃度が上昇し、それにより大気温が毎年少しずつ上昇し、日本近海の海水温も平年より高くなっています。その結果、海水から大量の水蒸気が大気中に供給され、台風が大型化し勢力を維持したまま日本を襲うようになり、また、豪雨が続いたりする様になったのだと言われています。

地球環境問題の解決には長期間を要する

 地球温暖化による気候変動を食い止めるために、当初は化石燃料を使用しないクリーンなエネルギーとして、原子力発電が期待されていたのですが、福島第一原発の事故により、脱原発を叫ぶ人も増えています。
 太陽光等の自然エネルギーに期待がかけられていますが、少なくともあと数十年は原子力エネルギー無しでは安定した電力供給はできません。台風被害で停電になり、冷房のない中熱帯夜を過ごされた千葉県民の方々の避難生活を見ても分かる様に、文明社会に慣れた我々には、1日たりとも電気無しでの生活などできないのです。
 今直ちに原子力発電所を止めてしまえば、その分化石燃料による発電が増えますが、それ以前に、供給能力不足で電力供給の不安定化が露呈し、産業界だけでなく、私たちの生活の面においても大きな被害を受けることになります。現実的な議論が必要です。

新自由主義がインフラ整備を遅らせた

 電力の安定供給のためには、供給能力の安定化とともに送電網の高度な充実が必要です。1つの送電線が倒木等により破損しても、別のルートで送れるネットワークを作っておく必要があります。また、送電線を地中化することにより、台風でも電柱が倒れない仕組みも大切です。
 しかし、こうしたインフラの整備は、災害のない時代には、余計なコストと敬遠されてきました。特に電力の自由化が実施され、電力会社以外の企業との競争が激化すると発電コストを下げることばかりに視線が移りがちになります。その結果、安定した電力供給に不可欠な送電網の充実と言うインフラの整備が疎かになってきたのではないでしょうか。
 これは私が常に批判し続けてきた新自由主義政策のもたらした結果ですが、大いに反省し検証しなければなりません。

八ッ場ダム(やんば)が水害から救った

自民党京都府連として菅官房長官に京都アニメーション放火事件に対する緊急要望をいたしました

 こうした中、上毛新聞に以下の記事が記載されました。
〈国土交通省八ツ場ダム工事事務所は13日、台風19号による大雨で試験湛水中の八ツ場ダム(長野原町)の水位が急上昇して満水位(標高583メートル)に近づいたため、同日午後4時から放流を実施した。今月1日の試験湛水開始から3、4カ月かけて満水にする計画だった。11日午前2時に518.8メートルだった水位は、13日午後2時半には約59メートル上昇して577.5メートルになった。
 「この水が流れたらどうなっていたのか」。一夜で満水近くになったダム。会員制交流サイト(SNS)では下流域での水害防止に一役買ったのでは、と話題になった。〉
 八ッ場ダムは、「コンクリートから人へ」という民主党政権の目玉政策として工事が中断されたのですが、もし八ッ場ダムが無かったら下流の地域は水没し、大惨事になっていたのではないか、と多くの住民の方は思っているのです。
かつての様なインフラ不要論は、国民の間では殆ど聞かれません。むしろ、早く自分の地域のインフラを整備して欲しい、と多くの国民は思い直しているのです。

それでもインフラの整備を批判する日経新聞

 ところが、依然として公共工事不要論は根深く存在しています。日経電子版は次のように報じています。
〈堤防の増強が議論になるだろうが、公共工事の安易な積み増しは慎むべきだ。台風の強大化や豪雨の頻発は地球温暖化との関連が疑われ、堤防をかさ上げしても水害を防げる保証はない。人口減少が続くなか、費用対効果の面でも疑問が多い。
 西日本豪雨を受け、中央防災会議の有識者会議がまとめた報告は、行政主導の対策はハード・ソフト両面で限界があるとし、「自らの命は自ら守る意識を持つべきだ」と発想の転換を促した。〉
 相変わらずの経済合理性と自己責任論に終始しているのです。勿論、インフラ整備はその時の社会の状況に応じて現実的な対応をしなければなりませんが、少なくとも日本の様な先進国で国民を見捨てる様な発想はモラルとしてもあり得ません。
こうした議論の背景には、一部の住民のためにインフラ整備を続ければ日本は本当に財政破綻してしまう、そうなれば国家が破綻し、多くの国民が迷惑をすると思い込みがある様です。しかしこれこそ、同胞意識の無い利己主義そのものです。
 こうした議論が今なお絶えないのは、公共事業などによる国債の残高の増加が国家財政を破綻させる、と言う思い込みがあまりにも強いことが原因です。

今こそMMT(現代貨幣論)を学ぶべき

 MMTは、「貨幣は負債と共に発生する」という事実に基づいて経済現象を再定義することにより、今まで見えていなかった現実をあぶり出しました。
 貨幣の供給とは、銀行が与信してお金を貸すことです。これは、日銀も認めている事実です。借入金(負債)を背負う代わりに預金(資産)が手に入るのです。逆に借入金(負債)を返済すれば預金(資産)は減少するのです。したがって預金の量は借入金の量に比例します。借入金が増える度に預金は増えるのです。
 銀行は無から信用供与することにより、返済不能にならない限り無限に貸し出すことができるのです。銀行与信の限界は、返済不能な額まで貸し出せばそれが不良債権となり、銀行自体が破綻する恐れがあることです。
 一方で、政府の国債発行による財政出動も、政府が国債(負債)を持つことにより国民にその対価として預金(資産)を与えるものです。これも日銀が認めている事実です。実はこれが、政府による通貨発行そのものなのです。政府に通貨発行権があるということを多くの国民は知っていますが、それが具体的に何を意味するかは殆どの人が理解していません。
 政府の通貨発行権行使とは、政府が国債(負債)を持つことにより国民側に預金(資産)を与えることなのです。銀行の与信行為と本質的に同じことなのです。

信用創造の無理解が新自由主義を蔓延させた

西田昌司 経世済民塾『ガルーダベース』を発足していただきました

 銀行からの借入金は返済するには返済原資としての預金が必要です。事業が失敗すれば預金を回収出来ず銀行に返済できません。これが不良債権です。銀行はそうした事態にならない様に慎重に審査しなければなりません。またそういう事態に陥らない様に、借り入れをする側もデフレのような景気の悪い状態では借り入れをしません。
 ところが政府は、国債を返済する時も国債の借り換えで済ますことができ、返済のための通貨を回収する必要がありません。つまり政府は支払い不能に陥ることが無いと言うことです。このことは財務省も認めている事実です。つまり、政府は国債の返済ができずに財政破綻になると言う事は理屈の上でも現実にも有り得ないのです。
 ところがこの30年、民間と政府の信用創造の仕組みの違いを全く理解せずに、バブル後のリストラをしている民間にならって、政府も負債を減らすべきだと言う財政再建論があまりにも幅を利かしてしまったのです。これが、新自由主義が跋扈した根本原因で有り、それが日本を構造的デフレ社会にしてしまったのです。

税金は必要、国債発行はインフレ率で調整

 MMTは、政府が財政破綻になる事は無いと主張していますが、無限に国債を発行できるとは言っていません。国債発行により国民側に通貨供給をすれば、基本的にはインフレになります。そのインフレ率が高くなり過ぎない様にコントロールすべきだと言っているのです。何%のインフレ率が良いかはその国の状況によるでしょう。かつての日本は高度経済成長の時代には2桁近いインフレ率がありました。しかし今の日本のように成熟した国にはそんな高いインフレ率は必要ありません。3〜4%で十分です。
 また、MMTが正しいのなら、税金無しでも国債発行だけで予算が賄えるではないかと言うのも暴論です。税金をなくしたら国家は国債発行で通貨供給はできても回収ができず、インフレをコントロールできません。インフレのコントロールのために税金は必要なのです。また税金がなければ、国民側の資産格差に歯止めがかからず社会が不安定になります。社会の安定のためにも税金は必要なのです。

戦後のハイパーインフレは事実誤認

 MMTを理解していない人は、「インフレ率はコントロールできない」「通貨の信認を失ったら戦後の日本の様なハイパーインフレが起きる」と言います。しかし、これは事実誤認です。
 そもそも日本はデフレで困っています。2%のインフレ目標でさえ日銀の金融緩和だけでは達成できていません。今こそ財政出動が必要なのです。昭和30年代には2桁近いインフレ率またそれに近い利子率だったのを現在のような低金利にしたのは、政府と日銀の財政金融政策だったはずです。バブルを作り、金融引き締めでバブルを退治し、それをやりすぎて極端なデフレにしたのも金融政策です。見事にインフレ率をコントロールしているのです。
 また、戦後のハイパーインフレは、国債発行が過ぎたのが原因ではありません。終戦直前の空襲によるインフラの徹底的破壊が生産能力を極端に低下させ、一方で終戦による外地からの復員による人口増加が需要を増やし、その極端な乖離がハイパーインフレをもたらしたのです。現に戦時中にはハイパーインフレは起こっていません。今一度、戦後のハイパーインフレの原因は何だったのか検証すべきです。

樋のひと雫

羅生門の樋

 もう3年が経とうとしているのに、ベネズエラの経済破綻はその出口すらも見えません。国を離れた市民は420~450万人とも伝えられています。推定人口が2800万人程ですから、その約七分の一が国を捨てたことになります。米国の肝いりで用意された国際援助の食糧も、その後どうなったのか判然としません。また、マドゥーロに敢然と反旗を翻し、欧米諸国から多くの支持を得たグアイド国会議長も、救国の騎士を気取った割には国民の支持が今一つです。こちらのマスコミも彼の周辺情報を伝えなくなりました。かつてボ国の行政官とグアイドの話になった時に、彼は「どちらも、どちらだ。」と吐き捨てるように言いました。その時は、中南米を裏庭支配する米国へのアレルギーかと思ったのですが、今となっては、さすが民情に通じていると感じます。欧米のマスコミが、国内でNOと言える中間層が国を捨てたために、世論形成に不都合が生じているのではと書いていましたが、それだけでは反対勢力が伸びない理由としては納得できません。
 しかし、内戦でもない国で400万もの人間が逃げ出すという状況は、我々には想像すら困難なことです。例え、この数値が推計であったとしてもです。また、この国の経済破綻とそれに伴う飢餓が、たった一人の人間の無能力と権力欲によって引き起こされたという事実は、何か中世社会に生きているのではと錯覚させる悪夢のようにも思います。そして、容易に国を捨て近隣国に去るというボーダーの低さにも驚きを感じます。スペインの植民地支配の歴史を共有し、スペイン語という共通の言語を持っている。特に南米では、ベネズエラの英雄S・ボリーバルと共に独立戦争を闘ったという経験を共有しているとしてもです。
 最近公園近くのカフェで、ベネズエラの若者が話しかけてきました。異国の人間に話すことで、少しでも肩の荷を軽く感じることが出来るのでしょう。国の話や残った家族の様子、自分が働いていた商店や街の様子など、取り留めのない会話を1時間程しました。最後に「今の国には住めない。帰るかどうかも判らない。」と話して別れました。別れた後にも、「お前にとって、国とは何か」と彼が問い掛けているように思いました。
 「国」とは自分にとって、古里であり山川であり、祖の眠る地である。謂わば、内に在る歴史であり文化であり、生きている基盤ともいえるものです。更に「国家」とは明日の安心と今日の安全をもたらし、自らに庇護を与える、人と共生するための構造であると。そして、国と国家は一体不可分な関係にあるものと信じてきました。先の若者は国家の統治機構が崩壊した中で、国をも離れました。
 国家が民を養うことが出来ず、その統治能力を失った時、自分はどのような道を選ぶのだろうか。何十年も前、若い頃に読んだ句がふと頭に浮かびました。しかも読んだ当時とは違った感慨を伴って。
「マッチ擦る つかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの祖国はありや」(寺山修司)
 人が国を捨てる際の感情とは、その覚悟とは…。果たして、自分には出来るだろうか…と。

showyou

第99号

2019年08月10日発行

MMTを活用して経世済民を!
三期目の抱負

参議院議員西田昌司

421,731票(世に居なさい)を獲得

三期目の当選を祝して万歳三唱

 この度皆様の御支援のお陰で、三期目の当選を果たすことができました。全行政区でトップの得票をいただき、合計421,731票を獲得することができました。心から御礼申し上げます。また、421,731は世に居なさいと読めます。これを神の啓示と思い、皆様のご期待に応えるために全力で働くことをお誓い申し上げます。

経世済民とは

 私は、今回の選挙で「経世済民」ということを終始訴えてきました。「経世済民」とは世を経(おさ)め民を済(すく)うという意味です。福沢諭吉がエコノミクスという英語をその頭の二文字をとって経済と訳したのです。経済という言葉は、現代ではお金儲けという意味合いで使う人がいますが、本来の意味は、世の中が安定し誰もが幸せを実感できることが大切だ、ということです。
 そういう意味で現代社会を顧みれば、東京一極集中と地方の疲弊や、空前の利益を大企業が上げる一方で国民の実質給与が下がるなど、所得の偏りが目立ちます。民主党政権時代の様な極端なデフレ不況からは脱出したものの、国民経済にはまだ課題が残っているのも事実です。

新自由主義が日本をデフレ化

 この様な富の偏在の原因は、新自由主義による経済政策が行われたことにあります。バブル崩壊後、本来は政府が積極的に財政出動をして景気を立て直す必要があったにもかかわらず、逆に公共事業費などの予算を削減しました。その当時は、民間がリストラをして借金返済している時に、政府ばかりが国債を発行して予算を拡大するのはおかしいという誤った声が高まり、小さな政府を目指さざるを得ない状況にあったからです。
民間企業の方が政府より効率的な経営をしているはずだから、民営化できるものは出来るだけ民営化する方が良い。また、民間企業が投資しやすい様に規制を緩和する。そうすれば政府が予算を使わなくとも民間活力の活用により景気は回復する。こうした政策の典型が東京駅の再開発による高層ビル群の出現です。

規制緩和が招いた東京一極集中

 東京駅周辺の容積率や高さ制限を撤廃した結果、ここでも高層ビルの建築が可能になりました。交通インフラの揃っている場所で規制緩和すれば、政府は一円の予算も使わずに駅前の再開発ができました。しかし、これにより雇用が地方から吸い上げられますから、地方の人口は減少します。
 東京に人口は益々集中しますが、ここには子育て環境が整っていません。否、元々は整っていたのですが、規制緩和でタワーマンションが一棟建てば、それだけで千人単位の人口が増えます。そうなればたちまち待機児童が何十人も発生します。保育施設をいくら作っても、マンションが建つ度に待機児童は増え、イタチごっこになっています。規制緩和により屋上屋を重ねる様な、意味の無い投資が東京では進んでいます。

地方の衰退

府内各所で多くの皆様のご支援を頂戴いたしました。誠にありがとうございました。

 行政の効率化の名の下で、地方ではこの20年間に320万人いた地方公務員が270万人に削減されました。一方で非正規職員は60万人も増加しています。これでは正規から非正規に雇用が移っただけで、事実上の賃下げです。こうしたことから、地方では経済的理由により結婚したくてもできない、子どもを作りたくても作れないと言う人が大勢います。
 規制緩和と行政の効率化という新自由主義に基づく政策が、東京一極集中と地方の衰退を産み出し、東京においても地方においても、子どもが作れないのです。これが少子化の最大の原因だと、私は思っています。
 正に、効率化を重視した新自由主義の政策が、次の時代を担う命が生まれない世の中にしてしまったのです。そしてこのことが将来に不安を生み出し、デフレ化を促進しています。

次世代に希望をもたらすMMT

 私は、選挙を通じて、この様な将来不安やそれに伴うデフレ化から脱却するには根本的発想の転換が必要だと述べてきました。そして、そのための手段としてMMT(現代貨幣理論)を主張してきました。
 MMTは、国債発行が民間貯蓄によって買い支えられているので無く、国債発行は民間貯蓄を増加させるものであるという事実を示したものです。これは、コペルニクス的転回です。今まで、財政再建が叫ばれていたのは、国債発行により子や孫の時代に借金を残すなという趣旨からでしたが、現実には借金ではなくて資産を残してきたのです。
 新自由主義政策が跋扈(ばっこ)してきたのには不良債権処理、即ち、債務の縮小が急務とされた時代背景があります。確かに、あの時期、バブル期に膨らんだ借入金を整理して身綺麗になることが民間企業の再生には必要でした。それと同じことを政府にも求めたことが、赤字国債の整理をして財政再建を促すことに拍車を掛けたのです。

国債は返済不要

 国債が民間貯蓄を増やすものであるなら、国債の償還は民間貯蓄を減らすことになります。例えば、国債発行残高は1000兆円と言われますが、それをどうしても返済するなら増税して1000兆円を民間から回収すれば良いのです。そうすれば政府の借金は無くなり財政は健全化しますが、民間貯蓄は1000兆円減ることになります。これでは、国民は貧困化し経済が大混乱することは、誰の目にも明らかでしょう。
 一旦発行した国債は償還すれば必ず国民は貧困化するのです。一度に償還しないで長期間、例えば10年20年でも答えは同じです。民間貯蓄が国債償還分だけ減少することに変わりはありません。これでは政府は財政健全化しても国民経済は貧困化し破綻してしまいます。

税金の範囲内で予算を組むことは間違い

 税収の範囲内で支出を抑えること(PB:プライマリーバランスの黒字化)を財務省は財政健全化の目標にしてきましたが、これは全くナンセンスなものだったのです。何故なら、予算を半減すればPBはたちどころに黒字化しますが、それでは必要な予算を支出できず、国家の責務を果たせません。また、大幅な増税をすればPB黒字化は果たせますが、これでは経済が破綻します。一見正しそうに見えますが、その意味するところを突き詰めて考えれば、国債の償還と同じく、経済そのものを破綻させるものなのです。
 税金の範囲内で予算を賄うことを考えると経済が破綻するのです。何故こうしたことになるのでしょうか。それは経済活動の元となる通貨量は需要の多寡によって供給されるべきものだからです。
 MMTでは、通貨の大宗を占める銀行預金は銀行の貸し出しによって創出されるという事実を重視しています。資金需要に応じて銀行が貸し出しすることが、経済を成長させる鍵となるのです。

デフレでは銀行は貸し出しできない

「現代貨幣理論(MMT)」の第一人者である米ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授との意見交換会

 デフレとは物価が継続して下落し続ける状態です。単価が下がるため同じ数量では売上が減り続けることになり、借入金の返済が出来なくなることを恐れ、企業は低金利でも借り入れをしません。この様にデフレでは消費や投資を控えるため、景気は益々悪くなるのです。
 だからこそ、政府の国債による財政出動が必要になるのです。国債は返済不要だからデフレのリスクを気にせずインフレに戻るまで財政出動することができるのです。
 ところが、国債を民間企業の借入金と同じ様に財務省は考えてしまい、大胆な財政出動を抑えているのです。これが、真のデフレ脱却ができない理由なのです。

日銀の国債保有は事実上の国債償還

 増税により国債償還することがいかに国民経済を貧困化させることになるかは、お分りいただけたでしょう。国民経済を貧困化させずに国債償還させる方法があります。それは、日銀が国債を民間銀行から買い入れすることです。日銀が国債を保有することは政府が保有していることと事実上同じですから、その時点で国債は償還されたことになります。民間銀行から国債を買い入ると、民間銀行には日銀当座預金が提供されます。日銀は無制限に当座預金を提供できますから、国債も無制限に買い入れできるのです。
 しかし、金利が低い時は良いが高くなると利払い費が嵩み財政に影響があるのではと、心配される方がいますが、それも心配無用です。
 何故なら、日銀に支払った利息は日銀の利益になりますから日銀法の規定により、剰余金として、事実上全額国庫に納付されることになります。また、民間銀行が持っている国債の利息は、銀行の利益になりますから法人税等が課税され事実上半額は政府に納付されます。
 国債の約4割強を日銀が保有し、1割を海外投資家、残りは民間銀行等ですから、利息の大部分は国内に支払われ、その大部分が政府に納付されるのですから、政府の財政には全く影響は無いのです。

国債残高ではなくインフレ率を指標にすべき

 国債の残高がGDPの何倍かということは問題ではありません。円建てで国債を発行している限り、いくらでも日銀が買い入れできますから、返済不能などは起こり得ないのです。問題は国債発行して予算を伸ばせば、その分確実に国民サイドに所得や貯蓄を提供していますから、インフレになるリスクがあるということです。
 確かに、今の国債残高を倍増する程の財政出動をすれば、高インフレになるでしょう。しかしながら、私の主張は全国の新幹線で30兆円、国土強靭化などを合わせても、高々100~150兆円です。これを10~15年で実行せよということですから、毎年の予算を10兆円程度、10年~15年の間、増額するだけです。日本のGDPは約540兆円ですからその2%程度の歳出増加です。これでハイパーインフレなどになる筈がありません。
 家計や企業の借入金と国債を混同して、財政再建至上主義に走る財務省の目を覚まさせることが、三期目の私の使命です。

瓦の独り言
-ほとけさんも東京へ出張?-


羅生門の瓦

 6月の初旬、気持ちのいい朝なので、東寺さんの境内を歩きました。修学旅行生らしきグループが講堂の中へ入って、すぐに出てきました。「仏さんが、東京へ出張中や。」との声。瓦も気になって、講堂へ入ってみたら、なんと立体曼荼羅(瓦もよく理解できていませんが)を構成している21体のうち15体が東京国立博物館へ出張しておられました。
 立体曼荼羅は、あの薄暗い講堂の中へ入ってこそ、何とも言えない、秘密めいた(真言密教だから?)、ため息の出る空間でしか体験できるものではないでしょうか。東京国立博物館の中であの薄暗い講堂の空気が感じられるのか疑問です。
 そういえば、昨年も仁和寺さんの仏さんが東博(東京国立博物館の略)へ出張されていたことを思い出しました。 両寺院とも、大伽藍を構えたお寺で、仏さんが多少、出張されていても社寺の運営に影響がないのでしょう。でも、信仰心に対する影響は?毎日、拝んでおられる信仰心の熱い人にとっては? 本来、仏さんは、その場所で、あるがままに拝んでこそ意味があるのでは、と変な理屈をつけているのは、瓦だけでしょうか?
 でも、東博のパンフレットからは仏像彫刻のすばらしさを推奨するような空気が感じられました。そうか!博物館は美術工芸品を展示して、そのすばらしさ、美的感覚を堪能してもらう施設なのだ。だから、東寺の仏さんも「仏像彫刻」のすばらしさを東京の人々に知ってもらうために、出張しておられるのだ。 ・・・何か、この話にしっくりこないのは瓦だけでしょうか? 東博の学芸員の方によると、立体曼荼羅の仏さんが寺外へ出るのは困難とされていたが、1971年に2体が初めて東博へ、1995年には4体が、2011年には8体が、そして今回の2019年に15体が展示されました。
 仏像彫刻は美術工芸品である前に、人々の「祈り」と信仰の対象であるべきものでは?それは東寺の仏さんのように1200年もの長きに渡り、人々の「祈り」の対象であったはずです。東寺の講堂の中で1200年もの長き祈りが、日本人の文化・風土を作り上げたのではないでしょうか?また「祈り」により、人々に明日への希望を与え続けてくれたはずです。(名物の美味しい食べ物はその土地で食べてこそ、美味しいのです。)
 真言密教の「真髄」を感じようとすれば、京都の東寺へきて拝観(祈りの場には使いたくない言葉ですが)してこそ感じられるのではないでしょうか?
 誰もが未来に夢を感じられる政策を実行していただける、西田昌司参議院議員も瓦の意見に賛同していただけるものと思っています。
(三期目、トップ当選!おめでとうございます。)

showyou

第98号

2019年05月01日発行

財政再建至上主義は間違い!
MMTを活用せよ!

参議院議員西田昌司

世界で話題のMMTとは?

参議院決算委員会での安倍総理への質問

 MMT(modern monetary theory 現代金融論)が今、世界で注目されています。元々は、トランプ大統領と大統領選を競った民主党の大統領候補サンダース氏が、自らの経済政策の柱として訴えたことが端緒です。MMTの最大の特徴は、貨幣の本質を金貨のようなモノではなく、銀行による信用創造だとすることです。
 確かに、貨幣には金貨などが使われており、紙幣が流通するようになっても、金と交換できる兌換紙幣として使われていました。しかし、ドルが金との交換を止めてから、もはや世界中に兌換紙幣はありません。金の保有量とは無関係に、中央銀行の管理の下、紙幣は発行されています。紙幣自体には何の値打ちもありませんが、国家がこれを税金の支払い等の手段として認め、強制的に流通させることによって、支払い手段としての価値を持つようになっているのです。

銀行預金は借金する程増える

 ところで、現実の取引で支払い手段として使われるものは、紙幣などの現金ではなくて、圧倒的多数が銀行預金による口座振替です。つまり、銀行預金が使われている貨幣の大部分を占めているのです。
 では、銀行預金はどのようにして増えるのでしょうか。普通に考えれば、皆さんが銀行に現金を預けることによって、銀行預金が増えると思うでしょう。もちろんそのようにしても銀行預金は増えますが、預金が増える理由のほとんどは、銀行の融資によるものです。
 銀行が融資することを信用創造といいます。銀行が借り手に信用を与える(与信)ことにより、借り手の口座の預金残高が増えるのです。したがって、銀行は皆さんから預かった現金を元手にして貸付をしているのではないのです。従って、理論の上では、銀行は借り手への与信により無限に銀行預金残高を増やせるのです。
 現実には、その預金残高に合わせて中央銀行に準備金として預金を預け入れることが必要ですし、BIS規制(国際決済銀行は自己資本率が8%以上)も有ります。また、借り手が返済不能になることもありますから、信用創造にも一定の限界は有ります。しかし、銀行預金の量は信用創造によって決まると言う事実は動きません。このことは、4月4日の参議院決算委員会で、私の質問に対して黒田日銀総裁が明言しています。

借り手不足が信用創造を阻む

 銀行預金が銀行による信用創造、つまり銀行からの借金であるという事実は、今日の日本経済の問題が何であるかを示しています。しかし、残念ながら日銀がいくら異次元緩和をして、銀行に資金提供をしても民間企業が借りないのです。民間企業はいくら金利が安くても先行きが見えない状況下では、不要の資金は借りません。返済できるという確信が無ければ借入というリスクはとらないのです。信用創造の要は、最後は借り手の意思によるのです。

国債の発行は国家による信用創造

 銀行預金は銀行が貸し付ければ事実上無限に増えるという事実は、国債の発行が多過ぎて国家が破綻するから財政再建をしなければならないという論法が、完全に間違っていることを証明しています。国家が国債を発行することは確かに国の借金ですが、それは同時に国民に同額の預金を提供したことになります。これは、銀行預金と借入金の関係と同じです。
 民間の預金がある内は良くても、後々高齢化により取り崩されて行けば、その内、国債の消化はできなくなる、などということは無いのです。政府は安心してデフレを救うために長期計画を立て、それを予算化すれば良いのです。

政府による国家の長期計画が必要

建国記念の日(紀元節)を祝う集いでのご挨拶

 民間企業が銀行から借り入れをしないのは、バブル期の後遺症も原因の一つです。銀行の不良債権処理の際の貸し剥がしがトラウマになっているのです。その上、政府自身が日本の将来を、少子高齢化と債務超過で財政が行き詰っていると不安を煽っているのです。政府は財政再建のためにと財政出動を控えておきながら、民間企業にはアニマルスピリッツを発揮して投資をしろとは、虫のいい話です。
 民間企業に投資を勧めるのなら先ずは隗より始めよ、政府が長期計画を示し、それに従って予算計上をする必要があります。

預金超過が金融政策を無効化

 また、もう一つの事実は上場企業は殆ど無借金、中小企業も半数は預金残高の方が借入金残高より多い、事実上の無借金であるということです。この要因は、先に述べたように、バブル期のトラウマや先行き不安の外に、労働分配率(企業の儲けに締める人件費の割合)が20年以上に渡って低下していることに要因があります。
 預金超過ですから、日銀がいくら金融緩和しようが、銀行から借り入れをする必要がないのです。このことは金融政策が無効になっていることを意味します。

銀行は経営悪化

 一方で、銀行は事実上のゼロ金利にも拘らず、貸し出し額が増えません。そのため、利鞘(ざや)が稼げず、経営基盤は急速に悪化しています。最近、地方の銀行の経営統合の報道が相次いでいるのはこのことと関係しています。
 この状況下で、もしも大災害などの不慮の事態が発生すれば、間違いなく日本経済は大打撃を受けます。会社の倒産などが多発すれば、銀行は大量の不良債権を抱え込むことになります。銀行の倒産を防ぐため、日銀も政府も金融機関の支援をするでしょう。金融機関を助けるために融資も必要となります。しかし、本質的には金利の上昇を認める以外ありません。ところが、金融不況を救うためとは言え、不況時に金利を上げることは国民経済そのものを毀損することになります。日本は正にどちらにも進めない現状に陥ってしまうのです。このように、アベノミクスは最大の危機に直面しているのです。

銀行の与信機能の正常化が急務

 こうした事態を避けるためにも、金融政策に余力を残しておく必要があります。平時に銀行に体力を蓄えさせ、金融危機の際には金利を引き下げる余力を残しておくことが大切です。つまり、ゼロ金利政策から早く脱却する必要があるのです。そのためには、借り手の需要を増やして一日も早く金融システムを正常に戻す必要があります。

労働分配率の低下が最大の問題

白峯神宮での節分祭

 こうした状況に陥った最大の原因は、労働分配率低下による個人所得の減少とそれに伴い個人消費が減少したことです。これはバブル期の不良債権処理から始まっています。この時期、企業は次々とリストラを行いました。職員の人員整理は勿論のこと、正社員の非正規社員への置き換えや自社生産の外注化など、徹底的なコストカットが行われました。会社の生き残りのためには仕方なかったことかもしれません。しかし、それを一過性のものではなく、ビジネスモデルとしたことが、後に少子化という大きな社会問題を作ったのだと私は考えています。
 アベノミクス効果で、企業の業績は確実に改善し、景気は戦後最長の拡大期間を更新していると言われていますが、国民にはその実感がありません。その原因は、企業の業績拡大に比して勤労者の所得が増加していないという、まさに労働分配率の低下にあるのです。

法人税を増税し、子育て世代に分配すべし

 安倍総理が、毎年春闘の時期になると率先して経済界にベースアップを要求しているのは、このためなのです。その結果、ベースアップは着実に行われるようになりましたが、企業の業績に比べればまだまだです。コストカットのビジネスモデルを修正させるには、法人税を増税し、それを子ども手当として国民に給付すれば良いのです。これは実質的に給与アップと同じことになります。そうすれば、安心して子どもを生み育てることができるため、少子化に歯止めをかけられるはずです。
 また、上場企業に滞留している銀行預金を国民に分配することにより、個人消費は必ず伸びます。それが経済活動を拡大させるため、結果的に企業の利益も増えるのです。

信用創造の大本は希望である

 貨幣の大部分は銀行預金であり、その根源は銀行の貸付である。これは事実です。問題は借り手に借りようとする意思がなければ銀行は貸し出せないということです。借りようとする意思は未来に対する希望です。将来に対して希望があるからこそ、銀行からお金を借りてでも事業をしよう、投資をしようとするのです。
 今、日本にかけているのは将来に対する希望なのです。政治の使命は国民に日本の将来に対する希望を明確に示すことです。日本は財政破綻などしないのですから、政府が積極的に自信を持って将来に対する投資を行えば、それは必ず国民の希望につながります。
 戦争や貧困や災害などあらゆる危機から国民を救うのが国家の使命です。国債発行をしても財政破綻はありませんから、十分に予算をつけるべきなのです。それが国民に将来の希望と安心を与え、消費や投資が増え、日本全体が豊かになるのです。財政再建を理由に国民の危機を救わないという論法は、モラルとしてもありえないのです。

樋のひと雫
-アンデス有情-

羅生門の樋

 日本で桜の花が咲き乱れる頃,此処ボリビアでは街路樹は葉を落とし,晩秋の空気の中で街は冬の準備を始めます。もっとも,標高の高いラパスでは一日の内に四季があると云われ,朝はセータ,日中はTシャツ,日が落ちるとコートが必要になります。日本のように年間で四季を感じることは余り有りません。
 トランプ大統領の国境の壁建設で話題となったホンジュラスのキャラバンは,グァテマラからの参加もあり,依然メキシコ国境には滞留者が増え続けています。犯罪組織の興隆で平穏な市民生活が困難になるという状況は,日本から見れば信じ難いものでしょうが,こちらの人間にとっては「あゝ,そこまで,やはり‥‥。」というのが正直な感想です。
 20年近く前に,初めて首都のテグシガルパを訪れた時に,30mほど離れたマクドナルドに行こうとホテルの玄関に立った際,「危険だから車で行ってくれ」とガードマンに制止されました。お陰で5日間の会議では,文字通りホテルに缶詰めになりました。それから所用で何度も訪れましたが,街の喫茶店やレストランの前には,必ずショットガンを持った警備員が2・3人は立っています。銃を持った人間をガラス越しに眺めながらのコーヒは,決して気の休まるものではありませんでした。昼間でも大通りを歩く人の姿は見られません。まるでゴーストタウンの様に息を潜めての生活は,私から見れば,異様の一言でした。知人も近頃は「あの国は終わった」と言っていましたが,妙に納得できる自分に驚きます。警察は有って無く,軍部ですらコントロール出来ない治安の悪化は,まさに亡国への坂道です。
 しかし,住み慣れた家を捨て,国を出られるキャラバンには,未だしも希望と夢が持てます。ベネズエラでは,為政者の怠慢と無策の中で,国を出ることが出来る人間は全て出たとも云われています。残された庶民の生活は,天文学的インフレの中で,今日の食事にもこと欠く困窮の極にあると伝えられています。この極度の食糧難の中でも,権力者と富裕層は高級レストランで米ドルを使い,多くの庶民はゴミ箱を漁っているとTVニュースが伝えたのが1ヶ月ほど前でした。
その後,西側のマスコミを追放したマドゥーロ政権ですが,南米で唯一の支持国であるボリビアには,政府の発表は伝わって来ます。未だに解決しない大規模な停電も,最初の頃は“米国のサイバーテロ”の所為にされました。5日前の新聞には,通信大臣が「大口径の狙撃銃によって攻撃され,ダムに大爆発をもたらした」と発表しています。漆黒の闇の原因が,「ITから人に変わった?」と思っていたら,先日の発表では,ロシアから百人の軍人と35トンの物資が派遣されたと報じていました。恐らく自国の軍部のクーデターを恐れた政権の保身策でしょうが,これも末期症状を呈した政権の疑心暗鬼の始まりとも見えます。
 米国による経済制裁とロシアによる軍介入と聞けば,何やら1960年代のキューバ危機を思い出します。しかし,ケネディやフルシチョフ,フィデル・カストロといった理想と現実を見据える眼を持った政治家ではなく,ディールだけの商売人と覇権主義者,己可愛さだけの独裁者に庶民の声を聴く力は有るのだろうかと思います。「国が(電力不足で)麻痺していて何も生産出来ない。どうして生きていけば‥。」という庶民の嘆きは,果たして彼らに届くのだろうか。虚しさだけが募るボリビアの晩秋です。

showyou

第97号

2019年01月01日発行

平成の総決算をして新しい御代を迎えよう

参議院議員西田昌司

平成と共に始まった政治家人生

檀家総代をつとめる長国寺『御会式』での一枚

 今年は平成最後の年となりました。5月からはいよいよ新しい御代が始まります。そこで改めて平成の30年を振り返ってみたいと思います。平成元年に参議院選挙があり、父の吉宏が府議会から参議院に転出しました。その後継という形で、私は翌年平成2年に府議会議員に出馬し当選させて頂きました。府議を5期務めた後、参議院議員の父の引退により事実上の公募形式で平成19年の参議院選に出馬することになりました。自民党惨敗の選挙でしたが、皆様のご支援のお陰で初当選をさせていただきました。
 私の政治家人生は平成と共に始まったのです。

バブルに始まりデフレに終わる平成

 平成はまた、バブルの始まりでもありました。京都でも土地の値段が異常に高騰しました。今から思えば、それがバブルだったのですが、当時の日本は、アメリカを抜いて実質的には世界一の経済大国になったと自惚れていました。こうした繁栄がこれからも永遠に続くものと誰もが信じていたのです。
 ところが、株価は、平成元年の大納会で終値の最高値38,915円87銭を付けたのをピークに暴落に転じ、平成5年末には、日本の株式価値総額は元年末の株価の59%にまで減少しました。内閣府の国民経済計算によると日本の土地資産は、バブル末期の平成2年末の約2,456兆円をピークに、平成18年末には約1,228兆円となりおよそ16年間で資産価値が半減したと推定されています。
 土地の値段が下がりだすと、それを担保に借り入れをしていた企業は銀行から返済を迫られ、土地の投げ売りが始まりました。そのため更に土地の値段は下がり続けます。土地は絶対に下がらないという土地神話は崩壊したのです。日本では、土地を担保にした融資により企業は投資をしていましたから、土地神話の崩壊は極端な信用収縮を引き起こし、日本はデフレに突入していくことになります。

20年前より100万円低い世帯所得

 バブル時代の融資が土地の値段の下落により不良債権となってしまい、銀行の経営を圧迫し、この時期に銀行の合併統合が全国で行われました。京都でもいくつかの金融機関が統合されて無くなってしまいました。また、その煽りを受けて倒産する企業が後を絶ちませんでした。自殺者が急増したのもこの頃です。戦後は、大体2万人前後で推移してきた自殺者が、平成10年から一気に3万人を突破し、以後14年連続で続くことになりました。
 また、バブル以前は、戦後の繁栄が続いており、給料は毎年上がり、生活は年々豊かになることを誰もが信じていました。しかし、バブル後は、そうした将来を皆が描けなくなりました。先行き不安で投資も減り、終身雇用が当たり前だと信じていたものが、解雇されたり、正社員になれなかったりしたため、国民の平均所得は下がり続けています。
 幸い、第二次安倍政権以降は自殺者も3万人を下回りその数も減り続けて、現在では2万人程度になっています。また、国民所得も上昇に転じました。しかし、一世帯当たりの平均額は過去最高額が平成6年の664.2万円で、平成28年が560.2万円ですから、20年間で100万円下がったことになります。まさにこれがデフレなのです。国民の貧困化はバブル崩壊がもたらした最大の負の遺産なのです。

ゴーン式経営を見直せ

 日産をV字回復させたとして、カリスマ経営者と称賛されていたゴーン会長の逮捕のニュースに世界中が仰天しました。毎年の報酬額を実際は20億円であったものを10億円としか公表していなかったことが直接の容疑のようです。しかし、本当はV字回復の手法にこそ、彼の罪があると思います。
 日産は、かつてはトヨタと並んで日本の自動車業界の二大企業として君臨していました。しかし、自動車業界は市場がグローバル化し大競争時代に突入していました。その対応に出遅れた日産は、ゴーン容疑者が来る直前には2兆円を超える有利子負債を抱え、6,844億円という莫大な赤字を計上し、倒産の危機に陥っていました。その状況を打開するために、提携先のルノーから送りこまれてきたのがゴーン容疑者でした。彼はコストカッターという異名の通り、徹底的なコスト削減を行いました。その結果、一年で黒字回復させるなど経営手腕が高く評価されてきましたが、結局その本質は、非情なまでのリストラです。
 経営危機に陥っていた日産にとってリストラは背に腹は変えられないものだったでしょう。日産に限らず、バブル崩壊で景気が下落し、銀行から債務返済を迫られた企業は、当時皆リストラを行いました。リストラをしなければ会社そのものが倒産の危機にあったからです。それまで日本の雇用慣行は終身雇用と年功序列が常識でした。この制度により安定した生活を従業員に保障することができたのです。
 しかし、当時の経済情勢でこの制度を維持することは会社の命取りになることでした。コストを削減するために、正社員をどんどんリストラし、代わりにコストの安い外部に委託するいわゆるアウトソーシングや繁忙期には非正規雇用を増やして対応する等のことが日産に限らず、日本全国で行われていたのです。

アウトソーシングと非正規雇用を常態化するな

京都府議会議員・京都市会議員の皆様と一緒に「安倍晋三総裁を囲む懇談会」を開催させていただきました

 アウトソーシングと非正規雇用は、経営危機から脱出するための非常手段であったのはずが、経営危機を脱出してからも常態化してしまいました。終身雇用制度の時代、人件費は会社にとっては固定費(売り上げの多寡と関係なく発生する費用)でしたが、アウトソーシングと非正規雇用にすれば、人件費は変動費(売り上げに比例して発生する費用)になります。人件費を売り上げに応じて払うことになれば、企業側にとって非常に有難いことです。しかし、従業員にすればたまったものではありません。非正規雇用では、生活が安定せず給与総額も低く抑えられてしまい、まともに結婚もできません。本来一時的な経営危機回避のための手段であったものが常態化したために、日本人の平均所得は下がってしまったのです。

三方良しの経営を目指せ

 人件費を低く抑えれば利益が出るのは当然ですが、その経営手腕の成果として高額の報酬を要求することは当然だとする風潮が世界的になりつつあります。ゴーン容疑者もそのひとりでしょう。しかし、こうした考え方は本来の日本人の価値観とは相容れないものです。利益は独り占めするものではなくて、皆に分配する、分かち合うことこそが日本人が求めるものでしょう。
 かつての日本人の経営者は分かち合いの精神を大切にしてきました。近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方良しはその典型です。こうした経営哲学を持つ経営者がたくさんいたことが戦後の復興を成功させたのです。残念ながらバブル崩壊以降は、利益さえ出せば良いと言う利己主義経営者が幅をきかせています。

強欲資本主義は社会を破壊する

東京政経セミナーの講師として菅官房長官をお招きいたしました

 かつて 「金で買えないものはない」と豪語したIT企業の経営者がいました。確かにお金で大概のものは買えますが、お金さえあれば何でもできると考えているのであれば、それは単にお金に振り回されているだけです。何の為にお金を使うかという目的意識こそが重要です。それが、自分が贅沢三昧する為なのか、従業員を幸せにする為なのか、どちらに自分の満足感があるのかを自問自答すべきです。
 人間は、本来他人から感謝されることに喜びを感じる生き物です。哺乳類の中でも小柄で弱い人間は、仲間と協力し合って初めて生存することができたのです。仲間と守り合う本能が社会を作り、人間を進化させたのです。社会を維持するには独り占めではなくて分かち合いの精神が必要です。利益を独り占めしようとすることは、本来の人間の本能と相反するものであり、社会を破壊するものです。
 平成の時代は、バブル期の見せかけの繁栄とその崩壊後のデフレ不況により利己主義が蔓延し、この当たり前のことが見失われてしまったのです。

財務省からアベノミクスを救う

 平成元年、将来の社会保障の財源を確保するため、消費税が導入されました。しかしその後日本は、バブル景気に踊りバブル崩壊後はデフレ不況で苦しんでいます。結果として、税収が減り社会保障等の支給が増える一方となり、財政のバランスが悪くなったのは事実です。財務省は財政再建をするために消費税の増税を急ぎ、一方で歳出を抑えようとしています。
 しかし、本当に問題なのは、デフレのため国民の平均所得が減ってしまったことです。その一方で、ゴーン容疑者に代表されるような大金持ちが生まれています。多くの上場企業は事実上無借金経営となり、いくら金利を下げても銀行の融資は増えず、金融政策が無効化しています。今必要なのは、こうした持てる者と持たざる者の格差を解消させることです。具体的には内部留保の多い企業から増税し、それを子育て世代に分配すれば事実上の賃上げが可能です。また、新幹線に代表されるインフラ整備など各省が必要な長期計画を発表し、それを予算措置すれば、間違いなく民間投資も増えてきます。
 ところが財務省は、財政再建至上主義に陥っているため、財政支出を伴うことを極端に拒否するのです。官庁の中の官庁とも言われるほど優秀な人材が集まり、国政の中心を司っているにもかかわらず、その態度は、国民生活を救うという官僚の本来の使命を忘れています。財務省の立場からしか物を考えない、ある意味利己主義に陥っているのです。
 更に、財務省の抵抗のために、金融政策と財政政策と民間投資からなるアベノミクスの三本の矢がうまく機能しなくなっています。これを正しい方向に導くために私は、昨年の11月に、「財務省からアベノミクスを救う」と言う本を出版いたしました。この本で述べているのは、財務省の言う財政再建論より国民経済を救う方が先だということです。是非ご一読ください。

3期目の改選を迎えて

 バブルに始まりデフレに終わった平成の御代でしたが、次の御代にはこうした混乱から立ち直り、再び皆が希望を持てる時代にしなければなりません。私も今年の7月には3期目の改選を迎えます。こうした課題の解決に向け全力で取り組む覚悟です。本年も皆様方のご支持、ご支援をよろしくお願いいたします。

瓦の独り言
-ロングライフデザインって?-
羅生門の瓦

 新年あけましておめでとうございます。今年は己亥で、諸突猛進のイノシシ年です。イノシシのごとく勢いよくはありませんが、つぶやかせていただきます。
 市バス停留所に「さ、洗い流そ」と舞妓さんの広告*が出ています。よく見ると「牛乳石鹸赤箱」の宣伝で、端っこに「Long Life Design 2016」とGマークがありました。Gマークといえば皆さんよくご存じだと思いますが、我が国の良きデザインに与えられている称号です。 このGマークですが、第2次世界大戦後(通称:戦後)我が国のものづくりの指針を示したもので、当時はGHQが持ち込んだデザインのコピーが横行していたとか。これではいかん!と1957年(昭和32年)に意匠奨励審議会(当時はデザインという言葉が無かった)が発足ました。それまでに1951年(昭和26年)には松下電器産業内において、1953年(昭和28年)には東京芝浦電気内に意匠課(まだデザイン課ではない)が出来て我が国のデザインを牽引していったとか。
 その中で、「ロングライフデザイン」とは長きにわたって、我々に愛されているモノで「長きに渡って作られ、使われ、愛され続けているもの」につけられる称号です。(最近では、製品だけではなく、サービス、システム、ソフトウェアも含まれるとか) この、ロングライフデザインには10か条の制約があります。修理、価格、販売、作る、機能、安全、計画生産、使い手、環境、デザインです。
 なら、冒頭に述べた、「牛乳石鹸赤箱」は100年近い歴史が、それなら「金鳥蚊取り線香」も。100年にはならないが、「ホンダスーパーカブ」、「キッコウマンの醬油さし」「コニシボンド」など、など。我々の身の回りにはまだまだ、たくさんの製品が・・・。
さて、誠に失礼なたとえですが、政治家(国会議員)には「ロングライフデザイン」という言葉はふさわしくないのでしょうか?「長きにわたって愛され」「長きにわたって使われ(失礼)」 これは昨日、今日に出来た政党(カンバン換え)からの政治家には当てはまりません。(瓦以外の皆様方もそのように思われるのでは・・・)
 では「何年くらい国会議員を続けるのか?」。20年、いや30年(人間には寿命が・・)
これに対して、瓦は答えを持ち合わせていませんが・・・。
 でも、我々が国会にお送りしている「西田昌司参議院議員」には「ロングライフデザイン」になっていただきたい。今年の夏の改選で3期目に入られます。以後、4期、5期と続けていただきたいと思っているのは瓦一人だけではないはずです。
(*:ここ原稿を脱稿したのち、市バスの広告看板は高校駅伝に代わってしまいました。
 また、今回はつぶやきが多くて申し訳ありません。)

showyou

第96号

2018年10月25日発行

ドイツ・デンマーク海外派遣報告

参議院議員 西田昌司

ドイツのインダストリー4.0とは

ベルリンのブランデンブルグ門の前にて

ドイツはインダストリー4.0と呼ばれる第4次産業革命を目指す産業政策を推進していることでも知られています。これは、第1次産業革命は18世紀の後半イギリスから始まった蒸気機関の利用による産業の自動化、第2次産業革命は20世紀初頭の電力の活用、第3次産業革命は、1980年代以降のコンピュータの活用による自動化と定義した上で、第4次産業革命はインターネットでモノを繋ぎAIがそれを自律的にコントロールする、究極の自動化を目指すものです。
 この背景にあるには、Google、Amazon、Facebook 、Appleなどの米国のインターネット企業の猛威に対抗するため、ドイツの製造業の競争力を更に強化しなければならないというドイツの強い危機感の表れでもあります。

日本のソサエティー5.0とは

 実は、日本でもドイツと同様の背景から、ソサエティー5.0が提唱されています。5.0としたのは、狩猟社会を1.0、農耕社会を2.0、工業社会を3.0、情報社会を4.0とした上で、これに次ぐ第5の新しい社会を「Society 5.0(ソサエティー5.0)」と名付けたのです。具体的な実現方法として、日本版インダストリー4.0ともいえる『コネクテッドインダストリーズ(Connected Industries)』が経済産業省より提唱されています。少子高齢化による労働力不足をインターネットとAIの活用により活路を見出そうとしているのです。

ベルリンでの視察

ポツダム会談の行われた建物 スターリンを招くために赤い星型の花が植えられている

最初の訪問地であるベルリンでは、ドイツ工学アカデミーのカガーマン元会長と会談をしました。カガーマン元会長は、ドイツのインダストリー4.0の提唱者で産業界の重鎮でもあります。「インダストリー4.0は究極の産業効率化であり、日本もソサエティー5.0を掲げ同様の政策を推進しています。これは人口減少社会に対する備えです。ドイツも少子化が問題と聞いています。その意味でもインダストリー4.0は重要ですが、移民政策はこうした効率化政策と逆行するのではないですか」という私の質問に、苦い顔をしながら「それは本質的な質問ですが、インダストリー4.0は移民政策とは関係なく、産業政策として必要なものなのです」と答えられました。

移民政策を巡り社会が対立

 実は、ドイツは中東からの大量の移民を巡り、社会が混乱対立しているのです。第2次大戦後、ドイツは東西に分断されました。その中で西ドイツは日本と共に、敗戦国にもかかわらず経済大国へと発展していきました。その陰には、敗戦による分断により衰えた国力、特に労働力を補うため、積極的にトルコなどからの移民を受け入れてきた背景があります。その結果、現在のドイツは人口約8200万人の2割近くが移民だと言われています。
1990年に東西ドイツは統一されると、旧東ドイツの国営企業の破綻整理により大量の失業者が溢れ出します。これによりドイツの労働環境は一変しますが、これは統一のコストとして受け入れざるを得なかったのです。
 一方で、冷戦後は中東などで相次ぐ紛争が起き、これに伴い大量の難民が発生しています。2015年には100万人を超える移民をドイツは受け入れています。EUの誕生により、 ヨーロッパが1つになり、人口5億人を超える巨大な市場が誕生しました。また通貨がユーロに統一されたため、ドイツはかつてのマルクより有利な条件で輸出ができるようになりました。その為、EU内で1番得をしたのはドイツだと言われています。そうした批判を避けるためにも、ドイツは移民の受け入れを継続せざるを得なかったのです。
しかし、移民の数が2割にも達するとなると、「言葉や文化の違いだけで無く、移民により職が奪われたり給料が低く抑えられている。移民を止めるべきだ」という右翼政党が台頭し出しているのです。
 2017年9月の連邦議会選挙の結果、かつては支持率が7割以上あったとメルケル政権の連立与党のキリスト教民主・社会同盟と社会民主党の議席は激減し、移民廃止を訴える政党が第三勢力に躍進しています。EUの覇者となったはずのドイツでも、移民をめぐり社会は大混乱しているのです。

職業教育の充実と中小企業の支援

 こうした状況に中、移民や失業者を社会で受け入れるためにも、職業教育を充実しなければならないということが言われています。マイスターという言葉がある様に、元々ドイツは職人などの生産現場の責任者の地位が高く評価されてきました。
 インダストリー4.0が進むと産業の効率化により、既存の職業の雇用数は必然的に減少し、失業者が増えることになります。こうした人をもう一度大学などで再教育をして、今後必要となる新たな職種の担い手となる再教育、つまり一般の大学生だけでなく、一旦社会に出てから再教育するという、教育の二元化をドイツでは目指しているとのことです。
 日本も中小企業の役割は大きいですが、ドイツはそれ以上です。中小企業こそ、革新的技術の主人公だと認識されています。特に事業を始める際の資金援助も手厚く、革新的技術を持つ人が事業化しやすい環境を作っています。こうした事は、今後日本でも積極的に取り入れていくべきだと強く感じました。

メディコンバレーとは

アメリカ・カリフォルニアのハイテク産業の集積地、シリコンバレーを念頭において命名されたメディコンバレーとは、デンマークのコペンハーゲンおよびスウェーデンのスコーネ地方に広がるバイオテクノロジー・医薬・医療関連企業の一大集積地のことです。
 これを統括するのがメディコンバレー・アライアンスで、たった5人のスタッフですが年間30件ものイベントを行うなど、企業間のネットワーク作りの援助をしています。この地域にはデンマークとスウェーデンの生命科学産業の約6割の企業が集積しているため、企業相互のネットワークが構築されれば、それが新たな投資や開発を生み出す元になっているとのことでした。
 生命科学の分野ではこの20年の間に合併買収が繰り返し行われてきましたが、デンマークでは、自国の企業が米英の企業に乗っ取られない様に、株式を財団化する事で防いできたそうです。一方スェーデンでは、そうした措置を取らなかったため米英企業に合併買収されてしまったということです。
 デンマークは面積では、スウェーデンやノルウェーより小国ですですが、元々は北欧三国の盟主だったと自認しており、国際的企業も多く存在していますが、流石に商売上手だと感心致しました。

マックス・プランク協会への視察

ハンブルグ総領事公邸前にて 加藤総領事とともに

マックス・プランク協会は非営利の独立研究機関として、世界的に有名な物理学者マックス・プランク(1858-1947)にちなんで1948年に設立されました。同協会は、基礎研究を専門に行う83の研究所(うち5研究所と1支部はドイツ国外に所在)で構成されており、ミュンヘンに本部を置いています。
 研究分野は自然科学、生命科学、人文科学及び社会科学にわたっています。設立以来、17人のノーベル賞受賞者を輩出し、国際的にも高く評価されています。
 約17,000人の職員のうち5,470人が研究者で、そのほかに4,500人の奨学生と客員研究員が所属しています(2013年)。年間予算は約15億ユーロ(2013年)で、出資比率は連邦政府38.9%、州政府38.9%、その他22.2%です。
 130円/1ユーロで換算すると約2000億円もの予算で、基礎研究、特に未知の分野の研究に特化して研究支援をしています。日本の理化学研究所とも関係が深いとの話でしたが、理研の予算が年間約1000億円弱ですから倍の予算規模で遥かに凌駕しています。
 マックス・プランク協会の特徴は優秀な人材を広く海外から集めていることです。ドイツ人の研究者は40%以下で、国際性が非常に高いのですが、世界から優秀な研究者を集めることにより、特許が取れればそれは協会、即ちドイツのものとなり、国益に資するという戦略です。

研究者の裾野を広げるべき

 「10年間何をしてもいいから、自分のしたい研究をしてみないか」同協会のこの言葉は世界中の研究者にとって大変魅力的な言葉です。日本においては、理研などの特定の機関には研究開発予算が注ぎ込まれていますが、研究者の裾野を広げるためには、地方の国立大学等の予算拡充をしなければなりません。
 しかし、現実には国立大学は法人化され、民間企業のような経営感覚を求められ、更には大学で成果を上げることが求められるようになりました。その結果、基礎研究のようにすぐに成果の出ない部門の研究が排除されがちになっています。また、任期の限られた特任教授のような制度では、長期的な研究も保証されません。優秀な研究者を育てるにも、成果主義がそれを阻んでいるのです。
 また、これは理科系の学部だけではなくて、文化系の学部でも同じことが言えます。文化系では、資格を取ることが大学の看板のようになり、真実の学問を追求すべき大学本来の姿から程遠くなりつつあります。これも悪しき成果主義の影響です。
 ドイツのように、社会人の再教育もこれからの大学には求められます。その成果として資格の取得は、最も分かりやすいのは確かです。しかし、その一方で大学の原点である真実を求める心を養うことが忘れられてはなりません。行き過ぎた成果主義にはしる事のないよう肝に銘じなければなりません。
 今回の視察では、その他にも様々なことを学びましたが、しっかりと日本に反映させたいと考えています。

樋のひと雫
〈ボリビア通信〉

羅生門の樋

 今、ベニー県のトリニダという処にいます。アマゾン川の源流が近くを流れ、オリエンテと云われる熱帯の地方です。ここで全ボリビアの教育関係の全国大会があり、招待されました。しかし、熱帯という雰囲気はなく、朝夕は涼しくモト・タクシー(バイクタクシー、熱帯地方では乗用車より一般的です)の運転手などは防寒着を着込んでいます。これも異常気象の現れでしょうか。
 昨年の今頃のコラムでは、ベネズエラが300%近くのインフレで、商店には品物が無く、路上強盗や殺人の増加で治安の悪化が著しいと書きました。今では、これらの状況を知らせてくれた友人とも連絡が取れません。家族ために国を出たいと話していましたが、無事に何処かに居ることを願うばかりです。
 世界通貨基金(IMF)は今年末までのインフレ率を3万%と予測しています。ちょっと想像もつかない通貨の下落です。日本で云えば、3万円が1円になるのですから、500円のコーヒを飲むのに1500万円が要ることになります。まあ、物が無いのですから、飲めるかどうかわかりませんが…。マドゥーロ政権は十万単位で通貨の切り下げを行ったということですが、いつ紙くずになるとも知れない通貨を誰も欲しがらないでしょうね。
 ところで、テレビを見ていて気になることがあります。昨年の映像では、国外脱出する人々は小ざっぱりとした上着で大きな荷物を持っていました。ちょうど我々が小旅行に行くような服装です。しかし、最近のニュースでは、かなりやつれた表情でTシャツの上に薄汚れたブルゾンを羽織った若者や幼子を抱えた家族が連日映っています。昨年までの脱出組はある程度の余裕を感じられましたが、昨今の映像からは、切羽詰まった様子が伺えます。今までは、パスポートを持たない人間を入れていなかったペルーも、最悪の人道危機(la peor crisis humanitaria en América Latina)が迫っていると云う認識から国境を開きました。今や、南米の多くの国が「ベネズエラの経済難民」を受け入れています。(こんなところは、共通言語を話すという強みでしょうか。日本人が他国に移民するという緊張感とは違ったものがあるのでしょう。)政権の失政と経済の混乱から逃れてきた人々を「難民」と呼ぶべきか否かは分かりません。しかし、日々の生活を破壊され、命の危険と隣り合わせの生活から逃れてきた人々に、安定した場所を提供するとう話を聞くと何かホッとした気持ちになります。
 しかし、現大統領のマドゥーロは相変わらずの演説好きで、支持者だけの会合を連日開き、現実味のない夢を語り、満面の笑みを浮かべ拍手を得ています。隣国コロンビアとの危機を煽り、自らの統治能力の無さから国民の目を逸らそうと躍起の様子です。己の失政への国民の不満を外に向ける。為政者の昔からの常とう手段です。連日テレビに流れる演説の姿を見ていて、解りやすいと言えば、これほど解りやすい人間も稀だなと感心しています。

showyou

第95号

2018年07月31日発行

今こそ命を守る知恵と予算が必要だ!
(平成30年7月豪雨災害の教訓)

参議院議員 西田昌司

平成最悪の豪雨災害

二之湯府連会長と由良川流域の被害状況の説明を受ける

 平成30年7月初旬、平成最悪の豪雨災害が西日本を襲いました。死者がすでに210人を超え、未だに行方不明の方が数十人おられます(7月17日現在)。京都府下でも5人の方が命をなくされたことを始め、土砂崩れや浸水等で府下各地域で 2,500を超える住宅被害も出ています。お亡くなりになった方のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された全ての皆さんにお見舞いを申し上げます。
 特に被害が大きかったのは、京都府の北部地域でした。私も、災害から一週間後に、同期の参議院議員、牧野たかお国交省副大臣に同行して、現地を視察してきました。自民党京都府連も会長の二之湯智参議院議員を本部長に災害対策本部を立ち上げ、現地を視察されました。牧野副大臣には、一日も早い復興のため予算をつけるよう、要請をいたしました。

避難所に行けない場合は、必ず二階に逃げる

 まず最初に、3人の死者が出た綾部市の災害現場に参りました。黙祷の後、国土交通省の職員や、山崎綾部市長などから災害報告を受けました。お亡くなりになられたのは、お年寄りのご夫婦です。当時、近所の公民館が避難所として指定されていましたが、深夜では、とてもお年寄りだけで向かうわけにはいきません。避難所に行くべきかどうか、逡巡している最中に土砂崩れが襲ったのです。また、その隣のお家も崩壊し、お一人がお亡くなりになりました。しかし、2階で寝ておられた方は救助されています。1階と2階の差が生死を分けたのです。
 ご夫婦が住まわれていたお家は、藁葺き屋根にトタンが葺かれた丹波や丹後の山村ではよくあるお家です。通常藁葺きの家には、2階はありませんが、大きな屋根裏があり、納戸として使われています。大屋根は壊れていませんでしたから、せめて大屋根の裏にでも避難されていれば命は助かったと思われます。
 これからも今回のような大雨が降る可能性は否定できません。この災害を教訓に、是非とも裏山等のある地域の方は大雨の際には、早めに避難所に行くべきです。しかし、真夜中の避難は事故の恐れがあり危険です。その時は、必ず、二階や屋根裏などの高い場所に避難(垂直避難)して下さい。垂直避難が命の分かれ目になります。

山地河川 由良川の宿命

牧野副大臣・本田衆議院議員と国道27号土砂崩落現場の被害状況の説明を受ける

 今回大きな被害が出たのは、京都では北部地域です。この地域では、ここ最近豪雨災害が相次いで起こっています。特に、北部の中心河川である由良川流域では、太古の昔から水害が絶えませんでした。
 山地河川では、山間の谷底に土砂が溜まってその周りに僅かな平野部分が存在します。谷が埋まってできた平野の上に、人が住んでいるということです。谷間を流れているため、もともと堤防がありません。由良川の場合、山地河川という地形を考えると、河川の流域の中で人々は生活しているということになります。
 由良川の場合、下流部は、狭隘な地形で平地が狭く、連続堤防を築くと土地利用に大きな影響を与え、人が住む場所がなくなってしまいます。そこで、昭和57年の台風10号規模の降雨で浸水する恐れのある地区を対象に、輪中堤を築堤したり宅地の嵩上げ等の水防災対策が実施されてきました。
 輪中堤と言うのは、集落全体を堤防で囲い込む堤防です。住宅がある程度集まっている地域にむいています。嵩上げは、文字通り、地盤を上げることで、住宅をジャッキなどで垂直移動させ、その下に基礎を築くことになります。集落から離れたところにある家屋にむいています。

平成32年度の完成目指して

 現地に視察に行きまして、地元の市長さん達からも被害の状況と災害復旧に対する要望をお聞きしました。福知山、綾部、舞鶴の各地域では、ここ数年、毎年のように浸水被害が出ることに対して、住民の方からも苛立ちの声が上がっていました。
 こうしたことから、由良川の築堤工事が急ピッチで進められています。平成32年度には、輪中堤も含め完成する予定です。ここ数年の浸水被害を契機に、インフラ整備も進み、被害を抑えることができた地域も沢山あります。しかし、一方で、すでに輪中堤が完成した地域でも、山側から流れてきた中小河川の排水ができず、いわゆる内水の浸水で被害が出ている地域がありました。こうした被害をなくすためには、輪中堤から由良川に排水する排水機場の設置やポンプ車の設置が必要です。しかし、由良川の水位が上昇すると、内水の排水により下流の洪水を招くことになり、排水ができない場合もあります。内水の排水を適切に行うためには、結局、上流でダムを作り水量を調整する以外ありません。上流には、大野ダムがありますが、この貯水量を増やす方法を考えなくてはなりません。やはり、ダムが洪水対策の切り札なのです。

防災インフラなしでは都市化できない

 また、先述した様に、由良川は山地河川です。丹波から丹後の山間部を流れ、中流から下流域では平地ができていますが、それは氾濫原ですから、流域全体が河川域の中なのです。常に洪水の危険があり、太古から氾濫を繰り返してきました。しかし、そのおかげで肥沃な平野ができ、作物などもよく採れたのです。かつては、住宅地は山側の高台にあったのですが、都市化のため平地にも住宅が建てられ、浸水の常習地になってしまったのです。
 日本は国土の7割が山岳地帯で、平野部のほとんどは河川の氾濫によってできた氾濫原です。平野部には都市が開発されていますが、それら元々は河川域の中だったのです。最近の大雨は異常気象とも言えますが、その氾濫原を都市化している以上、洪水は宿命とも言えます。むしろ都市化したからには、洪水対策のためのインフラ整備が不可欠なのです。
 河川域住宅を作らせなかったら洪水被害はなかった、と言う人がいます。しかし、人口減少時代に突入したとは言え、1億2,000万を超える人口を、河川域以外で生活させることは、事実上不可能です。土地の利用制限などの検討が必要なことも事実ですが、洪水被害から住民を守るためには、インフラを迅速に整備することこそ必要なのです。ところが、バブル崩壊以後は、そうしたインフラ整備を悪とする世論が世間を席巻しました。

「公共事業はムダ」が整備を遅らせた

 バブル崩壊後、民間企業は経営再建のため経費削減に励んでいました。バブル時代の贅沢三昧の反省もあり「清貧の思想」も流行りました。こうした時代背景の中で、行政においてもムダを削減する改革をすべきだと、声高に叫ばれるようになりました。また、政府の予算の無駄遣いを排していけば財政再建にもつながる筈と、特に公共事業予算は無駄の象徴のように言われ、削減され続けました。その極めつけは、民主党政権時代の「事業仕分け」でしょう。政府の役人を前に並べて、徹底的に予算の無駄遣いをチェックする姿が、政権交代の象徴として連日テレビに放映されていました。
 群馬県の八ッ場ダムは、こうした騒動に巻き込まれた典型例です。首都圏を洪水や渇水から守るために計画されてきたものが、民主党政権になり、工事全体の7割が完成していたにもかかわらず工事は中止されてしったのです。ダムは環境破壊や無駄な公共事業の典型で、植林など緑のダムを作れば環境にも優しく費用も安く済む筈だという発想の「脱ダム宣言」によるものでした。
 しかし、それを科学的に裏付けるデータも無かったのが実態です。そのため、流域の自治体から工事中止を批判する多くの抗議を受け、訴訟沙汰にもなってしまいました。こうした混乱の中、工事中止が妥当か再調査をせざるを得なくなりました。結果は、ダム建設の有効性が認められ、工事が再開されることになりました。結局、3年間の工事延長とそれに伴う工事代が嵩むだけだったのです。

防災のために必要なものは全てやる

竹下亘総務会長ほか、自民党本部役員と京都府中部医療総合センターを視察

 今回の豪雨では、山陰線が運休となり、京都縦貫道も通行止めになったため、京都中部医療総合センターに、医師や看護師などが出勤できないという事態も生じました。幸い、このことにより医療に支障が生じることはありませんでした。しかし、災害拠点病院であるだけに、将来に不安を残しました。
 こうした事態を重視して、自民党の災害対策本部から、竹下亘総務会長らもこの病院を視察しました。私の方からは「高速道路は一般道より高規格の筈、大雨だからと一律に通行止めにするのではなく、災害対策や医療関係者は通行できるよう弾力的にルールを考えるべきだ」と申し上げ、竹下総務会長からは「同感だ、党で議論し、政府と検討する」と返答がありました。
 また、亀岡始め南丹や京丹波では、大雨のため縦貫道だけでなく国道も通行止めとなったため、一時孤立してしまいました。桂川亀岡市長からは、「防災のためにも京都と結ぶダブルルートの建設を」と要望がありました。私の方からは「ダブルルートは北陸新幹線を亀岡ルートから京都ルートに変更した際の亀岡との約束。防災の上からもトンネルで京都と結ぶべき」と補足の説明をしておきました。竹下総務会長からは「政府与党あげて一日も早い災害復旧のため全力を尽くす」と約束していただきました。
 今回の豪雨災害は、京都だけでなく、西日本全域に大きな被害をもたらしました。これを教訓に、二度とこうした災害が起こらない様に知恵と予算を出さねばなりません。安倍総理も「できる事は全てやる、お金のことは心配するな」と話しておられます。一日も早い復旧と防災インフラの整備は政治の責任です。私も全力でその使命を果たしていきたいと思います。

瓦の独り言
-やっぱり言いたい!今のきもの-


羅生門の瓦

 暑中お見舞い申し上げます。蒸し暑い京都の町で、暑苦しい話で失礼します。
 京都の観光地である東山界隈や市内の繁華街では『きもの』を着た女性をよく見かけます。しかし、この『きもの』の多くはポリエステルでインクジェット加工や派手な捺染加工をしたものです。レンタル着物の色柄については『きもの』文化を語る京都人からはおおよそかけ離れた商品です。このレンタル着物着用している女性の大半は海外の方で、『きもの』を着て京都市内を散策し、写真を撮ってSNSに投稿しています。いわばコスプレ感覚でレンタル着物を着用しています。これは、これでいいのでしょうが、海外の国賓が来られた時に「あれが日本古来の伝統工芸品である『きもの』ですか?と質問を受けたときに、瓦は「ノー」としか言えませんでした。
 正絹の『きもの』は価格、メンテナンスの問題で敬遠され、ポリエステルの『きもの』が業界に投入されて40年近くたちますが、爆発的なヒット商品になっていません。価格、風合い的には問題のない商品もあるのですが、京都人には『きもの』とはみなしてもらえません。瓦の家内もポリエステルの『きもの』は認めてくれず、和ダンスには入れてもらえません(?)
 このようなときにポリエステルのレンタル着物が登場し、『きもの』文化を語る人々の間でホットな戦いが行われています。業界の関係者の中には「『きものブーム』の起爆剤になれば」「いきなり絹ではなく、ポリエステルで練習してからホンマ物にたどり着く」「車を運転する初心者に、いきなりクラウンではなく、カローラ(?)から始めては」といった意見が出ています。しかし、今回のレンタル着物に代表されるポリエステル・インクジェットの『きもの』は、単なるコスプレ感覚と見過ごすわけにはいかないような気がします。日本人として『きもの』へのあこがれ、民族衣装としてのアイデンティティ。『きもの』の中には日本人ならではの文化が凝縮されています。また、『きもの』における染織技術は世界のどこにもない誇るべき技術です。
 「利休道歌」の中に、「規矩作法守り尽くして破るとも離るるとても本を忘れるな」という「守・破・離」という一文があります。今のレンタル着物はいきなり「離」になっているのではないでしょうか。「守」である基本、すなわち「きもの文化」を正しく学ぶ、そして理解して今様の『きもの』に至るのであれば・・・と瓦は思っています。

showyou

第94号

2018年04月25日発行

経世済民こそ政治の使命だ!

参議院議員西田昌司

経世済民の意味

BSフジ「プライムニュース」に出演いたしました

 経世済民とは世を経(おさ)め民を済(すく)うというのが元々の意味で、これを略して経済と呼ぶようになったのです。今では、経済はお金儲けと同義語のように扱われていますが、経世済民を実践すれば結果としてそれがビジネスにつながるのです。
 現に、江戸時代には亀岡出身の石田梅岩のように、商人でありながら人の生き様を考え、後に石門心学と呼ばれる様な思想家も誕生しました。この教えは「実の商人は、先が立ち、我も立つことを思うなり」と簡単な言葉で商人の道を説いています。近江商人の「売り手良し、買い手良し、世間良し」もこれと同じ様な意味です。儲けだけでなく、社会全体の利益を考える精神を昔から日本人は大切にしてきたのです。

グンゼの創業の精神

 京都府綾部市が創業の地であるグンゼなどは、その典型例です。ウィキペディアによると、以下の様に書かれています。
 社名の「グンゼ」は創業時の社名「郡是製絲株式會社」に由来する。「郡の是」とは、国の方針である国是、会社の方針である社是のように、創業地の何鹿郡(現・京都府綾部市)の地場産業である蚕糸業を、郡(地域)を挙げて振興・推進していこうという元農政官僚で殖産興業の父と呼ばれた前田正名の趣旨に基づいている。
 創業者の波多野鶴吉が、前田正名の講演を聞き感銘を受け1896年(明治29年)8月10日に、創業地の産業である蚕糸業の振興を目的に、郡是製絲株式會社として設立した。蚕糸・紡績業が国家事業として力が注がれていた明治期にあって、早くから海外に生糸を輸出し、高い評価を得るとともに、海外の拠点開設も早い段階で行われていたことから急速に業績を拡大していく。また、製糸工場では女性の労働者が中心であり、地域の養蚕農家の子女を集めて操業していた。女工哀史という歴史があるように、当時が劣悪な労働環境で働かせる工場が多かった時代に、同社は女工ではなく『工女』と呼んで大切にし、工場内に女学校まで設立して人間教育に務めた。同様に、大資本を背景に財閥オーナー企業で創業する場合が多い明治期に、創業時から株式会社制度でスタートした同社は極めて稀有な企業であり、低賃金労働による搾取も感じられない、現代の『CSR』(企業の社会的責任)という言葉をそのまま体現したような会社だったといえる。創業者の波多野鶴吉の掲げた『創業の精神』がそれを示している。
 社会環境の変化により製糸業からは撤退しますが、創業の精神を守り綾部に登記上の本社は残しているそうです。京都府民にとっても誠に誇らしい限りです。

景気回復の一方で格差が広がる

 安倍総理は、デフレ脱却のためアベノミクスを掲げ、経済再生と財政再建を両立させると述べてこられました。確かに、民主党政権時代に比べれば株価が3倍近くなりました。上場企業も史上最高益を更新しています。失業率は2%台に、有効求人倍率も1.4倍となり、人手不足が心配されはじめました。景気は間違いなく回復しはじめているのです。にもかかわらず、その実感がないと言われます。その理由は、地域や会社による格差が広がりつつあると言うことです。
 東京をはじめとする大都市圏では、確かに景気回復が実感できるでしょう。しかし地方では、そのような実感はなく、通りの人影も少なく、お年寄りばかりが目立っています。大企業では好業績を背景に給料も上がっている様ですが、中小企業は大企業からコストカットを要求され、なかなか給料を上げられない状態です。従業員の数は全体の7割を中小企業が占めていますから、中小企業の業績が回復しない限り、景気回復を国民全体が実感できないのです。都市部と地方との格差や大企業と中小企業の格差、これを小さくすることが何より肝心なのです。

新自由主義の蔓延

千本釈迦堂「おかめ福節分会」で豆撒きをいたしました

 私は、4年前に旧東海道や旧中山道などを歩きました。全国の商店街を歩いて気付いたことは、昭和の時代の商品の看板しかないということです。それは、平成になってからはシャッター街になり寂れてしまったことを象徴しています。地方都市では平成になってから投資をほとんどされていないと言うことです。
 その原因がバブル崩壊以降アメリカ型の新自由主義にある事は間違いありません。かつて、東京の物価は世界で1番高いと言われてきました。消費者は高いものを買わされている。その原因は輸入規制をして安い外国製品を排除してきたからだ。輸入の自由化をすべきだ。また、大型店の出店規制をしている大店舗法を廃止すべきだ。こうした規制を緩和すれば消費者は安い商品を買うことができ、国民の利益になるはずだ。こうした意見の背景には、アメリカからの圧力もあったわけですが、結局マスコミも規制緩和に賛成し、国民の世論となりました。

利己主義の蔓延

 あの当時は、物価が下がるということを誰もが良い事と思い込んでいたのです。最後は、自分の給料も下がると言うことになるとは思いもつかないまま、誰もが賛成していたのです。正にこの空気がデフレを作ったのです。
 また、バブル後の世界は、東西冷戦の終焉によりアメリカ一強時代の幕開けでもありました。バブル崩壊で自信をなくしたところにアメリカ型の経済思想が一挙に押し寄せました。それが新自由主義と呼ばれるものです。
 元々アメリカでも家族的経営が重んじられてきましたし、企業の社会的責任ということも重視されていました。しかし、次第に株主資本主義が幅を利かせる様になりました。それは、会社は結局は株主のものである。従って利益を上げ配当することが会社の責務であり、社会的責任は政府に多額の納税をすることにより政府が必要な政策を行えば良いというものです。正に企業を金儲けのための手段としか考えない思想です。そしてアメリカが東西冷戦の覇者となったことにより、こうした考えが世界中に蔓延していったのです。こうしたアメリカ型の資本主義が新自由主義と呼ばれるものです。しかし、これは企業を利益を生み出すための装置と考えるものであり、結局は自己主義そのものです。

間違ったバブル後の財政政策

 問題はこうした考えが、政府に対しても要求されてきたことです。政府の使命はまさに経世済民です。戦争であろうと災害であろうと貧困であろうとあらゆる危機から国民を救う、これが政府の使命です。したがって、バブル期の経済不況の際には、徹底的に財政出動をして国民生活を守るべきだったのです。当初はこうした考えから財政出動がされていました。しかし、バブル期の不良債権は一説には数百兆円とも言われるほど莫大なものでした。政府の財政出動はあまりにも乏し過ぎたため効果が発揮できませんでした。逆に、民間企業が借金を返済して身の丈に合わせているのに、政府だけジャブジャブお金を使うのはおかしいと言う声の方が大きくなったのです。
 その結果、財政出動は継続されなくなってしまいました。政府の責任放棄ですが、あの当時の世論がそれを望んだのです。また、政府もそれを利用して経世済民より財政再建を優先したのです。ここにも利己主義が蔓延しているのです。

構造的デフレ

 デフレ後の日本では、民間企業が投資をせず、政府も投資をしない、その一方で規制緩和をして輸入を拡大するなど、こうした政策が同時に行われました。ただでさえ需要が減少して物価が下がっているところに、安い輸入品を入れればどうなるでしょうか。
 物価が安くなることを消費者が喜ぶ一方で、生産者は職を失い、失業者が増加します。その結果、賃金は下落し国民全体の消費は減退します。そうなればますます安い物でなければ売れなくなり、物価が下がり続け、給料も下り続けます。正にデフレスパイラルに陥ってしまいます。
 また、高齢化時代を迎えた日本では、毎年一兆円を超える社会保障給付額が増え続けていきました。ところが、デフレ不況のため税収は下がり続けます。この差額が構造的な財政赤字を生み出していきます。
 一方で、不良債権処理を終えた後、民間企業は国内投資より海外投資を伸ばすようになります。圧倒的に海外市場の方が大きいからです。世界経済の成長のおかげで、企業は史上最高益を更新していきますが、海外の所得のため日本には税金が入りません。また雇用も海外に流れ、国内では失業者が増えます。また、コストカットが常態化し、中小企業や労働者には利益が還元されません。この様にしてデフレの仕組みが出来上がってしまったのです。

和の精神がデフレ解消への道

 日本のデフレは、政府と民間、都市と地方、大企業と中小企業、消費者と生産者など本来お互いが支え合うべき存在が対立し、バランスを崩していることが原因です。これを解消するには利己主義を排除することが大切です。自分の利益だけではなく社会全体の利益を考える。日本人が昔から持っていた和の精神を取り戻すことが必要なのです。
 そのためには、『隗より始めよ』の言葉の通り、まず政府自身が率先しなければなりません。政府自身が経世済民の使命を果たし、それを実践する以外にないのです。

山田知事から西脇知事へ

西脇隆俊 新知事と門川京都市長と共にしっかり連携

 去る4月8日に行われた選挙で、山田啓二知事の後継として西脇隆俊氏が選ばれました。今回の選挙は、事実上共産党の支援する福山氏と西脇氏の一騎打ちでした。共産党対自民・公明をはじめとする多くの政党の支持を得た西脇氏との戦いですから、誰もが大勝するものと思っていたのです。しかし、結果は、西脇氏約40万票に対し福山氏が約31万票も獲得しました。福山陣営は、当初より共産党の名前を隠し、立憲と書いたプラカードを候補者の周りで掲げるなど、立憲民主党支持者からもかなりの支持を得ていたようです。来年の統一地方選挙や参議院選挙に向けて、立憲民主党の動きにも気をつけていかねばならないことを痛感しました。
 また、4期をもって勇退される山田啓二知事に対しては、林田知事の誕生以来懸案となっていた京都縦貫道の完成をはじめ、活力ある京都を作るために大きな成果を残して来られました。心から敬意と感謝を申し上げ、今後のご活躍をお祈りいたします。
 京都においても西脇知事が山田府政を継承し、経世済民の実践を期待します。

樋のひと雫

羅生門の樋

 去年の桜は“忖度”で蕾が開き、今年は“公文書偽造”で満開になりました。どうも、日本の季節は政局と共に移ろうもののようです。昨年帰国した時には、空港横の騒音とゴミの土地が、良く売れたものだと思いましたが、今年も未だこの問題で揺れていようとは……。
しかし、去年と今年では、どうも様相が異なるようです。それも、行政文書の書き換えと云う忖度の次元の話ではなく、国の統治機能に係る問題が。どうも、日本の官僚群の劣化が、根っこにあるように見えます。それも、“権勢におもねる”という品性の堕落が……。
 人々は様々な職業に就き、日々の糧を得ます。同時に、職に従事する者の責任と誇りを培います。そこに職業人としての道徳も生まれます。語弊があるかも知れませんが、過っては“政治は三流、官僚は一流”と言われ、官僚達が優秀であるから、日本の政治は過たないと言われてきました。焼け野原の飢餓から国民を救い、戦後復興から高度経済成長を経て、日本の飛躍を導いたのは、紛れもなく日本の官僚達でした。そこには、国を背負って立つ者の職責の自覚と信念、誇りがあったはずです。今回の公文書偽造には、自らの信念で「国会答弁に沿うように書き換えた」のではなく、権勢におもねるが故に、公文書に手を加えたように見えます。この姿勢には、国民から負託を受け、国のかじ取りを行うという覚悟が見えず、職責の放棄と言われても仕方がありません。
 公の職に就く者の矜持に、“青史を刻む”というものがあります。これは自らの統治形態や執行を正確に記録に残すことであり、その国の有り様を後世に伝えるための国の重要な責務の一つです。また、この文章の記録こそが、官僚としての職務遂行の正当性を表現する重要な手段でもあるのです。過って、官僚は時の為政者や権力者の圧力にも抗して、職務を遂行してきました。記録こそが意思決定の中で信念を貫き、時として弾圧を受けようとも、国の将来を過たずという覚悟の表明でもあるのです。
 この職務遂行の過程は、文字によって残され、その時々の判断だけでなく、後世に“歴史の審判”を受けることになります。これは、時の流れの中で、因果の見極めを受け、自らの信念と判断の正当性を歴史の評価に委ねることを意味します。これが公文書を残すという意味でもあり、その期限はギリシャやローマ時代にまで遡ることが出来ます。
 時の権力者におもねる様に公文書を書き換えるなら、それは官僚としての自らの立場と責任の放棄であり、信念の喪失であると云えます。そして、書き換えられた公文書は、もはや“青史の記録”ではなく、回想録の中で我田引水されるような修飾文の一節にしか過ぎなくなります。公文書の偽造というのは、現在の法律に照らした罪であるばかりでなく、日本の歴史に対する罪でもあります。これを機会として今一度、青史を刻むという職責の重さと覚悟を自らに問いかけて欲しいものです。

showyou

第93号

2018年01月01日発行

北朝鮮危機と憲法改正

参議院議員西田昌司

国民を犠牲にしても核兵器開発を行う北朝鮮

衆院選直後、「大型補正予算」の要望に総理官邸を訪問

 このところ、日本海側に漂着する北朝鮮の木造船のことが、頻繁に報じられています。実は北朝鮮の沿岸部の漁猟権は、中国に売られていると言われており、そのため彼らが漁をするには、沿岸を離れ日本海を遠く沖合にまで出なければなりません。しかし、冬の日本海をあのような小舟で漁に出ることは自殺行為です。漂着した船以外にも、多くの船が難破していると言われています。文字通り命がけなのです。そこまでして取ったイカですが、彼らは冷凍設備を持たないため、船上で内臓を取り出して天日干しをし、スルメにして中国に売っているそうです。そうやって稼いだ僅かな外貨も国民のために使われるのではなく、核兵器開発に使われていることを思うと、北朝鮮国民には同情の念すら感じます。
 国連の非難決議や経済制裁など国際社会からの非難にもかかわらず、北朝鮮は核兵器開発をやめません。何故、この様に頑なな姿勢を金正恩委員長は取り続けるのでしょうか。経済制裁の結果、国民の困窮は日毎に悪化しています。
 国民を犠牲にしてまで核兵器開発に血道をあげるのは国家としてあり得ない行為です。正に、北朝鮮は世界に例を見ない異常な国家なのであり、そういう国が、現実に我々の眼前に存在しているのです。

冷戦終結により後ろ盾を失った北朝鮮

 約30年前に東西冷戦は終結し、ソビエトは崩壊しました。東ヨーロッパ始め世界中で共産主義体制が崩壊し、それぞれの国で民主化が進んで行きました。ソビエトは、ロシアを始め15の国に分裂し、中国も共産党の支配は続くものの自由化は進んでいます。こうした状況の中、北朝鮮だけはその体制を一層強固なものにしています。それは、自らの後ろ盾を失い世界から孤立していくことに危機感を感じていたからに違いありません。
 東西冷戦の終結により、西側諸国と東側諸国の経済的取引が活発になりました。特に米国と中国とは互いに最大の貿易相手国になっています。アメリカにとって中国は最大の輸入国であり、貿易赤字の大半も中国によるものです。そうした貿易のアンバランスはあるものの、経済的取引が活発になればなるほど、それぞれの国は相互依存するようになって行きます。最早、米中はお互いに相手国の存在が無くては自国の経済は成り立たない状態になっています。これが両国共に戦争への抑止力となっています。同じ様なことが米露の間でも言えます。冷戦時代の厳しい対立の状態から比べれば、確かに、冷戦が終結して世界は平和になったのです。
 しかし、このことは、北朝鮮にとっては自分の後ろ盾を失ったことになります。米中、米露が密接な関係になることは、米朝関係有事の際に、中国やロシアが助けてくれない可能性が有るということを意味します。東西冷戦の時代には、中国やソ連の核の傘で北朝鮮は守られていました。しかし、冷戦後、両陣営が相互依存の状態になると、状況は全く異なります。例えば、中国が北朝鮮を守るかどうかは、米中関係の維持とどちらに価値があるかということを中国がどう判断するかに拠るのです。

冷戦終結により戦争の抑止力は低下した

 かつて、イラクのフセイン大統領は大量破壊兵器を持っているという口実でアメリカの攻撃を受け、国の体制が転換させられた事件がありました。これは、北朝鮮にとっては大きなトラウマになっているはずです。同じことが北朝鮮に対しても行われないとは限らない、それをどう回避するか、彼らは必死で考えていたはずです。そこで、たどり着いた結論が核兵器開発だったのです。核兵器保有国になりさえすれば、中ソの後ろ盾がなくても絶対にアメリカから攻撃を受けないはずだ、そう信じて彼らは核兵器の開発に血道をあげてきたのでしょう。まさに東西冷戦の終結と言う本来世界が平和になるはずの事態が、北朝鮮の核兵器開発につながると言う皮肉な結果をもたらしたのです。
 このように考えると、冷戦の終結は一見平和と経済発展をもたらしたようですが、その一方で各国の安全保障をより複雑なものにしています。かつては東西の対立が激しく、何万発もの核ミサイルで対峙しており、今より随分国際情勢は緊張感がありました。しかし、逆に小さな紛争が核戦争につながりかねないという恐怖心があったために、結果的に平和な時代が続きました。冷戦終結後は、世界中、様々な国で取引が出来るようになり、経済は発展しました。しかし、その一方でそれぞれの国同士の関係が複雑になったため、戦争に対する抑止力は間違いなく低下しています。現に、湾岸戦争を始め、冷戦終結後に世界各地で様々な紛争や戦争が起きています。北朝鮮の核兵器開発は到底認められるものではありませんが、彼らの行動の裏にはこうした世界情勢の変化があったことも知っておく必要があります。

占領の真実を知るべき

麻生財務大臣に「参議院自民党の予算編成」を申し入れ

 こうした世界情勢の変化に対応するため、日本でも安倍政権の下、特定秘密保護法や平和安全法の整備など、安全保障に関わる法制が整備されてきました。しかし、こうした法整備が、憲法違反だとする野党や学者も存在します。そこで、そういう憲法の解釈をめぐる混乱を一掃するためにも、憲法改正が提起されているのですが、改正にはまだまだ反対の人が多数存在していることも事実です。
 自衛隊が必要だとは殆どの国民が感じています。しかし、一方で9条には「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と明記されています。この条文を素直に読めば、憲法と自衛隊との間に矛盾があることを誰もが感じてしまいます。しかし、憲法と自衛隊の矛盾は、日本を占領していたGHQの政策が180度転換したことによるものです。憲法は日本に主権のない占領時代にGHQの指示により作られたものです。また、自衛隊も同様にGHQの指示により作られたものです。この事実だけは改めて確認しておく必要があります。(詳しくは、2015年7月10日発行のshowyou83号に詳しく書いておりますので、私のホームページ等でぜひご覧ください。)
 第二次大戦後、日本が一度も戦火に見舞われることがなかったのは平和憲法のおかげだと言う人がいます。しかし事実は先に述べたように何万発もの核兵器で東西両陣営が対立していたことが皮肉にも戦争の抑止力になっていたのです。核兵器の廃絶を訴える団体が、今年のノーベル平和賞を受賞しました。そうした理想を否定するものではありませんが、歴史の事実は事実として受け止めなければなりません。

自らの国の歴史をもう一度総括すべし

北陸新幹線(敦賀・大阪間)早期完成を目指す建設促進決起大会にて挨拶

 第二次大戦、特に日本にとって大東亜戦争とは一体何だったのか、このことについて日本人自身が振り返り総括をしたことは、ただの一度もありません。戦勝国による総括がされただけです。それが東京裁判であり、そうした歴史観に基づいて憲法を始めとする占領政策が施行されてきたのです。この占領の間に日本は歴史的にも思想的にも完全に戦前と戦後とに分断されてしまいました。その結果、日本人は自らの歴史を自らの歴史観で考えることができなくなり、更にアメリカが与えた歴史観しか持ち合わせていないため、世界の情勢を多角的に考えることができなくなってしまいました。
 また、武力放棄をすれば世界が平和になると教え込まれたため、国防意識があまりにも脆弱です。その結果、冷戦が終われば、世界は平和になり経済は発展するという表面上の理屈にのみとらわれて、日本の安全保障環境が悪化する事態も起こり得るということを見落としていたのです。この点では北朝鮮の方が、冷戦終結の意味することを的確に捉えていたと言えるでしょう。

北朝鮮が核保有国になった時、日本の安全保障はどうなる

 先日の北朝鮮による発射実験では、大気圏再突入は失敗したといわれているものの、距離的にはアメリカ大陸まで到達できるだけのミサイル技術を確立したようです。残念ながら、このままでは、北朝鮮が事実上核保有国になる可能性を否定できません。その可能性も現実として考えておかなければなりません。
 北朝鮮が事実上の核保有国になり、その射程がアメリカ大陸まで届くということは、日本がアメリカの核の傘で守られるとは限らないということを意味します。
 核の傘とは、核保有国が同盟国に核兵器の抑止力を提供し、安全を保障するという意味です。日本に北朝鮮が核攻撃をすれば、アメリカが報復の核攻撃をすると言うことです。そのことが抑止力となり、日本は核攻撃を受けないはずだ、まさにアメリカの核兵器という傘が日本への核攻撃を防いでくれると言うことです。これは、アメリカの圧倒的な核攻撃力が核の傘の前提になっています。しかし、北朝鮮が核保有国になれば、この前提は崩れてしまう可能性があります。
 今までは北朝鮮がたとえ核兵器を持っていてもそれをアメリカまで到達させる能力はありませんでした。しかし、それが出来るミサイルを完成させたなら、アメリカに直接核攻撃をできる能力を持つことになります。もちろん、本当にアメリカを核攻撃すれば、アメリカはその何倍もの核攻撃で報復し、北朝鮮は消滅してしまうでしょう。従って、北朝鮮がアメリカに先制の核攻撃をすることはまずないでしょう。
 しかし、日本への核攻撃の場合は違ってきます。日本が核攻撃を受けた場合、日米安保条約によりアメリカが北朝鮮に対して報復の核攻撃をすることになります。そうなると、当然北朝鮮はアメリカに対しても核攻撃をすることになるでしょう。当然、アメリカは何倍もの報復核攻撃をし、北朝鮮は消滅してしまうでしょう。しかし、その前に北朝鮮の核攻撃により、アメリカのどこかの都市が大きな被害を受ける可能性が出てきます。アメリカが日本を核の傘で守ったことが、結果的にアメリカ国民の命を奪うことになるわけです。同盟国を守るため、何十万人ものアメリカ国民が犠牲になる、こういう選択をアメリカが本当にするでしょうか。もし、自分がアメリカの大統領ならどうするか、皆さん方はどう思われるでしょうか。
 いずれにしても、北朝鮮の核武装はこうした問題を我々に突きつけているのです。まさに、「自分の国は自分で守る」こうした安全保障の原点について、日本人は自ら問い直さなければならない時代が来ているのです。そのことを国民にしっかり訴えなければなりません。それが政治家の責任であると思うのです。本年もよろしくお願い申し上げます。

瓦の独り言
-吉例顔見世興行の最適数に学ぶ-
羅生門の瓦

 3回×540席×26日間 ≒ 2回×1200席×18日間
この数式の答えは約42、000で「當る干支年 吉例顔見世興行」の観客数です。
京の年末行事である南座の顔見世は、耐震工事のため、一昨年から会場を変えて興行が行われています。昨年はロームシアター京都(旧京都会館)のメインホールで12月1日から18日までおこなわれました。また、11月25日にはロームシアター京都に「まねき看板」が上がりましたが、歌舞伎400年の歴史の中で南座以外に「まねき上げ」が行われたのは初めてでした。
 さて、この数式の左辺は一昨年の顔見世興行の観客数です。会場は先斗町の歌舞練場で540名しか入れないので、一日三回公演でした。期日は26日間でしたが、役者さんの方から日に三回公演はせわしない、とブーイングが・・・
 右辺は昨年の観客数ですが、ロームシアター京都のメインホールは4階席を除いても1600名は収容できますが、主催者の松竹㈱さんによると舞台を十分楽しんでいただくには1,2階と一部の3階席で1200名しか使わないとか。さらに興行日数も少なく18日間です。これは、昼・夜の部に空席を造らないためだそうです。全国から来られる年末の吉例顔見世興行の観客数を約4万人強と踏んでおられ、切符が取れない、取れない、といった状況で千秋楽を迎えるのが好ましいのでは・・・
 これをビジネス感覚で数式をたてると、1回の公演で大人数を入れ、ロングランの上演をする。昨年のロームシアター京都の場合ですと、2倍近い八万人の動員も可能です。しかし、吉例顔見世興行は人が演技をする「歌舞伎」です。映画ならいざ知らず、歌舞伎の動員には「最適数」なるものが存在しているのでは・・・
 歌舞伎の興行における最適動員数は、金儲けの世界には通用しませんが、我々の日常生活に通づるものがあるような気がします。右肩上がりの時代には数値を追い求めましたが、現在では数値よりも「質」(クオリティ)を求める時代です。 「伝えよう、美しい精神(こころ)と自然(こくど)」をキャッチコピーとしている西田昌司参議議員の政治姿勢にも何か通じるものがあるようなきがします。これは瓦の独りよがりの思いではないと思っていますが・・・
 これが「當る戌年 瓦の初夢」です。 最後になりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
 *冒頭の数式は、瓦が勝手にたてた数式であることをお断りしておきます。

showyou

第92号

2017年11月05日発行

衆院選与党2/3超の勝利に感謝

参議院議員西田昌司

予想外の大勝

伊吹文明候補の開票結果報告会でご挨拶

 10月22日の衆院選は、与党の勝利に終わりました。京都府下においても、1区、4区、5区、6区では選挙区で当選し、2区、3区においても比例復活で当選を果たしました。結果的に全選挙区で衆院議員を誕生させることができました。皆様のご支援に心より御礼申し上げます。
 今回の選挙は、直前に小池東京都知事が希望の党を旗揚げし、それに民進党が合流して政権奪取を公言していました。更にマスコミ挙げて反安倍一強の大キャンペーンの中、苦戦が予想されましたが、結果は与党の大勝で大いに安堵しました。その原因は以下の様なことが考えられます。

希望の党の失速

 昨年の東京都知事選挙や今年夏の都議会議員選挙で大勝した小池都知事でしたが、希望の党には三匹目のドジョウはいなかったようです。希望の党の失速の原因は、小池都知事のいわゆる「排除の論理」とする意見があります。しかし、私はもう少し根本的なところに原因あったと思います。先ず第一に彼らには理念も政策もありませんでした。選挙に勝つことだけが結党の目的でした。これは、かつて民主党が非共産反自民で野党結集し政権交代可能な二大保守政党を目指すとして、小沢一郎氏の自由党と合流した時と瓜二つでした。
 あの時は興奮熱狂の中で政権交代を果たしましたが、消費増税を巡り、程なく内紛が起こりました。政策や理念の違う人を排除するのは政党としては当然ですが、そもそも、選挙目当てで離合集散を繰り返していては政党ですら無く、只の徒党です。マスコミは安倍一強に抗するためには野党は共闘すべきという理屈を並べ立てますが、そもそもその論法に乗ったことが失敗の元であったのです。

自ら蒔いた種で自己矛盾に陥った

衆議院選挙で小泉進次郎氏とともに必勝コール

 次に、首班指名は国会議員でないと出来ません。従って、小池氏は都知事である限りその資格はありません。にもかかわらず、反安倍勢力を結集せよ!とは無理がありました。首班指名は選挙結果を見て考えると小池氏は言いましたが、選挙の顔と首班が異なるのは正に羊頭狗肉と言うものです。小池氏が衆院選に出れば首班の問題はなくなりますが、一方で東京都民に説明が出来るでしょうか。市場の豊洲移転の問題など、自分で蒔いた種を放置したままでは東京五輪の開催すら不可能になります。
 そもそも、都民ファーストと希望の党は政策的に矛盾しています。都民ファーストの政策は、都内の私学の授業料補助や都内の保育士の給与助成など隣接県から人を招き入れる恐れがあるものばかりです。これらは都の利益だけで他府県に配慮の無い排他的政策ですから国政政党の政策ではあり得ません。地域政党と国政政党では政策の矛盾があったのです。

政党助成法の主旨に違反する脱法行為

 政党助成制度は国会議員が5人以上の政党が対象であり、希望の党は対象外です。一方で、民進党は野党第一党であり、政党助成制度などにより100億円近い資金を保有していると言われています。民進党が事実上解党し、希望の党に合流すると言われていました。次期衆院選に党公認候補を出さないということは、少なくとも衆院議員はいなくなるということです。解党なら助成金は国へ返還すべきです。
 民進党公認予定者に政党助成金から資金を交付したにかかわらず公認せず、希望の党から公認してもらい事実上希望の党からの交付金に転用することは脱法行為と言えます。 政党助成金の詐取の疑いもあります。彼らは、日頃は税金の無駄遣いと些細なことでも問題視するにもかかわらず、自らの行為は頰被りではあまりも無責任です。

今回の解散はモリカケ隠しだったのか

 今回の解散は森友加計隠しだと言われていますが全くのデタラメです。解散したら説明せずに終わりという事にはなりません。ただ、事実関係が明らかになっている事を国民に説明せず、さも問題があるという野党やマスコミにも問題があります。ここでもう一度事実関係を整理しましょう。
 先ず、森友問題について説明します。国有地を時価より極端に安く売ったのは安倍総理の政治力が働いたのではと言われていますが、全く事実ではありません。事実は、森友の小学校建設を大阪府が認めたため、それに伴い国が行政的に処理したに過ぎません。小学校の敷地の中からゴミが出てきましたが、これは法律上、国に賠償義務があります。法律に基づきゴミ処理費用を算定し、今後一切国の責任を問わないという条件でゴミ処理費用を値引きして売買したものです。ここに総理の関与は全くありません。これについては既にshowyou90号で詳しく説明していますのでご覧下さい(ホームページ参照)。

京都産業大学より加計学園の計画が優っていたという事実

選挙応援中のハイタッチ

 加計学園については、総理のお友達だから優遇されたかの様な報道ばかりされていますが、事実ではありません。正当な審査の結果です。
 実は、加計学園騒動が起きた後、いらぬ疑惑を払拭するためにも、京都産業大学にもう一度獣医学部開設の打診をしたのです。しかし、大学からは出来ないとの返答があったのです。最大の理由は教員が確保できないことです。具体的に教員を確保する計画ができてなかったのです。加計学園が東大を中心に長年教員確保のための連携を図っていたのに対して、京産大側は準備不足だったのです。そのことを京産大も京都府も分かっているので何ら加計学園に異議を申し立ててません。このことからも、加計学園が総理のお友達だから選ばれたわけでは無いことがわかるでしょう。

憲法改正を掲げれば猛反発するマスコミと野党

 こうして見ると、安倍一強批判はかなり事実誤認であっとことが分かります。実は、10年前にも反安倍の大キャンペーンが起こりました。平成19年の参院選の際の「絆創膏大臣」「なんとか還元水大臣」「消えた年金」など、今から考えれば、些細なことだった筈です。しかし、これが殊更に批判され、反安倍のムードが作り出されました。結果、自民党は大敗しました。今回のモリカケ騒動もこれによく似ています。
 その裏にあるのが憲法改正に反対するマスコミなどの意図的な報道です。10年前、第一次安倍内閣で憲法改正のために必要な手続法である国民投票法が成立しました。これにマスコミや野党は猛反発したのです。今回も、安倍総理が2020年までに憲法改正を目指すと明言したことから、反安倍の大キャンペーンになったのです。

立憲民主党は本当に躍進したか

 希望の党が失速の一方、立憲民主党が三倍増の大躍進と報じられていますが、改憲賛成派の方が圧倒的に多数を占めることになったのも事実です。改憲については、丁寧な議論が必要ですが、かつての様に改憲をタブー視していた時代では無いと国民は感じているのです。先の国会では、参院では憲法審査会が実質一度も開けませんでした。参院の民進党が憲法を論じることにさえ非常に消極的だったからです。
 彼らは、平和安全法制や特定秘密保護法を憲法違反だとして徹底的に反対してきました。しかし、この法律が無ければ、日米韓の情報共有もできず、今日の北朝鮮危機に対応する事は不可能でした。国民もそれを納得したからこそ与党の大勝に繋がったのです。そのことを立憲民主党はどのように理解しているのでしょうか。

憲法改正反対は北朝鮮を利するだけ

 自分で自分の国を守るのは独立国なら論をまたない自明の理です。それが、憲法上否定されているとの主張は、GHQによる占領を前提としていたからです。また、日本が第二次大戦後平和だったのは、9条のお陰ではありません。東西冷戦の巨大な圧力が世界中の紛争を抑止してきたからです。冷戦が終わり、ソビエトは崩壊しました。そして、ロシアも中国も西側諸国との貿易を増大させ相互依存が進んでいます。
 一見、平和に見える国際社会ですが、逆に紛争の種は沢山出てきているのです。冷戦の圧力が無くなった結果、中国は海洋進出に乗り出しました。北朝鮮が核ミサイルを開発するのは、ソビエトが崩壊したことと、米中の接近のため自らの後ろ盾を失うつつある現実を直視しているからです。
 こうした国際社会の変化を直視せず、ひたすら護憲を叫ぶ勢力が増大することは、日本の安全保障を危機に晒すことになります。護憲勢力の増大は北朝鮮が一番喜ぶことです。
立憲民主党の躍進は判官びいきによるものと私は考えます。与党が大勝に奢らず、謙虚に改憲の議論をすることも必要ですが、同じことを野党側にも望みます。

樋のひと雫
〈南米ベネズエラ事情〉

羅生門の樋

 アンデスの空は雲一つない深い紺碧に被われ、街角のハカランダの木々は小さな紫色の花を咲き誇っています。春から夏へと時が移ろう中で、人々の服装も薄物に代わりました。しかし、盛夏に向かう季節の中で、酷寒の季に向かう国もあります。ベネズエラです。
 友人は、「強盗と殺人が日常茶飯事で、怖くて街にも出られない。店の棚には空気と値段表しかない状況が続いている。殺人率がとび抜けて世界最高で、インフレも500~600%程が実感だ。」と言っていました。外貨を持っている人間はいち早くチリやコロンビアに逃げ出しましたが、最近では、国民の国外逃亡を恐れた政権が、海外渡航を禁止するようになり、国民は人質に取られているのと同じような状況に追い詰められています。
 石油の埋蔵量世界一を誇る此の国が、何故これほどの貧困と社会の混乱に陥るのか、それも此処2・3年の間に……。今一つ理解できない処です。
 前大統領のチャベスは原油価格の高騰を背景に、得たオイルマネーを民衆にばら撒き、近隣の反米左派政権には膨大な資金を投入し続けました。ボリビアではこれを“チャベスの贈り物”と呼び、エボ政権の民衆操作を助けました。トイレットペーパーすら輸入に頼る自国の産業育成を忘れた亡国の政策でもありました。
 跡を継いだニコラス・マドゥーロが国会で野党が多数を占めると、支持者だけの“制憲会議”をねつ造し、立法を自らの下に置きました。既に司法と行政を我が物としていた彼には、“独裁体制”が整ったことになります。これに対する民衆の暴動が各地で起きています。軍の一部は離反の動きを示していますが、未だ小さなグループです。トランプ大統領の“軍事介入も辞さず”というツイートだけが大きく取り上げられていますが、内戦の芽はあります。
 さて、数少くなった近隣の反米左派政権はこれらの動きをどの様に見ているのでしょう。表面的にはトランプへの反発だけで、ベネズエラ国内の動きには沈黙しています。この沈黙が何を意味しているか、どうもよく分かりません。選挙で否定されたとは言え、大統領の終身制を目論むエボ政権などは、他山の石として見ているのでしょうか。
 しかし、一つだけ納得できることがあります。仮に、ベネズエラで反チャベス派が政権を奪取すると、膨大な“チャベスの贈り物”が国の借金に変わることです。自国の経済の立て直しの原資として、ベネズエラは返金を迫るでしょう。これが反米左派政権諸国にとっては、国の財政を圧迫し、延いては、インフレと政情の不安定化をもたらし、政権の終焉につながりかねません。中南米の反米政権は、ベネズエラの石油や財政的支援を、自らの政権の人気取りに使ってきました。この“贈り物”が、今や“財政的な時限爆弾”と化しつつあります。理念高き中南米の反米左派政権も、ベネズエラの民衆を救おうと動く国は有りません。
 「選挙」という政権選択の機会を持つ、中南米職で「独裁」という亡霊が再び目覚めようとしているのでしょうか。選挙で敗れても「前大統領」という栄誉に包まれますが……。
 マドゥーロが、南米のチャウチェスクになる日も、そう遠くないと感じる今日この頃です。

showyou

第91号

2017年07月01日発行

テロ等準備罪と戦後の偽善

参議院議員西田昌司

何故、テロ等準備罪の創設が必要なのか

参議院本会議にて組織的犯罪処罰法改正案(テロ等準備罪)の中間報告に賛成討論

 今国会の最重要法案であったテロ等準備罪を創設する法案は、参議院でも無事可決成立することができました。私は参議院法務委員会の筆頭理事を務めており、事実上この法案の与党側の責任者でしたから、無事成立したことに心から安堵しています。
 この法律が提案された背景には、ご存じの様に世界中でテロが頻発するなど、国際的な治安の悪化があります。日本も2020年に東京オリンピック・パラリンピックが計画されていますが、1972年のミュンヘンオリンピックではテロが起きました。国内でも1974年の三菱重工爆破事件や1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件などでは、多くの犠牲者が出ました。
 こうした事態に備えるために、TOC条約(国際的組織犯罪防止条約)を締結し、各国の組織的犯罪情報を共有する必要があります。国連加盟国196カ国の内187の国と地域が加盟しています。このTOC条約を締結するためには、条約が求めている義務(重大犯罪の実行の合意の犯罪化)を履行するための国内法の整備が不可欠です。 今回のテロ等準備罪の新設はそのためのものです。
 野党はこの法律を廃案にすべきものとしていましたが、その理由はおおよそ次の3点に絞れます。一つは、この法律は国民の内心を縛るもので、戦前の治安維持法に通ずる悪法だとするもの。二つには、組織に属するなら民間人でも捜査や処罰の対象になるというもの。三つ目に、国連人権理事会特別報告者が、国民の人権を侵害する悪法と非難しているというものです。この理由が全く的外れであることを以下に一つずつ解説します。

戦前の治安維持法とは全く違う

 戦前の日本では治安維持法があり、国体(天皇制)や私有財産制を否定するものに対しては、特別高等警察がその取締りを行い、時に厳しい拷問をし、容疑者を死に追いやったと言われています。プロレタリア作家の小林多喜二もその一人です。現代の常識でこれだけを見れば、とんでもない人権弾圧事件となるでしょう。しかし、そもそも、この法律の背景にはロシア革命があります。これによりソビエト連邦が成立し、こうした革命思想が世界中に広まりつつあったのです。自分達の正義のためには暴力革命も認めるという思想は世界中を混乱に陥れました。
現代では暴力革命を認めるという人は日本ではほとんどいないでしょう。また、共産主義を支持する人でも暴力革命を支持することはないでしょう。しかし、当時は、極端な貧困と格差、そして、戦争により、本当にそれを目指していた勢力が存在し、蔓延していたのです。
 あの時代の治安維持法の是非は、こうした時代背景の中、総合的な歴史の判断にゆだねられていたのです。
 従って、少なくとも現代の日本にはそぐわないものであるのはいうまでもありません。そもそも、今回のテロ等準備罪が治安維持法とはその立法趣旨が全く異なっているのです。前者が組織的犯罪集団による重大犯罪を取り締まるものであるのに対し、後者は「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者」を取り締まるものです。何れにしても一般人には全く無関係のものなのです。

一般国民を守るためのものであり、取り締るものではない

参議院法務委員会での「テロ等準備罪」審議の様子

 テロ等準備罪では、一般の方々は処罰対象になりません。 (1)犯罪主体をテロ集団、麻薬密売組織などの組織的犯罪集団に限定し、さらに、(2)重大犯罪の計画、そして(3)犯罪の実行準備行為があって初めて、処罰対象となります。
 この様に法律の対象となる団体が「組織的犯罪集団」に限られているので、労働組合やNPOなど正当な活動をする団体が処罰の対象となることはありません。もちろん、居酒屋で「上司を殴ると意気投合」しても処罰されませんし、一般のメールやSNS上のやり取りで処罰されることもあり得ません。
 しかし、正当な活動をしている団体の目的が「一変」して「組織的犯罪集団」になることがあるとの指摘があります。これは、例えば普通の宗教団体がオウム真理教のように重大なテロを起こすような団体に変わることもあり得ることを念頭に置いたものですが、「組織的犯罪集団」に当たるかどうかは、その団体が設立時に正当な団体であったかどうかではなく、テロ等準備罪の適用時点において、犯罪を目的とする集団になっているかどうかで決まります。
 また、たとえその場合でも宗教団体の中で組織的犯罪集団化したグループが処罰の対象になるのであって、一般の信者全てではありません。このことからも犯罪に関係しない人、いわゆる一般人が取締りの対象になることはあり得ません。

国連人権理事会特別報告者の批判は事実誤認

 国連人権理事会の特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏が、テロ等準備罪の創設に対し、同法案が「プライバシーと表現の自由の権利に対する過度の制限につながる可能性がある」という懸念を指摘したということが報道されました。これを受けて、民進党や共産党などは、国連もテロ等準備罪に懸念を表明していると騒いでいますが、これは事実誤認です。
 先ず、この指摘は国連ではなくケナタッチ氏の個人的見解です。しかも、ケナタッチ氏が批判しているテロ等準備罪の資料は実際の法案とは全く違うものです。NGO(非政府組織)が英訳したもので判断した様ですが、そのNGOが何者でどの様な英訳だったのか、全く不明です。日本政府に情報を求めず、一方的かつ断片的な情報だけを頼りに批判するのは国連の職務に携わる者としても公平性に欠けています。
 外務省は、こうしたことから「日本の国内事情や『テロ等準備罪』の内容を全く踏まえておらず,明らかにバランスを欠いており,不適切であると言わざるを得ない。現在我が国で行われている議論の内容について,公開書簡ではなく,直接説明する機会を得られてしかるべきであり,貴特別報告者が我が国の説明も聞かずに一方的に本件公開書簡を発出したことに,我が国として強く抗議する」としています。
いずれにしても、国会で審議している法案が何者かにより英訳され、それに対し一方的に批判をしている訳ですから、その背後にかなり政治的な意図があると思わざるを得ません。

民進・共産の一体化

 以上の様に、民進党や共産党の反対は「反対のための反対」であり、その目的は民進党と共産党(民共)協力をして、打倒安倍政権の政治勢力を拡大することです。
 「アベ政治を許さない」という言葉をスローガンに、この数年多くの政治運動が展開されています。平成25年の特定秘密保護法、平成27年の平和安全法制の時もいわゆる市民団体を巻き込んだ形で反対運動が展開されました。国会の周りにも連日鳴り物入りの抗議行動が行われました。それは今回の反対運動とも共通します。民共が一体となって一部のマスコミも巻き込みながら「アベ政治を許さない」をスローガンに活動する目的は、安倍総理の『戦後レジームからの脱却』を阻止するためです。

戦後レジームからの脱却とは何か

お茶の京都博「宇治新茶・八十八夜茶摘みの集い」

 安倍総理は、憲法改正を最大の政治課題としてきました。これは、自衛隊と9条との矛盾の解消を始め、敗戦後の占領時代に作られた様々な制度や価値観をもう一度見直そうとするものです。占領時代の遺物を見直し独立国家に相応しい体制を作ることは当たり前のことです。
 ところが、これに真っ向から反対をしているのが「アベ政治を許さない」という勢力です。彼らは、戦前の日本を全否定し、戦後の歴史観や価値観を肯定します。つまり、占領中にGHQにより作られた歴史観や価値観を何の疑問もなく受け入れています。この姿勢は独立国家としてはあまりに情け無いことです。

TPOにより変わる判断

 私は、大東亜戦争を全て正しいとは思いません。他に選択肢が無かったのかも含め、異議を唱える所も多々あります。しかし、逆に戦勝国たる連合国が全て正しいのかといえばこれも否でしょう。欧米の帝国主義に対して断固異議を唱えていたのが日本であったのです。しかし、その日本が、自国の防衛のため結果的には帝国主義的な行動に出ざるを得なかったことも事実です。台湾割譲、日韓併合、満州国の建国などは今の価値観からはとても納得できないものでしょう。しかし、当時の世界の中では果たしてどうか。こうしたことを考えるのが歴史を学ぶことです。物事を判断するには全てTPO、つまり、その時、その場所、その状況が具体的に示された中で、考えるしかないということです。
 TPOにより価値判断は変わり、人の行動は変わるものなのです。先の大戦も当時の世界情勢とセットで評価をすべきです。
 しかし、GHQの占領時代にはそうしたことが全く配慮されず、一方的に日本の行動が断罪されました。その象徴が東京裁判です。そして、その東京裁判史観に基づき、占領政策が正当化されていったのです。
 これは、言論の自由が無かった占領中には仕方ないことです。しかし、占領が終わり、独立してからは、せめて歴史の検証をすべきだったのです。しかし、日本は独立後、一度もその検証することなく占領政策を継続してきたのです。

安倍総理は真の独立国家を目指すべき

 「アベ政治を許さない」という勢力は、こうしたGHQの占領政策を基本的に是とする人達です。戦後の価値の継承者ともいえます。これに対し、安倍総理が掲げた『戦後レジームからの脱却』は正に、それを乗り越え独立国家としての日本人の価値を取り戻すことを目指すものです。
 今回のテロ等準備罪を始め、大きな対立をもたらした安倍内閣の一連の政策は独立国家としては当然のものです。しかし、占領時代の政策を是とする立場からはアベ政治は明らかに逸脱しています。確かに、占領中は一見すると民主化が進められた様にも思えますが、国防の義務も無かった代わりに国民には主権など無かったのです。只々、GHQの命令を受け入れるしか無かったのです。それを平和主義と言うにはあまりに情け無いでしょう。
 安倍総理の言う『戦後レジームからの脱却』は正にこうした占領政策からの脱却だと私は解釈しています。

憲法改正への道

 安倍総理は憲法改正を最大の政治課題に掲げておられます。特に、9条と自衛隊の矛盾をなくすために自衛隊を憲法上明記すると言われています。私も勿論賛成です。しかし、もっと重要な問題は、戦後72年の間に日本人が歴史観を喪失してしまったことです。戦争の悲劇は語り継がれましたが、占領時代の矛盾と悲惨さは殆ど伝えられていません。それを何の疑問もなく是とするなら、アベ政治は許されないかも知れません。 しかし、もう少し、歴史をしっかり見つめるなら、占領政策に異を唱えないことの方が異常だと気付くはずです。 
 皆さんのご良識を信じます。

瓦の独り言
-老舗(しにせ)-


羅生門の瓦

 京都新聞の朝刊に「京都ぎらい」でベストセラー作家(?)になった井上章一氏が「現代洛中洛外もよう」を連載されています。今は地理的な内容ですが、いずれは「老舗」についても触れられるのではないかと思います。その前に瓦がつぶやかせていただきます。
 瓦は昨年、とあるセミナー①で京都流(?)の「老舗」について語りました。
 他都市の商工会議所さんなどでは「創業100年、三代、同業で継続、現在も盛業」の4条件を挙げられますが、京都では創業は200年以上か、又は江戸時代以前が老舗と名乗れます。だって、創業500年以上の企業が京都市には多数あります。明治時代の創業100年なんて「ひよっこ」みたいなものです。と、言ってしまいました。すると、セミナー終了後、次のような質問を受けて、「いらんことを言いすぎた!」と後悔しました。
 「Yタクシー会社ですけれど、来年に創業100周年を予定してるんですが、パーティ-などをすれば京雀に笑われますかね?」といった質問でした。
 Yタクシー会社さんの創業者・粂田幸次郎氏は、1916年に京阪伏見桃山~明治天皇御陵間に路線バスを走らせ、1917年に「日光社(フォードの輸入代理店)②」を創業されています。そこからハイヤー事業部を立ち上げられ、今のYタクシー会社あると聞き及んでおります。 
 慌てて、「いえいえ、自動車運送業自体の歴史が浅いので創業100年で十分です。ましてや今年(2016年度)の祇園祭に御稚児さんを出されるおうちですので・・・」としどろもどろにお答えしました。
 その後、Yタクシーの後ろには「おかげさまでD百貨店創業300周年・Yタクシー会社100周年」を意図した広告が出ていました。これを見たとき、「さすが京都人!うまいこと宣伝したはる。」と思いました。
 とある京都人は「老舗は自らつけるものではなく、世間からいただく称号」とおっしゃっておられます。非常にうんちくのある言葉だと思います。
 さて、井上章一氏は老舗をどの様にとらえておられるのか? 「洛中のものだけが「老舗」を語るのはおかしい!」と反論されるのか? 瓦は楽しみにしています

*「とあるセミナー①」:Yタクシー会社の運転手さんをはじめ、会社の方々に「京都の伝統産業」と銘打って、京都伝統産業ふれあい館の宣伝をしたセミナーです。
*「日光社(フォードの輸入代理店)②」:我々、南区民にはおなじみの九条車庫向かいの日光社さんです。

showyou

第90号

2017年04月21日発行

森友学園騒動顛末記

参議院議員西田昌司

発端は異常な土地の値引き

国会での「森友学園問題 証人喚問」籠池理事長への質問

 森友学園騒動は、今年の2月に朝日新聞が「森友学園が大阪の国有地を適正価格の1割で購入していた」と報道したことが発端です。財務省は、この報道を受け、売買価格を公開、「国有地9割引」について「埋設物の撤去・処理費用である8億円を控除した」と説明しました。しかし、あまりにも大きな値引きであるためその背景には政治家の圧力があったのではないかという疑惑が沸き起こったのです。そして、その小学校が元々安倍晋三記念小学校という名前であり、名誉校長が総理夫人であったことから、官邸からの圧力があったのではという騒ぎになったのです。
 当初は私も、何故これ程値引きがされるのかについては疑念を持っていました。しかし、調べていくと、安倍総理始め、政府には全く問題がないことが判明しました。

土地取得の経緯

 森友学園の小学校が建設されている国有地は、元々騒音対策として国が買い取った土地だったのですが、その後旅客機の技術の進歩で騒音が緩和されたため、不要になり売却されることになったものです。
 国有地を売却する際には、先ず、地方公共団体など公益に関わるものが優先されます。そこで、平成25年6月から3カ月間、地元自治体である大阪府と豊中市に取得要望の有無が確認されましたが、両者からはその希望が無い旨の返答がありました。そんな中で、森友学園から買取の申し出があったのです。学校法人は公益団体として地方公共団体に準じて優先的に売却されるのですが、買取の申し出が一者だけであったため森友学園に売却されることになったのです。
 森友学園は小学校の敷地として取得したいものの、手許不如意のため10年間の定期借地権を設定して土地を借り、10年後に買取をしたいということを申し出ました。ここから近畿財務局との交渉が始まり、その過程で、後にこの土地には大量のゴミが埋設されていることが判明します。
 一方で森友学園は、平成26年10月に大阪府に小学校新設の認可申請書を提出します。大阪府の私学審議会の定例会が平成26年12月18日に開催されますが、ここでは森友学園に小学校を開設するだけの資力があるのかということが指摘され、複数の委員が疑問を呈しています。そのため、この時点では答申が保留されたのです。ところが、翌年の1月27日に私学審議会臨時会が開催され、条件付認可適当という決定がなされたのです。しかも、その条件は寄付金の状況を報告することなど形式的なもので実質的に条件と言えるものではありません。これを受けて森友学園と近畿財務局との間で平成27年5月29日に国有財産売買予約契約と国有財産有償貸付合意の契約が結ばれました。

土地の値下げはゴミが原因

 森友学園の問題が注目されることになった原因は、国有地の異常な値引きです。約9億円の土地が8億円も値引きされたと聞けば、誰もが疑念を持ちます。しかし、その交渉の過程を調べていくと、減額が必ずしも異常ではない、むしろ国の損害を低く抑えるためには仕方がなかったということもわかります。
 森友学園が近畿財務局と土地の賃貸交渉をしている矢先に、大量のゴミが埋設されていた事が判明します。森友学園が立て替えたゴミの処理費約1億3千万円を国が支払い、一旦解決するのですが、更に深層部からもゴミが出てきたため最終的には約8億円もの処理費を国が負担することになるのです。小学校の開設を当初は平成28年の4月としていたため、それに間に合う様に森友学園側でその処理を行うという事で、実際には8億円を支払うのではなく値引くことになるのです。この金額の妥当性については、私が予算委員会でも質問しましたが、民間事業者が行う場合の処理費と比べても問題ない金額である事が分かっています。

瑕疵担保責任(かしたんぽせきにん)とは

籠池理事長の証人喚問での偽証についての記者会見

 それよりも大事な事は、この値引きにより国側は国有地売却に関する瑕疵担保責任を免責されたという事です。瑕疵とは隠れた傷という意味ですが、ゴミの埋設など表面上では分からない隠れた傷が有った場合には、通常売り手側がその責任を負うことになります。これが瑕疵担保責任です。それが免責になったという事は今後もっと他に国側が責任を負うべき事態が発生しても国側はその責任を負わないという意味です。つまり、8億円の値引きで国側は今後一切の責任を免れたのです。それでも8億円は余りに大きいのではないかという方もおられるかもしれませんが、私は妥当であったと思います。
 実は、豊中市の別の国有地の払い下げでゴミの埋設が原因で売却額の2倍のゴミの処理費が発生する事態がありました。元国有地で今は新関空会社が所有する土地を、給食センターを建設するため、およそ7億7,000万円で豊中市が購入したのですが、試掘調査で、地中から大量のコンクリート片などが見つかり、撤去に14億3,000万円の費用がかかることになったのです。
 これを森友学園のケースに当てはめれば、瑕疵担保責任の免責を受けていなっかたならば、国側は売却額の2倍の18億円を払うことになりかねないということです。

問題はゴミの処理をしなかった森友学園にある

 国側は瑕疵担保責任の免責の引き換えに8億円の値引きをしたのですから、本来、森友学園はゴミの処理をしなければなりません。森友学園は1億円で土地を購入したつもりですが、ゴミの処理をきちんとすれば8億円かかるはずで、結局土地の購入費は9億円になるのです。
 ところが、森友学園はその処理をしなかったようです。私が予算委員会で公開した籠池夫人のメールにはゴミの処理費が3億5千万円かかるが、そのお金が無いという意味の記載があります。この事から、小学校の敷地の部分はゴミの処理をしたようですが、グランドの部分はそのまま放置していた事が窺えます。ゴミの処理費に莫大な資金がかかるという事で8億円も値引きさせておきながら、小学校開設の資金を節約するためゴミの処理は必要最低限に抑えていたという事でしょう。

小学校開設の認可は正しかったのか

 以上の経緯からも国有地の値引きは妥当であり、少なくとも国側には瑕疵は無いという事が分かります。それよりも問題は、小学校開設の認可があまりにも早いということです。そもそも大阪では、幼稚園しか経営していない学校法人が借金をして小学校を設置することは禁じられていました。ところが、平成23年7月に森友学園から大阪府にこうした設置基準を緩和するよう要望が出されます。これを受けて翌年の4月に大阪府の私立学校設置基準が緩和されます。この規制緩和により、幼稚園にも小学校開設の道が開かれたのですが、実際に設置を希望したのは森友学園だけだったのです。
 また、小学校の校舎の敷地を借地で賄うことは設置基準に反する行為であった事が、最近判明しました。上述した様に、認可適当と答申した時には土地は国から借りる前提でしたから、完全に設置基準に違反しています。ところが、いずれ買うことになっているから問題ないという見解を、最近大阪府が示しましたが本当に妥当でしょうか。
 元々、幼稚園だけを経営する学校法人に借金で小学校を設置することを認めてこなかった理由は、経営基盤の安定した学校でなければ子供の教育を任せられないからです。ところが、森友学園はこの時、幼稚園の定員に対して5割くらいしか在園者がおらず、幼稚園の経営事態が危ぶまれていたのです。私学審議会の議事録にもその事が指摘されています。また、小学校を建てるには最低20億円から30億円は建設費が必要だと言われています。そのお金を用意できていたのでしょうか。小学校の建設を請け負った業者が総額約24億円のうち約20億円が未払いだとして提訴していることからも、必要な寄付金が集まっていなかったことは明白です。

大阪府議会で百条委員会を設置すべき

「故郷を支援する参議院の会」で安倍総理へ要望

 この様な森友学園の財政状況は私学審議会でも危惧されていた事がその議事録からも確認できます。何故、条件付きとはいえ認可適当と答申したのでしょうか。また、その条件が本当に条件として正しかったのでしょうか。謎は膨らむばかりです。この解明には大阪府議会で強い調査権限を持つ百条委員会を設置する必要がありますが、維新と公明党の反対で未だに設置できていません。松井知事は国会の証人喚問に応ずると言っていますが、その前に自ら百条委員会を設置して説明責任を果たすべきなのです。私学審議会の担当者が処分されたと報じられていますが、それこそトカゲの尻尾切りでしょう。
 森友学園の問題は、資金も無いのに小学校を建てるという無謀な計画こそが事の始まりです。普通なら、この計画を私学審議会に相談した段階で駄目出しがなされ、認可されることは無いでしょう。大阪府の対応や判断に瑕疵があった事は否めません。

視聴率重視で真実を報じないマスコミ

 では何故、これほどまでに騒動になったのでしょうか。それこそマスコミの誘導があったからです。私が予算委員会でも指摘してきた上記のような事実は殆ど報じられる事は有りませんでした。真実を追求することより、視聴者の関心を引くため、殊更に政治家の関与があったはずだと煽り立てました。特に総理や昭恵夫人がこの件で関与する余地など全く無いにも拘らず、関係があるかの様な報道に終始しました。
 確かに、籠池理事長夫妻の強力な個性や総理に寄付して貰ったという爆弾発言にマスコミが飛びつくのも分かります。しかし、そもそも総理の寄付の有無など問題の本質では有りません。更に、密室で人払いをして寄付をしたという証言など全く証拠にもなりません。実際、総理が森友学園に寄付すること自体、法的にも道徳的にも全く問題はありませんし、何故密室で渡さねばならないのでしょう。籠池理事長の証言は明らかに不自然なのです。
 ワイドショーだけでなく、報道番組でさえも籠池理事長の一方的発言だけを報じるマスコミの姿勢は、公器としての使命を失ったというほかありません。報道のワイドショー化は自らの権威失墜になることをマスコミは知るべきです。

樋のひと雫

羅生門の樋

 4月の初め、久しぶりに成田に着きました。エントランスでは満開の桜にではなく、「モリトモ…モリトモ…」というTVのアナウンサーの声に迎えられました。ネットのニュースで知っていましたが、ここまで日本で盛り上がっているとは思いませんでした。北アフリカで見ていたTVニュースは、イラクのモスルでの戦闘が朝から流れています。日本ではそのまま流れないような映像を見続け来た身には、ある種のカルチャーショックです。幼い子供が砲煙の中で横たわっている図は、「世界は広い」では済まされない肌寒さを感じさせます。
 私の目には、大阪の一幼稚園の補助金の不正受給と学校建設の不正許可申請の問題に見えるのですが…。一国の総理大臣の去就を取り沙汰されるような問題に見ないのです。まあ、「妻や私が関係していたら…議員も辞めます」という質問を強く否定した言葉のみが脚光を浴びた結果でしょうが。この一言に飛びついた野党も「無関係を証明せよ」などと云う質問で、「強く伺わせる」などと自分の感想を修飾しながら、あたかも「疑惑」が存在するかのようなイメージを作り上げる。しかし、ディベートとしては面白いのですが、政治の場で論客として語る論理でしょうかね。
 この問題で、党首論争を行うと蓮舫さんが云ったとか言わないとか。まあ、野田‐安倍論争で総選挙に至った再現を期待したのでしょうが、彼女の二重国籍問題ってケリが着いたのでしょうかね。何かあやふやなままで終わっていますよね。まあ、これも含めてやってみるのも面白いでしょう。ディベートのテーマは「疑惑と責任」というのが適当でしょうか。
 「日本のマスコミは政治ではなく、政局を取材する」とは、よく耳にする言葉ですが、これなどはTVの視聴率も稼げるのではないでしょうか。
 我々庶民の間には、どのような清廉な権力も永くその座に居れば腐敗するという考えが根底にはあります。「そう云えば長いよな」、「何か有るのでは」という漠然とした気持ちがあります。そのような勘繰りが土台に有って、イメージが形作られていく。このような構図が描けるのも「モリトモ問題」かも知れません。「忖度」という概念は日本人の精神に流れる優しさや奥ゆかしさを表現するものだったのですが、「媚へつらう」という意味に堕落したのが残念でたまりません。

showyou

第89号

2017年01月01日発行

トランプ大統領の誕生と日本

参議院議員西田昌司

建前から本音へ

KBS京都「京biz X」に出演、北陸新幹線ルート決定についてお話しました

 昨年のアメリカ大統領選挙は大方の予想に反して、トランプ氏の勝利に終わりました。大統領選での移民やイスラム教徒への過激な発言は、アメリカの内外で波紋をもたらしています。多様な価値観を認める自由の国であったはずのアメリカが、移民を否定し世界より自国の利益を優先するという政治姿勢には反対の声が国内からも上がっています。大統領選挙が終わったにも拘らず、新大統領を否定するデモが行なわれる等、まるでアメリカが二分されたかの様です。
 この背景には、アメリカの本音と建前が見え隠れしています。自由社会はもちろん大切だが、そのためにアメリカの国益が失われてはならない。アメリカの国益を守ることが大統領の責務だというアメリカ人の本音の代弁者として、トランプ氏は大統領に選ばれたのです。既存の政治家が言えなかった国民の本音を率直に述べることにより多くの国民の支持を得た一方で、建前を重んじる既存の政治勢力との対立を生み出すことになったのです。これをどう統合するかがこれからの課題ですが、私は、政治家の本音の言葉こそが、国民の心を動かす原動力なのだと改めて感じました。

TPP条約成立の意味

 先の国会ではTPPの条約や法案が成立致しました。ところが、トランプ氏は大統領就任直後に直ちにTPPからの離脱を宣言すると明言しています。トランプ氏に翻意させるのは難しいと安倍総理も認めています。TPPの条約発効には日米の批准が絶対条件ですので、このままではTPPは発効しないことになります。
 それならば国会での審議自体が無意味だと野党は主張しています。しかし、TPPの代わりに日米FTA(自由貿易協定)をアメリカが要求しTPP以上に厳しい条件を突きつける可能性もあります。それを防ぐにもTPP条約が国会でも認められた日本の限界点だということを示す必要があるのです。その意味ではTPP条約の批准は大事なことだったのです。

核の傘は存在するか

 またトランプ氏は、日本も韓国も独自に核武装すべきであると述べたり、同盟国にアメリカの軍隊の駐留費の負担を要求する等、日本にとっても看過できない発言をしています。後にこの発言を取り消していますが、日本の安全保障の前提に関わることです。
 駐留経費については既に思いやり予算という名で在日米軍基地職員の労務費、基地内の光熱費・水道費、訓練移転費、施設建設費など多額の負担をしています。この事実を知ればトランプ氏も納得するでしょう。問題は核武装です。
 日本は世界で唯一の被爆国として、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという非核三原則を事実上国是としています。広島長崎の惨状を見れば核兵器の廃絶を訴えることは被爆国としては当然のことです。しかし、朝日新聞の報道によると世界で一万発近い核兵器が有ると言われています。保有国は米露英仏中のほかイスラエル、インド、パキスタン、そして北朝鮮も8発程度持っていると言われています。そして北朝鮮は、核弾頭を搭載可能なミサイルの発射実験を世界中の非難にも拘らず平気で繰り返しています。我国にとって大きな脅威であることに間違いありません。
 アメリカなどの核保有国は核攻撃に対して報復核攻撃が可能です。このことが逆に核攻撃に対する抑止力となります。この報復核攻撃を日本などの同盟国が核攻撃を受けた場合にもしてくれるのなら、非核国でも核保有国並みの核抑止力を持てることになります。
 こうした核の傘が有効に働くには、アメリカが必ず報復核攻撃をしてくれるという大前提が必要です。しかし、冷静に考えればこの大前提は次の様な問題をもたらします。同盟国への核攻撃に対して、アメリカが報復核攻撃をすれば、それがアメリカへの核攻撃を誘発することになります。同盟国のために開いた核の傘が、自国民への核攻撃のリスクをもたらすことになるのです。その様なリスクをアメリカはとるでしょうか。民主主義国家であればあるほど自国民にリスクをもたらす選択はできないでしょう。つまり、核抑止力は核保有国にしか存在しないと考えておくべきではないでしょうか。

岸内閣では核兵器を持つことは合憲と判断

京都国際マンガミュージアム開館10周年記念式典に麻生大臣がお越しくださいました。
(麻生大臣は『マンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟』の最高顧問です)

 昭和32年の参院予算委員会で岸総理は、核兵器を保有することは憲法違反かどうかという質問に対して、「自衛権を裏づけるに必要な最小限度の実力であれば、私はたとえ核兵器と名がつくものであっても持ち得るということを憲法解釈としては持っております。しかし今私の政策としては、核兵器と名前のつくものは今持つというような、もしくはそれで装備するという考えは絶対にとらぬということで一貫して参りたい。」と答弁し、自衛権で核保有可能だが、不保持の方針を示しています。
 この頃は東西冷戦の下、核開発競争が激化した時代です。自国民を守るために核兵器の保有を合憲と答弁したのは、報復核は自衛権行使の含まれるという意味です。先の臨時国会で民進党は、稲田防衛大臣が大臣就任以前に核武装について発言したことを、内閣不一致だと責め立てましたが、これでは核武装についての議論すらできなくなり、思考停止に陥ります。50年前の方が核武装についても政治の場できちんと議論されていたのです。

佐藤内閣の非核国三原則

 昭和39年に中国が核実験に成功したことから、佐藤総理は核武装の必要性を感じ、ライシャワー駐日大使に申し入れをしたと言われています。アメリカは基本的に日本の核保有を認めていません。もし認めれば、いずれ日本から広島長崎の報復がされるかもしれないと彼らは潜在的に恐れているのです。翌年の日米首脳会談でジョンソン大統領は日本の核武装に反対しながらも会談後に発表された日米共同声明では「米国が外部からのいかなる武力攻撃に対しても日本を防衛するという安保条約に基づく誓約を遵守する決意であることを再確認する」ということが発表され、これによりアメリカの核傘に入ることになるのです。
 しかし、先に述べた様に現実にアメリカが日本のために報復核攻撃をするかどうかは不明ですし、事実、すると明言したことは一度も有りません。先の大戦以後日本が一度も戦争に巻き込まれなかったのは、核の傘というより冷戦体制の下、米ソ超大国の過剰な核武装が逆に巨大な抑止力を生み、結果的に戦争を押さえ込んだのです。
 しかし、その冷戦体制も終焉してから28年になろうとしています。米ソ二大超大国の対立による抑止力の時代からアメリカ一強時代になりましたが、その時代も終わろうとしています。事実、トランプ氏はアメリカはもはや世界の警察官ではないと言い放っています。

戦後の終わり

 日本の核武装を容認したトランプ氏もその発言を取消しています。その真意は不明ですが、背景には先に述べたように日本の核武装をアメリカは恐れている節があります。しかし、今年の夏にはオバマ大統領が初めて広島に訪問し、原爆で犠牲になられた方の慰霊をしました。そして、この冬には安倍総理が真珠湾を訪れました。大東亜戦争の始まりと終わりの地に両国の首脳が訪問したことは正に真の意味で戦後が終わったことを印象付けるセレモニーでした。これを契機に両国民のわだかまりが解消できればと願っています。アメリカが日本への猜疑心を払拭し日本が自立することを認めることと、日本が対米自立を目指すことが、日米が真の同盟関係に成るための一歩です。
 残念ながら、今年で先の大戦から72年、冷戦が終わって28年になりますが、未だに日本はアメリカのよる占領政策の延長線上でしか議論ができないのです。トランプ氏の核武装容認論を契機に、自分の国は自分で守るという当たり前のことを議論すべきです。その時こそ日米が英米と同じく対等の同盟関係を築くことができるのです。

日露新時代の誕生

自民党京都府連政経文化懇談会を開催し、多くの皆様にご来場いただき誠にありがとうございました。

 昨年暮のプーチン大統領との会談がどうなったかは、この原稿を書いている時点では明らかでありません。しかし、安倍総理とプーチン大統領とは世界の首脳の中でも、政権基盤が長期的に安定しているという点では抜きん出ている存在であることは間違いありません。今までは日本の総理大臣が政権交代も含め毎年変わり続けていたため、両首脳が胸襟を開いて話す環境にありませんでした。政権奪還以後5年目に入り、内閣支持率も5割を超えています。今こそ平和条約締結に向けた協議に入るべきです。
 勿論、領土問題はその後も交渉をし続けねばなりませんが、領土問題が解決しなければ平和条約を結ばないでは両国にとって不幸です。敗戦により日本はアメリカに占領されました。サンフランシスコ条約で本土の主権を回復しましたが、20年後にようやく沖縄が返還されました。この例の様に、日露平和条約締結後に北方領土返還ということもあり得るべきです。まずは、先の大戦後の不正常な日露関係に終止符を打つべきです。
 かつては冷戦体制のため、日ソ交渉はアメリカ側にいる日本にとっては大変高いハードルがありました。今は既に冷戦も終わり、トランプ氏はプーチン大統領とも個人的に親しいとも言われています。日本が日露平和条約を結ぶ大きなチャンスです。

占領体制と冷戦体制に終止符を打て

 トランプ大統領の誕生は、これまでの既成の枠組を一挙に変えることになるでしょう。暴論や極論も多々有り不安も付きまといますが、今こそ日本は戦後を乗り越えるチャンスなのです。日本でも政治家は、占領時代や冷戦時代の常識や枠組に縛られず、本音でものを言わねばなりません。少なくともつまらぬ言葉狩りで政治家の議論を封殺している様では、日本はトランプ大統領を始めとする新時代の政治家に対抗出来ません。
 今年もこうした思いで正論を述べて行きたいと思います。本年もよろしくお願い申し上げます。

瓦の独り言
-組紐と真田紐(似て非なるもの)-
羅生門の瓦

 新年、あけましておめでとうございます。今年度も「瓦の独り言」でつぶやかせていただきます。
 昨年は、「紐(ひも)」で明け暮れました。まだ上映中の「君の名は」で「組紐」が空前のブームです。また、NHKの大河ドラマ「真田丸」では「真田紐」が注目を浴び、京都市内の真田紐師・江南(和田伊三男氏)のお店では猫の手を借りたいほどの忙しさだとか。
 この二つの紐を混同されている方が多いと思いますが、実は作り方も、用途も異なったものです。
「組紐」は三つ編みのように数本の糸を丸台などの道具を使って、斜めに糸を交互に組んでいくものです。一方、「真田紐」は機(はた)(織り機)を使い、経糸(たていと)と緯(よこ)糸(いと)で平たい紐状の織物を織っていきます。経糸に比べて太い緯糸を強く打ち込むことにより、経糸が見えず緯糸が畝のように見える幅の狭い(最狭で6ミリ程度)織物です。
 歴史的にも異なり、「組紐」は奈良時代から宮中を中心に使われ、特に重要書類などを保管する豪華な蒔絵の飾箱にかけられたものです。今でも、祇園祭の「くじ改め」の時に使われる飾箱に掛かっているのが「組紐」です。また、御婦人方の着物の帯締め、紳士の羽織紐も「組紐」です。
 かたや「真田紐」は真田幸村が考案したようなネーミングですが、実は源平合戦の時代にはすでに用いられていました。「平氏」の甲冑は宮中の組紐が使われており、「源氏」の甲冑には庶民が荷駄の括紐として使っていた「真田紐」が使われていました。馬上の合戦でも「平氏」の甲冑はゆるみが多く、堅固な「源氏」の甲冑の前には歯が立たなかったとか。戦国時代には刀の下げ緒やサヤなどに使われており、「真田紐」は庶民(?)の紐でした。関ヶ原の合戦以後、九度山に幽閉されていた時に真田幸村が生産し、行商人たちに持たせて各国の動きを探っていたことにより、日本中に「真田紐」が広まったのは事実です。
 この「真田紐」を千家茶道の祖である千利休が茶道道具などの桐箱に使いました。彼は権威を嫌い宮中の飾箱や「組紐」をさけて、あえて白木の桐箱に庶民の「真田紐」を用いたのです。(この反骨精神は、瓦職人の楽吉左エ門に茶碗を造らせた気持ちと同じだ、と瓦は思っています。)今でも各流儀や宗家などの独特の文様の「真田紐」を「茶道具お約束紐」「習慣紐」と呼んでいます。
 さて、われらが国政を信託している西田昌司参議員の発言の中には自民党とは異なった意見が時折見受けられます。一見では「野党と同じでは?」と思う節もあろうかと思いますが、実はこの「組紐」と「真田紐」のように根本的に異なっていることに気が付いておられるのは瓦一人だけではないはずです。本年度の瓦の目標は「似て非なるもの」の根底をつかむことに心がけますのでよろしくお願いいたします。

showyou

第88号

2016年10月25日発行

全国を新幹線で結べば故郷は再生する!

参議院議員西田昌司

故郷喪失の現代人

-参議院予算委員会にて整備新幹線について安倍総理に質問しました-

 今から150年前、明治維新の頃の日本の人口は約3300万人で、その内、東京の中心部には67万人がいたに過ぎません。京都の中心部に23万人、大阪の中心部に29万人、後は名古屋と金沢に10万を上回る人が住んでいましが、その他は数万人程度の町しかありませんでした。それが今や、総人口約1億2600万人の内、東京、名古屋、関西の三大都市圏の人口で全体の50%を超えています。
 明治維新以後、近代化の中で日本の人口は約4倍になり、それに応じ経済も成長してきました。しかし、同時に故郷を喪失してきたことが、大都市圏への人口集中からも読み取れます。勿論、都市部で暮らしそこを新たな故郷としている人もいるでしょう。しかし、都市か地方を問わず、大切なのは定住することです。そこで何代にも渡り暮らしていれば、そこに思い出ができます。又、地域の人々との繋がりも深まります。思い出と人の繋がりは家族とも共有することになりますから、家族との一体感も大きなものとなります。長期間同じ場所で家族と共に暮らすことが故郷意識を育む源になるのです。現代人の故郷喪失は定住できない生活様式がからくるものであり、その原因は戦後の急激な高度成長時代にあるのです。

江戸時代以前の日本

 何代にも渡り同じ地域で暮らすには、生業が必要です。明治維新の頃は人口の約8割が農民です。土地が無ければ成り立たない仕事ですから、地域に密着し何代にも渡って暮らしてきたのは当然です。 
 江戸時代には東北地方を中心に冷害による飢饉に襲われ、人口の増加はほとんど無く停滞していたと言われています。今日、地球温暖化が問題視されていますが、幕末には地球規模で寒冷時代が終わり、気候が安定してきだしたとも言われています。また、農業技術の進歩や、養蚕の振興などにより農村部は豊かになり人口が増加に転じます。明治以後の殖産興業政策は、製造業の近代化大型化を促し、より多くの雇用を創出しました。これを賄うために、農家の次男坊三男坊が都市へと転出し、日本は都市で経済発展を遂げることになったのです。都市の経済成長は農村部の人口増加が有ればこそだったのです。農村部が貧しくて都会に出たというよりも、農村部が豊かになり人口が増えたことが都市への人口移動を可能にしたと言えるでしょう。

戦前は農村が中心

 明治維新以降、日本は殖産興業政策を推し進めます。近代化には工業製品の輸入が必要ですが、その代金を支払うためには外貨を稼がねばなりません。当時、日本が海外に輸出できるのは生糸と茶などの農産物や昆布などの海産物が中心です。特に生糸は戦前の日本の輸出品一位の座を長く保持してきました。第一次産品で外貨を稼ぎ、機械や軍艦などの代金支払いに当ててきたのです。
 戦前までは都市部の発展だけでなく、同時に農村部や海辺でも産業基盤がしっかりと確立していたのです。特に、都市部が戦争で破壊された終戦直後は、経済の中心は都市部ではなく農村部だったのです。

高度成長時代も目標は国土の均衡ある発展

 昭和39年の東京オリンピックを契機に、首都圏のインフラ整備が一挙に進みます。東海道新幹線や高速道路の整備が進み、特に太平洋側ではこうしたインフラ整備に合わせて、産業集積が進みます。高速道路や新幹線の全国整備もこの時代に決定されます。
 昭和37年、池田内閣で全国総合開発計画が策定され、地域の均衡ある発展を基本目標に掲げ、都市の過大化防止と地域格差是を基本課題とし、目標達成のためには工業の分散化が必要であり、各地域で拠点開発を行うという目標が掲げられました。
 戦後の高度成長時代には既に都市部への人口集中が問題となり、農村部との均衡が問題となっていたのです。単に経済成長をさせるのでは無く、日本全体を如何に均衡ある発展をさせるかということが政治の課題だったのです。
 次いで昭和44年佐藤内閣の下、新全国総合開発計画が策定されました。新幹線、高速道路等のネットワークを整備し、大規模プロジェクトを推進することにより、国土利用の偏在を是正し、過密過疎、地域格差を解消するということが掲げられました。目標年次は昭和60年でしたから、北陸新幹線も本来ならこの時期に完成していたのです。しかし、残念ながら、昭和52年に第3次全国総合開発計画に変更され大型プロジェクトは事実上棚上げされてしまいます。

オイルショックとバブル崩壊で成長神話崩壊

 その原因は、ニクソンショックによるドル切り下げや第一次石油危機などにより経済が危機に陥ったことや、急速な経済成長の結果、地価が高騰し狂乱物価と言われたほどインフレが深刻化するなど、社会経済環境が悪化したことが挙げられます。
 過大投資がインフレを招き、経済を毀損するのは事実です。インフラ整備への投資が悪いのではなく、経済の実態を見ながら経済を過熱化させずに節度ある投資をすれば良かったのです。しかし、何よりも新幹線の事業主体であった国鉄が毎年巨額の赤字を垂れ流し、事実上経営破綻したことが新幹線整備を遅らせた最大の原因です。
 昭和62年、国鉄が事実上経営破綻し、国鉄は分割され民営化されました。そして新幹線の整備は国の予算により一般の公共事業枠の中で行われるようになります。
 昭和の終わりから平成の始めは好景気が続きましたが、結局これはバブルだったため、その後の日本はその反動のため長期低迷が続きます。民間企業は生き残りを賭け人員を整理し事業を縮小していきます。バブルに浮かれた反省から清貧の思想が流行り、世の中全体が経済成長よりも債務整理を優先すべきという風潮に流されて行ったのです。こうしたことの結果、公共事業不要論が横行し、公共事業の予算は激減してしまいました。

公共事業費削減が新幹線開業の妨げ

 その結果、新幹線の整備は中々進まず、昨年漸く北陸新幹線の東京・金沢間が開業しましたが、工事着工から26年かかっています。国鉄時代にでは、東海道新幹線は着工から5年、山陽新幹線でも8年で全線開業していますからその差は歴然です。整備新幹線は公共事業方式になりましたが、鉄道予算は極めて少ないのです。本年度の公共事業予算6兆円のうち1000億円しか有りません。そのうち新幹線は755億円でそれを北海道や北陸や九州の各新幹線に配分しているのでから、この調子なら私たちが生きているうちには北陸新幹線が京都まで来ることは有りません。北陸新幹線全線の早期開業には予算の大幅アップが欠かせません。
 そもそも、現在着工している新幹線は採算性も認められているのですから、1日も早く全線開通させる方が理にかなっています。これは高速道路などの建設についても同じことが言えます。予算をつければ短期間で開業できるにも拘らず、それができないのは予算のシーリングがあるからです。

予算シーリングは臨機応変に考えるべし

 財務省は来年度予算を作る際、各省庁から概算要求を受けた内容を査定して全体の予算を積み上げます。どの省庁も必要な予算を要求しますから、これを全部受けていたらキリが有りません。そこで、経済や財政の状況を考えた上で、毎年前年比何%プラスというような全体予算の骨格がつくられます。これがシーリングです。この仕組みは一般論としては正しいことです。しかし、現実は一般論では語れません。個別の具体的状況をしっかり認識して臨機応援に予算措置をすることが肝要です。
 その中でも、公共事業費は、将来に対する投資ですから早く完成しなければ意味が有りません。そしてその財源は基本的に税金ではなく建設国債です。その事業がもたらす経済効果の結果、国全体の所得が大きくなり、将来の税収が増える、その将来の税金で国債を償還するということです。従って、将来の経済効果が期待できるものならばさっさと作るのが正解です。

全ての新幹線基本計画を実行すべし

 私は、北陸新幹線の与党敦賀以西検討委員会の委員長を務めていますが、北陸新幹線だけで無く全国に新幹線のネットワークを築くべきだと主張し続けています。元々、昭和48年に全国で11の新幹線基の基本計画が決定しています。リニア中央新幹線もその中の一つです。(図①)
 この計画が実現出来れば全国の各地域が新幹線で結ばれることになります。経済成長に寄与することは勿論のことですが、何よりもそれぞれの地域に住む人達にどれ程喜ばれることでしょう。
 現在の新幹線は東京に接続する路線を中心に整備されてきました。その結果、東日本は比較的に充実した新幹線ネットワークを構築できましたが、西日本はまだまだです。四国や山陰、また新潟から東北の日本海側などは全く高速交通ネットワークの恩恵に預かっていません。 そして、新幹線ネットワークから取り残された地域では過疎が進んでいます。今年の参院選挙では鳥取と島根、徳島と高知が合区されたのはその象徴です。代表無くして課税無しと言われますが、一県一代表すら出せなくなっては民主主義の根幹を揺るがす事態です。
 西日本での新幹線整備の遅れが、東京一極集中と地方衰退に拍車を掛けてるのは歴然たる事実です。地方創生という安倍内閣の看板政策を実現するためにも全国新幹線基本計画を1日も早く実現する必要があるのです。

実現には国家プロジェクトが必要

 全ての新幹線基本計画を実現するにはかなりの国家予算が必要ですが、先ず何年で完成させるかという事を決める事です。また、どの新幹線基本計画から始めるかという優先順序を決める事も大事です。何れにせよ、先ず与党が実現に向け議論を始めることが必要です。
 私が、北陸新幹線で舞鶴・学研・関空ルートを提案しているのは正にこのためなのです。舞鶴の意味は将来の山陰新幹線延伸のためです。学研都市は将来の中央リニア新幹線との接続のためです。そして関空は将来、和歌山から淡路島を通り四国新幹線に延伸するためです。(図②)
 そうした構想を語ることが西日本全体で新幹線基本計画を実現するための世論を形成し、基本計画を国家プロジェクトに格上げすることになるからです。公共事業不要論が罷り通っていたこの20年の国論を変えねばならないのです。

今こそ故郷再生

 これまで何度も述べてきました様にバブル後の規制緩和政策の行き過ぎが、東京一極集中を招き、地方の衰退をもたらしました。地方創生のためにもその是正が必要です。
 しかし、もっと大切な事は、地方創生というより故郷を守るという当たり前の感覚を取り戻す事ではないでしょうか。
 それにはまず我々政治家は選挙区では無く、故郷を思う心を持つべきです。それが政治の原点なのです。

樋のひと雫

羅生門の樋

 今、南米では大きなうねりが起ころうとしているように感じます。2年ほど前から反米左派政権は退潮を始めました。農産物や地下資源の輸出に頼る工業生産手段を持たない国々にとって、最大のパトロンであるチャベスの死は、経済的な困窮の引き金でした。ブエノスアイレスに行くと街角に立つ「カサ・デ・カンビオ(両替屋)」の呼び込みの数は昨年より増えています。ペソ安は昨年より進んでおり、未だに左派政権の経済失政の重荷を負っています。また、ベネズエラの友人の話では、物価の高騰は相変わらずで、買おうにも物そのものがないという話です。チャベスの後継者を自認する現政権は、それでも往年の夢を未だに見ているかのように他国の経済支援を謳っています(実際はどうか分かりませんが)。圧倒的な人気を誇っていたボリビアのエボ政権も、4選目の大統領就任を目論見、多選を禁じた憲法の改定を行おうとしましたが、国民投票でNOを突き付けられました。あれだけ元気が良かった反米左派政権も、オイルマネーの瓦解がその退潮を速めているかのようです。
 しかし、この変化は単に経済事情だけが原因でもなさそうです。その震源地はキューバです。今年3月のオバマ訪問は、キューバ国民だけでなく多くの反米政権下の民衆にも衝撃だったようです。それまでの経済開放で、何となく理解していたものが、映像で流れると改めて社会主義の終焉を感じたと友人は話してくれました。「あのキューバでさえ、社会主義を捨てざるを得なくなった。」「オバマが飛行機を降りてきたとき、キューバでなくなった。」と言っていた言葉が印象的でした。一片のニュースが、多くの民衆の意識にも変化をもたらせたようです。
 さて、ボリビアではどうでしょう。各地で反米政権が求心力をなくしている中で、「反帝国主義学校(Escuela Antiimperialismo)」なるものを創設し、ペルーやエクアドル、ベネズエラなど5か国から軍人を募り教育するそうです。内容は余り公表されていませんが、文脈からすると米国から各国の主権を守るようなことが書かれていました。このような動きの中で、政権中枢の副大臣(総務、警察担当)が8月にデモ隊に殺されました。ラパスとオルロを結ぶ幹線道路を封鎖していた鉱山労働者と話し合うために出掛けたのですが、労働者に捕まり殺されたようです。元々、COBという鉱山労働者の組合は、現政権の有力な支持母体です。今まで政権も様々な融合処置を与えてきました。組合幹部とのボス交で話しは落ち着きましたが、政権のタガが緩み出したことを民衆の目に晒しました。かつて、実力で軍事政権を倒したCOBは、統制力も大したものでした。大規模なデモは行っても正面からの衝突は避けていました(政権や警察も遠慮をしていましたが)。
 この殺人が意図的なものか、偶発的な事故なのかは分かりません。(未だ、情報が全て公表されている様には思われません。)しかし、今まで民衆の意識が理念や権威で繋がっていたものが、漂い始めた気がします。主義や理想と云ったものが、現実の前に色褪せたとき、人々の意識の漂流する先には何が見えてくるのか。近い将来にその答えが見えてくるのかもしれません。

showyou

第87号

2016年07月25日発行

参院選与党勝利!
今こそ、大胆な財政出動が必要だ!

参議院議員西田昌司

イギリスのEU離脱

-安倍総理に参議院選挙「後」の経済政策について提言をいたしました-

 イギリスでは、国民投票によりEU離脱が決定いたしました。このことを受け、ユーロやポンドは売られ、株価は世界的に大幅に下落しました。正に、世界経済は混迷の時代に突入しています。
 ヨーロッパの国境を無くし、一つの市場として発展していくという理想にヨーロッパの人間でない日本人は何の疑問も無く共感していたようです。その為、日本国内では、国民投票で離脱派が勝つことは予想外であり、何故イギリス人が離脱を選択したのか理解できない、という戸惑いの報道に終始しています。挙句の果てには、あれほど民意を重視していたマスコミが、軽々に国民投票などすべきでない、とヒステリックに報道しています。これには私も呆れましたが、EUについては当初から様々な問題があったのです。

EUとはアメリカに対抗するためのグローバリズム

 イギリスのEU離脱には様々な原因がありますが、根底に有るのは、冷戦後世界の主流となったグローバリズムに対する疑問です。元々、イギリスは大陸のヨーロッパとは違う海洋国家です。冷戦後、アメリカ一極体制に対する防波堤としてEUに参加したものの、ユーロによる通貨統合を拒否しポンドを守ってきました。
 冷戦後のグローバリズムとは、ヒト、カネ、モノが国境を越え自由に移動できる仕組みを作れば、世界経済は大いに発展するはずだとする考えです。この考えを進めると言葉や人種、宗教、文化など人間社会の根本的枠組みを無くすことになります。これにより、国家の主権より企業活動を優先できることになりますから企業にとっては便利な制度です。そして実際、企業の業績も大きく伸長しました。
 しかし、その結果、人間社会には大きな爪痕を残すことになりました。先ずは移民の問題です。EU域内では自由に行き来することができるため、東ヨーロッパやイスラム諸国からイギリスなどの西側先進国に大量の移民が押し寄せて来ました。結果として、彼らは先進国の国民の雇用を奪うことになりました。また、短期間に大量の移民が押し寄せたため、地域の伝統社会とも軋轢を生み出すことになりました。そのため、グローバル企業にとっては業績を伸ばすことのできる良い制度でも、先進国の国民にとっては自分たちの雇用を奪い伝統的社会を破壊する酷い制度でしかなかったのです。そうした潜在的な国民の不満が今回の国民投票により示された訳です。従ってこれは、イギリスに限った話ではありません。他の国でも国民投票をすれば同じような結果になる国もあるでしょう。これは、企業が国境を越え自由に活動できるグローバリズムという名の経済至上主義に対して人間社会が反旗を翻したと解釈すべきです。

日本における新自由主義も根は同じ

-木村弥生衆議院議員の京都3区支部長就任に伴い、記者会見を行いました-

 こうした経済至上主義は日本においても社会を席巻しました。バブル後の規制緩和路線はその典型で、企業活動に妨げとなる法律やルールを撤廃すれば民間投資が進み経済は成長するはずだと、多くの学者が喧伝しました。またマスコミもそれをもて囃しました。その結果、起きたのが地域間格差です。規制緩和により容積率の引き上げられた首都圏を始めとする都市部ばかりに投資が集中し、他の地域の雇用を奪う結果になりました。企業にとっては効率的投資のできる良い制度でも、人間社会にとっては社会を分断する悪しき制度であることは今や誰の目にも明らかでしょう。

アベノミクスは輸出促進一辺倒ではない

 さて、イギリスのEU離脱や中国経済の減速などにより世界経済は混乱し、日本の株価も下落しました。マスコミや野党は、円高と世界経済の低迷で輸出企業の業績が下がるのはアベノミクスの失敗だったと主張していますが、全くの見当違いです。そもそも、日本をデフレの底に落とした民進党などの旧民主党の方々にアベノミクスを批判する資格はありません。
 そもそも、アベノミクスの原点は、一つに日銀の異次元の金融緩和、二つに機動的財政出動、三つに民間投資による成長戦略です。輸出促進という点では世界経済低迷の影響を受けた部分があることは否定できませんが、二本目の矢である機動的財政出動はいわゆるグローバリズム路線とは一線を画すものです。これは、民間企業に自由に投資をさせるだけでなく、政府が各地域、各産業など、国全体を見渡してこれから必要となる投資を積極的に行うという意味です。この様に安倍総理は財政出動の役割の重要性について明言しているのです。

野党やマスコミこそグローバリズムに飲み込まれていた

 事実、安倍総理が四年前に政権を奪還した時には、積極的に財政出動をして景気を押し上げていたのです。その時これをばらまきと否定していたのが、当時の民主党でありマスコミ出会ったのです。「コンクリートから人へ」や「事業仕分け」に象徴されるように、財政カットが民主党やマスコミの一貫した姿勢です。彼らは、財政出動を利権や癒着の温床と決めつけ、これを削減することが正義だと思い込んでいるようです。勿論無駄な財政出動は必要ありません。しかし、東京ではインフラ整備が完成していても、地方ではまだまだ不十分です。地方には人が少ないから無駄な投資だという彼らの理屈は、結果的には東京への一極集中に拍車をかけるものでした。
 そもそも財政出動を無駄なものとする考え方自体が、グローバリズムにより刷り込まれたものであり誤りです。先述したように、冷戦後の世界潮流として、企業活動に不利益な国境や規制を取り払うという経済至上主義が世界中に蔓延しました。そしてこの考え方の延長線上に、法人減税や財政出動を減らすことにより、官から民へ資金をシフトさせることを正当化してきました。政府より企業の方が効率的な投資をするはずだから、企業が自由に使える資金の量を増やせば社会は効率化し経済は成長するはずと思い込んでいたのです。
 しかし、これが間違っていたのは今や自明です。企業は儲かることにしか投資しませんから、投資先は偏ったものとなりました。成長率の低い先進国から成長率の高い後進国へ投資が移り、先進国の中でも都市部にのみ投資が集中しました。
 その結果、先進国は投資が不足しデフレに陥りました。また都市部と地方との間で投資の格差が起き、同じ国の中でも分断現象がおきました。また後進国も多額の外資による投資で経済成長はするものの、他の国にもっと良い投資先が見つかれば直ちに外資が引き上げられ、経済は大変不安定になりました。こうした事はこの20年の国の内外を省みれば明らかです。残念ながら、野党もマスコミもこうした事実を全く理解していません。

アベノミクスの本質は財政出動を認めたことにある

-参院選の選対本部長として二ノ湯候補の応援に府下各地を回りました-

 構造改革が叫ばれ、官から民へと言う考えは自民党政権の時代にもありました。しかし、これが東京一極集中と地方の疲弊をもたらし、日本全体をデフレ化させたのです。野党時代に自民党の政策の誤りを安倍総理を交えての勉強会で、私は再三にわたり指摘をしてきました。
 その結果、アベノミクスの二本目に矢として機動的財政出動が記載されたのです。そして、政権奪還した直後は、財政出動が実質的にGDPを押し上げたのです。金融緩和により円高が是正され、輸出企業の業績を回復させたことと共にアベノミクスの成果を証明するものでした。残念ながら、積極的財政出動は1年目にしか行われず、その後は消費税の増税を行うなど財政再建路線に方向転換してしまいました。その結果、完全なデフレ脱却には至らなかったのです。安倍総理はその時の反省から、消費増税を2019年の10月まで再延期することを決断されました。

10兆円を超える補正予算とシーリング解除が必要

 しかし、増税の延期だけでは経済は好転しません。世界経済の混迷により外需が期待できないため、内需拡大をもたらす事業が必要です。私が提唱する新幹線ネットワークの構築はその典型です。また、高速道路の拡充も必要です。昨年、京都縦貫自動車道は完成しましたが、暫定二車線区間がかなり有ります。高速道路で対面通行をすれば正面衝突のリスクが高まり、事故の死亡率は格段に増えます。追越車線がないため高速道路が低速道路になっています。道路整備はまだまだ不十分です。  こうした事業を完成させるには、5年から10年はかかるでしょう。補正予算でスタートダッシュは出来ますが、長期にわたる事業を完成させるには、補正予算ではなく、毎年の当初予算のレベルを上げなければなりません。これを妨げているのが、予算を対前年比でコントロールするシーリングという仕組です。無駄を排除し予算の規律を高めるためには意味が有りますが、財政出動によるデフレ脱出が必要な時期には不要です。
 参院選与党勝利により株価は上昇しています。市場は大胆な財政出動を期待しています。市場が驚くほどの超大型の補正予算と新幹線ネットワークの様な国民に夢を与える政策の提言が今こそ必要なのです。

瓦の独り言
-インバウンド2,000万人を超える-


羅生門の瓦

 「インバウンド」って、聞きなれない言葉なのでネットで調べてみました。日本から外国へ出かける(海外旅行)ことを「アウトバウンド」とよび、その反対です。つまり日本へ外国人が訪れることですが、これが年間2,000万人を超えるというのです。そういえば、京都市内の観光地はもとより百貨店、スーパーマーケット、スーパー銭湯、居酒屋、さてさて「ねこ喫茶店」まで、あらゆる場所で外国の方に出会います。それも中国、韓国などのアジア系の方だけではなく欧米系の方が増えています。
 観光庁(平成20年に設置)によると、訪日外国人の一人当たりの旅行支出額は176,168円、旅行消費額は3兆4,771億円と言われています。そう言えば中国人の購買現象を「爆買い」と称して流行語大賞にもノミネートされたとか。
 南区においても地下鉄「九条駅」の近くのホテルから朝に大きなスーツケースをガラガラと引いた一個連隊が京都駅に向かう光景をよく目にします。このスーツケースのガラガラ音が本願寺さんの周辺では騒音(?)らしく、お年寄りが迷惑しているとか。
 さて、このインバウンドで京都を訪れている外国人は何を期待しているのでしょうか?2つのグループがあると思います。「お稲荷さん」「金閣寺」「清水寺」などの観光地を訪れて、焼き鳥、焼き肉、ラーメンを食べるグループ。名所旧跡は行き飽きた、無理に予約してでも京懐石料理を食べたいと思うグループに分かれます。後者のグループには欧米系のデープな考えの外国人(仏・独)が多く、場合によれば日本人より日本のことに詳しかったりして・・・。後者のグループの観光客を満足させることが重要であることはだれの目にも明らかなのですが、その手法がわからない。特に、「京ものに触れたい」「京都の伝統産業を知りたい」と希望される。でも、どこへ行けばいいの?誰に紹介してもらうの?
 そこで、この要望に応えるため、京都市(京都伝統産業ふれあい館)では「京都工房コンシェルジュ」なるサイトを立ち上げました。瓦もお手伝いをさせていただいております。これは京都にお越しの内外のお客様に、気持ちよく「伝統産業の工房」を見学していただき、また体験もしていただくものです。訪問先の工房にはそれなりの対応(語学、習慣etc)が可能となっております。
 これからは、数の勝負ではなく、質の勝負です。質で勝負するには十分な論議、準備が必要なことは言うまでもありません。(憲法改正もしかりです) これは、われらが信託し、国会に送り出している西田昌司参議院議員も同様なお考えを持っておられる、と思っているのは、瓦一人ではないはずです。

showyou

第86号

2016年04月25日発行

伊勢志摩サミット
各国協調の財政出動で世界経済を救え

参議院議員西田昌司

スティグリッツ、クルーグマン両教授の指摘

京都市長選挙 門川大作さんが見事に当選され、
喜びの万歳三唱

 3月16日に世界経済について有識者と意見交換する「国際金融経済分析会合」が官邸で開催され、講師としてノーベル経済学賞の受賞者であるジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授が招かれました。また、22日には同じくノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン米ニューヨーク市立大学大学院センター教授が招かれ、両教授から来年4月の消費税の延期が提言された旨、報道されました。会談内容は非公開であるにも拘らず、この様な報道がなされた背景には、両教授ともにデフレ下での消費増税にはもともと消極的な立場であったことが挙げられます。増税延期への布石と解釈したマスコミ報道ですが、両教授の真意は別のところにあります。
 クルーグマン教授が後日公開したブログの中で述べられていることは、消費税の増税延期のことではなく、財政出動の必要性についてです。「デフレから脱出するためには3年間財政収支のことを気にせず政府が財政出動することが必要である。日本は自国通貨の国債であり、国債残高が多かろうがギリシャの様に破綻することはない。低金利の現況においては国の債務残高よりも将来デフレが続いているのかどうかが遥かに重要である。今は財政収支など気にする様な状況ではない」。
スティグリッツ教授も同様の主張をされています。「緊縮財政を止めるべき。財政赤字に対する厳重な制約が失敗であった。増税と歩調を合わせた支出拡大が経済を刺激する。必要なことはインフラとテクノロジーへのより積極的な投資である」つまり、二人の主張は、財政赤字など気にせず積極的に財政出動をすべきであり、予算のシーリングを緩和して持続的な長期投資をすべきだということです。これは私が何年も訴え続けてきたことと全く同じです。

財政出動に対する誤解

 したがって、今回のマスコミでは消費増税の再延期が既定路線になったかの様な報道は、私には両教授の主張とは違う方向に世論が誘導されていると思えて仕方ありません。
 なぜなら、その背景には、依然として0財政出動イコール無駄なバラマキという誤解が根強く存在しているからです。
バブル崩壊後、民間や政府に消費や投資よりも節約を優先する風潮があまりにも蔓延してしまったことがその原因です。確かに、無駄を排しできるだけ節約することは日本人の美意識にも叶います。しかし、その結果誰もがお金を使わなくなれば経済は成り立たなくなることは自明の理です。この様に個別的には正しいけれども全員がそれをすれば社会が成り立たない様な個と全体の矛盾を合成の誤謬と言います。まさに財政出動イコール無駄なバラマキというのはその典型でしょう。

デフレからの脱出には脱出速度が必要

TOKYO MX「西部邁ゼミナール」に
出演いたしました

 さて、クルーグマン教授は、デフレからの脱出には、脱出速度が必要であると述べています。人工衛星を打ち上げるには、地球の重力圏から逃れるだけの速度が必要です。これを地球脱出速度と言い、これより速度が遅いと何度打ち上げてもロケットは地球の重力圏から脱出できず、地球に舞い落ちてしまいます。同じ様にデフレ脱出には短期的に徹底的な財政出動が必要であり、少ない財政出動では何度やってもデフレに舞い戻りデフレ脱出に失敗するということで、誠に分かりやすい例えです。
 元々アベノミクスは大胆な金融緩和と機動的財政政策と民間投資を喚起する成長戦略の三本の矢から成る総合的な経済政策が売り物でした。しかし、現実は日銀の金融緩和は継続していますが、機動的財政出動は政権復帰時の一年だけでその後は減り続け、公共投資は民主党政権以下の水準に戻っています。その結果、民間投資も中々伸びない状況が続いています。これはデフレ脱出速度が足りなかったということです。最初は勢いよく発射したロケットでしたが、このままではデフレの引力圏から脱出出来ず、またもやデフレに落ち込んでしまいます。デフレ脱出のためには第二段目のロケットに点火をする必要があるのです。

財務省の判断の誤り

 財政出動が2年目以降は継続されず、逆に消費税を5%から8%に増税した結果、アベノミクスにブレーキがかかり、デフレからの脱出速度が不足しているが日本の現状でしょう。この背景には、財政出動の継続を拒み財政再建のため増税を急ぎすぎた財務省の判断ミスがあることは否定できません。
 3年前、消費税8%への増税の是非を自民党税制調査会で議論していました。この時も私は「今は増税の時期ではない、完全にデフレ脱出してからにすべきだ。もしどうしても増税するなら、増税額以上の財政出動をすべきだ。さもないとデフレに舞い戻る恐れがある」ということを再三主張してきました。正に今日の日本の状況は私が心配をしていたとおりになっています。
 アベノミクスでロケットスタートを切った第二次安倍政権でしたが、消費増税が早すぎたため、そして財政出動を継続しなかったために、景気回復は足踏み状態になっています。これが安倍総理には大きなトラウマになっているように思われます。10%への再増税を1年半延長し衆院の解散で信が問われましたが、さらにまた再延長があるのではないかという憶測から衆参ダブル選挙も噂されています。

先進国の「日本化」

 ところで、ノーベル賞の両教授は共に積極的な財政出動が必要と述べています。その理由は単に経済政策としてだけでなく、そもそも先進国が需要不足に陥っているからなのです。特にクルーグマン教授は、先進国の「日本化」を指摘しています。
 先進国では、経済のグローバル化により民間投資は海外に流出し、国内では民間投資が減少します。一方、高い生活水準を保つために年金や医療介護は勿論のこと、教育やインフラ整備など公的分野での投資が必要になります。本来こうした公的分野での投資が民間投資の減少による需要不足を補うことになるのです。
 90年代以降日本ではデフレが進行していますが、その最大原因は経済のグローバル化による民需の喪失を公需で穴埋めしなかったためです。ゆえに、その様にデフレが長期に渡り進行している状態を「日本化」と言い、それが世界に広まりつつあるとクルーグマン教授は指摘しているのです。
 リーマンショック後の世界経済を牽引してきたのは中国でしたが、その成長に翳りが見えてきました。牽引車が失速すれば世界経済は景気の停滞局面には入らざるを得ないでしょう。これを放置すれば世界は長期デフレに陥り、正に「日本化」してしまいます。
 それを止めるには政府が財政出動をして公需を増やすしかないのです。世界を「日本化」から救う為に、先進国が協調して財政出動をすることの必要性をクルーグマン教授は説いているのです。

今こそ生活水準を欧米並に引き上げるチャンス

西田昌司京都政経パーティーを開催いたしました。
各方面より多数のご参加を賜り、誠にありがとうございました。

 日本では元々欧米先進国に比べ、こうした公的分野への投資は少なかったのですが、戦後の経済成長が民間部門の国内投資を増加させてきたお陰で、需要不足になることなく経済は拡大してきたのです。したがって経済がグローバル化して民間部門の投資が少なくなってきた今こそ公的分野での投資を増加させ生活水準を欧米先進国並に上げるチャンスです。
 例えば、街づくりです。欧米先進国で日本の様に東京一極集中している国は有りません。そもそも、日本ほど大都市に人口が集中している国は有りません。これはアジア的な現象です。インフラが大都市にしか整備されず、産業が大都市に集中した結果です。これは豊かさでなく貧しさの象徴でしょう。この結果、地方が寂れ故郷や家族の喪失感を感じている人も多いのではないでしょうか。今こそ、東京一極集中を是正し財政出動で故郷と家族の再建に取り組むべきなのです。
 私が提案している北陸新幹線の舞鶴ルートもそのための具体策です。これは、日本海側と京都、学研都市、大阪、関空を結ぶことで東京に対抗できるメガリージョンを創設するためのものです。

伊勢志摩サミットに向けて

 冷戦崩壊後の、資本の自由化は大きな富を各国に与えた反面、多くの傷跡も世界中に残してきました。資本を自由にするだけでなく、それを世界各国が管理することも必要です。各国協調で財政出動するということは、行き過ぎた資本論理に対して国家が警鐘を鳴らすという意味であり、正にサミットに相応しい議題です。伊勢志摩サミットでは、世界経済のデフレ化を止めるために世界各国が協調して財政出動をすべきだと議長国日本の安倍総理から提言されることを多いに期待したいと思います。
 そのためにも先ず、「隗より始めよ」です。日本が率先して財政出動をすべきです。積極財政を阻害するPB(プライマリーバランス)論やそれに基づく予算のシーリングなどのデフレ下では無用の論理に振り回される必要はありません。スティグリッツ、クルーグマン両教授はこのことを総理に提言されたのです。

樋のひと雫

羅生門の樋

 先日オバマ米国大統領がキューバを訪問し、ラウル・カストロ国家評議会議長と国交再開に向けた握手を交わしました。ラウルがオバマの右手を高く掲げている写真を見て、世界の変化を感じられた方も多かったのではないでしょうか。1959年フィデル・カストロとチェ・ゲバラに率いられた民衆が腐臭を放つバチスタ政権を倒した後、農地解放を契機としてフィデルはアメリカと袂を分かちました。そして、彼は社会主義政権樹立を宣言すると共に、当時のソビエト連邦の庇護下に入ります。'61年の国交断絶と'62年1月の米州機構からの除名を経て、米国がソ連によるミサイル配備を阻止しようとした'62年10月のキューバ危機は余りにも有名です。10月22日の米国の海上封鎖から始まり、28日のソ連輸送船団の撤退までの1週間は、世界核戦争を現実のものとした日々でした。(映画の素材にもなりましたので観られた方も多いのではないでしょうか。)
 人民の解放と社会主義建設を担う老練な政治家と自由主義の旗を掲げた新進気鋭のカリスマの激突は、共に譲ることの出来ない陣営の未来を掛けた戦いでもありました。双方に非難の応酬と表面的には軍事の駒を進めながら、外交戦術を駆使する。自らの決断の一つひとつが、数十億の人類の生存を担っているという政治家の葛藤の闘いでもあったと思います。また、この超大国の衝突の中で、当時35歳のフィデルは米国に屈することなく、生まれたばかりの新生キューバを守り抜きます。後々50年以上にわたる経済封鎖と云う犠牲を払いながら。
 2大強国の争いの中で、国の行く末と民衆の生存権を守るために苦悩する若き指導者の姿を見るのは私一人ではないでしょう。オバマのハバナ訪問を、疲弊した経済を立て直すために弟のラウルは歓迎します。オバマの人権の尊重と政治犯の釈放という発言に対して、ラウルは刑務所の見学を提案しますが、兄のフィデルは「帝国主義の贈り物は要らない」と答えました。何度も米国による暗殺を逃れ、激動の世界情勢の中でキューバを守ってきた老政治家の矜持の一言であったように思えます。
 初めてハバナを訪れた時、電力も乏しい暗い街並を見ながら飲んだCuba Libre(キューバ特産の酒ロンをコーラ割ったもの)を思い出します。コーラが自由の味なのかと自問しながらホテルで飲んだカクテルは、農奴然とした生活から解放された民衆が、次に人間としての自由を求めて創った味だったのかも知れません。

showyou

第85号

2016年01月01日発行

アベノミクスで故郷(ふるさと)を救え!

参議院議員西田昌司

地方を歩いて分かる悲惨な実態

「成人年齢に関する特命委員会」がまとめた報告書を安倍総理に提出いたしました

 多忙な国会の合間をぬって、一昨年は旧東海道と旧中山道を踏破し、昨年は奥の細道を自転車で完走しました。大自然の美しさに圧倒され、思わず顔がほころんだりする場面もある一方で、何度も転び、トラックに轢かれそうになったことも有りました。そんな中で、最後まで完走できたのは、この日本の故郷の美しさに魅せられたからです。だからこそ、そこに人がいない、まるで廃村の様な寂れた風景には胸が痛みました。
 一昨年の春に、有識者らでつくる政策発信組織「日本創成会議」の人口減少問題検討分科会(座長:増田寛也 元総務相)が、2040(平成52)年に若年女性の流出により全国の896市区町村が「消滅」の危機に直面する、という試算結果を発表しました。これは絵空事ではありません。長寿化のお陰で今は辛うじて人口維持が出来ていても、お年寄りばかりでは子どもは生まれません。このまま2、30年も経てば全国の至る所で町が消滅することを地方の町々を見て実感致しました。

東京一極集中が東京をも滅ぼす

 しかし、これは地方の問題だけではありません。実は東京もいずれは同じことになるのです。東京をはじめとした首都圏には仕事を求めて全国から人が集まっています。しかし、その人達が急速に高齢化しているのです。その大きな理由は、かつて地方から上京してきた若者たちが年齢を重ねたことに加え、故郷の老親を呼び寄せているからと言われています。
 昨年の産経新聞の報道では、総務省が発表した住民基本台帳に基づく人口動態調査(昨年1月1日現在)によると、国内の日本人は前年よりも27万1058人減少して1億2616万3576人となったそうです。6年連続の減少で、減少数は調査を開始した昭和43年以降で最大となり、9割近い市町村で人口が減る一方、東京都は0.57%増となるなど一極集中がさらに進んでいます。
 実は、東京へ人口が集中すればするほど日本全体の人口は急激に減少するのです。その理由は東京では子どもが生まれないからです。平成26年の数値ですが、東京都の合計特殊出生率は1.15人で全国平均の1.45人を大きく下回っています。このままこの状態を放置すれば東京は日本全体の人口を減らし続けるブラックホールになってしまいます。
 更に、東京では今後急速に高齢化が予想されるため、介護施設などをまだまだ建設し続けなくてはなりません。日本創成会議によると東京都と周辺の3県で、2025年に介護施設が約13万人分不足するとの推計を発表しています。また、保育所などの待機児童も23区だけでも8000人近くいます。一方で、地方の町では既に高齢化が進み介護施設にも将来は空きが予想され、待機児童も存在しません。東京では今後、介護や子育ての施設がまだまだ必要となりますが、地方ではそれらの施設が余っているのです。
 つまり、東京と地方の人口構造のアンバランスが、不必要な投資を余儀なくさせているのです。無駄な公共事業をするなと言いますが、これこそ無駄な投資そのものです。東京と地方の人口アンバランスを是正すればこれらの投資はいらなくなるのです。

東京一は枝葉、地方が根幹

 元々、首都である東京はインフラ整備も進んでいますから、他都市より人口が多いのは当然のことです。しかし、現代の東京はその限度を超えています。折角インフラ整備が出来上がっても、人口過密が進めば許容量が不足し、鉄道なども二重路線の建設を余儀無くされてしまいます。これも本来無駄な投資なのです。しかし、人口過密のお陰で利用客には事欠きませんから、無駄な投資でも儲けることができるのです。人口過密が、二重路線という無駄な投資を経済合理性に叶うものに変えてしまうのです。しかし、この経済合理性も短期的なことに過ぎません。長期的に見れば、東京一極集中が地方を破壊し、人口減少を加速させ、最終的には東京自体が超高齢化で自壊してしまうのです。
 日本全体を木にたとえるなら、東京は枝葉で地方は根幹です。東京という枝振りが良ければ日本という大木は成長している様に見えますが、肝心の根が腐り幹に穴が空いていれば、いずれはどんな大木も倒れてしまします。東京に人材や食糧やエネルギーを供給してきた地方が破壊されれば、東京も存在できないのです。東京と地方の過密と過疎を解消しない限り、デフレからの回復もないのです。

予算カットと規制緩和が東京一極集中を招いた

藤井聡内閣参与と共に稲田朋美 自民党政調会長に10兆円規模の補正予算の申し入れをいたしました

 では、何故ここまで東京一極集中が進んでしまったのでしょうか。それはバブル崩壊後の政策の誤りにあります。この時期を契機に公共投資が否定され、予算が大幅にカットされたからです。その背景には、企業が身を切る努力をしてリストラしているのに、政府ばかりが借金で事業を増やしているのはおかしいという意見がマスコミを通じて多数派になってしまったことがあります。
 この意見は素朴な庶民感覚としては納得できるかも知れませんが、国家全体の経済を考えれば全くの誤りです。民間がリストラしている時に政府も事業のリストラをすれば景気が一挙に悪くなるのは自明の理です。結果、この後日本は長いデフレのトンネルに入ってしまうことになります。
 政府が公共事業などの予算をカットする一方で、民間投資を促進するために規制緩和が推奨され、東京の一極集中は加速度を増して進むことになったのです。

東京駅に見る規制緩和の実態

 東京駅の改修が2012年完成しました。この保存・復元工事にはおよそ500億円の費用がかかったそうです。JR東日本はこの費用を建物の容積率、いわゆる「空中権」を売って調達したということです。容積率とは敷地に対してどれくらいの規模の建物を建てられるかを示すもので、復元された東京駅の駅舎は定められた容積率の20%ほどしか使われていません。使われなかった建物の容積率は「空中権」と呼ばれ、ほかの建物に移すことができるという。この制度を利用して、JR東日本は自社の空中権を周辺の超高層ビル会社に売却することで費用を調達したそうです。
 東京では規制緩和により、容積率が大幅に増加しました。丸ノ内ではかつては31メートルで10階建のビルしか建っていませんでしたが、現在では軒並み高層ビルに建て替えられています。そして、こうした規制緩和のお陰でJR東日本では労せずして500億円を調達して東京駅の建て替えができたのです。また、周辺のビルも容積率が緩和されたおかげで床面積が倍増しています。このため、東京のビジネス街に勤務する人口は増え、都心は活力に満ちています。
 しかし、この東京への投資は本来地方でされるべき投資だったのです。インフラ整備が地方では止まってしまったため、地方での民間投資が進まなくなってしまいました。一方、東京は規制緩和により床面積が増加しました。地方で本社を建て替えようとしていた企業は、インフラ整備の進まない地元より便利な東京に進出すことを選んだのです。この様に規制緩和が地方から投資と雇用を奪ったのです。そして東京一極集中が、結局は日本の経済をデフレ化させたのは上述の通りです。東京と地方のインフラ整備の差がこの20年であまりにも拡大したことと、東京での規制緩和が地方から人も金も吸い取ってしまい、日本全体を壊滅に向かわせているのです。

今こそ、国策としての国土整備計画が必要

 こうした状況を踏まえた上で今すべきことは、地方で暮らすためのインフラ整備を緊急で行うことです。私が提唱している北陸新幹線の小浜から舞鶴・京都・大阪・関空という新幹線ネットワークを始め、全国でのインフラ整備を10年内で完成させるという計画を作ることが重要です。かつて東海道新幹線や山陽新幹線は着工から5年で完成しています。経済力では現代よりはるかに劣っていた時代であるにも関わらず、国策として政府が位置づけたからできたのです。
 また、隣の中国では、国の高速道路の総延長は、2013年末の時点で約104,500kmです。近年は、年平均で約6,000km以上の高速道路が建設されています。因みに日本の高速道路の総延長は9,165㎞であっという間に日本の10倍もの高速道路網を完成させているのです。これも国策として中国政府が取り組んでいるからできたのです。

お金はあるのに財政出動できない

山陰近畿自動車道早期実現促進大会にて国会議員代表の挨拶をいたしました

 バブル以降、公共投資が激減したため高速道路や新幹線が10年内で完成すると誰も思わなくなっています。この考えが地方を崩壊させています。国策として政府が資金投入すれば、10年内で完成できるのです。そして、それが実現すると分かれば、民間投資は必ず増えます。10年内で完成するなら、それに合わせて多くの企業が首都圏以外に工場移転なども考えるでしょう。
 ところが、完成までに20年もかかる様なら民間投資には何の効果もありません。そもそも、20年経てば地方はもう消滅しています。完成した時には利用する人がいないでは、全くの無駄になります。公共投資は10年内で完成させてこそ意味があるのです。
 バブル以降の公共投資不要論が地方を破壊し、経済をデフレ化しました。それが財政まで悪化させ、財政再建を口実に更なる公共投資の削減を繰り返すという悪循環に陥っています。このジレンマに陥った原因は、赤字国債と建設国債を同じ扱いにしているPB(プライマリーバランス)黒字化論にあります。

PB(プライマリーバランス)黒字化論の誤り

 PB黒字化論とは、その年の予算はその年の税金で賄うべきだという考えです。確かに、月給以上の生活をすれば借金ばかり増えて破産してしまいます。福祉の給付のための費用は赤字国債でなく保険料か税金で賄うべきです。そのために税と社会保障の一体改革が行われています。しかし、家を修繕したり建て直したりといった支出を月給の範囲内でやっていたらいつまで経っても修繕できないばかりか、できた時には死んでいるという事態になります。普通はそんな馬鹿なことをせずに住宅ローンを利用して早期に修繕し、その後月給で返済するという手法をとるのです。
 つまりPB黒字化論は、生活費と家の修繕を一緒にして、とにかく借金はするなと言っているのと同じです。この理論はもともと民主党時代に経済があまりに悪化してしまったために財務省が持ち出した理屈です。民主党時代に事業仕分けをやり過ぎ、日本をデフレのドン底に落とした結果、税収は益々減り、国債ばかりが増え、財政は悪化しました。まさにパニックに陥った挙げ句の果ての出鱈目理論です。

アベノミクスの原点に返れ

 このデフレ政策からの脱却を訴えたのがアベノミクスです。金融緩和と財政出動、そして民間投資の相乗効果で経済を成長路線に導くというのがその主旨です。確かに金融緩和で円安誘導され、輸出企業を中心に業績回復してきました。株価も回復してきました。しかし、地方の崩壊と東京一極集中には未だ歯止めがかからず、経済のデフレ化も止まっていません。今こそアベノミクスの原点に返り、きちんとした財政出動をすべきなのです。

瓦の独り言
-京都vs金沢-


羅生門の瓦

 2015年3月14日に北陸新幹線が開業して、金沢が脚光を浴びています。瓦も所要があって昨年の秋に金沢駅に降り立ちました。JRの金沢駅が非常に素晴らしく、駅ナカの美術館といわれ、構内の随所に伝統工芸品がちりばめられています。金沢の伝統工芸オールスターの展示です。
 金沢は小京都と呼ばれた時期もありますが、今や何のその。地理、風土、文化などが非常に京都とよく似ています。京都に鴨川が流れその周辺に文化ゾーンがあれば、金沢には犀川が流れています。錦市場と近江町市場、京の五花街とひがし茶屋街の花街。金沢卯辰山工芸工房と京都伝統産業ふれあい館。京友禅と加賀友禅。京焼・清水焼と九谷焼。さらにその近くに楽焼と大樋焼まであります。京都が誇る伝統工芸品74品目。友禅、象嵌、表具、仏壇、縫・・・それらに全て「京」の冠をつけていますが、金沢の伝統工芸品と重なってきます。しかしながら作風はおのずから異なっており、金沢は加賀前田藩を原点としていますが、京都は平安京の官営公房がルーツとなっています。(これは瓦の独断) 金沢が武士の文化といっていますが、京都は公家の文化です。でも、京都は日本の伝統工芸の源であり、伝統工芸の職人さんたちもプライドを持っています。
 しかし、あの金沢駅と京都駅を比べたとき、ぶっきらぼうな(?)京都駅が北陸新幹線京都まで延長時に自他ともに称賛される駅舎になれるでしょうか? と瓦は自問していますし、金沢駅を観られた方は同じ思いをされるのではないでしょうか? ましてや駅舎が新高岡駅のように在来線と離れてしまうようなことが・・・(東海道新幹線の新大阪駅は失敗では、本来は梅田の大阪駅に接続されるべきだったのでは・・・)
 でも後ろ向きなことは考えないで、我々が誇る西田昌司参議院議員の北陸新幹線のルートに夢を乗せましょう。関西国際空港に降り立ったインバウンドのお客様を京都から舞鶴へ、そして金沢へお連れして、日本の良さを思う存分味わってもらいましょう。これが瓦の初夢です。
(今回の瓦の独り言は多分に独断と偏見が入っていることを、お許しください。)

showyou

第84号

2015年10月15日発行

安保の次は経済再生!

参議院議員西田昌司

新幹線ネットワークでメガリージョン創生を!!
安保法制が成立

藤井聡 内閣参与と共に、安倍総理に10兆円規模の補正予算の申し入れに官邸を訪問しました

 第189通常国会で、安保法制がようやく整備されました。これにより日米同盟は強化され、他国が日本に攻撃することを抑止する力は格段に増加しました。野党は、アメリカの戦争に日本が巻き込まれると主張していますが、そもそも、アメリカに先制攻撃をする国など今の時代考えられません。また9.11テロなどのアメリカへのテロ攻撃に対する報復に日本が参加する事はありませんし、できません。なぜならそれは日本に対する攻撃ではないからです。いずれにしても、これからこの法制の具体的な適用のあり方については、運用規定が整備され、国会での今後の議論の中で明らかになるでしょう。
 かつて60年安保の改定の時には、国会の周りのデモ隊が総理官邸に突入し、死亡者まで出るという事態が生じました。今回の法整備をこの時と対比してみると随分違いがあります。あの当時は、戦後15年目、独立後8年目でまだまだ戦争の余韻が残っていた時代です。そのため、安保改定に反対する意見も、文字通り反戦平和、非武装中立と言うかつての社会党のような考え方の人もたくさんいました。また、そもそも独立国であるにも拘らずアメリカ軍が駐留していることに対して反対だという意見もありました。
 しかし、過去を見つめ直してみると、反戦平和は良いとしても、非武装中立で国が守れるはずがないのは今や常識であり、それを主張する政党は国会には存在しません。また、アメリカ軍の駐留も、日米地位協定を見直す必要はありますが、それに伴う防衛力の強化は必要です。
 憲法学者の違憲発言のため国民が混乱し、この法制に対する理解が未だ十分でないのも事実でしょう。しかし、その一方で、自国を守るためのこうした法整備が必要であると感じている国民が7割近くもいると新聞の世論調査にもあります。まさにここに国民の本音があるのです。

GHQの命令で占領中に憲法と自衛隊が作られた

 安保法制の理解を広げるためにも、憲法が作られた経緯を国民にきちんと説明しておく必要があります。その1つは、昭和21年にGHQが憲法を作り与えた時、彼らは日本の完全なる武装解除を目的としていたという事実。その2は、昭和25年に自衛隊が作られたのは、朝鮮戦争の勃発によりGHQが占領方針を180度転換し再軍備を命令したからであると言う事実。つまり9条があるにもかかわらず自衛隊があると言う根本矛盾は、GHQの占領政策が変更されたために生じたという事実をきちんと国民が知らない限り、安保法制の理解は進みません。
 残念ながら、今回の安保法制の審議の中でも、9条と自衛隊の矛盾の原因がGHQの占領政策の変更の為であると言うことを誰も指摘しませんでした。またこの事実を、現在も学校教育の中で子供たちにきちんと教えていません。今後も歴史の事実を国民に丁寧に説明していくことが必要です。

岸から池田へ 安保から経済再生へ

 安倍総理は祖父の岸総理とよく対比されます。岸総理が行った安保改正も、当時は国民の反発を招きましたが、結果的には日本の安全保障に寄与し、その後の日本繁栄の土台を作ったと現代では評価されています。今回の安保法制も後世必ずや国民の理解と評価を得るもの安倍総理も確信されているでしょう
 ところで、岸総理は国民の反発を招き死亡者まで出た騒動の責任を取って辞任され、その後任に池田総理が就任されました。池田総理は岸総理の安保改正最優先から経済再生を最優先に舵を切り、所得倍増方針を掲げて後の高度経済成長の土台を作りました。安保で国を安定させ次は国民生活を豊かにする、こうした政策順位の変更は学ぶべきところがあります。
 安倍総理は、対立候補がない中、自民党総裁に再選されました。当然、政権も継続するのですが、先人にならい、政策の優先順位は安保から経済再生に変更する必要があります。安倍政権は強権的だと言うイメージを払拭するためにも、ここは経済再生を最優先に舵を切るべきです。

中国の景気後退とVWショック

参議院本会議にて安全保障関連法案に賛成票を投じる

 こうした中、世界経済を牽引してきた中国経済がここへ来てバブルである可能性が高まってきました。急激な景気拡大や市場を無視した生産拡大のツケが一気に回ってきているようです。また天津での工場爆発などは、その原因が未だ不透明であり、政権内部の権力抗争と言う見方も出ています。こうした中国経済の不安定要素が世界経済を後退局面に追いやっています
 またEUの牽引役だったドイツにもフォルクスワーゲンショック(VW)が大きな影を落としています。今年はトヨタを抜いて世界一の自動車生産メーカーに踊りでたVWですが、アメリカの環境保護局の調査により、ディーゼル車の排ガス規制を不正なソフトで擦り抜けていたと言う信じられない事実が発覚しました。何故このような不正に手を染めたのか、実態解明はこれからですが、少なくとも数兆円規模の損害が発生するのは確実です。VWの屋台骨を揺るがすのみならず、関連するドイツの自動車業界は勿論のこと、EU全体にも大きな影響を与える事は必至です。

今こそ内需の拡大が重要

 以上のように世界経済全体に暗雲が立ち込めています。輸出関連企業にとっては大変大きなマイナス要素です。しかし、幸いなことに日本の輸出依存度はGDPの10%少々に過ぎません。世界でも稀に見る内需依存国家なのです。逆に言うと内需が低迷してきたことが日本経済デフレ化の原因だったのです。
 内需うちで最大のものは個人消費であり、GDPの6割近くを占めます。これが低迷していた原因は、給与が低迷してきたからです。安倍内閣では春闘において政府自らが給与のベースアップを経団連に要求するなど、国民所得の増加を目指しています。特に内部留保が300兆円にものぼる上場企業の利益の社会還元は、デフレ脱却の上においても焦眉の急です。そのためには、企業が自ら進んで国内で積極的に投資を行い雇用を増やす環境を作ることが重要です。

安倍総理への提言

 こうした思いから、9月の半ばに安倍総理の下へ内閣参与をされている藤井聡京都大学教授と共に、経済再生を最優先にする必要性を提言して参りました。総理も小一時間耳を傾けて下さり、我々の提言に概ねご理解をいただきました。その内容は、10兆円規模の補正予算の必要性とこれを一過性のものとする事なく、長期的な投資計画の必要性を説くものです。
 地方創生が安倍内閣の重要政策課題であるのは周知の通りです。しかし、地方から首都圏への人口流入に歯止めがかかりません。これでは東京が栄え、地方は疲弊する一方です。ところが、その東京も出生率が極端に低いため、長期的には人口の超高齢化が起こり、首都圏では介護が受けられない人、いわゆる介護難民が増加することが予想されています。また首都圏での人口移動と出生率低下は日本の人口減少を加速させてしまいます。つまり、首都圏への人口流入は長期的には日本全体の疲弊に繋がるということです。
 こうした事を踏まえ、地方創生と少子高齢化の歯止め、東京への人口流入の規制は一体として行う必要があり、その結果が経済の再生に直結すると言うことを総理に提言をしてきたのです。その具体策が、新幹線ネットワークによるメガリージョン構想です。

新幹線ネットワークによるメガリージョン構想

自民党本部にて「新幹線ネットワークによる近畿メガリージョン構想」についての記者会見を行いました

 地方創生と東京一極集中の排除、さらには消費増税を控え経済再生が必要にも関わらず世界経済が減速していると言う事実、こうした問題をすべて解決してくれるのが、新幹線ネットワークによるメガリージョン構想なのです。
 その概要は中央リニア新幹線を現在の東京名古屋間だけでなく大阪まで同時開業させる。それにより東京圏と名古屋圏と関西圏を1時間程度で繋ぎ、首都圏の経済集中を解消させる。更に北陸新幹線を関空まで繋ぎ、近畿縦貫新幹線とする。これにより近畿の日本海側から太平洋側への南北アクセスが格段に向上し近畿は一体化する。この結果、東京から関西までが巨大な経済地域として一体として発展することが可能になる。正にメガリージョン(広域経済圏)が誕生することになるのです。
 どの地域からも1時間で東京に行けるわけですから、企業はもはや東京に進出する必要がなくなります。住環境の優れた地元で人材を採用すれば、子育ても楽になり少子化も解消します。また新幹線ネットワークが完成すれば、かつての過疎地域も観光地として復活します。そうすれば、民間企業の投資が進み、内需が増え、雇用を生み、給与が増え、個人投資が増え・・・と、雪だるま式にGDPは拡大するでしょう。

舞鶴から関空まで繋ぐ近畿縦貫新幹線

 私は、この北陸新幹線を小浜から舞鶴を経由して京都駅さらには天王寺から関空まで繋ぐ近畿縦貫新幹線にすべきだと主張しています。
 私が舞鶴を経由することを主張している理由は、若狭や丹後地域が東京へのアクセスに6時間もかかる、日本で最も不便な地域の一つだからです。地方創生をするなら最も不便な地域から始めるべきだと言うことです。一方でこれらの地域には、海上自衛隊や第8管区海上保安本部という海の守りの最重要施設が有ります。原子力発電所もこの地域に集中しています。国家にとって最重要施設が集中している地域をしっかり守ると言うのは国家の責務です。さらに水産資源や観光資源にも恵まれた地域です。
 特に観光はこれから成長が最も期待できる産業です。日本三景のひとつである天橋立を始め、温泉や海の幸など観光資源には事欠きません。唯一の難点が東京へのアクセスの悪さだったのです。北陸新幹線がここを通ればこうした問題は一挙に解決します。更に舞鶴から豊岡、鳥取米子から下関へと将来の日本海新幹線への一歩に成ります。
 概して山陰地方は過疎地ですが、かつては日本の文化の中心であった地域で、歴史的遺産にも恵まれています。寂れたのは交通事情の悪さからですが、新幹線ができれば一挙に発展が期待できます。

関空に繋げば近畿は世界と直結

 また、北陸新幹線を関西空港に繋げば京阪神地域から関空までの時間は30分程度になり、交通アクセスは格段に高まります。近畿全域が海外に直結することになり、その経済効果は計り知れません。
 関空から和歌山を通り紀淡海峡を渡れば淡路島、そこから四国を横断し佐多岬から九州熊本に至る四国新幹線も将来の視野にはいります。紀淡海峡の一部を堤防で繋げば、南海大地震の際に予想される大津波を防ぐことも可能となり、大阪湾沿岸地域の防災上も非常に大きな効果を発揮するでしょう。

新幹線ネットワークに財政出動をすべき

 以上のように新幹線ネットワークが誕生すれば、巨大な民間投資を呼び込む事は間違いありません。それにより内需が拡大し、経済は長期的な成長路線に戻るのです。そのために必要なのは、政府による財政支援です。
 中央リニア新幹線はJR東海が全額負担で建設をすると言っていますが、東京大阪間で10兆円近い建設費がかかります。民間事業者であるJR東海の経営体力の問題から東京名古屋間を先行開業して、その後名古屋大阪間に着手する予定です。しかしこれでは名古屋までの開業が2027年、大阪は2045年になります。あまりにも時間がかかりすぎです。
 東海道新幹線は着工から5年で完成しています。東京オリンピックまでに開業させるという強い意思と、日本の戦後復興のシンボルにする国家事業だからできたのです。しかし当時はその建設費を国内で調達できず、世界銀行から借り入れをして行ったのです。
 それに引き換え現代では、日銀当座預金残高が330兆円にも達しており、投資や融資に使われていない巨額の資金が眠っているのです。政府がこの資金を使い、国家事業として政府が行えば短期間で東京大阪までの開業は可能です。また北陸新幹線は3兆円位の事業費と言われています。これも公共事業費の枠組みを増やせば短期間で建設が可能です。
 10兆円そこそこの政府の支出で10年内に新幹線ネットワークが完成します。東京名古屋関西が一体となるメガリージョンが完成すれば、その何倍もの経済投資効果が生まれます。これこそがアベノミクス第2章の幕開けとなるのです。

樋のひと雫

羅生門の樋

 現在、南米では、ベネズエラとコロンビアの動向に注目が集まっています。ベネズエラのマドゥーロ大統領が、突如として国境付近に住むコロンビア国籍の住民を追放し、国境を封鎖してしまいました。その理由は、ベネズエラのガソリンや生活物資を密輸出していると云うものです。中南米ではブラジルを除き、多少の方言はあってもスペイン語一つで用が足ります。そして、国境はあっても事実上は機能していません。国境付近の村々では人々は自由に往来し、日用品や食料品を買い求めに行きます。通貨さえ、普通に流通しています。
 私もペルーでの仕事を終えると、エクアドルにコーヒを飲みに行ったものです。その際にも検問所で止められることはありませんでした。人々は、エクアドルに午前中に買い出しに行きます。多くの村人には、それが普通のことであり、日常の風景です。
 ベネズエラの国境封鎖と住民追放は、国内の経済政策の失敗が引き起こしたインフレと日用品の品薄から来る国民の不満を、「コロンビア人による密輸出」に理由を求めたにしか過ぎません。誰が見ても明らかな、この単純な仕掛けは、彼を支持する多くの民衆によって「正当性」を与えられています。大体、国境付近の住民による買い出しぐらいで、食料品やガソリンが底を尽くという話自体が滑稽であり、それを口実にすること自体が、大統領の政治力の無さと知能の低さを疑わせるに十分です。
 ベネズエラのチャベス前大統領は、極端なポピュリズム政治を行い、貧困層の支持を得るために金をばら撒きました。これには多くの大衆が熱狂し、彼が行う経済や外交政策に反対する者は、大衆自身の手によって封殺されもしました。また、彼はボリバル主義を唱え、キューバ、エクアドル、アルゼンチンやボリビアと云った反米左派政権のパトロンとして、膨大な資金援助を行ってきました。彼の亡き後は側近であった現大統領が同じ政策を取り続けています。
 しかし、世界の経済動向を無視したこのばら撒き政策も破綻を来します。原油価格の下落は、地下資源依存の国家経営を直撃し、日用品や食料品の価格さえ高騰しています。石油施設を国有化し、オイルマネーを国庫に入れ、これを元に産業を興すべきところを、目先の権力維持に使ったチャベスの罪でもあります。ベネズエラは日用品すら輸入に頼っています。産業を興し国民を飢餓や貧困から救い、生活を安定させるはずの石油資本の国有化は、いつしか政権維持の為の原資になってしまいました。しかし、これを認め、多選のための憲法改革を支持したのも民衆でした。世界一位の石油埋蔵量を誇るベネズエラの悲劇がここにあります。
 ポピュリズムの政治は、国家百年の計よりは目先の利益を追求します。耳に心地よい言葉は民衆を惑わし、そして時として、大衆の声は目先の利に左右され、思わぬ暴挙も生み出します。永い目を持ち、少しの冷静な判断があれば、国を守り国民の安寧を守る方法などは、その大筋では大きな違いなど無いはずです。今国会で見られたような、国と国民を守る具体論無き、為にする違憲論争などは、「日本型ポピュリズム」の象徴かも知れません。

showyou

第83号

2015年07月10日発行

平和安全法制の整備のために

参議院議員西田昌司

何故、憲法学者は違憲と言うのか

テレビ朝日『ビートたけしのTVタックル~カジノは日本を救う?滅ぼす?~』に出演しました

 平和安全法制の審議をしている最中、衆議院の憲法審査会で自民党が参考人として招致した学者が、平和安全法制は、憲法違反だと主張しました。
 集団的自衛権を認める平和安全法制は憲法違反であり、やるならまず憲法改正をすべきだと言うのが、彼らの主張です。憲法は集団的自衛権を認めておらず、憲法が認めていないことを法制することは立憲主義に反すると言うのです。なるほど憲法には次のように書かれています。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 しかし、そもそもこの条文からは集団的自衛権はおろか、個別の自衛権すら認められているようには見えません。ましてや、自衛隊など認められるはずもありません。事実、昭和21年の日本国憲法制定時、「日本国憲法は、自衛権を否定するのか」との共産党からの質問に、吉田総理は、「戦争放棄に関する規定は、直接には自衛権を否定していないが、第9 条第2 項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、交戦権も放棄したものであります。」(昭和21 年6 月26 日)と答えています。
 つまり、憲法制定時には、自衛権すら我国は否定してきたのです。それなのになぜ自衛隊が存在するのか。このことを疑問に感じていた人も多いはずです。私もその一人でしたが、この根本的な矛盾についてもう一度考えてみたいと思います。

自衛隊ができた経緯

 憲法制定時には、自衛権も放棄したと国会で答弁していた吉田総理でしたが、昭和25年1月、日本の独立を見越して「独立を回復した以上は自衛権は存する。武力なしといえども自衛権はある」と自衛権の存在を一転して認めることになります。さらに同年6月、北朝鮮が韓国に38度線を越えて侵攻したことにより、朝鮮戦争が勃発します。日本に駐留していた米軍が北朝鮮に出撃したことにより、日本の防衛は空洞化してしまいます。そこでGHQは日本に再軍備を要請することになります。
 日本は当時まだ占領中ですから、GHQの命令は絶対です。 しかし、ついこの前までは自衛権すらないと明言し武力放棄を宣言していたため、さすがに軍隊を持つと言うわけにはいきません。そこで苦肉の策として軍隊ではなく警察予備隊として自衛隊が発足したのです。

憲法と自衛隊の矛盾はGHQの政策変更が原因

 矛盾があるのは、GHQの占領政策が占領前期と後期では180度転換したためだったのです。
 占領前期は、日本を完全に軍事的に解体し無力化することと、アメリカに弓を引いた政府の責任者を戦争犯罪人として処刑し、日本を懲らしめることを目的としていました。東京裁判での戦犯処刑の他にもたくさんの懲らしめが有ったのです。これは最近私も知ったのですが、昭和21年から28年まで政府の予算に終戦処理費が計上されています。これはGHQの駐留経費に使われていたものです。昭和21年と22年は予算のうちの3割以上を23年は2割以上を終戦処理費が占めていました。戦争中よりも敗戦後の方が生活が苦しかったとよく言われますが、予算を国民のためではなくGHQのために使っていたのですから当然です。まさに日本はGHQに懲らしめられていたのです。
 ところが、昭和25年以降はアメリカの占領政策は懲らしめから保護援助に一転します。その背景にあったのが朝鮮戦争に象徴される東西冷戦の激化です。かつてのナチスと日本の支配地で次々と共産主義国が成立し、アメリカは強い危機感を抱き、世界中でこれ以上共産主義勢力を増やさないためにも、日本をアジアにおける反共の砦として保護し援助する必要があったのです。GHQの占領政策の変更と朝鮮戦争の特需を契機として、日本の経済はようやく復興へ向かうことになったのです。

安保条約の成立の経緯

地方・消費者問題に関する特別委員長として、本会議にて委員長報告をいたしました

 アメリカの占領政策の変更を、吉田総理は日本の独立のチャンスだと考えていました。東西冷戦が激しさを増す中、ソビエトをも含めた全面講和は事実上不可能と考え、アメリカを始めとする西側諸国との単独講和を選択したのです。しかし、独立するとなると占領軍は撤退をし、自分の国は自分で守ることが必要となります。残念ながら、当時の日本は復興が緒に着いたばかりで、自主防衛の負担には耐えられないと吉田総理は考えていました。また、アメリカも東西冷戦が激化する中、日本に米軍基地を保有することは軍事的にも有利だと考えていました。
 こうした思惑の一致から、占領が終わったにも拘わらず米軍が日本に引き続き駐留することを認めた日米安全保障条約が成立するのです。当初は日本の希望で米軍が駐留すると言う片務的な条約でした。しかし、昭和30年の改正で日本が基地を提供しアメリカが日本の安全に寄与すると言う双務的な体裁に変えられ今日に至っています。
以上のように憲法と自衛隊の矛盾はGHQの占領政策の変更が原因なのです。

立憲主義を主張する学者の根本的矛盾

 では、この根本的矛盾を憲法学者達はどのように説明しているのでしょう。彼らは、独立国である以上自然権として自衛権はあるといいます。自然権として、とは生まれながらにしてという意味ですが、独立国として当然の権利だというのです。これは政府の見解と同じですが、ここに私は無理が有ると思っています。
 といいますのも、先に述べたように、そもそも憲法制定時に吉田総理が自衛権も放棄するという旨を国会で答弁しているのです。憲法制定時に自衛権を放棄すると明言したものが、その後自然権として自衛権はあると言うのは明らかに矛盾するものです。立憲主義を主張するなら、この時点で憲法を変更しなければならなかったはずです。再軍備と言う重大な憲法違反事象について、立憲主義者たちは自然権と言う言葉を持ち出して事実上解釈変更を認めているのです。
 にも拘わらず、自然権としての自衛権を個別的と集団的に区分して、個別的自衛権は認められるが集団的自衛権は認められないと言うのは、まさに机上の空論と言うほかありません。再軍備と言う根本矛盾に目をつむって、自衛権を個別的、集団的に区分して個別的は合憲だが集団的は違憲だという議論は滑稽ですらあります。

政府の誤り

 残念ながら、そうした解釈を実は政府自身もしてきたのです。平和安全法制の制定は自然権としての自衛権を行使できるための法制備ですから、独立国である以上当然のことです。本来、日本が主権を回復した時点で、こうした法整備はしておくべきだったのです。
 しかし、法整備をするためには憲法の抱える根本矛盾を理解しておかねばなりません。つまり憲法は占領を前提として作られたいわば占領基本法であり、その制定過程も含め独立国としての憲法たり得ないということです。ところが、それを国民に説明していないばかりか、いまだに学校の現場では、我々は戦争を反省し戦争を放棄したのだ、平和国家として生まれ変わったのだと教えているのです。これでは国民が平和法制の必要性を理解できないのも当然です。

自衛隊の発足により事実上占領基本法たる憲法は廃棄されていた

西田昌司国政報告会2015を開催いたしました。多くの皆様にご来場いただき、誠にありがとうございました

 一方で、占領終盤になって独立国である以上自衛権は存するという吉田総理の発言は、占領基本法たる憲法を廃棄するという宣言とも受け取れます。事実、再軍備をし、サンフランシスコ講和条約が発効したのですから、この時点で占領基本法たる憲法は事実上無効になったとも解釈できます。問題はその無効宣言を発していなかったことです。独立を回復した時点の国会で占領基本法たる憲法の無効宣言をすれば、元の明治憲法が蘇ります。そして、明治憲法が軍部の独走を許したことを踏まえて不備な点を改正すべきだったのです。正に、大東亜戦争に至る国の歴史そのものを日本人自らが見つめ反省すべきであったのです。

国民が占領時代の事実を知ることが全ての始まり

 しかし、無効宣言をするには、国民が憲法制定の経緯やその目的など、GHQが占領時代に行ってきた事実を知らねばなりません。国民の理解を得るためには国会における議論が必要なのです。残念ながら、この総括をしてこなかった結果、逆にGHQが占領時代に行ってきた政策が正当化されて国民に伝えられているのです。これでは日本は永久に占領政策から脱却できませんし、真の独立を果たすことなど不可能です。

野党は何時から自衛隊を合憲とみなしたのか

 平和安全法制を違憲だと言う野党もさすがに自衛隊は合憲と見ているようです。もっとも、再軍備をしたときには社会党など当時の野党は、自衛隊は憲法違反だとその存在を終始認めない立場でいました。そのため各地域で行われた成人式の式典に自衛官が参加しようとすれば、それをボイコットするなど自衛官を侮辱する卑劣な行為が行われていました。ところが、平成6年に村山内閣が発足し社会党の委員長が総理大臣になると、さすがに彼らも自衛隊を合憲と認めざるを得なくなりました。独立国の総理大臣になれば、自衛権を認めないわけにはいかないのは当然です。これを契機に自衛隊は野党も、また、その周辺の学者も合憲と判断する様になったのです。
 現実の政治の前では、憲法よりも自然権としての自衛権の方が優先するという結果になったわけです。それなら、野党が自衛隊を違憲としてきた過去を反省して総括をすべきだったのです。国民にも日本国憲法の問題点を理解する良い機会であったはずなのです。しかし、ここでもまた日本国憲法の欺瞞性が議論される事はありませんでした。

平和安全法制は独立国なら当たり前

 自分の国は自分で守る。そのためには時として友好国と協力し合うことも必要である。これは独立国ならどの国にも当てはまる当たり前の話です。しかし、具体的にどのケースがこうしたことに当てはまるかは、ケースバイケースで判断すると言うのが現実でしょう。それを重箱の隅をつつくような議論をしてもほとんど意味はありません。
 むしろ議論をすべきは、いろいろな事態を想定して議論をしておいても、その想定を超える事態が生じることが現実の世界ではままあると言うことです。その様な想定を超えた非常事態に対処するのが政治の責務です。独立国が有する自然権としての自衛権を行使するには、まさにこうした事態に対応できる法制度を持っておかねばなりません。今回の平和安全法制の整備は、正にその第一歩になるものです。独立国ならどこの国でも整備しているものです。

戦後の総括こそ必要

 平和安全法制の整備は独立国として当然のことですが、それを国民に理解してもらうには、日本国憲法がその制定過程においてもまた内容においても、独立国の憲法としては不適格だと言うことを国民にしっかりと伝えなければなりません。このことを国民に伝えずして、立法化は難しいでしょう。また、たとえ立法化できても、日本国憲法の根本的矛盾を国民が理解しない限り、真の独立国になる事はできません。平和安全法制の整備が真の独立国になるためのものだからこそ、憲法の制定を始めとする占領時代にGHQが行ってきたことを国民の前で総括をしておく必要があるのです。

瓦の独り言
-舞妓さんは頭の先から爪先まで伝統工芸品-


羅生門の瓦

 京都岡崎の赤い大きな鳥居の近くに、京都の伝統工芸品の粋が観られるところがあります。それが「京都伝統産業ふれあい館」、「知る人ぞ知る」伝統工芸品のミュージアムです。
 794年に平安京が建設され都として栄えた京都は、日本の政治、文化、産業の中心地として発展してきました。数々の工芸品は、こうした歴史的背景のもと、町衆の暮らしの中で大切に育てられたいにしえの心と共に生み出されてきており、「京都伝統産業ふれあい館」は今なお受け継がれ、京の町に息づいている美と技の世界をより多くの人々に感じていただくための、伝統産業と文化と人との出会いの場を提供しています。
 館内では伝統工芸品74品目ひとつひとつにスポットをあて、約500点を展示していますが、日曜日(4月から第三日曜日のみ)になると舞妓さんの「おどり」が観られます。舞妓さんの衣装は頭の簪から、爪先の足袋まで京都の伝統工芸品をまとっておられます。「おどり」も大事ですが「御衣裳」の解説を聴いていただくことにも重点をおいています。特に「花かんざし」「京足袋」を作っている業者さんは京都市内で1軒だけになってしまっています。この業者さんが、廃業すれば京都の伝統文化である「舞妓」さんが存続できなくなってしまいます。このような危機感をもって舞妓さんの「おどり」を観ていただくと、また京都の伝統文化に関する異なった視かたが出来るのではないでしょうか?
 なぜ、こんな文章を瓦が書いているのか、いぶかる方がおられると思います。実はこの舞妓舞台の解説をしているのが瓦自身に他ならないのです。是非、舞妓舞台を見ていただいて、西田昌司先生も憂いておられる「京都の伝統産業」の在り方を考えていただければ幸いです。

*京都伝統産業ふれあい館の開館時間 午前9時~午後5時
*入場料 無料(なななんと、舞妓舞台も無料です)
*連絡先〒606-8343 京都市左京区岡崎成勝寺町9番地1「みやこめっせ」地下1階
*☎075-762-2670
*交通アクセス
・地下鉄「東西線」「東山駅」から徒歩8分
・市バス「岡崎公園 ロームシアター京都・みやこめっせ前
*舞妓舞台 毎月第3日曜日 (14:00~15:00)3回 

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第82号

2015年04月20日発行

大阪都構想が近畿を潰す

参議院議員西田昌司

大阪都構想は大阪市の解体

府連会長として公認候補者を連日激励訪問いたしました

 隣の大阪では橋下市長が松井知事と大阪都構想を掲げ、来る5月17日に住民投票を行います。しかし、大阪都構想とはいうものの「大阪都」にはなれません。名称は大阪府のままで、大阪市が5つの特別区に解体されるだけです。大阪都構想は、大阪市解体構想と呼ぶ方が正しいでしょう。
 5つの特別区にはかつての大阪市のような権限はもちろんありません。東京の特別区の権限は、政令市はもちろん中核市や一般の市よりも権限は大幅に制限され、世田谷区の様に市になることを望んでいる特別区もあります。大阪都構想においても、特別区は政令市の大阪市より権限も財源も小さくなるという事実を先ず知ってください。失った権限と財源は、大阪都ならぬ大阪府に吸い上げられることになります。これは東京都の23区も同じことです。つまり、特別区の自治権は大幅に制限されるということです。
 普通に考えれば、大阪市民にとっては何のメリットもないように思えます。政令市である大阪市は、府県並みの自治権を付与されています。大阪都構想は、それを大阪府に返上し、政令市より格段に権限の少ない特別区に再編するということです。
大阪市民にとっては大阪市の権限が大阪府に召し上げられるだけで何らメリットがないものであるにも関わらず、アンケートによれば賛否が拮抗しているのは、多くの大阪市民にこうした事実が伝わっていないことに原因があります。
 そして、それを助長するのが都構想という名前です。大阪も都に成れば東京都の様に発展するというのは、全くの事実誤認です。また、大阪都構想という名前こそ、そうした誤解を誘導するためのものと言っても良いでしょう。

東京の特別区は戦時体制が生んだもの

 東京都もかつては東京府と呼ばれ、その中核には東京市がありました。それが昭和18年に東京市が23の特別区に解体され、その権限は東京府に移管され東京都となったのです。23の特別区の権限は、東京市時代より格段に制限されることになりました。かつて東京市が持っていた権限は、東京都が吸い上げることになったのです。
 昭和18年と言うと大東亜戦争の真っ只中です。このことからも分かるようにその目的は戦時体制の強化です。当時は東京都長官と呼ばれていたのですが、官選による知事が置かれ、自治権は大幅に制限されることになったのです。終戦後は、都知事はもちろん公選で選ばれています。
 しかし、依然として特別区の権限は、一般の市より格段に落ちる権限しか与えられていません。そのため、特別区の自治権を他の市並に回復させるよう主張する区長もいます。その意味では、東京の特別区は戦時体制の名残りとも言えます。

大阪市の分割ではなく、集積をはかれ

 大阪都構想の原点に有るのは、都政と府政のシステムの違いにより、東京は発展し、大阪は衰退したという考え方でしょう。また、大阪市民の中にもそのように考えている人もいるようです。しかし、それは全くの誤解です。
 事実、大阪市は昭和40年代ぐらいまでは、西日本の経済の中心でもあり、東京に引けを取らない大都市でした。それが東京に大きく水を開けられたのは、東京が都であるのに対して、大阪が府であったからではありません。その原因は、東京では昭和39年の東京オリンピックを契機に急速に都市基盤整備が進んだからです。一方、大阪も昭和45年に万国博覧会が開催されるなど、西日本の中心として発展をしてきました。しかし、万博の会場が吹田市であったように、核になる大阪市の行政区域が小さすぎたのです。
 因みに、大阪市の人口は平成27年3月の推計値で268万人、面積は233㎢で人口は大阪府全体の約3割で面積は約1割です。対する東京は人口915万人、面積は622㎢で人口は東京都全体の七割で面積は3割です。人口も面積も大阪市は東京23区の1/3程度しかないのです。都市としての集積不足が大阪市の最大の欠点であるのです。そのため、大学も大阪市内には少なく、阪大も豊中や箕面にあります。
 従って、大阪都構想よりむしろ、大大阪市構想つまり、堺や吹田や豊中や東大阪などの市町村を合併して、政令市としての大大阪市を目指す方が理にかなっているのです。
 当初の大阪都構想もこうした観点から、周辺の都市を巻き込んだもので特別区を20区にし、人口面積とも格段に集積が進んだものであったようです。
 ところが、肝心の堺市が大阪都構想に反旗を翻したため、実現不能になったのです。その理由は、折角政令市になったのに権限が政令市より少ない特別区になることを拒んだためでした。これは、堺市民にとってはもっともなことでしょう。
 堺市が大阪都構想に参加しなくなったため、大阪都構想は当初とは全く違うものになってしまいました。周辺の都市を集めて集積を高めることができず、単に大阪市を5分割するだけのことになってしまったのです。

大阪市の分割で大阪は衰退する

京都府商工会連盟政経セミナーにて「京都の地域創生」をテーマに講演をいたしました

 この結果、大阪都構想は都市の集積ではなく分割だけを行うことになったのです。大阪市は政令市として、府県並の権限と予算を持っていましたが、それが分割され、権限も予算も以前より少なくなることは、制度上明らかです。また、伝統ある大阪市が分割され、予算規模も権限も小さな特別市区になれば、少なくとも大阪市民にとってメリットがあるとは思えません。権限と予算を減らされて大阪市内が発展するはずがないことは、火を見るよりも明らかです。

二重行政の排除は正しいのか

 そもそも、二重行政の排除が大阪都構想の最大の眼目になっているようですが、これも疑問です。その象徴が、関西国際空港対岸にある「りんくうゲートタワービル」と大阪湾開発のシンボルとされた「WTCビル」(現・大阪府咲洲庁舎)であると維新の会が声高に主張しています。これは、バブル時代に府と市が競って建設計画をスタートさせた巨大な箱モノで、府が推進したりんくうタワーは約660億円、市のWTCは約1200億円もの総工費が公金によって建てられたそうですが、両者を運営する府と市の第三セクターは2005年ごろ、ともに破綻をしてしまいます。銀行への借入金を役所が肩代わりし、府も市も莫大な公金をムダにしてしまったそうですが、これこそ二重行政のシンボルであると維新の会はいうのです。
 しかし、こうした箱物の破綻は本当に二重行政が原因なのでしょうか。市と府が似たようなものを作ったから破綻したのではなく、バブル景気を前提に計画し、それが破綻したことが真の原因ではないでしょうか。これは、学研都市に国が建設した「私のしごと館」の破綻と同じです。二重行政ではなく、バブル景気の崩壊が破綻の原因です。

二重行政の排除は大阪市内の投資を削減する

 政令市には府県並の権限があると言われています。例えば商工政策です。大阪市が中小企業に助成をし、更に大阪府も助成をする。これが二重行政です。また、府民ホールを大阪市内に作る。これもまた二重行政です。これらを排除するということは、大阪市内での大阪府の投資を排除するということです。仮に二重行政排除が正しいとしても、その結果もたらされるのは、今まで、大阪市内で行われてきた大阪府の行政サービスや投資が削減されるということであり、市民にとっては全くの損になります。その代わり、大阪市以外の投資が増えるかもしれませんが、果たしてそれが府民の利益でしょうか。元々、大都市は賑わいの中心として存在しています。その施設を利用するのは必ずしも市民とは限りません。府民は元より他府県からもその賑わいに魅かれ人々が訪れます。それがまた賑わいを創り、結果的に大都市の経済は発展し、税収も増えるのです。
 元々、大阪は近畿の中心として発展してきたのです。そのため、他の都市には無い様々な施設が揃っていました。またそれが二重三重にあることから更に大きな賑わいを創り、その結果、周辺の都市をも豊かにしてきたのです。二重行政排除はこうした投資が削減されることであり、大阪市民にとって損であることはもちろんのことですが、その周辺住民にとっても損なのです。

大阪都構想で近畿は賑わいの核を失う

テレビ愛知「激論!コロシアム」~成人年齢で大バトル!18歳に少年法は必要か!~に出演しました

 この様に、大阪都構想は二重行政排除という行政の効率化にばかり主眼が置かれ、肝心の経済の活性化ということに対する視点が欠けているのです。そもそも維新の会は道州制を主張していたはずですが、その裏にあるのは近畿州の州都としての大阪を考えていたはずです。道州制が出来る前に州都になるはずの大阪市を解体してどうするのでしょうか。

間違いの元は道州制

 もっとも、その道州制自体が間違った発想です。何故なら、道州制も大阪都構想と同じく、二重行政の排除が目的だからです。道州制は、財界からもその導入が主張されてきました。彼らは、都道府県を廃止し道州制にすれば、行政効率が上がり行政コストが削減できると主張してきました。彼らは、4兆円もの行政コストの削減が可能だとも言ってきたのです。しかし、行政コストを4兆円削減するということは、その分それぞれの地域で使われる予算が4兆円減るということです。地域で使われる予算を増やせば、経済が活性化することは分かりますが、予算を減らして活性化などあり得ません。この議論の裏にあるのは、4兆円の予算を削減できればその分法人税を下げることができるという財界の思惑があるのです。
 確かに、法人税を下げれば、その分企業に資金は残ります。しかし、それを企業が国内で投資や雇用に使ってこそ経済の活性化に資するのです。ところが、現実には企業の内部留保は増える一方で、国内の雇用も投資も増えていません。まさに、これがデフレの原因なのです。

合成の誤謬(ごびゅう)

 大阪都構想にせよ道州制にせよ、つまるところは行政の効率化がその目的です。そして、そのモデルになるのは企業経営です。バブル崩壊以後、民間企業は経営の効率化を行ってきました。できるだけコストを削減してきたのです。これは、企業経営としては正しいことです。しかし、誰もがコストを削減して内部留保を貯めれば経済は停滞しデフレになります。一つ一つは正しくても、それをみんなが行えば間違った結果になることを合成の誤謬と言います。この合成の誤謬を行政にまで及ぼすというのが大阪都構想であり、道州制なのです。

大阪市民に告ぐ

 以上述べてきました様に大阪都構想は、全くの的外れであり、特に、大阪市民にとっては百害あって一利なしです。この被害は近畿一円、ひいては日本全体に悪影響をもたらします。しかし、京都市民である私にはそれを止めることはできません。出来るのは大阪市民だけなのです。大阪市民よ、目を覚ませ!この記事を是非とも、一人でも多くの大阪市民に伝えてください!

樋のひと雫

羅生門の樋

 日本で統一地方選挙が行われていた頃、中米パナマではキューバのラウル・カストロ議長と米国のオバマ大統領が半世紀ぶりの首脳会談を持ちました。新聞報道の写真を見て、人民革命も遠くのものになってしまったと独り感慨に耽りました。
 子供の頃には「キューバ危機」が起こり、世界大戦に向けた時計が針を進めました。学園紛争の頃はキューバ革命の英雄チェ・ゲバラの写真が各大学に掲げられたものでした。ベルリンの壁が崩壊し、ソ連が消滅した後も、フィデル・カストロは反米の姿勢を崩さず、毎年の独立記念日には8時間にも及ぶ演説をぶっていました。ここ10年の間でも、中南米に多くの反米政権が誕生し、その精神的支柱がキューバの存在でした。ベネズエラのチャベス大統領も毎年のようにキューバ詣を行い、フィデルから喝を入れられていたように思います。
 最大の援助国であったソ連が崩壊し、砂糖の輸出相手を失ったキューバは、外貨獲得の手段も失いました。また、半世紀に及ぶ米国の経済封鎖は庶民の生活を抑圧し、唯一と言っていい経済支援国のベネズエラも、チャベスの死に伴う政権の劣化と原油価格の低下で経済的困窮が始まりました。今のキューバに経済的な支援を行う国はなく、現実的には米国との対話がキューバを経済的困窮から救う唯一の方法かも知れません。
 当時のケネディ大統領の反キューバ政策に対抗する為に、フルシチョフ第一書記と手を握る。これも当時のフィデルにとって祖国を守る唯一の現実的方策でした。そのために、盟友のゲバラとの路線対立をもたらし、チェはボリビアで死ぬことになります。
 「豊かさか貧困か」。キューバを訪問するたびに考えさせられます。深夜に着くハバナの飛行場は照明も少なく薄暗いです。クーラーを持たない庶民は、夜遅くまで家の前で涼んでいます。50年代のキャデラックの部品は全てが手作り、大通りのビルの壁も薄汚れ、官給所の棚には余り商品も並んでいません。でも、人々の表情は明るいです。配給に並んでいる人の中で争いは見たこともありません。中南米で見かける物乞いもいませんし、夜遅くに出歩いても強盗に出会うこともありません。共産主義国家を自称しながら、富の偏在と格差を生み出す、どこかの国とは大違いです。クバリブレとピニャコラーダを飲みながら、サルサを踊る。その顔には貧困は見られません。カリブの太陽の日差しは強くても、人々の心と生活に影を作らないようです。
 本当にフィデルは共産主義革命を目指したのか。農地の大半を外国資本が占有し、政権は彼らと結託する。人々は農奴の如き生活を送り、基礎教育も受けられない。理想に燃えた青年たちが祖国の解放を夢見たのも頷けます。革命が成った時、フィデルが米政権と話し合おうとした機会を米国が拒絶しなければ、今の中南米の政治情勢もずいぶん変わったものになっていたでしょう。
 これからは米国の商品や物が奔流のように押し寄せます。人々がこれらと上手く折り合えるように願います。「祖国か死か」。ゲバラが行った国連での演説は、今もキューバの2ペソ硬貨にチェの肖像と共に彫られています。

showyou

第81号

2015年01月01日発行

アベノミクス第二の矢で経世済民を!

参議院議員西田昌司

自民党の圧勝に感謝、安倍内閣の正念場

自民党京都府連会長として伊吹先生、谷垣幹事長とともに必勝コール

 今回の総選挙では、京都において6選挙区すべてで議席を得るという目標は達成されませんでしたが、全国的には、お陰様で自民党の勝利で終えることができました 。ご支援いただいた皆さんに心から御礼申し上げます。今回の選挙でアベノミクスは信任され、安倍内閣は今後4年間の長期的な政権の基盤を得ることができました。しかし、これからが安倍内閣にとって本当の正念場です。

財政出動の長期計画を示せ

 まず、安倍内閣がしなければならないのは景気対策、とりわけデフレからの脱却です。選挙戦でも私は訴えてきましたが、日銀の金融緩和だけではデフレは脱却できません。今こそ財政出動が必要なのです。それも短期的な景気対策ではなく、長期的な財政出動の計画を国民に示す必要があります。
 例えば、国土強靭化に毎年10兆円ずつ、10年間で合計100兆円の財政出動をすると政府が発表するとどうなるでしょうか。その財源はもちろん国債発行で賄います。すると国からの発注を期待して建設業者の方々はその準備を行います。まずは、人材を確保しておかねばなりません。既に、アベノミクス効果で失業率は改善されていますから、人材を確保するには今まで以上に高い賃金を出さねばなりません。デフレ脱却のためには賃金の上昇が不可欠ですが、政府が仕事を発注することが雇用を増やし賃金を上昇に導くことになるのです。

財政出動が民需を誘導

 さらに10年間で100兆円もの工事が発注されると、それをこなすためにはブルドーザーなどの重機を用意しておかねばなりません。長期間にわたり公共事業等の発注が少なかったため、建設業者の中には重機を持たずにリースで賄っている所もあります。しかし、仕事が増えれば重機はリースでは賄いきれません。そこで、先に重機を新しく購入する所が増えてくるでしょう。けれども、これが1年限りの公共事業だとすれば、リースのままで済ますことになるでしょう。つまり、政府が公共事業の長期計画を発表することにより民間の投資が増えることにもなるのです。これが正にアベノミクスの3番目の矢になるわけです。
 重機を揃えるには多額の資金が必要となり、銀行に借り入れを申し込まねばなりません。ここでアベノミクスの第1の矢である金融緩和が非常に有効に働きます。銀行は既に多額の資金供給を日銀から受けています。そのため銀行には潤沢な資金がありますから、低い金利で企業の融資に応じることができます。
 このようにして、政府の長期的な公共工事計画が民間の投資を促し、雇用を改善し、賃金を上昇させ、デフレ脱却へと経済を導くことになるのです。

「三種の神器」の様な民需は無い

BSフジ『プライムニュース』~女性宮家創設の是非、皇室存続のため必要なことは~に出演いたしました

 デフレ脱却のためには内需が必要であり、そのために民間企業の投資を促進することが成長戦略として謳われています。しかし成熟社会となった現在の日本では、企業の投資は国内では減る一方で、その代わりに海外に向っていきます。こうした企業の投資行動の変化がデフレをもたらした原因の1つです。この十数年、民間投資促進のために規制緩和を行ってきましたが、残念ながら、その効果がなかったことは今や明らかになっています。
 かつての日本では衣食住の充実が内需の中心となっていました。特に、戦争で住宅が空襲にあった都市部などでは、著しい需要がありました。昭和30年代には、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫などの家電製品が三種の神器と呼ばれ、国民の憧れの商品となっていました。更に、昭和40年代にはカラーテレビ、クーラー、自動車という耐久消費財が新三種の神器と喧伝される様になりました。このように次々と国民の憧れる新商品が登場してきましたが、平成の時代においては、もはやそのような商品が登場してこない状態が続いています。これは商品の開発力が落ちたと言うよりも、国民が豊かになり、本当に渇望するような商品がなくなってしまったからです。一方で海外に目をやれば、アジア、アフリカ諸国を中心に、まだまだ三種の神器や新三種の神器を渇望する人々はたくさんいます。この結果、日本のメーカーも国内よりも海外の市場を重視し、海外に工場進出をすることになったのです。日本の様に成熟した社会においては、かつての三種の神器のような憧れの商品は存在し得なくなっているということです。

社会保障費も内需の一つ

 しかし、民需ばかりが内需ではありません。先に公共事業の長期計画が内需を拡大すると述べましたが、医療や介護といった社会保障や福祉の分野でも同じことが言えます。また、教育や安全保障の分野も然りです。社会保障や教育、安全保障の充実は国土強靭化と同様多くの国民が必要としていることです。正に、内需そのものなのです。
 そう考えると、国内において国民が必要とする需要は無尽蔵に存在しています。これを要求しているのは国民ですが、発注するのは政府の仕事です。政府が予算化しない限り国民の要求は満たされないのです。正に政府の財政出動こそが必要なのです。 そして、これが実現できればデフレからの脱却が実現するのはもちろんのこと、我々個々人の生活自体が安全で豊かなものになるのです。そのためには、経済政策についての発想の転換をしなければなりません。

経世済民の意味を考える

 企業が利益を上げることが経済政策だと思い込んでいる人がいます。企業が利益を上げるからこそ、多くの人を雇用し給料を支払い、税金も納める。それが国家や国民全体の利益につながる、そのように信じている人も多いです。確かに、かつては企業の利益と国家や国民の利益とが合致していました。しかし、社会が成熟し国内の民需が少なくなり企業が海外進出を積極的に行うと、そうした前提は崩れてしまいます。
 企業の海外進出が盛んになった結果、企業の利益は何倍にも膨らみましたが、国内での雇用は少なくなり、国内で納める税金の額も半減しています。これは、企業が利益を上げることが必ずしも国全体の利益につながっていないと言うことです。
 そこでもう一度経済の意味を考えてみましょう。経済とは経世済民、すなわち世を経め(おさめ)民を済う(すくう)と言う意味です。企業が利益を上げることではなく、国家や国民全体を幸せにすると言う意味です。この言葉の本来の意味の通り、どうすれば国民を幸せにすることができるのかを考えてみるべきです。

成熟社会では公需が内需の中心

安倍総裁も京都に応援に駆けつけて下さいました

 確かに、日本は物質的には豊かになりました。しかし一方で、光の当たらない分野も沢山あります。過疎化による地方の疲弊もあれば、都市化による環境破壊や子育て難民など人口過密による問題も山積しています。そういう意味では、地方も都市も人間が住むべき故郷が崩壊しているとも言えます。この解消には、インフラを整備して国土の均衡を図ることが必要です。また、子育てや介護などの充実も不可欠です。更に、安心して暮らすには防災減災は勿論のこと、防衛力の増強による安保政策の充実や沿岸部での治安を確保するために海上保安庁の巡視船を増やすことも必要でしょう。こうした事は国家が本来なすべき仕事です。これを実現するためには毎年継続し、計画的に予算を計上していかねばなりません。また、そのためには、その財源として国民に税の負担を願わねばなりません。
 しかしこの20年、「官から民へ」の掛け声の下、政府の予算は一方的に削られてきました。本来のすべき仕事をせずに予算ばかりが削減されてきたのです。特に、民主党政権では事業仕分けの名の下に、徹底的に政府の予算が削減されてしまいました。企業の海外進出等により、ただでさえ内需が不足している時に政府予算を削減したのですから、デフレが一挙に加速し日本は不況のどん底に落ち込んでしまったのです。
 民主党が言うように子育ての支援なども必要なことでしょう。しかしそのためには、財源をしっかり確保しておかねばなりません。本来、国民に税の負担をお願いしなければならないことを事業仕分けでやろうとしたところに問題があったのです。給付には負担が伴うのは当然のことです。国民の負担を隠し、給付ばかりを宣伝したところに彼らのあざとさがあったのです。また、そうした政策が破綻するのも当然のことです。

目先の財政健全化よりもデフレ脱却を優先すべき

 以上述べてきた通り、これからは民需に代わって公需が内需の中心として位置づけられることになるでしょう。そのためには国民に相応の負担を願わねばなりません。消費税の10パーセントへの引き上げは、当然、早晩実施しなければなりません。しかし今はまだデフレの最中です。増税を延期したことは安倍総理の慧眼です。従って、増税の前に景気対策を徹底的に行わねばなりません。それには、長期計画に基づいて政府の財政出動を毎年継続して行っていくことが最も重要なのです。そのための財源は国債発行で賄えばよいのです。
 これ以上国債発行すればハイパーインフレになると心配する人がいます。しかし、これだけ金融緩和をしても尚、ゼロに近い低金利で推移している現実を見れば、その心配は全くありません。それ程、日本のデフレは深刻なのです。財政出動により雇用が増え給料が上がり、消費が増えGDPが拡大しますから、最終的に税収も大幅に増加します。これにより国の財政も健全化するのです。
 これは、実際にマクロ経済モデルを計算してみれば明らかです。先の臨時国会でも麻生財務大臣にデータを示して指摘いたしました。この様子はYouTube西田昌司財政金融委員会2014.10.16で是非ご覧になってください。
 目先のプライマリーバランスにとらわれて財政出動を拒んでしまうと却ってデフレからの脱却が遅れ、結果的に財政の健全化もできなくなります。今こそアベノミクス2本目の矢を大胆に放つときなのです。

瓦の独り言
-今年はリンパ400年-
羅生門の瓦

 新年、明けましておめでとうございます。皆様、穏やかな新年をお迎えになられたこととお喜び申し上げます。
 さて、今年は琳派(リンパ)400年記念祭と称して京都の文化人が騒いでいます。瓦もリンパ、リンパと叫んでいるのを昨年から耳にしており「リンパ腺」のことか、と思っていたぐらいです。講演会などによると、2015年は本阿弥光悦が徳川家康から洛北鷹峯に土地を賜り「光悦村」を拓いて400年ということです。
 「琳派」という言葉はどこかで聞き覚えがあります。また俵屋宗達の「風神雷神図」(改元のかぜ薬にも使われたモチーフ)屏風は美術の教科書にも出ており、皆さんもご存知と思います。この宗達のお友達が本阿弥光悦で、その孫が宗達から100年後に絵師となった「尾形光琳」です。「琳派」の名称はその光琳の「琳」をとって名付けられた言葉でごく近年(大正時代?・昭和30年代?)になって定着(?)していったようです。
 絵画だけでなく、着物、帯、陶器、漆器などあらゆる工芸品にデザインとして用いられており、「琳派模様のきもの」などと日常生活のうえで使っています。いまさら琳派、RIMPAと呼ばなくても京都人の中には琳派の作品に対する馴染みや思想はしみついているのではないでしょうか。その一つが「小倉百人一首かるた」の図案です。あれは尾形光琳の筆によるもので江戸時代の元禄年間にできたといわれています。その「小倉百人一首かるた」を今でも作っているのが伏見の大石天狗堂です。いまでも全国の市場シェアーを100%占めているとか。さらには、かるたの競技大会でも公認かるた札は大石天狗堂の札のみです。また、花カルタも琳派文様とか?瓦はこちらの方がなじみ深いのですが・・・。猪に鹿に蝶、雨札の小野道風とかえる、伊勢物語に由来する杜若の札など、まさに王朝文化(?)をほうふつさせるデザインです。そういえば「琳派」は公家の王朝文化に由来しているとか。
 では、今年は琳派400年ということで、新しい花札を買ってきて勝負と行きましょうか! あれ?だれも相手してくれないの?(だって、最近の若い方は花札のルールを知らないようで・・・)

showyou

第80号

2014年10月15日発行

旧街道の再整備で日本の再生を!

参議院議員西田昌司

東海道と中山道を歩いて分かった日本の実態

 私は、今年の1月にふとしたきっかけで旧東海道を歩き始めました。最初は年内に京都にたどり着ければいいと思っていたのですが、歩き始めると生真面目なのか、せっかちなのか7月20日に京都の三条大橋に到着してしまいました。そうなると今度は旧中山道を歩いてみようということになり、10月初旬に滋賀県の草津宿に到着、合わせて1000キロを超える道程を踏破することができました。日本地図を見ながら、よくぞこれだけの距離を歩いたものだと感慨無量です。
以前より私は列島強靭化政策を唱えていました。その理由は、国土軸の再整備こそが日本全体の発展と防災のためにも必要だという思いからです。この政策を推進するためには、地方の実態をきちんと把握しておく必要があります。
 ここ20年の市場原理主義政策により、政府の予算は削減され続けてきました。また、地方分権のためだと財源や権限が国から地方に移されてきました。しかし、結果は一番大きな地方である東京ばかりにお金が集中し、首都圏だけが栄えることになったのです。このままでは地方が消滅してしまいます。その現実を確認するには、百聞は一見にしかず、先ず自分で一度全国を歩いて見るのが一番だと思ったのが、街道歩きを始めた一番の理由でした。
徳川幕府は東海道や中山道を始め全国に街道を整備し、宿駅伝馬制度を設けました。旅人が宿泊できる宿場を設けると同時に、各宿場の間を飛脚や馬が往復することで、日本中に物資や情報が届けられるようになったわけです。その中でも東海道や中山道は江戸と京を結ぶ、まさに当時の物流の中心であったわけです。その栄枯盛衰の姿をこの目で確かめることにより今の日本に何が必要なのかが分かるはずだと、国会や地元行事の合間を縫って歩き始めたのです。

地方にこそ、国の宝は残っている

参議院原子力問題特別委員長に就任いたしました(第187臨時国会 参議院国会役員集合写真)

 これは出発前から予想された事でしたが、実際に歩いてみると東京を始めとする大都市部では、当時の面影を残すものは殆どなく、むしろ殺風景なその姿に驚かされました。産業道路に吸収され往時の面影が全くないばかりか、自動車優先でそもそも人が歩くことさえ困難な道路も沢山有りました。首都圏や大都市部では、工場やマンションなどの巨大な建物が林立しているわけですから、経済的には発展している地域といえます。しかし、私はそこに日本を感じることができず、無国籍で無機質な荒野を歩いている気がしたのです。
 その一方で、都市部から離れた地域にはかつての日本の姿が残っています。特に、旧街道から離れた場所に国道が通った地域では、経済的発展からは取り残されたかも知れませんが、そこには日本の原風景や往時の人々の暮らしを感じさせるような場所がたくさんあります。特に、東海道では富士山の見える箱根や駿河路、中山道では山々に囲まれた木曽路などは観光地として現在も賑わっています。しかし、そういう有名な観光地以外の所では、建物が残っていても人が住んでいないため、このまま放置すればあと10年もすれば朽ち果ててしまうだろうと思われる場所もいくつも有りました。それどころか、地域にお年寄りしか居ないため、その宿場そのものが消滅してしまうのではないかと思えるところもありました。この10年の間にやるべきことをしておかないと、まさに日本の宝とも言えるものが、どんどん消滅してしまうということです。

人の往来を増やすことが地域再生の鍵

BS日テレ「深層NEWS ~激論!生殖医療法と家族のあり方~」に出演いたしました

 では、日本の原風景を残しながら、経済的にも潤い、そこに人が住み続けることができる仕組みを構築するには、どうすれば良いのでしょうか。
 元々、宿場が栄えたのは人の交流の拠点であったからです。人の交流こそが地方再生には必要なのです。物流は新たにできた国道や鉄道などに任すとしても、人の交流を増やす方法を考えなければなりません。
 江戸時代にお蔭参りが流行り、庶民が講でお金を集め伊勢神宮に何百万人もが押し寄せたと言われています。文政13年(1830年)のお蔭参りでは、参詣者数427万6500人と言われていわれていますが、当時の日本総人口は3228万人(1850年)ですから、その一割を超える人が、お伊勢さんにお参りしたことになります。これだけの人が移動し交流をすれば、莫大な経済効果があったことは想像に難くありません。もし今、1億2000万人の1割の1000万人がかつての街道を歩いて交流すれば、街道は栄え地域再生されることは間違いありません。

現代の旧街道は歩きにくい

 しかし、東海道や中山道を踏破して感じたことは、当時に比べて随分歩きにくくなっているということです。まず、道標が整備されていません。旧街道は、道幅も狭く大きな道路が近隣にできると埋没してしまいます。中山道の様に山岳地帯を縦断する街道では、一度道を外れると大変なことになってしまいます。標識がきちんと掲げられている地域では安心して歩けますが、残念ながら街道全域に完備されてはいません。私も、何度も道に迷いながら歩きました。特に山岳地帯では正しい道なのか確信が持てず、不安になったものです。多くの国民に街道を安心して歩いてもらえる工夫が必要です。
 箱根の様に、国道が隣接し茶店も残り旧街道として整備されていれば、険しい山道も安心して登れます。それが、同じ峠道でも、中山道の碓氷峠や和田峠の様に、国道から離れ茶店どころか自動販売機すら無く、未整備の道が延々20キロも続く道では、誰もが安心して歩くことができるとは言えません。私の場合は、それに加え野生の猿や鹿が出てきて肝を潰しました。実際、箱根峠では旧街道でも何人かの人と出会うことがありましたが、碓氷峠や和田峠では誰一人出会うことはありませんでした。また、大木が倒れて峠道を塞いでいたり、雨が降って沢のようになっている箇所もありましたが、江戸時代は中山道も物流の中心をなす国土軸であったわけですから、峠道もきちんと整備されて今よりはずっと歩きやすかったはずです。街道を歩くには茶店の存在が不可欠ですが、今は、その茶店がありません。都市部にはコンビニがその機能を担ってくれていますが、山岳地帯には全くありません。
 私が街道を歩いたのは殆ど真夏の季節でしたが、一番辛かったのは強力な陽射しです。自動販売機でスポーツドリンクを買って水分補給をしても炎天下では文字通り焼け石に水です。かつては街道沿いには松や杉などの並木が両側に植えられ、旅人を強い陽射しから守ってくれたと言います。こうしたインフラが整備されていたからこそ、安心して街道を歩くことができたのです。

地方再生には国の権限強化が必要

東海道五十三次の終点、三条大橋で支援者に迎えられる

 安倍総理は内閣改造で石破幹事長を地方創生担当大臣に指名し、地方の再生が内閣の最重要課題であることを示されています。地方再生はこの20年間ずっと言われてきたことですが、現実には首都圏の一極集中が止まりません。これを実効あるものにするには、今までの様に国の予算と権限を地方に回すというようなやり方ではできません。交通網などのインフラ整備の状態や地理的条件が全く違う地域が多く存在している中、そのような政策をすればますます格差は拡大するばかりです。むしろ、首都圏から財源を吸い上げ地方に配分することが必要なのであり、そのためには国の権限を強化しなければなりません。石破大臣にはぜひともそのことを総理に進言していただきたいと思います。

街道の再生で故郷に人を呼び戻す

 街道を再整備すれば、間違いなくそこを人が歩き出します。人が歩けばお金が動きます。お金が動けば経済が活性化します。経済が活性化すればそこに人が住みます。人が済めばそこに町ができます。江戸時代の宿場町はこうしてできあがったのです。
 江戸時代には人口は約3000万人と言われていましたが、現代の日本はその4倍の人口を擁しています。旧街道を再整備して誰もが歩ける道を再生したなら、多くの人が歩き出すことになるでしょう。特にこれからは仕事を引退した中高年の人口比率がますます増えます。それらの人々の数は江戸時代の日本の人口よりもはるかに多いでしょう。こうした方々が気軽に安心して歩くことになれば地域経済が活性化するのは間違いありません。それは江戸時代の例が証明しています。そればかりか、歩くことにより健康状態も必ず改善されるはずです。それにより医療費などの負担の軽減にもつながるでしょう。これらの金額は、旧街道の整備に必要な予算額よりもはるかに大きなものになるはずです。
 旧街道を整備して国民が歩き出すことにより、国家も国民も故郷も健全化するのです。是非とも地方再生の目玉として実施をしていただきたいものです。

樋のひと雫
- 民族の独立 -
羅生門の樋

 先月にスコットランドの独立を問う住民投票が行われ、スコットランド人は10ポイントの差で英国に留まることを選択しました。投票までの2週間ほどはワイドショーも盛大に取り上げていました。欧州を身近に感じない身には、何か遠くの出来事のようにも感じていました。でも、「独立を住民投票で決める」ということには、驚きと違和感を持ちました。第2次大戦後、「民族自立」の名の下に多くの植民地が独立し、欧州の帝国主義も終焉を迎えました。これには多くの民衆の血が流れました。そして、幾多の建国の英雄も生まれました。我々の世代にとって、「民族の自立」とは、民衆が血と肉体を以て民族の誇りと歴史を取り戻すものという映像が付きまといます。平和裏に、しかも投票権を保障された独立へのプロセスを、テレビ報道で見ることに、戸惑いと民主主義の底の深さを見た思いです。
 一方で、この投票という行為は、第2次大戦後の国連を頂点とした世界秩序をも打ち崩す、新たな世界のカオス(混沌)の扉を開くことになるかも知れません。東西両陣営によってタガをはめられていた世界は、朝鮮やベトナム等での局地戦はあっても、それなりに秩序を維持してきました。その後の経済の発達と社会の進歩は、東側陣営の崩壊を促しましたが、EU経済圏の創出等もあり、大きな秩序の崩壊は免れてきました。
 このような中で、既存の国家の存立すら住民投票に依るという行為は、更なる扉を開けることになるかも知れません。来月にはスペインでカタルーニャ州の独立を問う投票が予定されているそうです。スペインではバスク地方の独立運動は、以前から激しい武装闘争を展開してきました。スペイン政府は新たな火種を抱えたことになります。それも、武装闘争なら直接行動の手段も取れますが、投票を求める民衆には警察権力も軍も動員できかねます。
 また、一見強固に見える秩序は、クリミア半島での住民投票によるロシア帰属を実質的に容認するかの如くです。国連を中心とした世界秩序は、どこかで軋みを生じ始めたように思えます。そして、中国でのチベット族やウイグル族の問題や宗教問題を内包した東アジアにおける少数民族問題など、現政府に対する犯行を「テロリスト問題」で解決してきた国々には、民衆統治の在り方を根底から考え直す機会になるかも知れません。
 ただ、独立を問うテーマが、税の不公平な分配であるカタルーニャの住民投票は、スペイン建国の歴史がどうあれ、豊かな地方の住民エゴが臭います。民衆の自立が住民投票という手段を持った今、世界のカオスを開く扉の鍵がまた一つ増えたように思えます。

showyou

第79号

2014年07月25日発行

安倍内閣に死角はないか

参議院議員西田昌司

安定した外交安全保障政策

 第186国会は、6月20日に150日間の会期を2日間残して事実上閉会いたしました。平成19年の初当選以来、通年国会と言われるほど国会の会期が延長されることが常態化していましたから、こんなに早く国会が閉会した事は私にとっては初めてのことです。また、内閣が提出した法案の成立率は9割を超え、近年まれに見る高い水準となりました。この事は、一昨年の衆議院総選挙で政権を奪還し、昨年の参院選で衆参の捻れを解消したことにより政権が非常に安定したことを示しています。
 また、安倍総理は政権奪還以来、毎月のように外遊に出かけられ、各国の首脳と個人的にも信頼関係を高めておられます。近頃、中国の海洋進出が周辺諸国の安全保障に大きな影響を与えていますが、こういう時だからこそ各国の首脳と共通の問題意識を持つ事が非常に重要になるのです。その結果、集団的自衛権行使についての閣議決定も中国や韓国などが安倍政権について批判的立場を示していますが、その他の国については概ね理解を得られているようです。マスコミは集団的自衛権の閣議決定の批判ばかりしていますが、これでは中韓の立場を代弁するようなもので、あまりにもバランスを欠く報道です。

滋賀県知事選の敗戦の理由

西田昌司国政報告会2014を開催いたしました
たくさんのご来場誠にありがとうございました

 嘉田滋賀県知事の不出馬を受けての知事選挙は、当初は自民党が推薦する小鑓(こやり)候補の優勢が伝えられていました。しかし選挙戦の後半になると、逆に元民主党衆院議員の三日月候補が優位に立ち、デッドヒートを展開しました。そして、結果は、小鑓(こやり)候補のまさかの敗戦でした。その理由をマスコミなどは、安倍政権の集団的自衛権行使可能の閣議決定が強引であったためであるとか、東京都議会の野次問題であるとか、様々な原因をあげています。確かにそうしたことも原因の一つであったかもしれませんが、私はもう少し本質的なところに原因があったと考えています。
 そもそも安倍政権が誕生した理由は、民主党政権の失政に対する失望とその修正を国民が求めたことにあります。外交安全保障の分野では、安倍政権は民主党の失政を正し、安定した外交安全保障政策を行っています。特定秘密保護法や集団的自衛権の行使についてマスコミが批判していますが、これは独立国としてはどの国でも行っていることで、批判には当たらないものと考えています。
 一方、最近発表される経済政策が、あまりにも新自由主義に向いているのではないかということを私に質問される方が大勢おられます。確かに、ホワイトカラーの中に残業代をなくしてしまう職種を作るといういわゆるホワイトカラーイグゼンプションや人手不足を背景にした外国人労働者の受け入れ促進策など、社会を混乱させる要因と成り得る政策には私も非常に懸念しています。これはかつて、小泉内閣で掲げられてきた新自由主義的政策ではないか。こうした政策が日本の社会を混乱に陥れ、それに対する批判により政権を下野したはずではないかという意見には、素直に耳を傾けるべきだと私も考えています。

小泉元総理と安倍総理は同じと言った竹中平蔵氏

参議院自民党政策審議会にてJAL問題の本質について説明いたしました

 先日、京都で竹中平蔵氏の講演会があり、「原子力政策以外は小泉元総理と安倍総理は同じ」と竹中氏は発言したそうです。これが本当なら由々しき事です。そもそも竹中氏は小泉内閣の構造改革の司令塔として新自由主義路線を牽引してきた人物です。言わば自民党が下野した最大の原因を作り出した人です。そのため、未だに党内では竹中氏に対しては厳しい批判の声が聞かれています。
 その竹中氏が、第二次安倍政権が発足するや、産業競争力会議の委員として総理に政策提言する立場になることには大勢の方が心配していました。私もその一人で、安倍総理に対して、新自由主義的政策とそれを主唱してきた竹中氏の登用を避けるべきとの諫言も敢えてしてきたのです。
 総理は、竹中氏の非登用は拒まれましたが、新自由主義ではなく「瑞穂の国の資本主義」を目指すとし、アメリカ型の新自由主義とは一線を画すと明言されたので、私たちは政策の行方を見守ってきたのです。しかし、当の本人である竹中氏が小泉元総理と安倍総理が同じと言うに至っては何をか言わんやです。

アベノミクスは何だったのか

BSフジ「ブラマヨ弾話室~ニッポンどうかしてるぜ!~」に出演いたしました

 日銀による金融緩和と機動的財政出動、さらに民間の成長戦略を同時に行いデフレからの脱却を目指すとしたアベノミクスでしたが、デフレ対策として一番効果があったのは財政出動です。逆に言えば、財政出動を削減してきたことがデフレを創出したのです。デフレ対策を行うには何がデフレの原因だったのかを検証しておく必要があります。
 戦後日本が復興し出したのは、昭和25年の朝鮮戦争による特需がきっかけと言われています。その後東西冷戦により、世界は二分されてきました。この環境は、昭和が終わるまでずっと続いてきました。冷戦時代に日本は西側にいたお陰で経済的にも大いに発展することができました。
 しかし、平成の時代は、冷戦も終わり世界は一つになり、旧共産圏の国とも貿易ができるようになりました。地球規模のグローバル市場が誕生した結果、昭和の時代とは全く異なる経済の仕組みが誕生しました。
 先ず、企業活動が全世界に及ぶことになった結果、先進国から発展途上国に投資が増え、製造拠点が国外流出することになりました。そのことにより、企業活動の業績は飛躍的に拡大しましたが、母国から雇用も税金も海外に流出してしまいました。結果、先進国は国内での民間の消費や投資が減るため、民需主導では常にデフレ圧力を受けることになったのです。これは日本だけに限らず、全ての西側先進国が経験をしてきたことなのです。
 こうしたことの理解がないまま、民需主導の構造改革が20年にわたり続けられた結果が、あのデフレをもたらしたのです。本来、アベノミクスはこうしたことの反省として民需主導の新自由主義から決別するための経済政策だったはずなのです。

歴史の事実を検証する

 このように考えるとアベノミクス最大の問題点は、経済政策の歴史的検証が十分行われていないことだと分かります。だからこそ、デフレ政策を推し進めた竹中氏が未だに尚政府の諮問委員として重用されているのです。実は、こうなることを恐れ、私は自民党が下野していた時代に、構造改革に対する検証を党内でしっかりと議論をして整理をしておくべきだと、再三にわたり主張してきたのです。それがあと少しで構造改革派を封じ込められるという矢先に、自民党が政権に復帰してしまいました。
 民主党にこれ以上政権を任すわけにはいかず、政権復帰は歓迎すべきことでしたが、経済政策の総括が不十分なまま政権に復帰したことは、やはり問題であったといわざるをえません。
 同じことが、安全保障政策についても言えます。集団的自衛権の行使を可能とする閣議決定は当然です。しかし、問題はそもそも占領中のGHQによって日本が作り変えられたという事実を国民が知らされていないことです。このことをただの一度もまともに議論し、報道したためしがありません。国会もマスコミも大いに反省する必要があります。こうしたことを議論し、国民にお知らせするのが私の責務と考えています。今後ともご支援をよろしくお願い申し上げます。

瓦の独り言
- え! こんな浴衣が! -
羅生門の瓦

 七月。洛中では祇園祭一色で、可哀想に「きゅうり」が食べられないとか。洛外に住んでいる瓦にとってはあまり関係がないことですが、やはり宵山になると浴衣を着てそぞろ歩きに出かけます。
 昨年の宵山でびっくりしたことがあります。ミニスカートのような浴衣を着たギャルたちです。(ご令嬢とは言いたくありません) ショッキングピンクやブルーのけばい色彩に金髪、派手なアクセサリー。おまけに花魁のように背中を見せたような着こなし。まるでキャバクラ(瓦は行ったことがないのですが・・・)から抜け出してきたような衣装でした。こんな浴衣を着て歩いていたら祇園さんのばちがあたるで、と心の中で叫んでいました。あー、こんな浴衣がはやるのかいなあ~、と嘆いていました。
 ところが、六月末日の新聞の「浴衣本物志向に」の見出しを見てホッとしました。「今年は白を基調とした落ち着いた色合いが・・・」「若い人も目が肥えてきて、大人っぽい浴衣を選ぶ傾向・・・」「既製品ではなく、反物から仕立てる動きも・・・」
 かつて、浴衣は既製品ではなく、母親が娘、お婆ちゃんが孫のために反物から仕立てたもので、さらに歴史をさかのぼると「浴衣一枚縫えるようになって、やっと一人前の女性」と認められたのだとか。でも十年ほど前から既製品の浴衣が出回り、ユニクロまでが浴衣を販売しだしました。(ところが、ここ二、三年ユニクロは浴衣を販売していません。業界筋ではコスト面だけではなく本物志向に照らして、撤退したとか)綿の素材が中心ですが、麻もありましたし、高級な小千谷縮、有松絞も夏の浴衣に仕立てられていました。藍染が中心で白と紺色のコントラストに何とも言えぬ大人の女性の色気を感じていたのは瓦だけではないはずです。Tシャツ感覚で浴衣を勧める時代は終わったのではないでしょうか。いや、終わらせるべきです。浴衣といえども、和装です。堅苦しいことは言いませんが、それなりのルールで着てほしいものです。
 [浴衣とは和服の一種である。通常の和服とは違い、長襦袢を着用せず、素肌の上に着る略装である【Wikipedia】]

showyou

第78号

2014年04月25日発行

自衛権は主権国家として固有の権利である

参議院議員西田昌司

安全保障法制推進本部の設置

 安倍総理は、7年前の第一次内閣の時から戦後レジームからの脱却をスローガンとして掲げておられました。その意味は、戦後の占領時代に作られた、憲法を始めとする価値観や制度から脱却するということですが、同時にそれは、自分の国を自分で守ることを議論することさえタブーになっていた、戦後の政治体制に対して大きな疑問を投げかけるものでした。そのため、戦後の価値観を守ることが使命だと自認していたマスコミ各社に袋叩きにあい、支持率が瞬く間に低下し、結果的に辞任に追い込まれることとなりました。
しかし、今日、中国の経済力・軍事力の発展に伴い、領土的野心をむき出しにしてくる様子や北朝鮮の軍事的独裁体制を目の当たりにしてみると、危機感を覚える人も多いことでしょう。国民の誰もが今のままでは日本の国を守ることができないと感じ出しています。こうした中、第二次安倍内閣においては、経済の再生と同時に、外交安全保障の再生も大きな課題となっています。そこで昨年末の臨時国会においては、国家安全保障会議の設置と特定秘密保護法を成立させ、友好国と情報を緊密に交換しながら、常時、国家の安全保障について議論できる組織を作ることができました。しかし、これで国の安全保障が十分担えるわけではありません。結局一番の課題は憲法、特に9条に関わる問題を整理することなのです。

何故自衛隊は存在するのか

参議院予算委員会にて安倍総理にデフレ脱却を中心に質問をいたしました

 現行憲法の最大の矛盾は、武力放棄を規定しながらも自衛隊と言う実質的な軍隊を有していることです。自衛隊は当初は警察予備隊として昭和25年に発足しましたが、その原因は朝鮮戦争です。北朝鮮が韓国に侵攻してきたため、日本に駐留していた米軍の多くが朝鮮半島に派兵されることになりました。日本の治安を司る米軍を補完するために、GHQは日本に再軍備を要請したのです。当時は占領中ですから、GHQの指令には従わざるを得ません。つまり、軍事力の放棄も再軍備も日本の意思ではなくGHQの意思によりなされたものなのです。

巧妙なGHQの占領政策

 占領当初、GHQが目的としていたことは、日本の解体であり、非武装化です。そのための手段として日本国憲法が与えられたのです。しかし、一方で占領政策を円滑に行うには、日本人の自発的協力が必要です。日本を本当に解体するには皇室の廃止が必要ですが、それには大きな抵抗が伴い、多くの血を見ることは容易に想像できます。それを回避するために生まれたのが、日本人が自主的に改憲をしたという物語です。そのためには、皇室の継続を保障することは絶対的必要条件です。当初は、皇室の廃止もGHQは考えていたと言われていますが、結局、彼らも憲法の第1条に天皇を国民統合の象徴と書かざるを得なかったのです。しかし、この条文があるために日本人は明治憲法を自発的に改憲したということに納得してしまったとも言えます。

GHQの政策変更により変わった憲法解釈

テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」~安倍総理の描くニッポンのかたちとは~に出演いたしました

 ところが、GHQの占領政策は朝鮮戦争により大きく転換したのです。そして、それに伴って日本政府の自衛権についての憲法解釈も180度転換しました。
 第90帝国議会の衆議院帝国憲法改正案特別委員会(1946年6月26日)吉田茂内閣総理大臣答弁では、「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はして居りませぬが、第9条第2項に於て一切の 軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したものであります。 従来、近年の戦争の多くは自衛権の名に於て戦われたのであります。満州事変然り、大東亜戦争然りであります」と自衛権すら完全に否定していました。
 ところが、朝鮮戦争が始まる1950年には次のような答弁に変わります。まずマッカーサー元帥が年頭の辞で「日本国憲法は自衛権を否定したものでは無い」と表明します。これを受けて吉田総理は1月の参議院本会議で「いやしくも国家である以上、独立を回復した以上は、自衛権はこれに伴って存するもの。安全保障もなく、自衛権も無いが如きの議論があるが、武力無しといえども自衛権はある」と180度内容が変わります。そしてその年の6月に朝鮮戦争が勃発、8月には警察予備隊が発足します。このようにアメリカの占領政策の変更を受けて、日本は憲法解釈を変更し、自衛隊を持つに至ったのです。

砂川裁判の判決 -自衛権は独立国として固有の権利であり、自衛隊は合憲-

 独立国に自衛権があるのは当然です。しかし、それを占領当初は憲法を盾に自衛権はないという解釈をしてきました。それが180度転換されたのですから、混乱が生じるのも無理はありません。こうした状況の中、1957年、米軍基地の中にデモ隊が乱入するという事件(砂川事件)が起きました。この事件の裁判により自衛権や安保条約の是非についての司法判断が出ました。1959年12月、最高裁は「憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、…」という判決を出し、自衛隊は合憲とされることが確定したのです。
日本を軍事的に解体し、自衛権も放棄させるために作られた憲法でしたが、独立を果たした以上は、自衛権は固有の権利として認められるという解釈が合憲であることが確定したのです。憲法を解釈で変更するのは違法だという人がいます。しかし、それが違憲かどうかを判断するのは最終的には裁判所です。その最終判断はすでに50年以上前に合憲と確定しているのです。

個別的自衛権と集団的自衛権

総理公邸にて参院副幹事長と総理との懇談会に出席いたしました

 個別的自衛権とは、自国に対する他国からの武力攻撃に対して、自国を防衛するために必要な武力を行使する、国際法上の権利のことです。集団的自衛権とは、ある国が武力攻撃を受けた場合、これと密接な関係にある他国が共同して防衛にあたる権利であり、ともに国連憲章において主権国家に認められているものです。砂川裁判では個別的か集団的かという区別をせず、主権国家は固有の自衛権を持つと判断をしています。従って、主権国家の固有の権利として集団的自衛権を持っているのは自明のことです。
 問題は、今までに政府が、集団的自衛権は持っているが、それを行使することはできないと答弁をしてきたことです。このような意味不明の答弁をしてきたのは、主権国家の意味をまともに考えることを避けてきたためです。
 昭和27年のサンフランシスコ講和条約により日本は独立を回復し、昭和31年には国連にも加盟しているのですから、国際的にはその時から個別的自衛権も集団的自衛権も日本には認められているのです。
 しかし、敗戦のトラウマと占領政策により日本は、自分の国は自分で守るという主権国家としての当然の義務と権利を半ば放棄してきたのです。そのことはその当時の政府の答弁にも現れています。その結果、積極的に国を守ることを放棄して、アメリカに守ってもらうことの方が正しいという詭弁を弄してきたのです。

憲法は占領基本法であることを国民に伝える

 私はかねてから、現行憲法は無効であり、それは占領基本法に過ぎないということを主張してきました。それは占領時代には、日本国民の主権は認められておらず、実質的にGHQが占領目的の遂行のために作られたという事実を考えれば当然のことです。しかし、この事実がまだまだ国民に共有されていません。そもそも、未だにこの憲法が日本国民の手によって作られたと学校の現場では教え続けています。それは、政府が憲法問題の本質について整理してこなかったからです。その結果、憲法が規定する内容に違和感を覚えながらも、それを平和憲法として受け入れてきたために、憲法についてまともに議論すらできなかったのです。
 安倍総理は、日本の外交安全保障を強化するために、様々な改革に取り組んでおられます。しかし、それはまさに戦後の常識に異議を申し立てることです。それを国民に理解してもらうには、占領中に行われてきた事実をもう一度国民にじっくり説明する必要があります。勿論、それは一朝一夕にはいきませんが、諦めず説明して行くことが大切です。そして、多くの国民がそれを理解した時、日本の戦後は終わるのです。

樋のひと雫

羅生門の樋

 お昼のワイドショーを続けて見る機会がありました。これも毎日が日曜日になった故ですが。しかし、驚きました。テーマが北朝鮮問題や日韓・日中関係など、外交問題まで茶の間の話題になっていることです。つい先日まで居た南米にも、同じような番組はありましたが、内容は料理やゴシップ、ファッションばかりです。まあ、お国柄と言えばそれまでですが。こんなところにも、日本の教育水準の高さが窺えることに、変に感心をしました。
 番組を見ていて思ったのですが、日本はいつまで卑屈な姿を続ければいいのでしょうかね。習政権の安重根記念館建設や朴政権の告げ口外交にして、有効な手立てのないことは分かりますが、「遺憾の意」を表するだけでは、何か見ていて苛立ちを覚えます。日米韓三首脳の会談で、一国の首相の挨拶を無視する態度も、あれでよいのですかね。会談の窓口は開けていると言っても、手をこまねいているだけでは、事態は進みそうもありませんね。まあ、話し合いなんてものは、必要性を感じなければ出来るものではないでしょうが。出演している識者の多くは、もっと日本が努力すべきという論調ですが。別段話し合いの必要性を感じない相手に、何を努力するのでしょうね。話し合いなんてものは、互いの存在の必要性や利益の伸長があって初めて成り立つものでしょうから。必要や利益がなければ、話し合う気力も起きないでしょうね。
 ところで、世間を騒がせ始めた集団的自衛権ですが、解釈でどうにかなる問題でもないでしょう。ここはやはり、正論として憲法改正論議の中で深めるべき問題ではないですかね。それも、真摯に日本の五十年、百年先を見据えて、独立と尊厳を如何に守るかを考えたいものです。集団的自衛権を認めれば、すぐにでも戦争に出かけるようなマスコミの煽り論調もいい加減にして欲しいものです。それに、集団的自衛権を発動する事態(朝鮮半島の問題でしょうが)が起こっても、今の日本人の感情では、素直に韓国に同情して参戦できますかね。安倍首相の挨拶を馬鹿にしたような朴大統領の横顔を見た日本人にとって、我々の血を流してでも友情を守るという感情は起きないでしょう。ひょっとしたら、在日米軍の基地使用にも反対運動が起きるかも。なんせ、米軍が交戦するための基地使用には、日本の同意が必要なはずですから。もしも北朝鮮に、「拉致した日本人は全員送還します。詫び状も書きます」なんて言われたら、完全中立を支持しますよ、今の日本人の感情では。韓国の反日感情も高まっているそうですが、火を点け、油を注いでいるのは、我々から見ればお宅の方だと思うのですが。こんなことを、ワイドショーを見ながら思いました。

showyou

第77号

2014年01月01日発行

安倍内閣 2年目の正念場

参議院議員西田昌司

中小企業や地方にも景気対策の実感を

 安倍内閣が発足して2年目を迎えます。この1年を振り返りますと、めざましい成果がありました。先ず、デフレ対策です。いわゆるアベノミクスにより、円高が収まり外国為替相場は、民主党政権時代には70円台になっていたものが100円前後で推移しています。これにより海外への輸出が大幅に伸び、企業収益も回復してきました。また、この1年で株価は1.5倍に上昇し、現在は1万5,000円台を推移しています。大手企業では年末のボーナスも上昇したところが多く見られています。
 しかし、中小企業や地方経済には、アベノミクスの恩恵を受けられていないところもまだまだたくさんあります。今年は、こうした方々や地域にも、景気回復を実感していただけるようにすることが、まず第一の課題です。

日本版NSCと特定秘密保護法が成立

フジテレビ「新報道2001」に出演いたしました

 年末に日本版NSC(国家安全保障会議)設置法と特定秘密保護法が成立いたしました。私は、この特別委員会の理事を務めて参りました。そもそもこの法律は国民の生命財産を守るためのもので、特に国家的な安全保障の危機やテロの脅威から国民を守るためにどの国においても同じような法律があります。ところが、マスコミはこの法律を国民の知る権利を侵害するものだとか、戦前のような国に戻ってしまうとか、全く出鱈目な報道を繰り返してきました。その結果、国民に不要な心配と誤解を与えています。
 国家安全保障会議というのは総理大臣と官房長官、さらに外務大臣と防衛大臣の4大臣が常時国家の安全保障に関することについて意見や情報を交換することにより、不測の事態に備えようとするものです。そして、国家安全保障会議が有効に機能するためには友好国と適宜情報の交換をしなければなりません。そうした機密情報は安全保障の観点から機密を守る必要があるのは当然のことです。一方で、そうした機密も一定の期限が来れば、当然国民に公開をしなければなりません。そこで、原則5年が経てば情報公開するということになっています。しかし、5年経った段階で、情報を公開すべきでないと担当大臣が判断した場合には30年までの更新が可能となっています。また、30年経った段階でも内閣が必要と判断した場合にはその延長が認められています。こうしたことを、マスコミや野党は、特定秘密が恣意的に秘匿され、結局は国民に公開されないのではないかと盛んに喧伝しているのです。

民主党時代にこそ情報が恣意的に秘匿

 しかし、これは全くの誤りです。そもそも特定秘密の指定は大臣が恣意的に行うものではありません。外交、防衛、特定有害活動の防止、テロリズムの防止に関するもので法律によって限定的に列挙された事項について、特段の秘匿の必要性があると認められたものに限られています。この法律ができるまでは秘匿の必要性についての基準がなく、各省が独自の判断をせざるを得なかったのです。そして、その中には恣意的な情報の秘匿もありました。その典型が民主党政権時代に起きた尖閣事件です。中国船が海上保安庁の巡視艇に衝突したのですが、外交問題になるのを恐れた民主党政権は、そのビデオを隠蔽したのです。それを海上保安庁の職員がインターネット上で公開したことにより国民の知るところとなりました。当時、民主党はこれに対して激怒し、特定秘密保護法を作ろうと目論んでいたのです。民主党は、今回の特定秘密保護法で恣意的な情報隠蔽が行われる恐れがあると盛んに喧伝していますが、まさにそれをしたのは当時の民主党政権だったのです。しかし、今回の法律が制定されれば、逆にこうした恣意的な隠蔽ができなくなります。何故なら、尖閣事件の情報などは特定秘密の対象にはならず、原則公開されるべき情報だからです。もっと早くこうした法整備をしておけば、あの海上保安庁の職員も辞めなくて済んだのです。

秘密指定が30年を超える場合がある理由

参議院特別委員会での「特定秘密法」採決の様子

 また、特定秘密の指定が30年を超えるケースですが、具体的にはこういうことが考えられます。ある国から日本の安全保障に関わる重大な情報を提供されたとしましょう。その情報提供者が20歳の若者だったとして、30年経ってこの事実を公開した場合、その時点で若者は50歳になっています。しかし、たとえ30年が経っていても、場合によっては情報公開により、この人物の命を危険にさらしてしまうことも予想されます。これではこうした情報は日本には提供されなくなるでしょう。そこで30年を超えても特定秘密の指定を例外的に延長できることも考えておかなければならないわけです。このように、すべては国家や国民の生命財産を守るために必要なものであり、独立国家ならばどの国にも存在する仕組みです。むしろ、こういう仕組みがなかったこと自体が日本の問題であったわけです。

平和主義を唱えるだけでは国は守れない

 そもそも、この法案に反対している民主党などの野党やマスコミは、日本の安全保障についてまともに考えたことがあるのでしょうか。国会の外で反対のデモをしている労働組合の方々や、この法案に反対している文化人と称される方々は、この法律が憲法違反だと言っています。憲法はその前文で、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。との述べています。しかし、この前提がもはや空文化している事は誰の目にも明らかでしょう。
 中国が領土的野心をあからさまに表し、北朝鮮はいまだに拉致した日本人を返さず、核ミサイルを装備しようとしている、韓国も竹島問題では頑なに主張を譲りません。これほど安全保障上の危機を迎えたのは、戦後初めてのことです。
 憲法に掲げる平和を愛する諸国民など存在しないのです。自分の国は自分で守る事は当然であり、今回の法整備はそのためのものなのです。マスコミや民主党などの野党は、国家の安全保障についての基本理念が完全に欠落をしています。彼らは、本当に平和を愛する諸国民の公正と信義に身を委ねていれば日本は大丈夫と信じているのでしょうか。彼らが国民を守るための政府のこうした法整備に反対することは、全く馬鹿げた矛盾した行為です。結局、彼らは憲法に掲げる平和主義を唱えているだけで、現実世界を無視し思考停止をしているだけなのです。

政党の体をなしていない維新の会やみんなの党

自民党京丹後総支部の皆様と石破幹事長に鳥取豊岡宮津自動車道の早期開通について要望をいたしました

 日本維新の会やみんなの党とは衆院で修正協議をして共同提案者となることができましたが、民主党は全く議論に応じませんでした。一度は政権を取り国家の安全保障の重要性を認識したと思っていましたが、結局彼らは何も学んでこなかったのです。また、残念だったのは、共同提案者になったはずの維新の会やみんなの党においても参議院の審議には非協力的であり、採決の際には棄権をしたことです。その後、みんなの党の分裂が発表されましたが、結局、彼らは政党の体をなしていなかったということです。議員個人が各自バラバラなのですから、政党同士の議論などできるはずがないのです。

余裕のある審議日程を

 ただ、我々与党も反省すべき点があります。それは、審議日程があまりに窮屈だったことです。この法案を早期に成立させるべきであるからこそ、もう少し審議日程を確保すべきだったと思います。安倍内閣はこの1年で経済政策、外交政策、安全保障政策で数多くの実績を残してきました。これは評価されるべきことです。民主党政権とは段違いの成績です。民主党時代に損なわれた国益を取り戻すために、安倍総理が全力で国政に取り組んでいることは衆目の一致するところです。しかし、あまりにやるべきことが多過ぎて法案審査が窮屈になったことは否めません。しかし、功を焦る必要はありません。先ずはデフレ脱却に全力で取り組むべきだと思います。

デフレからの脱却が最優先課題

 2年目の安倍内閣の最優先課題は、間違いなくデフレからの脱却でしょう。特に、今年は4月から消費税が8パーセントに上ることが決まっています。毎年、社会保障の給付額が1兆円以上増え続けていくことを考えれば、消費税の増税はやむを得ません。しかし、増税後、消費の落ち込みが長引けば経済に悪影響を与えてしまいます。これを回避するためには、予算面で徹底的なデフレ対策が必要です。
 デフレとは物価の持続的な下落のことです。そして、その原因は需要不足です。日本を始めとする先進国では一定水準の経済的豊かさを獲得すると内需は減少する傾向にあります。これは、豊かになれば欲しいものがなくなるということです。一方で、世界中にはまだまだ貧しい国がたくさんあります。これらの国は、先進国より貧しい分だけ需要が豊富にあります。貧しいからこそ欲しいものがたくさんあるということです。そのため、投資は先進国から発展途上国に移ることになります。その結果、先進国の雇用が減り、それがますますデフレを加速させることになるのです。デフレは先進国が陥る経済の病なのです。
 確かに民需は減少傾向にありますが、日本にはそれを補って余りあるほどの公需が存在します。耐震、防災、インフラの更新の必要性などは誰もが認めるものでしょう。こうした事業を継続的に行うことが、デフレからの脱却に必要不可欠なのです。こうした予算をしっかり確保することが大切です。
 本年も、安倍総理を支え全力で頑張ります。ご支援ご協力をよろしくお願い致します。

瓦の独り言
-お正月のお菓子は「葩餅(はなびらもち)」-
羅生門の瓦

みなさま、新年あけましておめでとうございます。
 お正月のお菓子に「葩餅(はなびらもち)」があります。これについては、過日、京都伝統産業ふれあい館で亀屋末富の山口富蔵社長のセミナー「京のお菓子とお正月」で説明がありました。恥ずかしい話ですが、それまで瓦は「葩餅」については詳しく知りませんでした。だって洛中のお正月の和菓子であって洛外(南区?)ではなじみがありませんでした。(一昔の京都市中とは、北は今出川通から下、南は七条通から上、東西は鴨川と大宮通の間を指すらしい・・・) 
年末年始の期間限定和菓子ですが、白味噌餡と甘く炊いた牛蒡(ごぼう)を柔らかな求肥または御餅で包んだ生菓子です。「花びら餅」とも書いてあるお店もありますが、新春を祝う菓子としてもてはやされています。しかし、30年ほど前まではあまり売れるお菓子ではなかったようです。
 「葩餅」は平安時代の新年の行事「歯固の儀式」に由来します。歯固は塩漬けした鮎など堅いものを食べて長寿を願う意味が込められており、宮中雑煮とも言われていました。明治時代に裏千家家元十一世玄々斎が初釜の時に使うことを許され、御所出入りの御ちまき司・川端道喜に花びらもちの創作を依頼したとか。その時に試行錯誤の末、現在のような白味噌と牛蒡(ごぼう)の入った桃色の生菓子になったそうです。(Wikipediaより)
 いらい、裏千家の初釜のお菓子は「葩餅」と決まりましたが、近年、これを庶民がお正月のお菓子として、買い求めるようになり全国の和菓子屋さんで作るようになりました。やはり京都が本場で、中でも川端道喜の「葩餅」が本家本元。現在でも裏千家の初釜には川端道喜の「葩餅」が用いられており、一般には手に入らないようです。でも、毎年、12月の数日間だけ「こころみのもち」と称して本番前の試作品を作る習わしがあるとか。これが一部に、予約販売として売られています。本番と同じものらしいのですが、大きさは昔は六寸(18㎝)、今でも四寸(12㎝)はあり、他の店よりは大きいらしいです。瓦も今年は食べてみようかな~と思っていたら、予約が終わっていました。
 この「葩餅」、京都ならではの和菓子です。東京では「花びらもち」と称して販売されているようです。でも、歴史と伝統を受継ぐ「葩餅」は京都でしか食べられない和菓子です。京都が誇るべき文化です。そういえば、京都が全国に誇るモノ、いや人物がいます。
 「伝えよう、美しい精神(こころ)と自然(こくど)」を信念に京都の、いや日本の正しい文化、生活のありようを説いている人物がいます。それは西田昌司参議院議員です。これからは京都が誇るものに西田昌司参議院議員と「葩餅」をセットにして「どうや!すごいやろう」と、全国の友人に瓦は自慢していこうと思っています。

showyou

第76号

2013年10月21日発行

増税とデフレ脱却は両立するのか

参議院議員西田昌司

消費税増税が決定

 景気対策をすることを条件に、来年4月からの消費税増税が決定しました。まだデフレ状態が続く中、増税は時期尚早ではなかったのかというご心配の声も数多く頂戴いたしております。私自身、消費税増税はデフレから完全に脱却した後に行うべきだということを再三申し上げてきましたから、そうしたご意見には同感するところが多いのが本音です。
 そこで、私なりに考えをまとめて述べてみたいと思います。

給料が下がり続けたことがデフレの原因

南区西田昌司後援会の皆様が国会見学にお越しになりました

 我が国では、この20年間デフレが続いてきましたが、それは、経済のグローバル化による内需不足が原因だと私は考えています。かつて、日本の貿易相手国は欧米先進国が中心でした。家電製品や自動車などの工業製品を西側諸国に輸出し、エネルギーや原材料などを中東やアジア・アフリカ諸国などから輸入するというのが日本の貿易の姿でした。要するに輸出入の対象は物であったわけです。ところが今は、家電製品にしても自動車にしても日本で生産して輸出するより、現地で生産する方が圧倒的に多くなっています。その理由は、貿易相手国がかつての西側諸国から中国を始めとするアジア各国に移っていったからです。その結果、製品の輸出よりも現地生産が増えることになったのです。
 西側諸国は先進国ですから、所得水準も高く日本製品を買うだけの資力があります。一方で、中国などのアジア各国は発展途上国で所得水準が低いため、高価な日本製品を買うことができません。発展途上国でたくさんのものを売るためには、その国で現地生産して製品価格を抑える必要があるのです。こうしたことから、日本の企業は発展途上国に工場を建設し、多くの製品を海外で生産することになりました。
 企業は売り上げを伸ばし、企業規模は飛躍的に拡大しました。しかし、海外で獲得した利益は現地で課税されるため、日本には税として納められません。また、現地雇用が増えるだけで、国内の雇用は、むしろ減少することになります。雇用が減少しだすと給与も下がりだします。賃金の安い海外雇用が増えると、国内の賃金を下げる圧力が増加するからです。海外の安い賃金に対抗するため正規社員の雇用を減らし、非正規や派遣社員を増加させたことにより、雇用は守れても給料が下がる結果をもたらしました。
 また、中小企業などへの下請け額も、常に値下げ圧力がかけられてきました。毎年数パーセントずつカットされている企業もあると聞きます。その結果、大企業は大きな利益を得ても、中小企業の業績は悪くなる一方です。大企業の正規社員は労働組合に守られて賃金カットされないでしょうが、非正規社員は勿論の事、中小企業においては経営者も社員も給料が下がり続けています。これが、GDPの大半を占める個人消費を落ち込ませデフレを作り出したのです。こうしたことを考えると、賃金の上昇を目指すという安倍総理の考え方は、全く正しいものだと思います。

法人税の減税で給料は上がるのか

 そこで安倍総理は、復興税の前倒し廃止や法人税の基礎税率を減額することにより、企業に給料を上げてもらう政策を提案されています。しかし、減税で給料が本当に上がるのか、そこが一番懸念されるところです。
 実は、バブル経済が終わってから景気対策のために法人税等の減税が実施されてきました。しかし、その結果景気は良くなったのでしょうか。バブル後GDPはずっと500兆円前後で成長はありません。また、税収も減税した分だけ減ってしまい、現在の税収は40兆円代で、これはバブル前の昭和61年頃の税収とほぼ同額です。もし、こうした減税を実施していなかったら税収は60兆円を超えると言われています。この原因は先に述べたように、企業が国内投資よりも海外投資を優先してきた結果なのです。このことは経済がグローバル化した時代においては、企業減税をしてもGDPの増加や給料アップにはつながらないということを示しています。
 また、雇用の大半を占める中小企業の雇用条件は年々悪化しています。従業員の雇用を守るために、経営者が給料をほとんど取っていないという話もよく聞きます。それだけ努力をしても満足に従業員に給料が払えず、ボーナスもほんの一時金しか出せない企業もたくさんあります。国民の給料を上げるためには、まさにこうした中小企業の給料を上げることが肝心なのです。
 経済のグローバル化が進んだ結果、大企業は業績が良くなればその分を海外投資に向けてしまい、給料や中小企業への発注の増加になかなか繋がらなかったのが事実です。これをどうやって変えられるのでしょうか。私は、企業減税をして給与増加を企業にお願いするという方法では、強制力がないため改善できないと考えています。

脱グローバリズムがデフレ脱却への道

自民党京都府連災害対策本部長として台風18号における災害状況の視察を行いました

 私は、経済のグローバル化、これが国内での投資を減らし給料を削減してデフレを作り出してきた原因であると述べてきました。世界が一つの市場となった現代社会においては、投資効率の一番いいところにお金は使われてしまいます。その結果、先進国から発展途上国に投資先が奪われてしまうのです。
 TPPに対して私が反対してきたのも、まさにこうした理由からです。TPPは関税を撤廃するというものですが、現実には物ではなく資本の移動が大きな課題になっています。世界中のどの国へも、自由に投資ができる環境を作るという事はまさに究極の経済のグローバル化です。先進国から発展途上国にどんどん投資が流れ出すということです。その結果、企業にとっては効率的な投資が可能になり業績は上昇することでしょう。しかし、日本を始めとする先進国は雇用が海外に奪われデフレが一段と加速してしまうのです。
 物の取引が主体であった20世紀と、資本取引が主体となった21世紀とでは、自由貿易の意味が変わってしまっていることを知らねばなりません。これを理解しないで自由貿易を推進すると、企業栄えて国滅ぶ、ということになりかねないのです。

民から官へ

 「官から民へ」という政策が、投資と雇用を海外へ流出させてしまいました。これを防ぐには、「民から官へ」と政策変更する以外ありません。確かに、民間需要は国内より海外の方により多く存在します。これに頼って経済政策をすれば、必然的に投資も雇用も海外に移転してしまいます。しかし、国内には、防災や減災、国防や治安維持、社会保障やエネルギー・食糧の確保などに莫大な需要が存在します。これらは民間任せで行うべきものではなく、政府が主体的に行わねばならないものです。言わば、公需と呼ぶべきものです。東北の大震災や福島の原発事故、尖閣問題を考えれば、どなたも納得できるでしょう。そして、これら公需に応えるには、税や社会保障の負担を増加させる必要があることもお分かり頂けるはずです。
 国税と地方税とを合わせた租税負担の国民所得に対する比率である租税負担率と、年金や医療保険などの社会保障負担の国民所得に対する比率である社会保障負担率の合計を国民負担率と言います。日本は4割程度ですが、これは先進国の中では異常に低い数値です。英独では5割程度、仏は6割、北欧諸国は更に高くなります。例外は米国です。日本より低い負担率ですが、国民皆保険等がなく民間保険任せのため、その負担が加算されておらず、日本の参考にはなりません。
 安心安全のための需要は正に公需です。そのためには政府部門の支出が必要です。それを賄うには日本の国民負担率は、世界水準から見ても低すぎるということなのです。官から民ではなく、民から官へと発想の転換をしなければならないのです。

大きな政府が国民をデフレから守る

読売テレビ「そこまで言って委員会」に出演いたしました

 ところが、この20年近く、我が国ではこの逆の政策を行ってきたのです。その結果、防災や安全保障の観点からも脆弱な国になってしまいました。更に、社会保障やエネルギー・食糧の確保の観点からも国民は不安を感じています。これらは予算措置が十分されていないからです。「官から民へ」のスローガンの下、こうした政策をないがしろにしてきたのです。このことが、日本の国力をどれだけ毀損してしまったか、大いに反省しなければなりません。
 また、こうした小さな政府論は、経済の面でも大きなダメージを与えてしまいました。減税を先行させ民間企業の活動に制限を加えない政策は、市場原理主義と呼ばれましたが、経済がグローバル化した中では、雇用と投資を海外に移転させることになりました。正にデフレを呼び込んでしまったのです。

政策の総点検が必要

 さて、以上の点を踏まえた上で、増税と景気対策はどう整合性を持つでしょうか。この20年に及ぶ小さな政府論が、国力を弱めデフレをもたらしたことは間違いありません。国民負担率を増加させ、公需のための予算を増やすことが国力を取り戻すために必要なことは言うまでもありません。そして、それが、雇用と投資の海外移転を防止する唯一の方法なのです。長期的には国民負担率の増加による大きな政府が望ましいと私は思います。
 しかし、他方でデフレが続いている現下の状況では、増税が望ましいはずがありません。公需に対する政府の予算措置は必要ですが、それは国債で賄うべきです。そして、デフレから脱却した然るべき時期に、負担率を上げるべきなのです。
 残念ながら、このような、長期的な視点と短期的な視点との政策の整合性についてしっかりした議論がまだ十分行えていません。そのため、短期長期の視点が示されないままに、バラバラの議論がされているのです。
 これを整合性のあるものにするのが、自民党の仕事です。そのためには、党内で徹底した議論を行う必要があります。また、これまでの政策の総点検を行わねばなりません。今まで自民党が行ってきた政策に対して批判をすることも時として必要になります。
 政府の中に入れば、こうした議論はしにくくなります。今後も、一国会議員の立場で、真摯な議論を行い、安倍内閣の政策が誤り無く行えるように努力をして行きたいと考えています。皆様方のご支援ご協力を宜しくお願い申し上げます。

樋のひと雫

羅生門の樋

 ついに決まりましたね、消費税の値上げ。今まで“アベノミクス”に好意的だったマスコミも、「?」的な報道が多かったように思います。そらまあ、誰しも増税は嫌なもの。出来ればないにこしたことはありません。
 これらの報道の中で、「お上から税をとられる」という庶民感情を逆なでするかのように、某新聞が「企業か人か。コンクリートか人か。」という二元論でコメントを書いていました。“コンクリートから人へ”と云って政権を担当した党もありましたが、今でもこの論の立て方があるのだと驚きました。この言葉には、コンクリート=予算のばら撒き=企業中心、人=福祉の充実=市民中心というニュアンスがあるのでしょうが、善悪二元論で世論を主導しようとする考え方には失望しました。
 思えば、東京オリンピック、この前後から始まった高度経済成長では、随分コンクリートが出来ました。高速道路、新幹線、大型橋梁、高層ビル。これらの恩恵を被って来たのは我々国民でした。しかし、漫談家ではありませんが,「あれから五十年‼」。今では、橋脚には亀裂が入り、トンネルの崩落もありました。そろそろ高度経済成長の恩恵のツケを払う時期に来ているのではと思います。友人の技術者が言っていました。「コンクリートの寿命は50年。保守しようとすれば建設する以上の費用がかかる」と。
 50年後の孫の世代に、安全と安心な国を残そうと思えば、現在出来ることをしておかないと。朽ち果てたコンクリートを産業遺産ならぬ、産業廃棄物として子孫に残す訳にはいきません。その為には、財政規模の拡充も必要でしょう。3パーセントの消費増税が、現在の福祉だけに使われるのではなく、子や孫に安全で美しい国土(くに)を残すような使い方をしてもらいたいものです。
 ところで、先の選択肢を「人が安全に暮らすコンクリートの建設、人に安心をもたらす企業の育成」と置き換えてみてはどうでしょう。今まで二元的に考えていたものが、存外目的を共有できるものになるかも知れません。二元論的思考や二律背反的疑問の立て方は、50年前の“ヤルタ・ポツダム体制の冷戦時代の世論”を想定したものでしかありません。この論理構造自体も、疲労破壊する時期に来ているのかも知れません。

showyou

第75号

2013年08月10日発行

参院選勝利! 安倍内閣で国力回復を!

参議院議員西田昌司

安倍内閣の信任

 先の参議院選挙では、39万票を超える多くのご支持を賜り、無事に二期目の当選をトップで果たすことができました。ご支援を頂いた多くの皆様方に、心より御礼を申し上げます。
 今回の選挙は安倍内閣最初の国政選挙です。自民党が65、公明党が11、合わせて76の議席を獲得し、衆参のねじれ状態は解消しました。これで、安倍内閣が信任されたわけです。これからは、選挙中訴えた政策の実現のために全力で働く覚悟です。

経済のグローバル化がデフレの原因

万感の思いで万歳三唱です

 特にデフレからの脱却は最優先の課題です。そもそもデフレになった原因は、世界中を席巻した新自由主義に基づく、経済のグローバル化にあります。バブル崩壊後、銀行は、不良債権の発生に伴い、資金の貸付より回収を優先しました。また企業も積極的に投資する気運が失われました。これにより市場に流通していた資金は大幅に減退したのです。これでは、当然、景気は後退します。本来、このような事態になれば、景気を下支えするために政府の財政出動が行われるはずでした。しかし、これが十分に行われませんでした。その理由は、当時流行した小さな政府論です。「官から民へ」が合言葉になり、徹底した行政改革が求められたのです。バブル以後、民間企業がリストラをしているにもかかわらず、政府がリストラもせず財政出動するのはおかしいという感情論が、世の中を支配しました。減税が行われ、政府や地方自治体の予算は年々削減され少なくなりました。民間企業に主体的に投資をしてもらう方が、より効率的な社会を作れるはずだと考えられたからです。そして、規制緩和が叫ばれ、構造改革が進められました。その結果が、20年にもわたるデフレにつながったのです。

雇用と税金が海外に移転

 民間企業が積極的に国内に投資することを前提とした構造改革でしたが、結果は違うものになりました。中国をはじめとするアジアの新興国が台頭した時代においては、人件費の安い海外で生産しないと企業は競争に勝てません。そのため、企業は国内投資より海外投資を優先させたのです。国内の雇用は海外に奪われてしまったのです。
 たとえばトヨタ自動車の生産台数は、2002年には国内348万台に対し、海外215万台であったものが、2012年では、国内349万台に対し、海外524万台と生産の6割を海外で行っているのです。海外に進出して売り上げを伸ばした結果、企業の収益は飛躍的に拡大しました。しかし、税金は事業を行っている海外で課税されることになります。また、2006年には国内生産が420万台近くあったことを考えれば、国内生産台数が10年前と同じではあるものの、実質的には雇用も海外に流出をしているということです。
 私はトヨタ批判をしているのではありません。経済がグローバル化する中では、企業は海外移転をせざるを得ないということです。つまり、民間任せでは雇用も投資も海外に流出してしまうということです。そして、それがデフレの原因なのです。

デフレ脱却には政府の財政出動が必須条件

安倍総理にも応援に駆けつけていただきました

 こうした事態を踏まえて、私は下野した時代から、安倍総理の下で勉強会を立ち上げ、デフレ脱却について次の様な提言をしてきました。
今までの様な市場原理主義では投資も雇用も海外に流出してしまいます。一方で国内には、減災防災を始めとするインフラ整備、国防、福祉などの莫大な需要が存在します。しかし、これは民間だけでできる仕事ではありません。政府がすべき仕事なのです。今こそ、政府が財政出動し、こうした仕事を行うべきなのです。これにより、それぞれの地域で新たな需要が創出され、その結果、雇用が増えていきます。雇用が増えれば賃金が上昇し、賃金が上昇すれば消費が増え、経済はデフレから脱却できるのです。
 まさにこうした政策が、アベノミクスの第2本目の矢となって、今放たれているのです。アベノミクスの効果を疑問視する方もいますが、こうした予算を実施していけば、確実に実体経済は改善されて行きます。さらに、これは1年や2年で終わるのではなく、5年10年と、長期的に実施して行かねばなりません。
 今回の参議院選挙の勝利により、衆参のねじれが解消しましたから、安倍政権の長期的な安定が保障されました。これにより、アベノミクスの長期的実施が可能になったのです。デフレ脱却のための万全の体制ができ上がりました。

民主党の崩壊

 今回の参議院選挙で、自民党は大勝利をおさめました。しかし、それは自民党の勝利というよりも、民主党の自滅だと思っています。
 6年前の参議院選挙で、自民党は大敗北を喫しました。以来、参議院においては民主党が多数を占め、この6年間は、常に民主党が政治の主導権を握ってきました。そして、遂に政権をも担うことになったのです。
 民主党政権は、衆参とも民主党が多数を握り、安定した政権基盤の中で出発したはずでした。彼らは、自分たちの思い通りに政策を実行することが出来たのです。その結果が、今日の日本の混乱です。経済はデフレの谷底に落ち、安全保障はボロボロ、まさに国難とも言える事態です。
 その政策の誤りを、野党時代、私たちも指摘してきました。しかし、彼らは一切聞こうとしませんでした。うまくいかないのは、自民党時代の政治が悪かったからだと、開き直りに終始しました。そのため民主党には、未だに政権の失敗に対する反省が一切ありません。これでは、国民に見放されても仕方がありません。今回の選挙は、こうした民主党時代に終止符を打つものでした。
 民主党が自滅したことにより、再び自民党に政権が戻り、参議院においても安定多数を獲得しました。衆参安定多数のゆるぎない政権基盤を持つ安倍政権には、絶対に失敗は許されません。そのためにも民主党の失敗を他山の石としなければなりません。また、そもそもなぜ自民党が下野したのかもしっかりと反省をしておかねばなりません。

大勝利に隠された下野の原因

ビートたけしの「TVタックル」~参院選緊急生放送~に出演いたしました

 今から12年前、小泉旋風の下、自民党は参議院選挙で大勝を致しました。そして、その後の衆議院選挙では郵政改革を争点にして、300議席を超える大勝をおさめました。自民党は、何でも思い通りに政策を実行できたのです。また、事実そうしてきました。
 当時、京都府議会議員だった私は、新自由主義に基づく構造改革路線を批判してきました。その理由は、デフレと格差を作ることが予想されていたからです。そして、それは現実のものとなりました。
 小泉総理から、事実上の禅譲という形で発足した第一次安倍内閣は、当初は高い支持率でスタートしました。防衛省を作り、教育基本法改正し、憲法改正のための国民投票法を成立させるなど、短時間で目覚ましい成果を上げました。しかし、こうした戦後レジームからの脱却を目指した安倍総理に対し、これに反対するマスコミや野党は、「消えた年金」や「絆創膏大臣」などでバッシングを繰り返しました。その結果、6年前の参議院選挙で自民党は大敗北を喫したのです。今考えれば、安倍バッシングは根拠のないものだったことは明らかです。
 しかし、こうしたバッシング以前に、国民は慢性的な不安や不満を抱えていたのです。それは、バブル崩壊後の日本経済の低迷からくるものです。今日より明日に良い日が来るとは信じられない。雇用は減り、給料は下がる。その一方で大儲けをしている一部の人達がいる。東京は栄える一方で、地方は衰退していく。まさに、構造改革の副作用が、社会のあらゆるところに出現していたのです。
 第一次安倍内閣が目指した戦後レジームからの脱却は、私は今でも、方向性としては正しかったと確信しています。しかし、小泉総理から引き継いだ経済政策に問題があったのです。
 しかし、小泉総理の下、衆参両院で大勝利を収めたため、構造改革路線を否定するような議論は、自民党内ではできなかったです。多くの国民がデフレと格差に苦しんでいるにもかかわらず、その現実に目を背け、政策の方向転換を行わなかったのです。こうした政策の誤りと自民党の傲慢さに、国民は嫌気がさしたのです。
 民主党が掲げたマニフェストが出鱈目ということは、国民もうすうす気がついていたはずです。しかし、出鱈目であっても、一度すがってみよう、そう思うほど、国民生活は疲弊していたのです。もちろん、国民を騙した民主党の罪は重いです。しかし、その原因には自民党の失政があった、そのことを私たちは認識すべきです。

今こそ、戦後レジームからの脱却を

 この様に、過去の失敗の反省の上に第二次安倍内閣はあります。また、第一次安倍内閣から掲げられていた戦後レジームからの脱却は、今日においても非常に重要な課題です。鳩山総理の普天間での迷走に端を発して、中国は、領土的野心をむき出しにしています。自分で自分の国を守る、そのことがこれほど重要性を帯びている時代は他にないでしょう。そのための障害となっているならば、憲法の改正も辞さない、安倍総理のこうした姿勢は、高く評価されるべきものです。
 一身独立して一国独立す。これは、福沢諭吉の言葉です。アジア各国が、西洋列強の植民地と化していく中、日本が唯一の独立国たり得たのは、こうした先人の不断の努力と気概の賜物です。ところが戦後60年、私達はこうしたことを忘れ、むしろ、タブーとしてきてしまいました。
 中国は、経済的にも軍事的にもアメリカと並ぶほどの大国となりつつあります。中国の海洋進出は著しいものがあります。日本ばかりか、アジア各国が、中国の領土的野心の拡大には大変警戒をしています。そうした国が頼りにしているのはアメリカです。しかし、アメリカは、中国との衝突を避けようとしています。太平洋の権益を米中で分けようとしているのです。もはやアメリカにも、中国を押さえ込むだけの力はないのです。先日の長時間に及ぶ米中首脳会談はそれを物語っています。
 このような時代の中で、日本が国の自立を守るためには、戦後のタブーに縛られず、国防についてのまともな議論を行うことが必要です。
 皆さん方から頂いたこの6年の任期を、デフレ脱却や戦後レジームからの脱却など、日本国の自尊自立のために全力で働きぬく事をお誓い申し上げます。今後ともご指導ご鞭撻をよろしくお願い致します。

瓦の独り言
-土用は年に4回ある?-
羅生門の瓦

 まずは西田昌司参議院議員の2期目、トップ当選、おめでとうございます。
 今日、7月22日は「土用の丑」。ウナギで一杯やっております。ところが今年は「土用の丑」が2回あって、ウナギが2回食べられるとか。
 暦の本を紐解くと、(こんなこと、知らんかったんかいな。と、諸先輩に笑われるかも)土用は、春夏秋冬のそれぞれの四季にあって、立夏,立秋、立冬、立春までの18日間を言っているのです。でも、夏の土用が有名で、暑気払いに平賀源内が「丑の日」にウナギを食べる習慣を広めたとか・・・。今年の暦では7月22日が「一の丑の日」、立秋前の8月3日が「二の丑の日」となっています。2回もウナギが食べられてうれしいのは、食いしん坊の瓦だけではないはずです。
 ところが、土用の間は、土公人という土の神さんが地中を支配しているために、土を動かしたり、穴掘りをすることは忌み嫌われています。しかし、それでは一般の仕事などに支障が出るため、間日(まび)という日が設けられ、その間日(まび)には、土公人は文殊菩薩さんに招かれて天上界へいっておられるとか。迷信とはいえ、なんとも、素晴らしい習慣ではありませんか。「ダメだけれども、ある条件下であれば、このことだけはOK。」この発想にふれたとき、瓦は西田昌司参議院議員の主張とかぶる個所があるような気がしました。
自民党内でTPPに反対をしているが、共産党のように「なんでも反対」ではなく、「条件が合えば、ある部分はOKです」と、いった主張。本音は決してぶれていないが、周囲の状況に応じですぐに判断される素晴らしさ。これに感動しているのは、瓦一人だけではないはずです。さらに、このような間日(まび)を設けるのは「土用は季節の移り目であり、農作業などの大きな仕事をすると体調を崩しやすいので要注意」といった先人の戒めが込められているのではないでしょうか。このような日本人の生活の知恵に驚愕しているのも瓦一人だけではないはずです。

showyou

第74号

2013年04月15日発行

参院選の勝利で政権の安定を

参議院議員西田昌司

アベノミクスで景気回復? 勝って兜の緒を締めよ

 安倍総理が掲げるアベノミクスの期待により株価が上昇し、リーマンショック以前の水準にようやく回復しました。また、為替は95円台になり、円高も解消しつつあります。しかし、実際にはまだ予算も法律も執行されてはいません。まさに、安倍政権に寄せる期待が景気回復の原動力になっているのです。
 ただし、それは、民主党政権への過大な期待の結果もたらされた、失望の大きさによるものであると、認識しておかなくてはなりません。現実の経済が回復しなければ、国民の期待は失望へと変わり、怒りとなって戻ってくることを考えると、勝って兜の緒を締める謙虚さと慎重さが必要です。

アベノミクスはアソノミクス

ビートたけしのTVタックル~春の3時間スペシャル~に出演しました

 安倍政権が最初に取り組まねばならないのは、何と言ってもデフレ対策です。私はこうしたことを所管する参議院財政金融委員会の理事を務めていますが、そこで麻生財務大臣にデフレ対策についての所見を伺いました。麻生大臣は、金融緩和と財政出動と民間投資の三本の矢の必要性を説明されました。しかし、これは麻生大臣が総理の頃に行ったリーマンショックに対する景気対策そのものです。これがリーマンショック後の経済を下支えしたのですが、民主党の事業仕分けにより潰されてしまい、デフレに歯止めがかからなくなったのです。従って、アベノミクスと呼ばれているものは、実はアソノミクスではないかと私は考えています。
 では、何故もっと早くこうした政策が自民党政権時代にできなかったのでしょうか。私のこの質問に対し麻生大臣は、実は小泉政権の時代にも同じことを提案していたが当時はそれが認められなかった旨を述べられました。率直に自民党政権の政策の誤りを認められた訳です。

日銀の誤りを認めた黒田日銀総裁

 白川総裁に代わり新しく日銀総裁になられた黒田東彦氏も参議院財政金融委員会で、今から思えば、2000年、2006年に量的緩和を止めたのは早過ぎた、と率直に誤りを認められました。その上で、安倍政権の掲げる2%の物価上昇になるまで量的にも質的にも金融緩和を続けると明言されました。このように、麻生大臣、黒田総裁とも過去の政策の誤りを認めた上で、デフレ対策を徹底的に行うことを約束されたのです。
 まさに、我が意を得たりです。かねてから、私はこの20年間の自民党の構造改革路線には反対をしてきました。そして、下野してからは特に、その総括をすべきと主張してきましたが、少なくともこのお二人はそうした思いを持っておられるということです。

政治家は自省が必要

参議院予算委員会にて質問

 人間は誤りを犯すものです。そのことは誰でも知っています。しかし、立場が大きくなればなる程、自らの過ちを認められなくなります。特に政治の世界では尚更です。自ら行った政策の誤りを認めれば、その責任を追求されます。それを避けるためには、誤りを認める訳にはいかないのです。 役人の世界も同じです。役人はその背中に省庁を背負っています。その組織を守るためにも政治家以上に誤りを認めたがりません。
 しかし、本当に背負わなければならないのは省庁ではなく、国そのものであるはずです。自分自身だけでなく、時には組織や先人の立場をなくすことがあっても、その誤りを認めなければ国家が滅んでしまうことになるのです。
 こうした中、麻生大臣や黒田総裁の発言は先の過ちを認めるものであり、大いに評価したいと思います。それは、安倍総理にも共通する姿勢で、第一次安倍政権での失敗を繰り返すまいという決意が、政権運営に現れていると思います。それが、高支持率に繋がっているのでしょう。

TPPは国内空洞化を招く

 私はTPPに反対しています。その理由は、そもそもTPPの目指す自由貿易をすれば、先進国は雇用の空洞化を招き、国民の所得が減るからです。昭和の時代の自由貿易は、日本で作ったモノを輸出することが主流でした。輸出が増える程企業は儲かり、雇用が増えるため、国民も豊かになり、外貨も稼げて国も富むことになりました。ところが、平成の自由貿易ではこうはなりません。平成の自由貿易は、モノではなくモノを作る製造設備そのものを輸出しているのです。そのため、海外でモノが売れてもそれは、海外生産したモノが売れているにすぎないのです。海外生産を増やした結果、企業の生産量は飛躍的に増大し、利益も増えました。しかし、製造拠点が海外に移転した結果、国内での雇用は減り、正規雇用が減りますから給与も減ります。国全体としては、海外からの配当が入りますから経常収支の黒字は増えます。しかし、国内の雇用が減り、国民の所得も減るため、GDPは減る可能性があります。これが国内空洞化です。

TPPは企業の論理

 国内が空洞化するのは日本だけではありません。TPPを始め、極端な自由化を要求しているアメリカもその例外ではないのです。アメリカンドリームとは、一所懸命働けば、家を建て家庭を持ち、大きな車に乗り、週末は家族とホームパーティーを楽しむという中産階級の生活を誰もができるということです。ところが、アメリカではレーガン時代から始まった規制緩和政策のお陰で貧富の差が拡大し、中産階級が少なくなってしまったのです。 規制緩和の結果、製造業は日本などのアジア勢に敗退し、ウォール街の金融業界が支配する国になってしまったのです。中産階級の利益の代弁者として、脱ウォール街を唱えて当選したオバマ大統領も、今やウォール街の論理にしっかり取り込まれています。そうした企業の勢力を背景に、日本のTPPへの参加が要求されているのです。正に、企業の論理の代弁者としてオバマ大統領は日本に要求しているのです。

TPPはこれからも議論が必要

 TPPについて、安倍総理は交渉参加を表明されました。しかし、自民党のTPP対策委員会では、TPPで守るべき国益と懸念される問題点について総理に報告をし、安倍総理もTPP参加交渉の中でこうした国益を守り抜く旨の決意を表明されました。日本の交渉参加については参加国の承認が必要で、実際の交渉は参議院選後になるでしょう。これから、この交渉の推移をしっかり注視していかねばなりません。

防衛力強化を急げ

 中国は経済力で既に日本を追い抜き、やがてアメリカをも凌ぐ国となるでしょう。それに伴い軍事費も増大し続け、日本の安全保障にとっても大きな懸念材料です。安倍総理がTPPの交渉参加を決断した背景には、こうした状況の中で日米関係を重視されたのでしょう。 しかし、今後アメリカは膨張する中国を押さえ込むのではなく、取り込むことを選択する可能性があります。それは大東亜戦争の事例が示しています。当時アメリカが、その市場の大きさに目が眩み、日本より中国を選択したことが、日米開戦に繋がって行くのです。結局、その中国は毛沢東の共産党に占領され、アメリカは何も得ることができなかったのです。アメリカにとっても苦い経験であるはずですが、私たちも、アメリカ頼みの安全保障だけでは国を守れないことを考えるべきです。安倍総理は防衛力の増強を掲げておられますが、そのためには、集団的自衛権の行使を始め、今までとは次元の違う安全保障政策を行う必要があります。

日本の自立を阻むもの

自民党大会にて安倍総裁と握手

 日本が防衛力を増強することにより、アメリカは日本での駐留経費を減らすことができます。日本の財政負担は増えますが、これは独立国としては当然の負担です。むしろ、それを今までしてこなかったことが問題なのです。また、防衛力の増強にはアメリカから兵器の輸入も必要になるでしょう。軍事産業はアメリカの基幹産業ですから、これにより、アメリカは雇用を伸ばすことができます。こうしたことは、日米両国にとってもお互いにメリットがあるはずです。
 ところが、これに反対する国があるのです。まず、中国や韓国、北朝鮮が反対するでしょう。彼らは、かつて日本に事実上支配されてきたことを引き合いに出し、また軍事力で侵略するのかと大反対をするでしょう。それは、彼らからすれば当然のことでしょう。しかし、日本にそんな意思があるはずも有りません。自衛はどこの国にも当然に許された権利です。それを否定する権利はどの国にもないのです。
 しかし、一番反対するのはこうした国ではなく、日本人自身ではないでしょうか。マスコミは憲法違反だと徹底的に反対するでしょう。
 一方、アメリカも日本の自立を望まないとしたらどうでしょう。日本を自国の影響力の下に置くことがアメリカの利益と考えれば、そういうことになるでしょう。事実、そのために占領中にアメリカが日本にあの憲法を与えたのです。こう考えると、日本の真の自立にはまだまだ時間がかかりそうです。

参議院の安定多数が絶対に必要

 ロケットスタートに成功した安倍政権ですが、まだまだ難問山積です。これらを一つひとつ解決してゆくためには、衆参両院で多数を獲得し、政権を安定させる必要があります。
 私も、安倍総理を支え、国難を乗り切るために二期目を目指して全力で頑張る覚悟です。今後とも、ご支援をよろしくお願い申し上げます。

樋のひと雫
-本音と建前・理想と現実-
羅生門の樋

 3月初旬にベネズエラのウゴ・チャベス大統領が死去しました。日本では馴染みが薄いかも知れませんが、中南米では今後の政治の行方を左右する一大事です。彼は経済破綻国家キューバを初め、余り強固とは言えない経済状況の中南米反米左派政権の最大のパトロンであり、自国の石油収益を惜しげもなくこれらの国々に与え続けました。我がボリビアもエボ・モラーレス大統領が盟主と仰ぎ、経済援助や政治上の指導も受けていました。
 自国では多数の貧困層に政権基盤を置き、かなりあざといこともやっています。ゴルフは富裕層のものと云うことで、ゴルフ場を潰して貧困者用のアパートを建ててもいます。ボリビアでも同じことが起こるのではと、ラパスのゴルファーの間では随分話題にもなりました。
 昨今では、各国の左派政権が経済的に行き詰まり、自国通貨の保護に躍起になっています。例えば、アルゼンチンではドル不足から輸入品の価格が高騰しています。ドル建て預金も出来ません。なのに、ブエノスアイレスに出かけようとした時に、現金(ドル)でホテルを予約しようとしたら、代理店で「ドル送金が出来ないから」と断られました。また、ボリビアでは最近になって、銀行ではドルからボリビアーノ(ボリビアの通貨)に換金してくれません。「国民以外はドルを換金することは出来ません」と断られます。観光に力を入れていると云うのに、ドルが使えない。抜け道がありました。ホテルのボーイにチップを渡して、銀行の窓口に同行してもらい換金を依頼します。これって国とグルになった小遣い稼ぎ、と思わずツッコミたくなります。
 建前と理想の南米型左派政権は最大のパトロンを喪って、今後はどのような通貨政策を採るのでしょう。ベネズエラの国民は、自分達の財産(石油収益)が他国の政権維持のために使われることに、何時まで我慢できるのでしょう。難しいところです。各国は現在の為替レートを維持するために随分無理をしていますが、その反動が何時現れるのか。怖いところです。3千パーセントと言われたインフレ時代は、つい30年ほど前のことでした。
 チャベスが夢見た南米独立の英雄シモン・ボリーバルの理想が蘇るのか、世界通貨ドルとの争いに敗れるのか。自国資源を国有化するナショナリズムが勝つのか。悩ましいところです。この様子、どこか日本のTPPやEPA、RCEPの問題と似ていませんか。世界諸国との貿易関税の壁をなくしたら、YENもなくなっていたなんて、悪夢です。

showyou

第73号

2013年01月01日発行

安倍内閣に期待する!

参議院議員西田昌司

 昨年の総選挙で民主党政権が終わり、ようやく、政権奪還ができました。ご支援いただいた皆様に心より御礼を申し上げます。全国においては自民圧勝の中、京都の民主党は、あれだけの逆風の中で2区と6区は選挙区で、3区は比例で当選するなど、依然として民主党の底堅さが目立ったのも事実です。更なる党勢の立て直しを痛感しました。私の期待するところも含め、これから安倍内閣が行うべき方向性について述べてみます。

まず景気対策

安倍総理とともに自民党公認候補者の応援演説

 選挙期間中から、安倍総理が真っ先に掲げていたのは景気対策です。そのために、日銀と協調して大胆な金融緩和を行います。具体的には、日銀が民間銀行等の保有する国債を市場を通じて購入するということです。その金額を増額することにより、民間銀行にお金を潤沢に供給しようとするものです。このように日銀が市場を通じて国債を買い取る操作(オペレーション)を買いオペと呼びます。よくデフレを脱却するには、日銀がお金を刷れば良いということが言われますが、この買いオペが正に日銀がお金を刷ること、つまり通貨供給なのです。また、この逆に市場に日銀の持つ国債を売る操作を売りオペと呼びます。
日銀は「物価の安定」と「金融システムの安定」が仕事ですが、物価の安定という意味は、決してデフレの状態ではありません。毎年1-2%くらいは物価が上昇している状態、つまり軽いインフレの状態が正常な状態なのです。現在は物価が毎年下落している状態、つまりデフレの状態ですから、決して正常ではありません。そこで日銀も買いオペを行い、通貨の供給を増やしています。しかし、残念ながら現在もデフレが続いているのです。
そこで安倍総理が主張してきたことは、もっと大胆に供給量を増やすべきだ、そのためには買いオペの額を増やすべきだということです。日銀は伝統的にインフレに対する警戒心が強いものです。特に、20年前のバブル経済の後遺症から、バブルにならないようにしようとするあまり、大胆な金融緩和ができず、結果的に長期間にわたるデフレを作り出してしまったのです。正に、熱ものに懲りて膾を吹くという愚をしてしまったのです。今までの枠にとらわれない、大胆な金融緩和を安倍総理が主張するのは当然のことなのです。

民主党によりデフレが長期化

 こうした日銀の政策だけで無く、政府の側にも政策の誤りがありました。民主党政権での事業仕分けや「コンクリートから人へ」の政策により、公的需要が極端に減少してしまいました。彼らの言い分は予算の無駄を削減するというものでした。その影響で科学技術開発の予算が大幅に削減され、公共事業も大幅にカットされました。小惑星探査機「はやぶさ」の偉業や、山中教授によるノーベル賞受賞が示すように、科学技術開発はこれからの日本の経済の推進力になります。また、中央自動車道のトンネル崩落事故に見られるように、インフラの整備や維持には大きな予算が必要です。ところが、民主党政権ではこうした予算を無駄と称して削減をしてきたのです。これが全くの間違いであった事は、今更指摘するまでもないでしょう。これから安倍政権においては、こうした予算は大幅に増額されることになるでしょう。

バブル後の政策の誤り

京都府内を中心にたくさんの候補者の応援に駆けつけました

 公共事業費は、実は自民党政権においても、バブル後一時的には景気対策のために増やされたものの、毎年削減されてきたのです。その理由は、この頃からいわゆる小さな政府論が幅を利かすようになったからです。これは日本だけではありません。
不況の時には金利を下げ、公共事業費を増やし、好況時には金利を上げ、公共事業費を減らす、これが伝統的な経済政策でした。1930年代の世界大恐慌はこうした政府による需要調整政策により脱出できたのです。しかし1970年代以降、アメリカにおいて、政府は需要を調整する必要がなく、市場に任せるべきとする自由放任主義が主流になってしまいました。そして、アメリカが冷戦の覇者となってからは、そうした考え方が世界の潮流となってしまいました。特に、日本においては、バブル後、アメリカ型の社会の仕組が急速に取り入れられてきました。規制緩和が唱えられ、市場原理主義が経済政策の主流となったのです。こうした考え方の下、毎年公共事業費は削減されてきたのです。その結果が今日のデフレを産んだことを考えると、自民党にも大いに責任があります。結果的には、そのデフレによる不満が爆発して自民党は下野させられたのです。

経済政策の大転換

 何れにせよ、こうした歴史の事実を踏まえて、安倍総理は大胆な金融緩和と財政政策を提案しているのです。残念ながら、現在は深刻なデフレのため、金融緩和をしても民間企業はすぐには投資をしません。そこで、まず政府が積極的に公共事業投資等を行うことにより、民間企業の需要を喚起させる必要があるのです。長引くデフレから脱出するためには、市場にインパクトのあるものでなければなりません。それが10年間で約200兆円規模の公共事業投資を行うという提言です。
これをバラマキだと批判する人がいますが、その方たちは、この20年にわたる不況の原因に未だ気づいていないのです。不況の時に仕事を供給するのは政府の当然の責務です。民主党政権は、このことに気づかず、公共事業が抑制され続けてきました。その結果、生活保護費ばかりが増えることになってしまい、その額は今や4兆円を超え、防衛費に並ぶ程までに膨れ上がりました。これこそ、異常なことです。
また、年末の中央自動車道のトンネル事故が示すように、インフラはしっかり維持管理をしなければ大事故につながります。これも、公共事業費を抑制してきたつけと言えます。

公共事業で財政は破綻しない

 公共事業を増やせば国債が増え、財政の破綻を招くという人もいます。しかし、これも間違っています。発行した国債は、民間銀行が喜んで引き受けてくれます。何故なら、不況で融資先の乏しい銀行にとっては、国債は魅力的な資産だからです。その証拠に国債の九割以上が、国内の金融機関などにより保有されています。そして、その金融機関の預金の原資は、殆ど全てが国民の預けたものです。外国からお金を借りて国債を発行しているギリシャなどとは、根本的に違うのです。外国から資金の引き上げの無い日本では、国債の破綻など有り得ないのです。財政破綻を唱える人は経済の基本的知識が無いか、財務省に踊らされているか、どちらかです。

財務省の誤り

 財務省は、税金の徴収と予算の作成が仕事です。「入るを量りて出ずるを制す」彼らは常に税金の範囲で予算を支出するのが当たり前だと考えているのです。
しかし、これは、必ずしも正しくないのです。確かに、社会保障費など今の世代が給付を受けるものについては、負担と給付が均衡する必要があります。ところが、インフラの整備は、元々税金で行うものではありません。住宅は住宅ローンで買い、将来の所得で返済するように、インフラの整備も国債で行い、将来の税金で返済すべきなのです。しかも、 公共事業投資は確実にGDPを押し上げますから、その分将来の税金も必ず増えるのです。これは伝統的な経済学の常識です。
にもかかわらず、ここ20年にわたり、公共事業で需要調整をすべきでないというアメリカ型の経済学が主流を占めるようになりました。この学説に従い、財務省は公共事業を抑制し続けたのです。その結果、GDPが伸びず、深刻なデフレに陥ってしまったのです。これは、明らかな誤りです。

対米従属意識が根本的原因

 戦後の日本では、アメリカに従うことに慣れすぎ、何でも鵜呑みにする傾向があります。これは、マスコミにも政府にも、多くの国民にも言えることです。特にバブル後は、日本人が自信喪失したこともあり、その傾向が際立っていました。こうした対米従属意識が、誤った政策を助長してきたのです。

安倍総理の使命

KBS京都「報道特別番組2012総選挙・乱戦 京都の結論!」
に出演しました

 こうした誤りを認めた上で、安倍総理は政策を大転換しようとしているのです。それは、経済政策だけにとどまりません。これまでは、自分の国は自分で守るという当たり前のことが、十分にできず、むしろ、タブーになっていました。しかし、尖閣問題が示すように、防衛力の強化は必然です。また、そのためには、憲法改正も視野に入れなければなりません。
これらのことは、戦後の枠組みを乗り越えることを意味します。戦後の枠組とは、憲法を始めとする対米従属意識からくる戦後の価値観や仕組のことです。マスコミは、この戦後の枠組の守護神を自認してきたわけですから、当然、大反対をするでしょう。また、先の安倍政権の時代からマスコミが安倍バッシングを執拗にしてきたのも、そのためなのです。

すべては参議院選挙の勝利から始まる

 衆院選で勝利を収めましたが、依然として、参議院はねじれたままです。先に述べてきたような改革を行うには、参議院においても多数を占めなければなりません。また、戦後の枠組からの脱却は、国民に十分説明し、納得をしてもらわねばなし得ません。
そのためには、今までのようなキャッチフレーズによる政治を止め、粘り強く国民に訴えていかねばなりません。正に、政治家が本当の使命を果たす時がきているのです。私も、安倍総理と共に、こうした使命を果たすために頑張ります。今後とも、ご支援をよろしくお願い申し上げます。

瓦の独り言
-畳の目-
羅城門の瓦

 新年あけましておめでとうございます。
「冬着たりなば春遠からじ」 やっと、3年4ヵ月の冬の時代から抜け出せました。
冬至も過ぎ、新春のお正月頃からは、畳の目ほどに日が延びていきます。座敷に差し込む日差しも、畳の一目づつ長くなっていきます。(この言葉は、故西田吉宏参議院議員から聞いた記憶があります。) 急激な変化は求められませんが、着実に暖かくなってゆきます。
 ところで、畳の一目の大きさをご存知ですか? 知っておられる方はおそらく畳屋さんか、大工さんかそれとも茶道の達人では・・・。瓦も、知らなかったのですがある人から、「京間畳の短手の目数は縁内64目で、これは大和の国64州を象ったものと言われています。」と教えられました。でも家の畳の目を数えると62と半分でした。でもこの半分も茶道の世界では「半目」または「小切目」といって意味があります。64目ある畳は「丸目の京畳」といって、お道具を置くときに畳の目数を目安としますが、関西と関東では畳の大きさが異なるので、畳の目数、目の大きさが気になります。
 畳の話になりますが、「京間:長さ六尺三寸 ≒ 191cm」「江戸間:長さ五尺八寸 ≒ 176cm」。京畳の目数は約64弱、江戸畳の目数は約58ほどです。すると目の大きさは、
 京畳 : 191÷2÷64目 ≒ 1.5cm
 江戸畳: 176÷2÷58目 ≒ 1.5cm
同じで、そして1寸(3.03cm)の半分、つまり、半寸だったのです。
 茶人にとっての座標は、なんと畳の目で、畳の縁から16目に座るとか、花月札は3目に送るとかですが、京畳、江戸畳も目の大きさは同じなので、なにも問題は起こりません。
 
これからは、この畳の目の大きさのように全国どこでも同じ大きさで、ぶれない政治を期待しているのは瓦一人ではないはずです。
本当の京畳、江戸畳の目の大きさのように、京都であっても、東京であっても、この畳の目の大きさのようにぶれない政治をしていただけるのは西田昌司参議院議員、この人のほかにはおられないと思っているのは瓦一人ではないはずです。

showyou

第72号

2012年10月20日発行

安倍政権の誕生で日本再興を

参議院議員西田昌司

安倍晋三総裁の誕生の舞台裏

自民党の総裁選挙で安倍晋三新総裁が誕生しました。
私は、今回の選挙で安倍候補の推薦人に名を連ねておりました。安倍候補にご支援をいただいた皆様に、心より感謝申し上げます。
私は、かねてから安倍元総理の再登板を期待していましたが、実は、今回の総裁選出馬には最後まで反対をしていたのです。その理由は、今回の総裁選に選ばれた人が事実上次の総理になるのですが、3年間野党の党首として自民党を引っ張ってきた谷垣禎一総裁に、まずその資格があると思ったからです。苦労してきた人を差し置くようなことになれば、国民の理解が得られないだろうということです。
前回の安倍内閣の時代から、戦後レジームからの脱却ということを安倍元総理は訴えてこられました。その意味は、占領時代のように何でもアメリカ任せではなく、自分で自分の国を守り自立するということです。このことは、私が京都府議会議員の時代から訴えていたことと全く同じです。また、今の日本に一番必要なことでもあります。それが推薦人になった理由です。しかし、この本当に大切なことを国民にしっかり理解されないまま、前回、安倍元総理は病気のため退陣せざるを得ませんでした。こうした状況の中で出馬し、もし敗北すれば、安倍元総理は政治的生命を失う恐れがありました。従って、今回は出馬せず次回を目指すべきだと私は主張したのです。安倍元総理もこのことに理解を示され、出馬を最後まで慎重に考えておられました。

谷垣総裁の苦渋の決断に敬意と感謝

しかし、状況は一変しました。多数の候補者が出馬表明をする中、突然、谷垣総裁が不出馬を表明されたのです。それは、自民党の分裂を回避するための苦渋の決断だったと思います。谷垣総裁のこの決断が無ければ安倍総裁の誕生は無かったでしょう。政権奪回のため、自ら捨て石となられた谷垣総裁に対しては、敬意と感謝の念を禁じ得ません。これは、全ての自民党員の気持ちでしょう。事実、総裁選の投票後、谷垣総裁に対する拍手が誰よりも大きく、鳴り止まなかったことがそれを表しています。こうした状況の下、安倍元総理は出馬を決断されたのです。しかし、出遅れは否めず、苦戦が予想されました。

平成の元寇に神風が吹いた

ところが、神風が吹いたのです。民主党の外交の不手際により、中国の船が次々に尖閣諸島に押し寄せて来る「平成の元寇」とも言うべき事態に、国民が目を覚ましました。自分で自分の国を守らなければならないという当たり前のことに気がついたです。そして、それは安倍元総理がかねてから主張してきたことです。こうした国民の意識の変化が追い風となり、安倍元総理に対する期待は、一挙に高まりました。事実、大阪の難波での街頭演説では、安倍候補に対する拍手は他のどの候補よりも圧倒的に多く、その場にいた私自身が驚いたくらいです。まさに、時代が安倍晋三を政治の中央に押し戻したのです。

防衛力の増強が不可欠

尖閣問題や竹島、北方領土などの状況を見れば、防衛力の増強は当然のことです。民主党政権により毎年防衛予算が削減されてきましたが、これを改め、早急に防衛力の整備を図らねばなりません。また、合わせて海上保安庁の能力も高めなければなりません。特に、海保の巡視艇に体当たりした中国船の船長を逮捕したにもかかわらず、当時の仙谷官房長官の命令で、事実上釈放させられた事件は、海保の隊員の士気を著しく傷つけています。
その上、その責任を、那覇地検の次席検事になすりつけるなど政治家として、全く許せません。こうした政治家の責任放棄を糾弾するとともに、現場の隊員が誇りと自信を持って職務を遂行できる体制を整えねばなりません。

実効支配の意味

野田総理は、口を開けば、尖閣諸島は我が国固有の領土であり、我が国が実行支配をしており、中国との間に領土問題は存在しないと言います。確かに、日本の立場はその通りですが、問題は実行支配が揺らぎだしているということです。
元々、尖閣諸島は無人島ですが、1895年にどの国にも属していないことを確認して、我が国の領土に編入されました。そして、開拓が行われ、1941年まで日本人が住み続けて来ました。文字通り実効支配をしてきたのです。
その後、敗戦により沖縄県の一部として、1972年までアメリカに占領されてきました。沖縄返還まではアメリカが実効支配をしてきたのです。1969年の国連の調査により、この地域に石油資源がある可能性が指摘されてから、突然、中国と台湾が領有権を主張し出しましたが、日本の実行支配が揺らぐことはありませんでした。海保の巡視艇が警察権を行使してこの領海を守ってきたからです。
ところが、今は、それが揺らぎ始めています。中国の公船がこの海域に頻繁に出入りしています。勿論、日本の海保の巡視艇もこれに抗議し、中国船の排除に務めていますが、中国公船が退く気配は有りません。日本の領海にもかかわらず、中国の公船が自由に往来していることは、形の上では、日本と同じ立場になっているのです。これこそ、中国が目論んでいることです。警察権の行使を日本と同じ様にしていると彼らは主張したいのです。普天間基地移転問題の迷走から始まる民主党の外交防衛政策の出鱈目が、尖閣諸島領有の危機をもたらしたのです。

領土を守るにはパワーが不可欠

中国は、尖閣諸島は日清戦争で日本が奪ったものだと主張し、韓国は竹島を済州島と同じく韓国固有の領土だと訴えています。勿論、彼らの主張は歴史の事実としても間違っています。しかし、いつから彼らはその主張をし出したのでしょうか。
中国や台湾に関しては、尖閣地域での石油資源の存在が言われ出してからですが、ここまで実力を行使するようになったのは民主党政権になってからです。戦前は、日本の日清戦争の勝利が示すように、国力の差は歴然としていました。戦後も超大国アメリカが占領し、沖縄返還後も日本が国力で圧倒していたのでおとなしくしていたのです。

民主党による外患誘致

ところが、一昨年中国はGDPで日本を追い抜き、世界第二位の経済大国に成長しました。軍事費も毎年増強しています。中国は日本に対して自信を持ち始めたのです。
その上、民主党が間違った外交メッセージを出し続けたのです。安保条約を結んでいるアメリカとの関係と、領土的対立のある中国との関係を同様に扱うという出鱈目をしてきたのです。政権交代直後の小沢幹事長の大訪中団はその象徴です。
その上、防衛予算を少なくし、米軍の普天間基地をできれば国外に移転するというのは、尖閣諸島のみならず沖縄をも中国に献上するに等しいメッセージです。案の定、中国はこの時とばかり、領土的野心をあからさまにしたのです。これでは、民主党による外患誘致だと言われても仕方ありません。

誤った歴史認識による売国行為

竹島も同じことが言えます。韓国は、サンフランシスコ条約が発効して日本が主権を回復する直前に、竹島の占有を始めました。その後も韓国の実行支配を放置してきたことは、自民党にも責任が有ります。
しかし、それ以上に民主党の責任は重大です。1965年の日韓基本条約締結時に戦後賠償問題は完全に解決したにもかかわらず、更なる補償をするかのような発言を民主党の首脳が繰り返し行ってきました。従軍慰安婦問題はその典型です。そもそも、この問題はその存在自体が事実ではありません。
この問題は1983年、吉田清冶(元軍人の作家)が『私の戦争犯罪』を出版し、この中で、自分が済州島から慰安婦を拉致したと書いたことが発端です。しかし、調査の結果、済州島から拉致した事実は見つからず、1989年には、韓国の済州島新聞がこれを捏造と報じました。そして、1996年、遂に吉田清冶自身が「創作」を交えたことを認めました。つまり、嘘だったと認めた訳です。
ところが、この間の1993年、「日本政府が強制したということは認めたわけではない」が、日本軍の要請を受けた業者によって女性が意志に反して集められ、慰安婦の募集について「官憲等が直接これに加担したこともあった」という河野官房長官の談話が発表されたため、韓国側に要らぬ言質を与えてしまったのです。誠にこの罪は重いです。

外国に媚び、国を売る民主党

しかし、民主党の韓国に対する対応はこんなものではありません。民団に選挙応援をしてもらうために、永住外国人に地方参政権付与することを公約に掲げ、野田総理自身が選挙後、千葉県の民団の大会でそのお礼に駆けつけるなど、民団との異様な関係を続けています。また、従軍慰安婦に補償をすべきと、ソウルでの反日活動に参加していた岡崎トミ子参院議員を国家公安委員長に任命したり、前原外務大臣や菅総理、更に野田総理まで韓国人からの違法献金をうけていました。
その後も、民主党の違法な外国人献金は後を絶ちません。
外国に媚る姿勢は民主党の宿痾とも言えるでしょう。こうした民主党の姿勢が、韓国や中国に付け入る隙を与えてしまったことは紛れもない事実です。

一日も早く、安倍政権の誕生を!

安倍総裁が目指すものは、こうした民主党の失政を糾すだけではありません。自民党政権下で行ったものでも、誤ったものや時代にそぐわないものは直さなければなりません。自分で自分の国を守り、自国を愛する。この当たり前のことができなかったことが、全ての問題の原点です。戦後のタブーを乗り越えていかねばなりません。
更に、経済をデフレから脱却させなければ、国民に希望を与えることができません。若者に仕事を、お年寄りに安心を与えるためにも、消費税増税の前にデフレ対策を徹底しなければなりません。
そのためには、一日も早い政権の奪還が必要です。皆様方のご支援、よろしくお願い申し上げます。

樋のひと雫
-総裁選対代表選-
羅城門の樋

今秋は同時期に総裁選と代表選が行われ、次の日本の政治を決する顔を選ぼうとしています(SHOW YOUが出る頃には決まっているでしょうが)。今回の戦いは対照的でもあります。総裁選の方は、告示の日から5人の候補者が多くのTV番組に出て、自己の政治信条と政策方針を国民に訴えました。日本記者クラブでの3時間に及ぶ討論会をNHKが中継したのはその良い例でしょう。片や、代表選の様子がTVに流れるのはニュースの1コマだけでした。如何に政党内の内部選挙であっても、国民生活に直結する政権政党の代表を選ぶ姿としては如何なものでしょうか。
 時あたかも中国では反日暴動が広がり、在留邦人の安全も侵されようとしていた時です。総裁選では外交や国防の在り方にも一論を割き、各人がその具体論にも触れています。「海兵隊の創設」が論議された総裁選は、今までになかった出来事です。時代の進捗、隔世の感を抱かせるに十分なものでした。それに引き替え、代表選は党内融和の話ばかり、議員の為の議員の選挙。中国各地の日本企業の破壊など、何処吹く風の話ばかりです。どちらが政権政党か、聞いていると憤りさえ覚えました。
 この時期、NHKでは吉田茂のドラマを放映していました。戦後日本の復興を経済再生に焦点化し、日本丸の操船をした傑出の政治家です。しかし、彼の対米単独講和が日本の独立の片翼を阻害したのも事実です。戦後復興を果たした今も、日本の外交はODAの援助金を配るだけの外交に陥り、国防という観点からは程遠い地平にいます。某候補者が言っていました。「外交とは片手で握手をし,一方では拳を握りしめること。これなくして外交はあり得ない」と。蓋し、名言です。理念と方法がなければ、国の安全と国民の命は守れないでしょう。
 ユニクロの上海支店では「釣魚島(尖閣諸島)は中国固有の領土」という貼り紙を掲示したそうです。自社の利益だけを考えると、このようなことになるのでしょうが、同じ在外邦人としては恥ずかしい限りです。自分の利益のためには国を売るという姿勢に眉をひそめるのは私ばかりではないでしょう。これは自己保身の端的な例ですが、「国は在外邦人を守る」という信頼があればまた違った対応もあったでしょう。
 「近いうち」に行われるはずの総選挙では、「大阪都を作るかどうか」の問題ではなく、「日本人の国家観」を問い直す一票を投じたいものです。

showyou

第71号

2012年07月20日発行

民主党瓦解! 総選挙へ!

参議院議員西田昌司

小沢元代表離党

三年前、民主党政権を樹立した小沢元代表が、衆参合わせて50名にもなる国会議員を引き連れて民主党を離党しました。小沢元代表は「今の民主党は政権交代をした民主党ではない。結党の精神に戻るべき」と離党会見で表明しましたが、これこそ笑止千万です。
 国民の生活第一を掲げはしたものの、結局は選挙目当てのバラマキ政策で国民を騙し、赤字国債の増発で財政を悪化させ、挙句の果てに消費増税を打ち出した民主党に、戻るべき原点など有りはしません。政権を取ることだけを目的に、政界を掻き回してきた小沢元代表に耳を傾ける国民は、もう誰もいないでしょう。

民主党には、人材も政策も無かった

――参議院予算委員会(6月13日)にて中国スパイ事件ならびに丹羽宇一郎駐中国大使の発言について追及しました――

これは、小沢元代表に限ったことではありません。元々、民主党は政権を取ることだけを目的にした集団です。理念も政策も最初からまともに議論してきた訳では有りません。有権者に対する受けを狙っただけの出鱈目が、マニュフェストとして掲げられていただけです。

丁度、設立して間もない会社が、製品の開発もしていないのにカタログだけを展示して、高配当を謳って出資を募るようなものです。

実社会なら詐欺的商法として逮捕されてしまいます。これが民主党の実態だったのです。いくら学歴があろうが、いくら見栄えが良く人気があろうが、詐欺師は詐欺師です。もうこれ以上騙されないようにお願いします。

――TOKYO MXTV「西部邁ゼミナール」に谷垣総裁とともに出演しました――

消費増税と社会保障一体改革法

この法律は、毎年一兆円以上増える社会保障費を賄うためのものです。我々の世代の医療、介護、年金を我々が負担するのは当然のことです。このことの必要性を自民党は以前から主張してきましたが、民主党は「その必要は無い、無駄を省けば更に、子ども手当てや高速道路の無料化まで出来る」と主張してきたのです。これが出鱈目であったことが今回改めて明らかになりました。更に、最低保障年金、年金の一元化、後期高齢者保険制度廃止など前回の選挙で彼らが主張してきたことも、全て出来ないことが明らかになったのです。

デフレ対策のためには政権奪還が必要

デフレとは物価が継続的に下がる事を言います。これは、企業にとっては売り上げの減少を意味します。従って、売り上げが減り続ける状態では、企業は投資をしたくないのです。このため、日銀がいくら金利を下げ、民間銀行にどれだけ資金供給をしようとも、デフレ下では民間企業は投資を行いません。この様に企業の経済活動が低下した結果、GDP (国内総生産)が低下し、税収も落ち込んだのです。従って、増税の前にまずデフレから脱却する必要があります。
 目の前にお金をぶら下げても、民間企業が借りなければ意味がありません。金融政策には限界があるのです。そこで為すべきは、政府による財政出動なのです。民間企業の投資意欲が少ないこの時こそ、政府が積極的に投資をしなければなりません。特に震災復興や防災のための支出、東京一極集中を排除して地域の均衡ある発展を促すための支出などは、誰も反対をしないでしょう。こうした支出を列島強靭化と称して、十年間で200兆円位の投資をすべきと自民党は主張しています。これだけの投資をすれば日本の経済はデフレから一挙に立ち直ることができます。
 そのための財源は建設国債で賄えば良いのです。建設国債は子や孫のために資産を残すための借り入れですから、赤字国債のような借金の付け回しではありません。またこうした投資により、GDPが増え税収が自然増加しますから、財政が悪くなることもありません。
 しかし、これを実行するには予算編成権と予算執行権を持たねばなりません。つまり、政権を奪還しなければ出来ないのです。

日本の国債は破綻しない

去る5月16日、日銀による民間銀行からの国債買い入れ(買いオペ)が不調に終わりました。日銀の6,000億の買い入れ申し出に対して、民間銀行は4,800億程しか応じなかったためです。民間銀行は、国債を保有していれば、1%弱の利息を得ることが出来ます。日銀に国債を売れば日銀当座預金に入金されますが、これには0.1%しか利息がつきません。そのお金を民間企業に融資をして、1%以上の利息を稼ぐことが出来れば得ですが、今はその需要がないのです。国債を持っている方が有利であるために彼らは売らなかったのです。つまり市場が国債を要求しているのです。国債の買い手がないのではなくて国債の売り手がいない状態なのです。これは、ギリシャの国債とは逆さまの状態なのです。今ほど、国債を有利に発行できる時はないのです。
私はこの事実を国会で質問しました。ところがこうした事実をマスコミは全く報道しておりません。国民に正しい情報が伝わっていないのです。

「増税の前にやるべき事がある」は間違っている

小沢氏や大阪維新の会などは盛んに、増税の前にやるべきことがあると言っています。国民に負担を求める前に、もっと無駄を削減せよ、公務員を減らせなどと言っています。一見正しそうに聞こえますが、これは全く間違っています。
 まず第一に、国民が負担した税金は社会保障費などで全て国民に還元されるのです。誰かが得をするわけではありません。無駄削減も同じことを民主党が言いましたが、一体いくら出てきたのでしょう。また、同じ手で国民を騙せると思っているのでしょうか。出来るなら具体的に示してもらいたいものです。

公務員の数は英米仏の半分以下

彼らは、公務員の数や給与を削減すると言います。しかし、日本の公務員の数は世界でも格段に少ないのです。国、地方、自衛隊、国立大学など政府系の独立行政法人等の職員も含めた公務員の数は、日本では国民千人につき30名程度です。他の先進国で、アメリカやイギリスやフランスなどでは、千人につき70名から80名を超えています。日本は少なすぎるくらいで、これ以上の削減は国家の破壊につながります。公務員の給与も民間同業種に比べて10%近く削減をしています。つまり、公務員叩きは選挙目当ての出鱈目なのです。

無駄削減はデフレを加速させる

自民党は、増税の前に列島強靭化などの積極財政を行い、デフレを退治すると主張しています。民主党や小沢新党、大阪維新の会などは、相変わらずの無駄削減です。デフレで民間企業が投資を控えている時に政府が支出を減らせば、間違いなくデフレは加速します。GDPは落ち込み、税収も激減し、国民経済は破綻してしまいます。

民主党の失政を総括

民主党が、出鱈目のマニフェストで国民を騙して選挙をしたことが、全ての失政の始まりです。子ども手当も高速道路の無料化も、財源のない絵空事だったのです。しかし、何故、彼らはそうした事をマニュフェストに掲げたのでしょうか。野田総理はその当時は分からなかった、自分たちは未熟だったと詫び、消費増税をお願いしています。小沢元代表はマニュフェストの間違いを認めず、消費増税に反対しています。どちらが正しいのでしょうか。実は、どちらも間違っているのです。
 野田総理の言う、民主党は与党経験がなく未熟だったという言葉は、ペテン師の言い訳に過ぎません。彼らが、財源を無視した政策を言えるのは、未熟ではなく不道徳だからです。嘘をつくことが平気でなければ、ここまでの出鱈目が言えるはずがありません。それを未熟だったと言うこと自体、責任逃れであり、彼らが本当は何も反省していないことを証明しています。
 小沢元代表に至っては、論外です。実際に政権をとっても財源が見つからず実行できなかったことを、もう一度公約に掲げるとは、厚顔無恥も甚だしい。国民を舐めきっています。

事実を報じないマスコミの責任

――西田昌司国政報告会2012を開催しました。会場一杯の皆様にご来場いただき誠にありがとうございました――

マスコミは、民主党が出鱈目のマニフェストを掲げていたにもかかわらず、一度民主党に任せてみてはどうかと政権交代を煽りました。その結果が、今日の日本の無惨な姿です。その反省もないまま、今度は、何の実績もない大阪維新の会の言動ばかりを取り上げ、国民に期待を持たせようとしています。
 新たなスターを育て部数や視聴率が上がれば、マスコミの商売としては成り立つかもしれません。それがタレントなら良いでしょう。しかし、それは政治の世界では通用しないのです。政治家をスターにして囃し立てれば、マスコミの商売は良いかも知れませんが、国は滅んでしまいます。政治の不道徳の影には、こうしたマスコミの出鱈目がその一因となっています。私は、こうした事実を報じないマスコミとも断固戦っていく覚悟です。
 今後とも、ご支援をよろしくお願い致します。暑さが厳しくなりますが、皆様ご自愛ください。

瓦の独り言
-1次産業に学ぶこと-
羅生門の瓦

 無農薬、稲木による天日乾燥で稲つくりをして3年目になります。初めは田の神様も味方してくれてか、それなりに収穫がありました。しかし、昨年は雑草の猛攻撃。それにいもち病(今年になって分かったのだが・・・)の発生。稲木に刈り取った稲を三段干にしたら、一番下は鹿さんが引っ張っていきました。
 みるに見かねて、近郷の稲つくりのベテランがアドバイスに・・・。今年はその方の指示に従い、最小限の農薬も使うことにしました。土起し、代かき、田植えと1週間ごとに指示をいただき、今は田の水の管理をしています。
 そこで瓦が気づいたことは、「稲は水さえやっておけば勝手に米が出来る」は大きな間違いで(鳥羽のお百姓さんが聞かれた笑える話だが・・・)、事細かな工程管理がなされています。これは瓦が知っている蚕の繭が出来るまでと、繭から生糸が生産されるまでと同じです。農業という1次産業にも、生産の工程管理(瓦は2次産業に身をおいていたことがあるので、ついついこの言葉を使ってしまいます。)が必要で、これが日本の米作りを支えていたのだなあ、と再認識いたしました。
 しかし、農業という1次産業では「自然の営み」に従うことが大前提です。「自然に合わせてやらないと仕事にならない。木をひとつ動かすにも時期がある。自然の営みを無視しては出来ない。」
と佐野藤右衛門さんも「日本人の忘れもの」(京都新聞:平成24年6月10日朝刊)で述べておられます。 ところが、瓦は2次産業に身を置いていたものだから、人間の力で何とかなる。工程管理、スケジュールは人間が組んだものだから、発想の転換で何とでもなる、と人間の力を過信していました。
 今、農業という1次産業をかじってみて、改めて自然の営みの大きな力を感じました。人間は台風を予知できても、台風を避けることは出来ないように。自然を相手にしていては、杓子定規に事は運びません。また理屈もこねられません。ある意味、ケセラセラ、なる様になるは・・・。と、考えなければならないことが多々あることを、米つくりが教えてくれました。
 今、3次産業の連中が、1次産業にスポットを当てて「1次×2次×3次=6次産業」が見込まれるといっています。恐らく、彼らには自然の営みは計算に入っておらず、人間の叡智を持ってすれば何でも出来ると思っているのでは。この21世紀は人間が自然を支配する時代だと思い上がっているのでは・・・。でも、この数式で、1次産業が倒れたら、0次産業になってしまい。この数式は日本の産業構造を予言しているのでは。1次産業を捨て食料自給率がゼロになってしまったら・・・。と、思っているのは瓦一人では無いはずです。

showyou

第70号

2012年04月15日発行

国を滅ぼす野田政権よ、さらば!

参議院議員西田昌司

唐突な増税論

野田総理の唐突な消費税増税が、大きな政治問題となっています。今回の消費税増税の理由を野田政権では、毎年社会保障費が1兆円増加する、その財源を賄う為には何としても消費税増税が必要なのだと説明しています。これは全く正しい話です。実は私達自民党も先の参議院選挙の時、同じことを主張していたわけです。しかし、それを必要ないと言ったのは民主党なのです。あまりにも無責任が過ぎます。

出鱈目マニフェストのつけ。

――参議院予算委員会(3月19日)にて鹿野農水大臣を追及しました――

そもそも、消費税増税の理由が社会保障費の増加のためということは、つまるところ、社会保障費をはじめとする経常経費、つまり毎年必要となる経費には、恒常的な財源が必要であるということです。
だからこそ、我々自民党は消費税の増税が必要だと言うことを言ってきたのです。ところが民主党はかつての衆議院選挙ではその必要はまったくない、消費税の増税は必要でないばかりか、無駄を削減すれば子ども手当や高速道路の無料化なども十分できるのだと言ってきたのです。しかし、問題はそうしたバラマキは毎年ずっと必要となる予算ですから、経常的な支出です。その実現には恒常的財源が必要だったのです。そのことを私たちは政権交代前から民主党にただしてきましたが、彼らはそれに一切答えず、とにかく自分達が政権を取れば出来るのだと言ってきたのです。しかし、結局、恒常的な財源を見つけられず、赤字国債でバラマキ政策は続けられてきたのです。当然のことながら赤字はどんどん増大する。
まさに借金のツケ回しを民主党政権がしてきたと言うことです。さすがにこれ以上続けられないと今回慌てて消費税増税を言い出したのです。これについて彼らは政権をとるまで分からなかったと言っていますが、これが出鱈目です。経常的支出には恒常的財源が必要だということは、当たり前のことです。このことだけでも民主党には政権を担当する資格がないのです。

―― 自民党富山県時局講演会にて講演をいたしました ――

AIJと同じく詐欺だ

これはAIJ事件と非常によく似ているのです。AIJ事件と言うのは要するに、高配当を謳って民間企業の厚生年金基金から2000億円に上る資金を集めました。ところが、実際には高配当どころか巨額の損失を出していたのです。その一方で虚偽の報告をし、損失が出ているにもかかわらず高配当して、そのうちの何割かは自分達の手数料だと言ってもらっていく。まさに偽りの報告を継続的に行い、次々新しい年金基金からの資金を獲得することによって損失の穴埋めをし、高配当を維持してきたのです。まさにこれはタコが自らの足を食べるのと同じです。AIJには、以前からそういう噂があったのですが、ようやく、金融庁の調査で明らかになったのです。これは、投資に失敗したのではなくて、初めから出来もしないことを言い、それをカモフラージュするために、次々と粉飾をし、終には破綻したのです。まさにこれは詐欺だと思います。民主党のマニフェストのバラマキ政策は、まさにこのAIJと全く同じ構図にあるのです。
ところが、このことについて民主党政権は全く反省がありません。「AIJ問題と同じだ」と、私は参議院の財政金融員会で安住財務大臣に指摘しました。「そんなことはない、AIJは過大な被害を出したけれども、われわれのマニフェストは公約が未達成だっただけ」という開き直りをしましたが、とんでもないです。まさに、バラマキで借金のつけ回しをして、そして経済を大きく棄損し、挙句の果てに増税で国民に負担を押し付けるとは、AIJ以上に酷いものです。これはAIJに年金を任せられないように、民主党にも政権を任せられないのです。

税金ではなくGDPを上げろ

今必要なことは、増税ではありません。税収が落ち込んだ一番の原因は、一つは民主党の政策の誤りであり、その誤りにより、GDPすなわち国民の所得の総計がどんどん小さくなってきた、そのために税収が落ち込んできてしまったのです。落ち込んだ税収を取り戻すために税率を上げても、一時は税収が増えるかもしれませんが、国民の手取りの所得がどんどん少なくなりますから、当然のことながら、経済が小さくなり、結局は増税により一旦増えた税収もやがては小さくなっていくのは必定です。いま私たちがすべきことは増税ではなくて、その落ちてきたGDPをもう一度大きく上げるということが必要なのです。そして、GDPがきちんと上昇しだした後、社会保障費の増加に対応するため消費税を上げれば良いのです。

GDPは三面等価

GDPは三面等価であると言われます。これを大まかにいうと、1つは生産の面です。第一次産業、第二次産業、第三次産業などどこがどれだけの生産をしているかその合計です。次は支出の面。これは個人や企業の消費や政府の支出の合計が支出面です。そして3つめは分配の面、これはまさに所得ですが、皆さんの給料や企業の利益と減価償却費、そして消費税などの合計になります。これらがすべて同じ金額になる。同じものを表しているというのが三面等価という意味なのです。

給与を下げるのは誤り

そこでGDPを上げるには、分配の面で言うと個人の給与や企業の利益をどう増やしていくか、このことが大事なことになります。所得を増やす面でいうと、大事なことは国民の給与を絶対に減らしてはならないということです。ところが民主党は給与をどんどん減らす政策を平気でしています。その一番の典型が、公務員給与を7.8%下げるというとんでもない法律を提出し成立させたことです。これは残念ながら自民党なども賛成をしてしまいました。私一人が反対ボタンを押しましたが、その理由は公務員の給与を下げていくと間違いなく民間の給与も下がるからなのです。それは、公務員の給与を基にして決められている民間企業がたくさんあるからです。中小企業など、給与規程が十分に整ってないところでは公務員の給料規定をそのままベースにしています。それから、大学や幼稚園や保育園など、民営であっても公的な仕事は公務員給料に準じて支出を行っています。JAなどもそうでしょう。実はそういうところが数え切れないくらいたくさんあるのです。この方々の給料は、公務員給与が下がると一緒に削減されていくことは必定です。そして、その結果何が起こるかというと、こうした方々の消費で支えられている地方の経済が一挙に縮小するのです。これでは経済が成長するはずがありません。

金融政策だけではデフレは脱却できない

経済成長のためには、本来は、民間部門でお金をどんどん使っていけばいいわけです。しかし現実には、実質はゼロ金利だといわれるくらい低金利で日銀が民間銀行にお金をたくさん供給してもそのお金が貸出されません。金融界では「馬を水辺に連れて行くことができても馬に水を飲ますことはできない」という格言があります。つまり、いくら水辺に馬を連れていっても水を飲むかどうか馬の意思によるということです。お金をいくら目の前にたくさん出しても、借りるかどうかは民間企業や銀行の意思によるこういうことです。なぜ馬が水を飲まないかといえば、水を飲んでおなかを壊してしまうかもしれない。なぜ民間企業がお金を借りないかといえば、お金を借りても返済できるかどうかわからない。その自信のなさから、水辺に馬を連れて行っても水を飲まない、たくさんお金を供給しても、お金を借りないということになるのです。

積極財政が国を救う

つまり、デフレ下では民間の企業に対していくら金利を下げても、お金を供給しても景気はよくならないということです。残っているのは最後の借り手である政府が、民間が借りないお金をたくさん使って、公共事業や政府支出を増やし雇用を創出することによって民間に直接お金を供給していくということが必要なのです。こうしたことを3月27日と29日に行われた参議院の財政金融委員会で詳しく説明しながら安住財務大臣、白川日銀総裁と議論してきました。私のホームページ等、インターネットに出ておりますので、是非この様子を皆様方に御覧頂きたいと思います。

マクロとミクロが分からない民主党政権

経済はミクロとマクロがあると言われています。ミクロとは個々の家計や企業の経済のことであり、マクロとはそれら全てを見渡した国全体の経済のことです。このマクロ経済の管理をするのも政府の使命です。個々の企業や家計がお金を使わず不況になるなら、逆に政府がその分お金を使うのは、マクロ経済の管理者として当然のことです。それを民間企業と同じく政府も借金が多いので節約しますというのは、政府は民間企業と同じミクロの立場にある訳で、マクロ政策の放棄です。
民主党はこの政府の役割を全く分かってないのです。国民がデフレで困っている時に政府がその役割を果たさずにいることは、戦争での敵前逃亡と同じです。

ルーズベルト大統領に学ぶ

―― 西田昌司京都政経パーティーを開催したところ、多くの方々にご参加いただきました ――

お金がないなら節約するというのは、大変分かりやすく、それ自体は正しいとことです。しかし、国中がそうした節約に徹すれば、誰もお金を使わなくなり、経済はデフレに陥り、へたをすれば大恐慌になってしまいます。
1929年の世界大恐慌の時、ルーズベルト大統領はまさにこの事態に対処するため最後の借り手である政府が積極的に投資をして世界を救ったのです。まさにデフレとの戦いに勝ったのです。ところが民主党はデフレとの戦いから尻尾を巻いて逃げだして、そして増税という安易で間違った政策に飛びつこうとしているのです。戦争やあらゆる脅威から国民を守ることが政府の仕事であると同じように、デフレとの戦いから国民経済を守る、国民の生活を守る、その不退転の決意と覚悟が今必要なのです。この覚悟も決意も知恵もない民主党・野田政権には、政権を担当する資格はないということです。
おそらく早晩解散総選挙ということになるでしょう。
どうか皆様方にはこうした民主党・野田政権の国を滅ぼす誤った政策をしっかりと御認識下さい。そしてもう二度と政権担当能力のない、出鱈目な方々には政権を渡さないで頂きたいと思います。
これからも国民の生活を守るために全力で頑張っていきます。
皆様方のご支援をよろしくお願い致します。

瓦の独り言
-桜に思う-

羅生門の瓦
さまざまの 事おもひ出す 桜かな 「芭蕉」
 この俳句ほど、今年の日本人の胸の奥をしめつける歌はないのでは。とくに東北地方の方々にとって、今年の桜は感極まるものがあるのでは。インターネットのプログなどにもこの歌の書き込みが多くなっています。
 さて、桜前線が北上してくると、それぞれのさくらごよみ桜暦が思い出されるのではないでしょうか?思えば、何年たつのでしょうか? 「サクラチル」に涙して、一念奮起。次の年には桜吹雪の中を謳歌していたことを思い出すのは瓦だけではないはずです。
 「待つ花」である桜は、入学式、卒業式といった人生の節目と大きくかかわってきています。それなのに、今、大学での秋入学が、叫ばれています。春に卒業した高校生は、秋までどのようにして待機するのか?大学だけではなく秋入学の制度が小中学校をはじめ全ての学校に適応されたら・・・。桜の樹の下でのランドセル姿が見られなくなる。厳しい冬を耐えてこその春であり、入学式を迎えるのです。開放的ではあるが暑い夏の後の入学式はなんとなく締まりません。大学側の言い分では、優秀な海外の留学生を確保する目的とか・・・。
 しき嶋の やまとごころを 人とはば 朝日ににほふ 山ざくら花  「本居宣長」
の歌をめでる人々にとって、秋入学制度などありえない、と思っているのは瓦だけでしょうか?  いずれにしても日本人にとって「桜」は特別な花で、人生の節目と大きくかかわっていると思います。
 さて、西高瀬川の祥鳥橋下流にある「木下桜」(瓦がかってに呼んでいるだけ)。今年、どんな花を咲かせてくれるのでしょうか

showyou

第69号

2012年01月01日発行

増税反対!デフレを止めろ!

参議院議員西田昌司

鳩山、菅より酷い野田内閣

――参議院予算委員会「政治とカネ」の集中審議にて質問をしました(12月6日)――

九月に発足した野田内閣ですが、何の実績もないまま、参議院で、山岡、一川両大臣に対する問責決議が可決されました。新年からの通常国会は、この両名の罷免がない限り事実上開催できなくなりました。元々、山岡氏は選挙違反で捜査中であり、これを国家公安委員長に任命したことだけで問題です。さらに山岡氏はマルチ商法の広告塔だったのですが、その人物を消費者大臣にするというのは常識では考えられないことです。
また、一川氏も就任当初から防衛政策に関しては素人と公言するなど、大臣としての適性にかけていたことは誰の目にも明らかでした。また、忘れている人も多いでしょうが、鉢呂経産大臣も就任直後に舌禍で辞任しています。今回の決議は、両大臣の問題というより、不適格者を任命した野田総理自身の任命責任が問われるべきものです。ところがそれに対する反省が全くないのです。
そもそも、野田内閣が発足したのは、民主党の党内事情からです。ポスト菅の大本命であった前原氏が、外国人や黒い人脈からの献金で自滅し、親小沢対反小沢という根本対立が民主党には有り、党内融和を図るという言わば消去法で選ばれたのが野田氏です。その一方で、民主党には綱領が有りません。つまり、海図もエンジンもない船の船長に選ばれたのが野田総理だということです。
鳩山さんや菅さんも酷かったですが、間違いであったにしろ、彼らには主張が有りました。 ところが、野田総理にはそれさえありません。従って、何を質問しても役人の書いた答弁書を棒読みするだけです。
これを野田総理は安全運転と称しているようですが、これでは政治家同士の活発な議論などできるはずもありません。また、自らの外国人献金など、政治とカネの問題などは、いくら事実関係を指摘しても、最後は知らなかったということでごまかしてしまいます。これでは、言論の府としての機能を国会は果たせません。正に、民主党政権の酷さはここに極まれりです。

―― 自民党新潟県政経文化セミナーにて講演をいたしました ――

全ての問題はデフレ

野田総理は、震災復興を口実に増税をしようと企んでいます。確かに、予算のうち税より国債の方が多いというのは問題です。それが地方と合わせて1000兆円もあると言われれば、不安に思われる方もいるでしょう。しかし、それでも、日本が破綻することは絶対に無いのです。その理由は、日本の国債が円という自国の通貨で発行されているからです。最後は日銀が国債を引き受けることができるので、絶対に国債は返済不能にはならないのです。
日銀がいくらでも国債を買うとなれば通貨の信用が落ちてしまうと言う方がいますが、円高で困っているのですから多少円安になることはむしろ歓迎すべきことです。
そもそも、円高の原因は、デフレにより実質金利が、欧米より高いことにあります。日本では、金利が例え0%でも、デフレで物価が下がるため、その分だけ実質金利がついてしまいます。欧米では、金融不安を払拭するため大量の通貨を市場に供給し、さらに金利もどんどん下げ続けています。金利は、0%より低くできませんから、日本と欧米の名目上の金利差はほとんど無くなっています。その上、日本だけがデフレですから、実質の金利は日本の方が欧米より高くなっているのです。そのため、ドルやユーロより円が買われ、円高が続いているのです。これが円高の根本的原因なのです。円高により、輸出企業は大変な損害を受けています。円高を抑えるためにもデフレ対策が必要なのです。

緩やかなインフレが正しい経済政策

デフレは、需要が減り物価が下がることです。そのため、国民の給与が下がります。その結果、益々需要が減り、物価が下がり、さらに給与が下がるという悪循環が繰り返され、経済は破綻するのです。
インフレは、需要が増え物価が上がることです。物価が上がりますが、需要が増えるため雇用や給与も増えるのです。急激なバブルでは物価上昇に給与が追いつかず大変ですが、毎年2-3%程度なら全く問題有りません。日銀総裁も、私の国会での質問に対し、緩やかなインフレが望ましいと答えています。
デフレ脱却のためには日銀がもっとお札を刷れば良いのだと言われます。その通りですが、日銀がお札を刷るとはどういうことでしょう。日銀がお札を刷れば、いくらでもお金は出せます。しかし、まさかヘリコプターからばらまくことなどできません。その印刷したお札を銀行に渡し、それを銀行が民間に融資することによって始めて、通貨が世間に行き渡るのです。つまり、お札を刷るとは、銀行がどんどん貸出をする、そして、その資金を日銀が供給するということなのです。
ところが、デフレでは、日銀がいくら銀行に資金供給しようとも、貸出が増えないのです。民間銀行が150兆円を超える預金超過であることがそれを証明しています。デフレとは需要不足による物価の下落ですから、それも当然のことなのです。この状態では、いくら日銀が資金を銀行に供給しても銀行から企業に貸出は増えません。
この状態で政府が取るべき政策は、国債を発行して、震災復興や防災、インフラの更新や増強などの公共事業を向こう10年で200兆円ほど行って、需要を創り出すことなのです。これを実行すば、確実にデフレから脱却し、経済は再び成長軌道に乗るのです。

インフレにすれば税収は増える

日本はデフレが続いていたため、平成3年と23年のGDPは共に470兆円で、この20年名目上のGDPは全く増えていません。その上、この間景気対策で減税もしたため税収は逆に減り、60兆円から41兆円に減ってしまっています。減税をすれば、民間投資が増え、景気が良くなると思われていたのですが、現実には減税分は海外での投資に使われ、国内の需要を増やすことにならなかったのです。
こうした政策が取られた原因は、バブル以後、公共事業を抑え民間投資を優先する方が正しいと思われてきたからです。確かに、公共事業の急激な増加がバブルを招いた原因の一つであることは事実です。しかし、それに懲りて今度は公共事業は全て悪で無駄だと決めつけるのも問題です。必要な公共事業を行わなければ国土がもちません。
もし、この20年間、毎年名目上3%程度のインフレになっていたら、GDPは平成3年の1・8倍の850兆円に、税収は更に増え2倍の120兆円になっていたはずです。そうすればGDPも未だ中国に抜かれることなく世界第二位の歴然たる経済大国だったでしょうし、財政再建のために増税をする必要も無いのです。この数字を見ても分かるとおり、全ての問題はこの20年のデフレなのです。インフレは物価が上昇しますが、給料もあがります。それに伴い、GDPも税収も増えるのです。増税より先に、デフレからインフレに変えることが必要なのです。

TPPはデフレを加速する愚策

こうした経済の認識が無いまま、民主党の野田内閣は増税をし、TPPへの参加を強行しようとしています。全くの愚策です。デフレで増税をしたら経済は破綻してしまいます。更にTPPの参加はデフレを加速させてしまいます。TPPの問題点については何度も述べてきました。日本にとっては百害あって一利も無いものです。事実上の関税自主権を放棄するTPPより、他の自由貿易協定の方がマシなのは当たり前です。しかし、そもそもの問題は、日本を貿易立国にすると叫んでいる野田総理を始めとするTPP推進派の能天気です。
政府の試算でもTPPでは0.5%、他の自由貿易協定でも1.2%程度しかGDPの押し上げ効果は有りません。つまり、どのような自由貿易協定でも大してGDPは増えないのです。その理由は、輸出を増やすと言っても、製品を大量に輸出することはできないからです。今や現地生産現地消費が輸出の基本なのです。アメリカやアジアで売られている自動車や家電品は、日本ブランドではあっても多くが、Made in USAやMade in Chinaであり、Made in Japanではないのです。海外での生産が進んだ結果、いくら日本製品が売れても、国内の雇用が増えません。むしろ、雇用を海外に取られまいと給与が減額されてきました。事実、この20年、平均給与は下がり続けているのです。その結果、海外展開をした大企業は最高益を更新し続けましたが、国内の雇用が減り、国民の給与が下がったため、GDPも減ってしまったのです。このように、バブル以後の民間経済を主体にした構造改革、市場原理主義が国内を空洞化させ、デフレを招いたのです。

バブル以後の総括が必要、解散でただせ!

―― 西田昌司第2回東京セミナーを京都大学教授の藤井聡先生をお招きして開催いたしました ――

TPPや、自由貿易協定の推進論はこうした市場原理主義に基づいた政策です。それが誤りであったことは、この20年間の日本の惨状を見れば明らかでしょう。
こうした政策は、日本だけではなく全世界で行われてきました。そして、それが失敗であったことはリーマンショックが証明しています。ところが、このことが野田総理を始め、TPP推進派には分かっていないのです。
何とかにつける薬はないと言いますが、国会での議論も、いくら問題点を指摘しても、全く理解していません。そのことをマスコミも報道しません。世界の流れだから仕方がないと勝手に思い込んでいるのです。今、私にできることは、こうした事実を少しでも多くの国民に知っていただき、国会を解散させ、国民に信を問うこと以外有りません。本年もよろしくお願い申し上げます。

樋のひとしずく
-ボリビア通信-
羅生門の樋

“Felicidades Navidad y Nuevo Año” 新年の挨拶の習慣のない南米では、これが年末年始の挨拶です。意味は「メリークリスマス、新年おめでとう」ですか。街角や喫茶店でこの挨拶があふれます。日本では今年ほど「絆」という言葉が氾濫した年はないでしょうね。未曾有の自然のエネルギーの前には、人間の英知や営みなどは“たかが知れたもの”と思い知らされました。その無力な人間が自己の存在の儚さを自覚し、相互に寄りあい助け合う、この人間愛の築く過程を絆と呼ぶのでしょうね。実に愛のある言葉だと思います。この絆は人と人との断ちがたい関係という意味だそうで、何も自分が不安だから、人を求めるという意味ではなさそうです。先日も「鍋料理を作って家族の絆を」というスーパーの宣伝があると伝聞しました。
 ところで、「私は素人」と言った防衛大臣が問責を受けましたが、ここボリビアの国防大臣に30歳過ぎの眉目秀麗な女性が就任していました。彼女は並みいる将軍を抑え、過去にクーデターで軍事政権を樹立した軍部を掌握しています。5月にはチリ国境で軍と国境警備隊との間で衝突がありましたが、これを大事に至らせずに納めています。また、8千人が被害を受けた大規模な土砂崩れの際にも、軍を投入し、その先頭に立って救助活動を指揮しています。そして、10月初めに平穏な生活を壊されたくないと道路建設に反対していた女子供を含む先住民のデモ隊400人が夕食の準備をしていた時に、内務省管轄下の500人の武装警察隊が襲うという事件がありました。(インディアン部落を襲う騎兵隊という、まるで西部劇のようです。)この際に彼女はその日の内に、「国民を守るのが国防大臣の職責である」と大統領を批判し大臣の職を辞しています。
 彼女も国防には「素人」で、一介の学者にしかすぎません。しかし、その判断力や職に対する責務は、どこかの国の防衛大臣に学んで欲しいところです。「襟を正して」と庇う任命権者と「これからもきっちり」と職に留まりたいと言う大臣。これはどんな「絆」なんでしょうか。国の未来と民の生活を守るという「覚悟」の鍋を、二人には味わってもらいたいものです。

showyou

第68号

2011年10月15日発行

野田政権を打倒せよ

参議院議員西田昌司

問題山積の野田政権

参議院予算委員会にて管総理大臣の外国人献金問題、市民の会への献金について追及しました

菅内閣がようやく退陣し、野田内閣が誕生しました。前政権があまりにも酷かったため、その反動もあり、内閣発足直後の内閣支持率は、予想外に高いものでした。しかし、発足直後に鉢呂経産大臣が自身の不適切な発言により辞任するなど、大臣の適格性が疑われる人が数多くいます。その他にも新政権には問題が山積しています。
 一番の問題が、鳩山、菅、両政権の反省を全くしていないということです。政権交代後、二年間で三人の総理が誕生したことは、民主党には政権担当能力がないということを証明していますが、その原因はマニフェストの破綻にあります。選挙前に彼らが言ってきたことが、ことごとく出鱈目であったということです。したがって、野田総理はまずこの問題について国民に謝罪すべきです。ところが、マニフェストの精神は間違っていなかったと未だに強弁しています。このことだけでも、解散総選挙をすべき事態なのです。にもかかわらず、復興が第一であり選挙をしている場合ではないと、震災対応を口実に国民に信を問うことから逃げています。
さらに先日、小沢一郎氏の元秘書三人が、三人とも政治資金規正法違反で有罪判決を受け、ゼネコンからの裏金まで裁判所に認定をされました。彼らが控訴したため、刑が確定するにはまだ時間がかかりますが、裁判所が判断を下したことは非常に重いことです。石川知裕衆議院議員の辞職勧告さえ民主党は拒否をしていますが、一般企業ならクビになって当然です。野党時代に、あれ程政治とカネの清潔さを強調していた民主党は何処に行ったのでしょうか。
 小沢氏に限らず、鳩山由紀夫、菅直人という歴代民主党代表の政治とカネの問題も、未だにまともな説明がなされていません。また、前原氏が外国人献金で外務大臣を辞任されましたが、菅前総理や野田総理までも外国人から献金を受けていたことが発覚しました。これもまだ何の納得いく説明はされていません。この様に、歴代民主党政権が抱えてきた問題は何一つ解決していないのです。むしろ疑惑は増すばかりです。
 ところが、これらの疑惑について、野田総理は何一つ積極的に解決をしようとしていません。党内融和を優先し、対立をさけるため、疑惑を隠蔽しているのです。歴代民主党政権の中でも、際立った非常識内閣であると言わざるを得ません。

財政金融委員会にて管総理大臣(当時)の政治資金管理団体「草志会」収支報告書の虚偽報告について追及しました

財務省言いなりの増税

質問にはまともに答えない野田総理が、唯一主張しているのが増税です。震災復興のための財源として増税を主張していますが、全くの出鱈目です。そもそも、復興財源は国債で賄うのが筋です。その理由は、巨額の復興費用を税で負担すれば、現役世代だけに過大な負担がのしかかり不公平になるからです。総理自らが千年に一度の大震災と言っておきながら、負担だけは現役世代にだけ求めるというのは全く矛盾しています。
 さらに、税負担にこだわった結果、本来復興予算を計上すべきものがカットされ、十分な予算が組めていません。我々が再三要求してきた二重ローン対策などはその最たるものですし、インフラの復旧にはもっと多くの予算が必要です。
  そもそも、十兆円規模の復興予算では少なすぎます。それを復興債という国債で賄っておきながら、十年間で返済するために増税するということ自体がナンセンスです。普通、建設国債は、公共施設の耐用年数を勘案して六十年で償還することになっています。千年に一度の大震災を考慮するなら償還年数を伸ばすことはあっても、それを短縮する理由などあるはずがありません。せめて、普通の公共事業並みの六十年償還にしておけば、増税の必要は全く無いのです。
 にもかかわらず、十年償還にこだわるのは、震災復興を口実に増税への道筋をつけようとうる、財務省の悪知恵に乗らされているからなのです。
ところで、国債には建設国債と赤字国債があります。建設国債はインフラの整備をするための国債で、その発行に法的制限はありません。一方、赤字国債は、本来税で負担すべき経費を捻出するために特例的に認められたもので、発行には国会の承認が必要です。復興債は、被災地のインフラを整備する建設国債そのものです。インフラと言う財産も残すため、借金のつけ回しにはなりません。子ども手当のようなものに当てる赤字国債こそ、子孫への借金のつけ回しであり、問題にすべきなのです。

日本は絶対にギリシャにはならない

国債は国の借金だ。国債を増発して次世代につけを回してはならない、これ以上増やしたら、ギリシャのように財政が破綻してしまうと野田総理は言います。しかし、これは大間違いです。日本は絶対にギリシャにはなりません。
ギリシャと日本の決定的な違いは、通貨発行権の有無です。ギリシャは、EUに経済統合した結果、自国の通貨発行権を失ってしまいました。EUの中央銀行に加盟国の通貨発行権が委譲されたため、独自に通貨を発行して資金を調達することができません。その上、ドイツを始めとする外国に国債の多くを引き受けてもらっています。ギリシャが国債を償還するためには、増税をして国民からお金を吸い上げるか、政府支出を削減して資金を調達するしか方法が無いのです。正に、ギリシャの国債は文字通り国の借金なのです。
 ところが、ギリシャと違い日本には、通貨発行権があります。また、日本の国債は95%が国内から調達されており、全て円建で発行されています。したがって、日銀が通貨を発行して国債を引き受ければ、国がデフォルト(支払い不能)になることは絶対に起きないのです。このことは、揺るぎない事実ですから、皆さんもご安心ください。

日銀協調による国債発行が日本を救う

では、日銀が引き受けてくれるなら、国債は無限に発行しても問題はないかと言えば、残念ながら少し問題があります。政府の資金を国債で賄い、政府支出を増やし続けると、民間におカネが流れ続け、貨幣価値が下がり、インフレになります。また、円の貨幣価値が下がるため円安になります。
 しかし、考えてみて下さい。現下の問題はデフレと行き過ぎた円高だったはずです。日銀引受による国債発行は、この問題を一挙に解決してくれるのです。実際には、日銀の国債直接引受はできないため、日銀が既存債を民間銀行から買い、その資金で新規国債を民間銀行が引き受けることになります。民間の投資先が無いため、新規発行した国債は民間銀行が喜んで引き受けるでしょう。
 そして、国債発行により調達した資金で国が被災地の震災復興のみならず、全国の防災、橋や上下水道などのインフラの更新など、必要な投資を前倒しで一挙に行えば、景気は間違いなく上向き、デフレから脱出できるのです。

増税の筋道を立てたい財務省

こうした状況にもかかわらず、野田総理が増税を主張するのは、財務省の思惑に乗せられているからです。今年の税収見積りは約41兆円で、昭和61年と同じ水準です。昭和61年のGDPは350兆円で今年が470兆円であることを考えると、税の負担率が低すぎることは明らかです。これは、この間に官から民へのスローガンの下、減税が繰り返されたからからです。官の支出を削減し民間に資金を提供すれば、より効率よく投資が進み、経済は発展するだろうという構造改革論がその背景にはありました。
 しかし、民間に回した資金は、海外に投資されたり企業の内部留保になったり、国内投資には使われなかったため、GDPの伸びもバブル以後低下し続け、減税した分だけ税収が落ちたということです。構造改革は失敗だったのです。
 こうした減税の失敗を修正したいと財務省が考えるのも当然です。しかし、デフレの状況下での増税はデフレの加速を招くため、あり得ません。そのことは彼らも百も承知のはずです。にもかかわらず彼らが増税を主張するのは、財務省にとっては税収確保が至上命題だからです。そこで、震災復興を名目に増税のシナリオを作り、野田総理に吹聴したのです。
 この二十年間の構造改革路線による減税と公共事業の一方的削減が、日本をデフレに陥らせ、財政規律を悪化させた根本的原因なのです。このことは勿論自民党に責任があります。しかし、民主党は元々構造改革に反対だったはずです。それが今や、自民党時代以上にデフレ政策に邁進している姿は、滑稽ですらあります。結局、彼らは何も分かっていないのです。

野田売国政権の打倒

高知自民党政経塾にて特別講師として講演をいたしました

野田総理は、TPPの交渉に参加することに意欲を示しています。TPPが売国そのものであることは、65号(ホームページをご参照下さい)で述べました。これは農業だけでなく、社会の制度がアメリカ化させられることであり、日本経済に壊滅的打撃を与えるでしょう。
普天間問題の迷走のつけや、トモダチ作戦の見返りにアメリカに何でも迎合すれば、日本は日本でなくなります。断固阻止をせねばなりません。皆様方のご支援をよろしくお願い申し上げます。

瓦の独り言
-本物である伝統工芸品-
羅城門の瓦の独り言

いまだ復興のきざしが見えない東日本大震災で被災された方々、お亡くなりなられた方々に哀悼の意を表します。
 その被災地から、伝統産業に携わっている皆さんに嬉しい話が2つ届きました。一つは桐のタンスの話です。大津波に飲み込まれましたが、桐のタンスがしっかりと中の大切なきもの守ったという話です。外は泥だらけであったが、開けてみれば中の着物にはしみ一つ付いていなかったそうです。火事の際桐のタンスや金庫内の桐の箱は中のものを守ってくれる話を瓦は聞いていましたが、桐材が水にも強いことを再認識しました。文献によると桐材は湿度に敏感で、津波に飲み込まれた桐タンスの中は完全な密閉状態になって、中の大切なきものを守ったのでした。
 二つ目は漆器の話です。被災地での食器に本漆の漆器にまさるものはなかったとか。飲み水さえままならぬ状況で、食後の後始末は布で拭いておくだけで十分だったとか。そういえば漆には抗菌作用があることを瓦は聞いた覚えがあります。永平寺の修行僧も食後の器はふきんで清拭きをしておくだけという話も納得がいきます。おそらく彼らも越前塗りを使っているのではないでしょうか。
 これら二つの伝統工芸品は、100年以上受け継いできた技術、技能に培われた本物に他ならないからこのような嬉しい話が聞けたのです。伝統工芸の名を借りた、薄っぺらいまがい物では着物も守れず、被災地でも日常生活の器にはなり得なかったでしょう。これからの日本の生活用品の中には歴史と伝統に裏づけされた本物の伝統工芸品が必要となってくるのではないでしょうか? また震災後の混沌とした政治の舞台にも本物の政治家が必要である、と強く認識しているのは瓦、一人だけでしょうか?
 そういえば、この原稿の下書きは、瓦が40年前にドイツのミュンヘンの百貨店で買い求めたモンブランの万年筆で書いています。書き味は変わらず、本物はいつまでたってもいいものですね。

showyou

第67号

2011年07月07日発行

菅内閣は万死に値する

参議院議員西田昌司

最低限のモラルすらない

菅内閣が発足して1年が経ちますが、彼らはこの間何をしてきたのでしょうか。2年前、政権交代で鳩山政権が誕生しました。選挙の際、様々な事をマニフェストに掲げ、国民の高い期待の中で発足したにも関わらず、一月も経たないうちから躓き始めていました。普天間問題はその典型です。出鱈目発言を繰り返す鳩山総理でしたが、最後はその自らの発言の責任を取る形で辞任されました。ところが、菅総理にはこうした責任感すら持ち合わせていないようです。鳩山前総理がまともに見えるくらいです。
鳩山内閣の後をうけて、菅内閣が発足した当初、菅総理が訴えたのは、消費税増税でした。そして次は、TPP、税と社会保障の一体改革、大連立構想など、次から次へと思いつきの発言を繰り返し、どれをとっても何一つ成果は上がっていません。
 菅総理の頭の中にあるのは、それらの政策の具体的中身ではなく、政権の支持率アップでしかないのです。自らの不用意な発言が、国民の不信を煽り支持率が低下する。すると、次の関心を引く課題を見つけて、何ら具体的検討もないうちに思いつきで発言する。この繰り返しの中で起こったのが、あの大震災だったのです。既に震災前の時点で政権は機能していなかったのです。

震災復旧、復興の遅れは民主党の政治主導にある

西田昌司国政報告会2011を開催しました。
当日は会場一杯にご参加を賜り、誠にありがとうございました

そんな中で、M9.0という未曾有の大震災が東日本を襲いました。本来、政権の担当能力が無い人に、震災対応が出来るはずもないのですが、野党である我々には、政治的対決を控え政府の対応を見守ること以外ありませんでした。しかし、結果は無惨なものでした。本来、震災復旧の仕事は行政府が主体的に行うものです。つまり、各省庁が、積極的に対応すべきものです。その中で、現行の法制では対応出来ない問題や、必要な予算については国会の中で議論が必要となるのです。政府と国会とはあるべき仕事が違うのです。
震災復旧が進まないことから、政治は一体何をやっているのだ、という発言をされる方がいます。確かに、気持ちとしては私も全く同感です。しかし、実際は違うのです。何故なら復旧の遅れの根本的原因は、行政の停滞にあるからです。そして、その原因は民主党の掲げる「政治主導」という愚策にあるのです。
 行政府は本来、自律的組織です。つまり、大臣が居なくても機能を果たせる仕組みになっているのです。それぞれの部署で、必要な政策を自律的に行うことができるのです。そして大臣の判断を得なければならないものについてだけ、報告すればそれで良いのです。ところが民主党政権の下では、あらゆることを一々報告せねばなりません。これでは行政の停滞を招くのも当然です。
また、震災の対応も「責任は俺がとるから、必要な政策を思い切りやれ」、今までの自民党政権なら、そうしてきたでしょう。ところが、これが菅内閣では、「本当にそれでいいのか、失敗したら責任をとってもらうからな」ということになります。これでは役人は働けませんし、必要な情報も大臣に届きません。復旧の遅れは、民主党のこうした姿勢にあるのです。

震災復旧だけでなく列島強靭化が必要

今回の大震災の復興には、多額の資金が必要なのは誰の目にも明らかです。京都大学の藤井聡教授のお話によると、5年間で100兆円規模の予算が必要だとも言われています。また、これから日本列島のあらゆる地域で大地震が予想されています。特に、藤井教授の研究によると過去二千年間の東日本太平洋側のM8以上の地震4例中4例とも首都直下型地震と連動(10年以内)し、4例中3例が東海・南海・東南海地震と連動(18年以内)しているということが明らかになりました。これに早急に対応しないと日本国家の存続そのものが、危機にさらされることになります。これに備える為には、水道・電気・ガスなどのライフラインの強化、耐震化、更に高速道路や鉄道網の整備、インフラの早期更新など列島強靭化が必要です。これにも10年間で100兆円くらいの投資が必要です。合わせるとこの10年間で200兆円という莫大な資金が必要になるのです。
この資金の調達には国債発行しかありません。税で賄うには余りにも巨額すぎます。そもそも、今後100年の日本復興のための投資ですから、我々の世代だけで負担する必要はなく、将来の国民と一緒に負担すべきものなのです。ただでさえ、公債残高が多いのにこんなに巨額な国債を返済できるのか、孫子の世代は借金のつけ回しで大増税になるという人がいます。しかし、心配は無用です。ちゃんと返済できるのです。そればかりか、この巨額の公共投資が日本をデフレから救い出し、活力を与える起爆剤になるのです。

公務員給与削減はデフレを招く

菅総理は、公務員給与を3年間10パーセント削減することを提案しています。それを復旧財源に当てるということですから、賛成をされる人もいるでしょう。しかし、これはそういう世論を意識してのパフォーマンスなのです。そもそも、自衛隊始め、不眠不休で復興の現場で働く彼らの給与を削減すること自体筋違いです。また、いくら削減しても復興財源には、ほど遠い金額しか得られません。真の目的は、公務員にスト権などの労働三権を与えることであり、今回の措置は、その前段階である労働協約締結権(労使の話し合いで給与を決めること)を与えることと引き換えにした労働組合との裏取引なのです。
公務員には、職務の公益性のため労働三権がありせん。その代わりに、人事院が民間給与と比較をして給与が保証されています。この制度を無視して人事院勧告もない中、給与の減額をすること自体が法律違反です。また、労働協約締結権を付与すれば組合は圧倒的力を持つことになり、国家は解体の危機に瀕します。
更に、国家公務員の給与を削減すれば、地方公務員にも当然波及し、それに連動して最終的には民間の給与も下がるのは自明の理です。国民全体の給与が下がれば消費が低迷し、デフレが更に加速します。震災前から言われていた喫緊の課題は、デフレ脱却であったはずです。公務員給与削減は経済の破綻を招く致命傷になるのです。

財政再建はGDPの増加が絶対条件

財政再建には税収の増加が必要です。そのために絶対に必要なことは増税ではなくGDP(国内総生産)の増加なのです。例えば、皆さんが借金をして家を買ったとしましょう。月給が三十万円の人が、二千万円で三十年返済のローンで住宅を買ったとしましょう。残業手当が少なくなった程度なら、生活を切り詰めて返済をすることもできるでしょう。しかし、毎年給与が下がり出したら、もう返済はできません。そもそも毎年、給与が下がるという前提で、誰が住宅を買うでしょうか。消費が冷え切ってしまうため、借金返済ができないだけでなく、経済は大破綻をきたすでしょう。給与削減とはこういう結果をもたらすものなのです。
今すべきは給与削減ではなく、増やすことなのです。毎年給与が増えれば、住宅ローンも難なく返せます。同じく、毎年GDPが増えれば国債も十分返せるのです。200兆円の公共事業投資は間違いなく日本経済に活力を与えます。現在の500兆円を下回っているGDPも30年後には、1000兆円になることも可能です。すると、税金も現在の倍の100兆円の税収が毎年国庫に入れることも可能となり、国債の返済も問題なくできるのです。勿論、社会保障などのために税制の改革は必要ですが、今すべきことは先ずデフレ脱却をして、GDPを増やすことなのです。

延命のための反原発解散

頑張れ日本!全国行動委員会京都府本部トーク・セッションに出席しました

全てが出鱈目な菅総理には、流石に与党民主党からも退陣を要求する声が出始めました。しかし、内閣不信任案は、鳩山前総理によれば、菅総理のペテンにより否決されてしまいました。
今や、与野党問わず、菅総理を支持する人は殆どいなくなっています。そんな中、国会の会期が70日延長されました。当初自民、公明、民主の幹事長は50日の延長で合意していましたが、菅総理が70日にこだわり、八月末まで延長されることになったのです。20日間伸ばしてもお盆にかかり、実際の審議日数は大して増えないのに何故菅総理はこだわったのか。それは、自らの政権の延命だけで無く、反原発を旗印に解散をして、政権の起死回生を図るためなのです。
九月になれば、被災地で延期されてきた地方選挙も実施できることになります。選挙は解散後40日以内の実施ですから、八月末まで会期を伸ばすことにより、九月の地方選挙に合わせて解散することが可能となるのです。そして、反原発を争点にして選挙を行えば、イタリアでの選挙の様に自分も勝つことができる、そうすれば長期政権も可能だ。かつて、小泉総理が、郵政解散で勝利したことを念頭に、そんな夢みたいなことを考えているのでしょう。
国民を舐めるのもいい加減にしていただきたい。そもそも、今回の原子力災害は、菅総理の初動体制の間違いが大きな原因と指摘されています。さらに、全てを東電の責任に押し付け、政府が責任ある対応をしないことから、終息に時間がかかっているのです。こうしたことを横に置き、突然の浜岡原発の停止要請です。これが引き金となり、いずれ日本中の原発が止まることになるでしょう。反原発をして自然エネルギーに変えるのもいいですが、それには数十年はかかります。
その間のエネルギーはどうするのか、全く見通しがついていません。この夏も節電だけでどう乗り切れるのでしょう。電力不足で職や命を失う人も出てきているのです。これは全て菅総理の責任なのです。菅総理は、反原発の前に反パフォーマンスをすべきです。そして、全ての責任をとって政治家を辞めること以外取るべき道は無いのです

樋のひと雫
-ボリビア通信-
羅城門の樋

ラパスの街かどのカフェで二人の老夫人に声をかけられました。「日本は落ち着きましたか」「ええ、ありがとう。再建に向けて頑張っています。」と答えましたが、これで良いのだろうかと疑問もよぎりました。昨夜も首相が「1.5次補正予算」と言ったというニュースを目にしたところでした。この「1.5と2次」の違いは何だろうと思った時に、先ほどの婦人達がツナミに始まって「フクシマはどうなった、放射能は大丈夫、農作物は?」矢継ぎ早の質問をして来ました。少しうんざりしながら、「今の日本は、放射能よりもっと暗い霧で覆われていますよ」と言って、「しまった」と思いましたが後の祭りでした。怪訝な顔の二人に1時間、即興の図と手ぶりで日本の政局について講義をする羽目になりました。お陰でコーヒーは冷たくなり、もう一杯頼むことに。
 説明していてふと気付きました。今の日本に政治はあるのかと。こちらでは「政治(politica)」即ち「統治(gobernar)」です。(政治状況situacion politicaという言葉はあっても、日本の政局とは少し事情が違います。)そのため、ガソリンの値段まで大統領令(decreto)で決まります(尤も、ストで2日後には取り消すこともありますが‥‥)。当然、良し悪しは別にして、国情の説明がマスコミを通してなされます。少なくとも国民に向けた説明と言葉の責任を負います。日本の首相のように「一定の目途」と言って、この期間を誤魔化すなどという姑息な「言葉の遊び」は見られません。
 外から見ていると、今の日本には政治と政局の境界が見え難くなっているように思えます。「辞める」と言った人間と将来の枠組みや条約を話し合う国はないでしょう。統治能力を喪った首相が何を言っても、それは政策ではなく政局の言葉遊びにしか見えません。この災害が国難であるなら、日本の再生に向けた真の言葉=国策を提示することが統治者の責任であると思うのですが。空虚な言葉を投げ合うのではなく、日本の将来を討議する統治能力のある政治家の声が聞きたいものです。

showyou

第66号

2011年04月20日発行

今こそ、日本人として頑張ろう!

参議院議員西田昌司

被災地で分かったこと

自民党参議院議員有志での被災地激励
(宮城県内)

4月4日、私は、東日本大震災で被災された仙台地方にお見舞いに行き、そこで現地のJAの役員の方や避難所の被災者の方、そして仙台市長にもお話を伺ってまいりました。阿武隈川の河口に近い宮城県亘理町から仙台市の若林区まで、いずれの地域も大津波の爪痕がすさまじく、言葉を失ってしまいます。
家族も仕事も財産も失った避難所の方々のお話を聞くにつけ、今までの制度では対処のしようのない未曾有の大惨事なのだということをつくづく思い知られました。だからこそ、その仕組みを変える政治の力が必要なのです。

復興には多額の資金が必要、子ども手当は止めるべき

被災地の報道がされるたび、多くの国民が心を痛めてきました。なにか自分に出来ることはないか、少しでも支援をしたいと、義援金も短期間のうちに二千億円近いお金が集まっていると聞きます。しかし、復興のためにはその何十倍もの資金が必要になります。そのことを考えると、まず、不要不急の子ども手当などのばらまき4K政策(子ども手当、農家の戸別補償、高速道路無料化、高校無償化)は直ちに止め、復興資金に回すべきです。これだけで約3兆円の資金が捻出されるのです。
 こうした我々の主張にもかかわらず、去る3月31日、参議院本会議で民主党などの賛成により子ども手当は6ヶ月延長されてしまったのです。全く愚かなことです。

災害から命を守るインフラの整備が必要

統一地方選挙にて
自民党公認候補者を激励しました

仙台市の若林区を視察した時、不思議な光景を見ました。全域大津波で農地も住宅も流されているのに、ある特定の地域だけは無害ですんでいるのです。その境目となったのが、この地区を南北に走る仙台東部有料道路という高速道路だったのです。
この道路は盛り土の上に建設されており、それが堤防の役目を果たしていたのです。そのため、ここより東の海沿いの地域は津波で壊滅状態であるにも関わらず、西側の地域では殆ど被害がなかったのです。
 仙台地区は昔から大津波の被害が言い伝えられ、貞観大津波(西暦869年)では仙台平野は見渡す限りの大海原になったと言われています。その時に、津波が襲ってきた陸地との境目が浪分神社として伝わっています。今回の地震はその時の地震(M8.3~8.6)より大きなものだと言われていますが、この高速道路のお陰で、浪分神社付近は無傷だったのです。
リアス式海岸と違い、なだらかな海岸線の地域では津波は何十メートルにはならず、防波堤が有効だということです。堤防をきちんと整備するか、こうした盛り土式の高速道路を利用して、そこより陸側にしか住宅を建てさせないという規制があれば、田畑は流れても住宅は守れるのです。つまり、仙台平野ではインフラと都市計画をきちんとすれば、今回のような大津波でも人の命を守ることはできるということです。
 民主党は、「コンクリートから人へ」と公共事業などのインフラ整備を、その中でも防災や耐震化の予算までも削減をしてきましたが、こうした政策が間違いであったことは誰の目にも明らかでしょう。しかし、これもいまだに彼らは認めようとしません。

福島原発は人災ではなかったのか

今回の震災を悲惨なものにしたもう一つの原因は、福島原発の放射能漏れでしょう。こうした種類の原発事故は過去に例がなく、政府の対応を一概に責めることはできない、むしろその責任の一端は長く政権与党をしていた自民党にもあると私は思います。そのため、その対応については慎重に見守ってきたつもりです。しかし、震災からひと月近くなり、政府の対応の実態が明らかになるにつれ、民主党菅政権の初動ミスがもたらしたものであることが判明してきました。
 福島原発は、地震や津波で爆発したのではありません。その後の初動体制の誤りが引き起こしたものです。11日の午後2時46分の地震直後、緊急炉心停止を自動的に行い核分裂は止まりました。地震直後に停電になりましたが、非常用のディーゼル発電により冷却も無事行なわれました。1時間後に大津波で全電源喪失になりましたが、バッテリーで8時間冷やし続けたので午後10時半までは安全な状態だったのです。
問題はこの8時間の間に、新たな電源が用意できなかったことと、その場合には海水投入しか手がないにもかかわらず、その処置が遅れたことです。特に、最後の手段である海水投入には、その前提として炉内の圧力を下げるため、ベントと呼ばれる蒸気排出が不可避です。ところが、この処置がバッテリー枯渇後12時間以上かかったことが、爆発に至る致命傷になったと言われています。そして、その原因が菅総理の原発への乗り込みの強行によるものではないかと疑われているのです。この事実関係は、今後国会を通じて明らかにしなければなりません。
しかし、いずれにしても菅総理は原発に行く必要がなかったのです。ベントが遅れたことが仮に東電側の事情によるものであっても、放射能の被ばくのリスクを冒してまで、国家の最高責任者が出向くこと自体が危機管理としてもあり得ません。

復興の予算は建設国債で賄える デフレ脱却のチャンス

震災からの復旧復興には莫大な予算がかかりますが、その財源には建設国債で十分賄えます。震災直後にドル円相場が急騰し76円台を記録しましたが、これは大災害にもかかわらず日本の経済に対する信頼が依然として高いことを物語っています。日本は世界一の債権国です。この震災前に民間銀行の預金超過額が150兆円以上あり、海外からの資金援助を受けずとも自国の資金で十分賄えます。もともと、民間投資が少なかったことが、預金超過を生み、デフレをもたらしていた原因だったのですから、巨額の公共投資が今後発生することにより、需給バランスが改善されデフレ脱却が可能になるでしょう。
また、この震災復興には民間でも資金がかなり必要となりますから、その分金融がひっ迫することが考えられます。そこで、日銀が資金需要を見定めながら民間金融機関が持つ既存国債を市場から買い取ることにより資金を供給し、金利の上昇を抑えることが必要です。そのためには必要ならば日銀券を追加で発行することも必要でしょう。このように日銀が協調すれば国と民間の資金需要が賄うことができ、震災復興もデフレ脱却も同時に行うことが可能となるのです。
 復興資金を増税によって賄うという案は、震災復興の足を引っ張ることになり反対です。復興が進み、景気が過熱し、物価や金利が上昇する傾向になってきたら、国債発行を抑え増税を考えれば良いのであって、順序が違うのです。日銀との協調をすれば増税しなくても資金は十分に調達できるのです。

エネルギー政策の見直しが必要

むしろ、心配すべきは電力不足のほうです。復興需要が急増しても、電力不足により生産が追いつかなくては需給バランスが崩れ物価が上昇します。しかし、これは経済成長によるものではなく、スタグフレーションと呼ばれる景気後退現象ですから警戒しなければなりません。
日本には休止中の火力発電所が多数あります。西日本と東日本の周波数の違いがなければ、これを再稼働させれば、電力需要は賄えるとも言われています。今までは、ランニングコストの安さとCO2の削減のため、原発の稼働率が高められてきたのです。しかし、震災後は当然見直しが必要となります。また、エネルギー、特に電力を湯水のように使うことは最早許されないでしょう。国民一人ひとりが、ライフスタイルの見直しをしなければなりませんし、民主党が唐突に打ち出したCO2の25%削減という公約の撤回は当然です。

日本を救うには政権奪還以外ない

3月11日以降は震災による政治休戦となり、国会においても殆ど議論ができなくなりました。政治的な対立より挙国一致で震災からの復旧復興に当たるべきだ、そのためには大連立をすべきだという声も聞かれます。もちろん復興に協力するのは当然です。しかし、そのためには民主党の政策の誤りを指摘せざるを得ません。ところが、彼らはいまだにその誤りを認めていないのです。
日本を震災から復興させ、原発事故を終息させるためにも、民主党から政権を奪い返すしかないのです。今回の統一地方選は国民のそうした意識の表れでしょう。 

今こそ、日本人の精神を取り戻そう

財政金融委員会にて野田財務大臣・
白川日銀総裁・自見金融担当大臣に対して、
震災対応の予算について質問しました

今回の震災では、今まで当たり前と思っていたことがことごとく崩れ去りました。 安全も繁栄も永久に続くと思っていたことが、砂上の楼閣に過ぎないことをまざまざと見せつけられました。自然の猛威に怯え、未来に対して希望を見出すことができず、立ちすくんでいる人もいます。
しかし、こうした大震災に我々の先人は何度も襲われてきたのです。そして、その度に立ち上がり復興をしてきたのです。従って、我々にそれができないはずがありません。恐らく、これからもこうした震災に何度も襲われることになるでしょう。それでも、その度に立ち上がる以外ないのです。それとも、この国を棄てて、何処かに移民すべきでしょうか。それはできない選択です。私たちが日本人である限りこの国とともに生きるしかないのです。この国の国土がもたらした恵みも災厄も全てを受け容れることにより、先人は日本人の精神を鍛え育んできました。
無常観もその一つでしょう。『‥奢れるひとも久しからず、ただ春の夜の夢のごとし‥』平家物語の一節が頭に浮かびます。物質的な繁栄や地位や名誉など、自然の猛威の前では何の意味もない。与えられた環境の中で謙虚に素直に一生懸命に生きる以外ない。それこそが日本人が大切にしてきた心ではないでしょうか。その心がある限り、日本は何度でも復活することができるのです。

瓦の独り言
-震災後の日本文化羅生門の瓦の精神復興は京都から-
羅生門の瓦

東日本大震災の影響で、国の重要無形文化財「相馬野馬追」の開催が危ぶまれています。舞台となる福島県の相馬地方が被災し、多くの「騎馬武者」が愛馬を失い、また武者の中にはいまだ行方不明者もおられるとか。1000年の歴史を誇り、江戸時代の大飢饉、大東亜戦争中でも規模や形を変えて続けられてきました。「一騎になろうとも、伝統を守ることが地域復興への貢献」とくつわを並べて出陣の策を練っておられます。
また、国の伝統的工芸品である福島県の大堀相馬焼(陶磁器)、宮城県石巻市の雄勝硯(文具:硯)の2つの産地が大きな被害を受けておられます。(この2つの産地に対して(財)京都伝統産業交流センターの理事会から義援金送ることになりました) 中でも雄勝硯を作っておられる4名の伝統工芸士さんは家も、道具も失われました。しかし、伝統工芸は手仕事が主で、道具と原料が在れば必ず再興できると、生産に意欲を燃やしておられるとか。
しかし、「着倒れのまち」京都市内では西陣織、京友禅をはじめとした伝統工芸品にも自粛という悪いムード(瓦一人が思っているだけかも?)が漂い始めています。確かに「きもの」は震災にあわれた方々にとって当面は不要の品物かもしれませんが、復興のあかつきには「日本人の誇りである着物をもう一度着たい」という思いは持っておられるはずです。そのときに日本の伝統文化のメッカである京都が沈んでいたらどうするのですか!伝統工芸品の「ものつくり」が出来ていなければ、どうするのですか!お茶やお花の家元がある京都市の街全体が沈んでいていいのでしょうか?祇園祭をはじめとする京都の3大祭りを凛として行うのが京都市民の務めではないでしょうか
結びになりますが、日本の精神文化を支えているのは京都であることを自負し、伝統工芸品を生産されている方々は当面、非常に厳しい状況が続くと思われますが、歯をくいしばり「ものつくり」に邁進してもらいたい、と思っているのは瓦一人だけではないと思っております。

showyou

第65号

2011年01月05日発行

民主党政治の崩壊

参議院議員西田昌司

またもや始まった内紛

参議院本会議にて仙谷官房長官に対する
問責決議案の賛成討論をいたしました

民主党政権が発足して一年余りが経ちます。昨年6月の鳩山総理の突然の辞任により誕生した菅政権ですが、誕生からまだ半年余りにもかかわらず既に崩壊が始まっています。小沢さんを標的にすることで国民の支持を取り戻そうとしているようですが、これはパフォーマンス以外の何ものでもありません。現に、私は1年以上も前からこの問題を追及してきましたが、当時民主党はこれを全く無視していたのです。今回の内紛劇は、まさに民主党の正体を表していると思います。つまり、民主党の目的とは、自民党を倒して政権交代をすることだけであり、そこに政治理念などほとんど無いのです。要するに、アンチ自民に過ぎないわけです。

小沢待望論はカン違い

参議院内閣委員会にて
岡崎トミ子国家公安委員長に対して
質問しました

政治とカネの問題があるにも関わらず、小沢さんに期待する人もいるようです。小沢さんは、この20年間ずっと政局の中心にいた人です。そのイメージは、破壊者であり、それがイコール改革者なのだと言われてきたのです。しかし、その政治手法は、師匠である田中角栄そして金丸信という方々と同じで、カネと数によって力をつけていくという古いタイプの政治家です。それでも、政治というのはしょせんパワーゲームなのだから、力のある政治家が出て来てくれないと今のこの時代は乗り切れないという意見もあり、それが小沢さんに期待したり擁護したりする一番大きな理由なのでしょう。問題はその力をどういう方向に、何のために使うのかということです。残念ながら菅さんや鳩山さん同様、小沢さんもまったく中身がありません。ただ今あるものを潰せばいい、自民党がやってきたことを潰せばいい、ただそれだけなのです。現に小沢さんが主導してきた改革は全て失敗しました。カネのかからない政治と政権交代可能な仕組みとして、彼自身が主張してきた小選挙区制導入による政治改革の結果、民主党政権が誕生したのですが、その張本人が相変わらずカネまみれであることはまさに喜劇です。

昭和と平成の違い

大事なことは現状認識です。戦後の昭和は、社会資本が破壊された貧しい時代から始まりました。敗戦により事実上軍隊を放棄させられた代わりに、政府は経済再生に集中して予算を計上していくことが出来たのです。人口も戦後のベビーブームで増えて行きます。そのお陰で毎年、経済は成長しますから、必要な税金も自然に増え続けたのです。政府に必要な税は、経済が成長することによって賄うことができたのです。つまり、右肩上がりが当たり前というのが昭和だったのです。
ところが平成になった途端、この仕組みが破綻してしまったのです。その一番の原因は、人口構造が変わってきたということです。昭和の時代は人口がどんどん伸びてきましたが、平成の時代には少子化と高齢化が重なり、経済成長が当たり前ではない時代がやってきたのです。これは、先進国が抱える共通の問題なのです。先進国になると人口は伸びなくなり、成長は止まるのです。唯一の例外は移民により人口が伸び続けるアメリカだけなのです。
しかし、日本を移民国家にする訳にはいきません。また、移民国家のアメリカは、白人より有色人種の人口が増え、国家の形自体が変質して行くという根本的な問題を抱えています。
人口問題だけではなく、もう一つの大きな違いは、平成に入り隣に中国という巨大な国が出現したということです。
人口構造の変化と、中国をはじめとする後進国が巨大な市場となり、巨大な製造拠点となったことによって、産業の空洞化が始まっているのです。日本で物を作るよりも中国で同じ物をもっと安く作れるのでは、日本の国内の製造業は太刀打ち出来ません。従って規制緩和をすればするほど企業は競争を勝ち抜くために中国などの安い労働市場に工場を建てることになり、国内の空洞化はますます進むのです。
また、巨大な中国の出現は経済だけでなく軍事的な脅威になっているのです。経済力が増大したことにより中国は軍事力も増大させ、日本近海においても領土的野心をはっきりと示すようになりました。尖閣問題はその表れです。今までの軽武装路線では国を守ることが出来なくなっています。これも昭和との大きな違いです。

デフレの脱却と自主防衛

中国の出現により日本は産業の空洞化が起き、大学を卒業しても就職出来ない人が半数近くいるという空前の就職氷河期を迎えています。また、安い中国製品の増大が物価を押し下げ、その結果、給料も下降し、消費が低迷するデフレ社会に突入しています。これでは、経済は悪循環になるばかりで、人々の生活は成り立たなくなります。
この現状を抜け出すには、まず政府が率先して仕事を作り出すための予算を計上する必要があります。中国などへの工場進出を止めるためにも道路網を整備して、国内に工場を建設出来る環境を作ることが必要です。しかし、民主党にはこういう認識がなく、いまだに公共事業を削減するばかりです。
また、中国の軍事的脅威に備えるにも防衛費の増強は不可欠です。しかし、この認識も彼らにはありません。むしろ、中国やロシアの脅威からアメリカに守ってもらうため、唐突に環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加を叫び始めました。

TPPは売国そのもの

TPPの意図は、環太平洋諸国で関税を撤廃して自由貿易体制を作るということですが、日本には何の利益もないものです。まず第一に、TPPに参加しても日本の輸出は増えません。そもそも、TPP参加国は小国ばかりで、日米のGDPがその中の90%以上を占めています。民主党はアジアの成長を取り入れるために必要なのだと主張していますが、日本製品を購入するだけの経済力がある中国や韓国はTPPには参加していないのです。つまり、日本の製品を買ってくれるのは事実上アメリカしかいないということです。そして、そのアメリカがTPPへの参加を要求しているのは、日本の製品を安く買うためではなく、アメリカの農産物を日本へ輸出するためなのです。また、仮にアメリカとの関税が撤廃されても為替操作により、ドル安円高に誘導すれば日本製品の価格は値上がりしてしまい、輸出の増大は期待できません。さらに、輸出の花形である自動車などは、既にアメリカでの現地生産が進んでおり、ホンダなどではその80%が現地生産をしています。従って、関税を撤廃しても殆ど輸出の増大は期待できないのです。逆に、関税が撤廃されればアメリカから安い農産物が輸入され、日本の農業は壊滅的打撃を受けるのは必定です。
では何故、こうしたTPPを民主党は主張しているのか。それは、普天間問題と尖閣問題の失政を隠すためです。普天間問題で民主党はアメリカとの信頼関係を完全に失いました。日米関係がぎくしゃくし、日本の安全保障に隙を見つけた中国が、この時とばかり仕掛けたのが尖閣問題です。今なら尖閣諸島を力づくで奪うことは可能だと、大量の中国漁船が押し寄せたのです。案の定、中国漁船の船長を逮捕しても中国の圧力に屈して、民主党政府は中国漁船の船長を釈放してしまいました。そして、このままでは中国に対抗できないと思い、アメリカにすがりつくしかないと考えたのです。
 しかし、普天間問題でアメリカとの信頼関係は地に落ちています。そこで民主党が持ち出したのが、TPPです。アメリカの要求に一方的に応じるだけで、日本には利益がないにも関わらず、藁にもすがる思いで飛びついたのです。
これは国内市場をアメリカに売り渡す売国政策そのものです。彼らは自らの失政を棚上げして開国か鎖国かと叫んでいますが、全く愚かなことです。

明治維新の意味

12月7~15日まで
ODA調査会派遣で
ベトナム・ラオス・カンボジアを訪問しました。
写真はビエンチャンにて、
NGO「ラオスのこども(草の根)」視察の様子です

そもそも、明治維新により開国した理由は自国を守るだけの軍事力が無かったためです。鎖国により外国との交渉を遮断したが故に、侍というのは結局、軍人ではなく警察官としての力しか持たなくなった訳です。外国の脅威から守るだけの力が無かったが故に開国せざるを得なかったのです。開国は、兵力を賄うための経済力増強のための手段だったのです。つまり、富国強兵ということです。
明治以降は、外国から国を守るということが政治の最大の使命であったのです。このことが、戦後忘れ去られ、経済成長だけが政治の課題かのように言われて来たのです。
しかし、今や平成の時代になり、巨大な中国の出現により、それはもう通用しないことが明らかになったのです。中国に備えるためには、自主防衛は当然のことであり、デフレ脱却のためには財政支出こそ今一番必要な政策なのです。
 日本は、年末・年始、そして統一地方選挙に向けて、政局は大きく揺れ動くことでしょう。民主党の内紛が一つのきっかけになるわけです。
しかし、彼らの内紛からは何も生み出されません。大切なのは、歴史的に大きな視点から現状の問題を見据えることです。改革のための改革ではなく、日本に誇りと自信を取り戻し、次世代でも日本は世界の中でしっかりと自立していける国の仕組みを作ることです。そのためには、先ず自主防衛を国是とすることです。そしてデフレを脱却し、経済を再生するためには、民間任せではなく、政府が責任をもって財政出動をすべきなのです。
 今後とも皆様方のご支援よろしくお願い致します。

瓦の独り言
-自然から学ぼう-

羅城門の瓦

平成22年の漢字は「暑」だったことはご存知と思います。昨年の夏は本当に暑かった。9月、10月になっても夏日が続いており、秋が無くって冬になったような気がします。そういえば昨年は春も無かったような・・・。
 こんな天候不順の中で、瓦は米作りに挑戦しました。真冬並みの寒さの中で田植えをしてもらいました。(お金を払えば機械で、農業団体がやってくれます。)。無農薬栽培を目指しての真夏の草取り、我田引水を目のあたりにして自分の田圃(たんぼ)への水の確保に四苦八苦しました。そのころNHKのBS「ウルトラアイ」で田圃の四季を放映しており、それと見比べながらの米作りです。全くの素人で、教科書も無ければ、誰かに弟子入りして教えてもらったわけでもありません。わからなければ、隣の田圃のお爺さんに教えてもらうのが積の山です。(過疎と高齢化が進み、普段でも人に会わない山村で、相談相手を探すのも大変。)実践あるのみ! 刈取りもコンバインなる機械を使わず、自力で簡易バインダーを使って刈取りを行い、稲木での天日干しを行いました。その間、山里の鹿さんとの戦いでは、敗戦で結局はネットを破られて、新米を横取りされました。でも「キヌヒカリ」という美味しいお米が1反から6俵(60?/俵)取れました。豊作でしたら10俵、並作でも8俵ですが、瓦は満足しています。だって、教科書も無く、見様見真似で、自然の摂理にかなうようにしての結果です。汗と涙の結晶で、お米がまずい訳がありません。
 イタリアのルネッサンスの人であるレオナルド・ダビンチが「自然から学ばずに、書物の著者から自然を学ぼうとする者は、自然の子ではなく、自然の孫にしかなれない」という名言を残しています。哲学的な内容と次元が違いますが、瓦は米作りから自然を学んだような気がします。週末になれば、田圃のアゼに立ち、稲と対話をしてきました。偉そうな言い方になりますが、農業の実践から自然というものを学んだような気がします。昨年の末、どこかの首相は「行」という漢字を選んでいましたが、何もしていない「有言不実行(?)」の内閣を率いている方が「行」という漢字を振り回すのに疑問を抱いているのは瓦だけではないはずです。今の為政者の方はもっと自然から森羅万象を学びとっては・・・・。
我らの西田昌司参議院議員は「伝えよう、美しい精神(こころ)と自然(こころ)」と唱え、実践しています。
 【上記のレオナルド・ダビンチの言葉は元京都大学総長、元京都市産業技術研究所所長の西島安則先生に教えていただきました。】

showyou

第64号

2010年10月15日発行

国民の敵!民主党政権

参議院議員西田昌司

民主党が招いた尖閣問題

参議院予算委員会にて質問の様子(8月4日)

那覇地検は逮捕していた中国人船長を処分保留のまま釈放し、「日中関係を考慮すれば身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当でない」とする異例の記者発表を出しました。
 検察の仕事は、法と証拠に基づき容疑者を起訴することです。そこに外交的判断が紛れ込む余地はありません。私は今回の事件では、指揮権の発動が事実上あったと思います。むしろ積極的に指揮権を発動しても良かったと思っているくらいです。中国で拘留されている4人の邦人の解放と引き換えならば、政治的判断として当然あり得る話ではなかったでしょうか。もちろん、その責任は政府が負わねばなりませんが、外交交渉としてはあり得たはずです。
 ところが、このようなことが全く考慮されることなく、検察独自の判断で船長を釈放したというのならば、民主党政府は外交を放棄していると言わざるを得ません。中国の強硬姿勢に押され、4人の解放の糸口を何もつかめぬうちに船長を釈放するというのではお話になりません。しかもその責任を一地方検事に押しつけるとは言語道断です。
案の定、その弱腰で卑怯な姿を中国側は見逃さず、船長が釈放されたら更に謝罪と賠償を求めるという暴挙に出たのです。船長を釈放さえすれば丸く収まるだろうという民主党政権の甘い考えは、中国を増長させるだけの結果に終わったのです。

伏線その1 小沢訪中団

西田昌司国政報告会を開催しました
(於シルクホール9月17日)
会場一杯の皆様にご来場いただきまして
誠にありがとうございました

昨年12月、民主党の小沢幹事長(当時)は、600人を超える大訪中団を率い訪中しました。国会議員も140人を超え、一人ひとりが胡錦涛国家主席と握手をするなど、まさに朝貢外交さながらのその様子をご記憶の方も多いでしょう。菅総理でなく、小沢総理なら今日の事態は避けられたのではという人もいますが、それは間違いです。というのも、こうした対中朝貢外交が、中国に誤ったメッセ-ジを与えているからです。実際、その答礼に訪日した習近平副主席に対して、いわゆる一ヶ月ルールを破ってまで天皇陛下への謁見を宮内庁に要請したことからも分かる様に、中国からの要求には何でも応じるという姿勢を示したのは小沢さん自身なのです。これが、中国の増長に拍車をかけたのは間違いないでしょう。

伏線その2 日米中正三角形の鳩山外交

政権交代後、鳩山総理(当時)は東アジア共同体論を展開し、日米中が正三角形のように対等に協力し合う関係を目指す旨の外交姿勢を強調しました。
 これは麻生内閣の「自由と繁栄の弧」と似て非なるものです。麻生政権では日米関係が主軸であり、アジア外交においても自由主義という価値観を共有できる国々が協力し合うべきだという姿勢を示し、事実上の対中封じ込め外交を基本政策としたのでした。これは、この20年にわたる中国の軍事力の増強に対する日本の警戒感の表れでもあったのです。
 ところが、鳩山政権では対中無防備外交を展開し、対中追従姿勢を繰り返し表明してきました。これでは中国が増長するのも無理からぬことです。

伏線3 普天間の問題

さらに今日の事件を決定づけたのが、例の普天間問題です。普天間基地を何ら代替案のないまま「出来れば国外、最低でも県外」に移転すると明言したものの、迷走の果てに、自民党と同じ辺野古に決定とはまさに愚か者です。沖縄や米国との信頼関係は著しく損なわれ、今や米国内には対日不信が大きく蔓延しているのです。
 せめて、防衛力を増強すればいいものを、自衛隊ですら事業仕分けの対象にするような姿勢では、日本の安全保障は風前の灯です。普天間問題でのデタラメな対応が、今回の事件の決定打となったのです。
 ところが、こうした事態を招いた張本人である鳩山総理にはその責任を感じている様子が全く見られません。それどころか菅総理の対応を批判し、「自分ならもっと上手くやれた」と言い出す始末です。民主党の首脳は誰一人として当事者意識を持ってないということです。
 無責任で不見識な人間が政権をとるとどうなるのか、そこにあるのは国家崩壊以外ありません。今、まさに日本は国家崩壊の危機にあるのです。

事業仕分けの前にデフレを止めろ

国家崩壊の危機的状況にあるのは、安全保障上のことだけではありません。国民生活の屋体骨である経済や財政も大変な状態です。無駄を排除して財政再建をする、その目玉として、事業仕分けをまた行うつもりのようですが、これは全くの見当違いです。
そもそも、今回の事業仕分けをする事業自体が、民主党政権が必要と認めたものでしょう。それを仕分けすること自体、論理的に矛盾します。それでも百歩譲って、事業の成果を見てさらなる効率化をはかる、というならばそれも良し。しかし、それにより一体いくらの予算が削減されるのでしょうか。政権交代の時でさえ、事業仕分けで何兆円もの予算の財源が出ると言いながら、実際には数千億円でした。しかもそれは、学校の耐震工事など本当は必要な予算まで無理矢理削って作り出した虚構です。事業仕分けというパフォーマンスばかり考えずにまず、現下の経済情勢を正確に理解してくれなくては困ります。
デフレというのは、インフレに対することばです。インフレは物価が上がることを意味しますが、デフレは物価の下落を示す経済用語です。
 消費者の立場からすると、物価は上がるより下がる方が好ましいと考えることが出来ますが、一国の経済全体で考えたとき、デフレはインフレ以上に悪い最悪のものなのです。

デフレでは経済活動は破綻する

経済活動を考えてみましょう。材料を仕入れてそれを売る、これが商売の基本です。100円のものを200円で売ることが出来るから商売が成り立つのです。これがデフレになると、物価が下がりますから100円で仕入れたものを50円で売ることになります。これでは、商売が成り立ちません。今日より明日の方が安くなるという物価下落に歯止めをかけないと、誰もものを買わなくなります。するとこれが益々物価を押し下げます。こうなるとブラックホールに吸い込まれたも同じで、正常な経済活動が出来なくなるのです。
 最初は物価が下がって喜んでいた消費者も、いずれ自分の給料を払ってくれる会社がデフレにより事業が成立せず、破綻をし、失業という憂き目にあって初めて、デフレの恐ろしさに気が付くのです。つまり、デフレとは、経済活動そのものを殺してしまう恐ろしい病気なのです。
 財政の再建ももちろん大切なことですが、国民生活の根本である経済活動が破綻しては、再建の仕様がありません。財政再建以前にまずやるべき事は、デフレを止めることなのです。これを国民共通の理解にしておかないととんでもない間違いをすることになります。
 実は、戦後日本においては、基本的にインフレがずっと続いていたのです。つまり経済発展に伴って物価も上がってきたのです。もちろん給料もその分上がってきました。インフレがあまりに過ぎると狂乱物価になり国民生活に悪い影響を与えることから、政府の政策としてはこれを抑制することが、まず第一に行われてきたのです。まさにインフレ対策が経済政策だと思われてきたのです。日本では、戦後デフレに陥ったことは事実上一度もなく、デフレ対策についての知識が政府にもマスコミにもないのです。これが誤った経済政策を進める原因になっています。

デフレ時にインフレ対策を行う愚

民主党の唱える事業仕分けや無駄削減、コンクリートから人へなどは、インフレ対策の典型例であり、後世必ず失策として批判の対象になることは間違いありません。
 これらの対策は、インフレの時には有効であるかもしれません。それは政府予算を削減し、過熱する経済活動を抑えるものだからです。しかしそれを景気が悪く民間投資が滞っているときに行うというのは全く間違いであり、経済音痴であると言わざるを得ません。 

公的需要を掘り起こせ

民間需要が落ち込んでいる今、まず第一にすべきことは公的需要による経済再生です。たとえば、学校などの耐震化は待ったなしで必要です。これらの事業を前倒しで行うべきです。水害を防ぐためにはダムも必要でしょう。また、橋なども完成後40~50年経つと架け替えをしなければなりません。これを放置すると大災害につながります。また地中に埋めてある上下水道管などのライフラインも取り替えの時期にきています。こうした社会資本の更新だけでも少なくとも100兆円以上の予算が必要なのです。そうした将来必ず必要な事業(公需)を民需の落ち込んだ今こそ、積極的に前倒して行うことが、デフレ対策としては最適なのです。この財源は子ども手当のようなバラマキをやめるだけで、毎年5兆円以上が生み出されるのです。

国民生活より政権の延命が大事な民主党

自民党京都府連定期大会において、
来春の統一地方選挙公認候補者43名を発表しました

ところが、この当たり前のことが民主党には分からないのです。そもそも、経済政策も外交政策も幼稚な知識と経験しかないため、国家全体のことが全く彼らには見えていないのです。しかも、政府与党として、自らが全ての責任を取らねば成らないという自覚が未だにありません。
 まさに国民の生活、国家の安全より自分のことが第一なのです。彼ら民主党政権こそ国民の敵なのです。日本再建のためには彼らを倒す以外ないのです。

樋のひと雫

羅生門の樋

先の民主党代表選であるマスコミが「資質なき者と資格なき者との戦い」と評していたのが印象的でした。片や「市民政治家」一方は「剛腕政治家」。しかし、これらはイメージでしかありません。その剛腕の中身は何でしょう。その市民活動出身の中身は何でしょう。民主党が政権を取った時、彼らは副総理であり幹事長でした。あの宇宙人総理が普天間基地の問題で「県外だ、国外だ」とマスコミを賑わしていた時、彼らは一度もその問題に触れた発言をしていません。「火中の栗は拾わず」が心情の権勢追求の政治家が、その姿であったのかも知れません。
思えばあの時、政権交代という機を生かし、新しい日本の一歩を築くチャンスだったのかも知れません。秘かな期待もありました。アメリカ合衆国から見た「米日同盟」ではなく、日本から見た「日米同盟」への転換を図るという意味で。
あの時、論議すべきは「基地問題」ではなく、日本の防衛の在り方を根本的に見直し、国民的論議をする大きな機会だったと思います。沖縄はアメリカの地政学では、対中国とりわけ、台湾海峡を巡るアジアの安定や東アジア情勢を安定化する意味で大いに重要な位置にあるでしょう。しかし、現在の日本の地政学的意味からすればどうでしょう。昨今の尖閣諸島の問題、朝鮮問題やシーレーンの確保といった問題からすれば、また、専守自主防衛という観点からすれば、どうでしょう。中国が航空母艦を中心とした外洋艦隊を持つ時代になりました。隣国が沿岸防衛から外洋覇権を窺う時代になったのです。我々の国防にも変化があって当然です。
 日本人を拉致した北朝鮮の人間の嘆願書を書くような市民活動家の心情では、一国の国防を論議する覚悟を期待するのは無理でしょう。また、尖閣諸島は領土問題だと発言するような仕分け大臣には、台湾を守っても日本を防衛する気も無いでしょう。そう言えば、マニフェストには外国人に地方参政権を与えるという話が載っていました。山陰や北陸に集団移住し、彼らの市や町が誕生した時、果たして日本はどの国から見た「地政学的意味」を持つことになるのでしょう。

showyou

第63号

2010年06月23日発行

菅総理よ、食言を止め、信を問え!

参議院議員西田昌司

不可解なV字回復

鳩山内閣が突然政権を投げ出し、菅内閣が発足致しました。鳩山内閣では2割を切るほどに低迷していた支持率も6割を超えるV字回復を果たしています。しかし、鳩山内閣が抱えていた問題は何一つ解決していません。文字通り表紙の挿げ替えに過ぎない菅内閣が何故これほど評価をされているのでしょうか。実はここに、現代日本において政治そのものが崩壊していることが象徴されているのです。

マニフェスト政治の出鱈目

そもそも昨年の政権交代は一体何だったのでしょう。民主党は自ら示したマニフェスト(政権公約)が国民に評価されたと言っていましたが、そのマニフェスト自体が全く出鱈目であったことは今更言うまでもありません。子ども手当が辛うじて支給額を半減して実施されたものの、これとて来年度はどうなるかは確証がありません。それ以外は高速道路の無料化・ガソリン税の値下げを始め、普天間基地移設の問題に至るまで目玉政策と言われたものは全て反故にされてしまいました。これは明確な公約違反であります。 しかし、国民が本当にマニフェストを重要視していたのなら、いくら鳩山さんから菅さんに総理の首が挿げ替っても、支持率がV字回復するはずがないのです。恐らく、国民はマニフェストの内容よりも政権交代そのものを選択したのではないでしょうか。だからこそ、鳩山内閣から菅内閣に替わっただけで支持率がV字回復したのです。政策云々より、もう少し政権交代の結果を見てみたいというのが国民の本音だったのでしょう

普天間問題

普天間基地の代替施設を「最低でも県外、出来れば国外に持っていく」と明言して、彼らは政権を取りました。しかし政権を取った途端に「考えれば考えるほど抑止力というものの重要性が分かった」と言い、結局自民党と同じように辺野古の周辺に代替施設を作ることになったと平気で言う様にはあきれてものも言えません。この問題で行き詰まって鳩山さんが退陣することになったのですが、これは鳩山さん個人の問題ではなく、民主党政権全体の問題です。しかも、菅さんは鳩山内閣の副総理であり連帯責任は免れません。ところが、菅さんはこの鳩山さんの方針を踏襲すると言っています。普天間問題については、全く反省の弁がないのです。これで沖縄県民が納得するはずがありません。自民党政権なら2014年に普天間返還が実現出来たものが完全に隘路に入ってしまいました。民主党はこの責任をどう考えているのでしょうか。

政治とカネ

政治とカネの問題も民主党の責任感・倫理観のなさを象徴しています。この問題は鳩山・小沢両氏の巨額政治献金の虚偽記載ですが、これも今分かったことではありません。私は、昨年の衆議院選挙が始まる前から、ずっとこの問題を国会の場で追及し続けて参りました。 当時、マスコミが殆ど取り上げなかったことをいいことに、 この問題について民主党は党内で一切調査もせず、無視してきたのです。 去年の総選挙後、この問題がようやく国民の知るところとなり、鳩山内閣への政治不信が募り、お二人とも政権の重職から退くことになりました。 その事を受けて支持率が上がり、国民に「鳩山さんと小沢さんを外したから、民主党はクリーンになった」という印象を与えたつもりかもしれませんが、 それはとんでもない話です。鳩山・小沢両氏が政治的な責任を取って、総理大臣や幹事長を辞職するのは当然です。 しかし、その前に「あれは秘書がやったことだ」とか、「私は知らなかった」とか言う彼らの言葉を、菅さんは納得しているのでしょうか。 恐らく、国民は誰一人として納得していないでしょう。 菅さんも自身がもし野党の党首であれば、辞めたからと言って追及の矛先を納めるはずがなく、少なくとも国民の前でまず説明責任を果たせと要求するでしょう。 そう考えれば辞任は当然で、説明責任を果たすためにも菅さん自身が納得できるまで鳩山・小沢両氏から聞き取りをすべきです。 そして当然のことながら、それを予算委員会という公の場で国民に知らせることが必要です。 そしてその後、二人とも議員を辞職すべきなのです。 ところが、そういう考えが彼らには全くないのです。

新たに発覚した荒井大臣の問題

また、今回初入閣をされた荒井国家戦略大臣の事務所費問題も大きな疑惑です。 そもそも北海道の議員がなぜ東京のしかも都心から離れた府中に事務所を設ける必要があったのでしょうか。 事務所の実態がなかったことは本人も認めておられていますが、実態のない事務所になぜ事務所費があるのか。 また、その中身も少女マンガ・キャミソール・背広代とおよそ政治と関係のない生活費が計上されています。 これは政治資金の流用以外の何ものでもありません。 こうした疑問に荒井大臣はまともに答えず、民主党の幹事長代理が記者会見をする様は異様であります。 党として、臭い物には蓋をしようとする隠蔽体質がここにも現われています。

食言を排せ

まさに、民主党には倫理観が全くない。ないというよりも、ダブルスタンダードだということなのです。  自分には優しく、他人には厳しい。野党の時には綺麗事を並べたて、それがブーメランとして自分に返って来たら、  それを全く知らぬ存ぜぬで過ごしてしまうつもりなのです。  この様な民主党も問題ですが、あえて申し上げれば、彼らの言い訳に納得してしまう方にもやはり問題があると思います。  こうしたことを許さないためにもマスコミには正しい報道をして頂かなければならないと思います。 そして何より、政治と国民との信頼関係を築くためには、政治家が、自分が発する言葉に対して、責任を持つということです。  出来もしないことを軽々公約したり、思いつきで沖縄県民の心をもてあそぶ様なことを言うのはもっての外です。  まさにこれは食言です。食言とは言葉を食べる、つまり、自分の吐いた言葉を食べて全くその責任を取らず、言葉をまき散らしているということです。その典型が民主党のマニフェストなのです。前回の衆議院選挙で彼らがしたことはまさに食言です。もう食言政治からは決別しなければなりません。そのためには、政策ももちろん大事ですが、それ以上にその政治家が本当に信頼に足りる人間なのかという根本的なところを見て頂きたいのです。

食言政治の元は小沢一郎にある

しかし、今日のような小選挙区制度においては、政治家は人格や人柄よりも、目先の政策ばかりをマスコミに要求されてしまいます。なぜなら、マスコミは今回の選挙はこれが争点だと報じなければ商売にならないからです。その結果、政治家もマスコミの要求する政策についての解答を常に用意し